368 / 395
第四章 絢爛のスクールフェスタ
第368話 好敵手との絆
しおりを挟む
★ホム視点
温かな白い光が、ふくよかに膨らんでカナルフォード全体を包んでいく。
恐怖や不安でさざめきだっていた心に凪ぎが訪れ、幸福とも思えるような感覚にわたくしは深く息を吸い込んでいた。
魔族の放つ血生臭い腐臭は消え失せ、圧倒的な光と安堵が静かに押し寄せてくる。
「これは……この感覚は……」
わたくしが知る感覚として最も近いものは、マスターが転生して間もなくの頃、ナタル様の胎内におられた頃の感覚だ。護られているという感覚がなによりも強く、心から安堵出来る場所――そしてマスターが心より愛されているアルフェ様の笑顔のような光だ。
「……う……」
わたくしが空を見上げていると、わたくしの膝を枕にして眠っていたエステアが僅かに身じろぎして声を上げた。無理を押してわたくしとの大技に賭けてくれたエステアは、勝利を喜ぶ間もなく、魔力切れにより気を失っている。でも、マスターが成功させてくれたアムレートの光が、多少なりとも彼女のエーテルの快復を早めてくれたようだ。
「……ここは……私たちは……」
「勝ちました。わたくしたちは、魔族を退けたのです」
「そう……」
まだ意識が鮮明ではないのか、わたくしの膝に頭を預けたまま、エステアがぼんやりとした表情で宙を見上げている。大闘技場の上空には、依然としてデモンズアイが浮かんでいるが、アムレートの半円状の白い光に押されるように少しずつ後退を始めている。光結界がデモンズアイを退け、転移門なる魔界と人間界の扉を塞ぐのも最早時間の問題だろう。
「あたたかい光ね」
「ええ。マスターが見出した、光――わたくしたちの希望です」
エステアの呟きに微笑み返し、額にかかった髪を指先でそっと梳かす。エステアはそれにぱちぱちと瞬きをし、それから思い出したように勢い良く起き上がった。
「ごめんなさい、ホム!」
いきなり謝られたので、今度はわたくしが目を瞬く番になってしまった。エステアは苦笑を浮かべて頬を手のひらで叩き、首を左右に振った。
「魔力切れになるほどの無理をさせたのは、わたくしです。頼ってほしいと言ったのに、その逆を――」
「違うわ、ホム。あなたと力を合わせることが、勝つために必要だと思ったからよ。だから勝てた」
エステアは探るように視線を動かし、地面を眺めている。わたくしたちが倒したアークドラゴンの死骸は既にアムレートによって浄化され、影も形も残されてはいない。
「そうです。わたくしたちは勝ちました」
力を合わせてアークドラゴンを倒し、マスターはその後、光魔法結界アムレートを成功させた。
今起きていることを頭の中で繰り返すと、安堵からか、この上ない喜びが込み上げてきた。それはエステアも同じだったようで、わたくしと顔を見合わせると、喜びに満ちた笑顔を見せた。
「それにしても驚いたわ。ホムのあの技、もしかしなくても私の旋煌刃をアレンジしたのよね!?」
エステアが驚きに目を輝かせ、声を弾ませながら問いかけてくる。気がついてもらえたことが嬉しくて、胸が高鳴るのを覚えた。
「はい! 雷鳴剣脚もあなたと共に放った風刃瞬動も、旋煌刃から思いつきました」
「教えたわけでもないのに、凄いわ!」
エステアがわたくしの手をとり、真っ直ぐに目を見つめてくる。その瞳に浮かぶ畏敬の念を感じ取ったわたくしは、頬が熱くなるのを覚えた。
「武侠宴舞・カナルフォード杯での経験の賜物です。それだけエステアの技の在り方を見ていたことが役立ちました。アークドラゴンを打撃以外の技で倒す――それを成すためには、あの技が必要だったのです。そして実際に、それを形にできた。……わたくしも、自分の力でなにかを形にするのはこれが初めてなんです!」
嬉しさで、何を話しているのか自分でもわからなくなる。でも、エステアにはわたくしの言わんとしていることが伝わったようで、わたくしの話を聞きながら力強く何度も手を握りしめてくれた。
「その技に私の技を選んでくれたのは光栄だわ」
わたくしが繰り出した技は、老師に授けられた雷鳴瞬動にエステアの旋煌刃を組み合わせたわたくし自信のオリジナルだ。わたくしの挑戦が、エステアのお陰で見事に実を結んだのだ。
「お陰で最後に息を合わせて止めを刺すことができました」
わたくしが微笑み返すと、エステアは目を潤ませて何度も頷いた。エステアはこの勝利以上に、わたくしの成長を喜んでくれている。そう感じられて、胸が熱くなる。
――わたくしは、もっと成長していける。
これまでのわたくしは、誰かに与えられたり教わったことが全てだった。けれど、これからは自分で自分を成長させていけるのだ。エステアがそれに気づかせてくれたことが、わたくしにとっても至上の喜びとなって胸を弾ませ続けている。
「私も、うかうかしていられないわね。あなたにすぐに追い抜かれてしまう」
「追い抜かせるつもりなんてあるのですか?」
苦笑するエステアがわたくしの手を解いたので、その手を取り直しながら、真面目に問いかけてみた。エステアも成長を続けている。互いに好敵手と認めた相手だからこそ、わたくしにはそれがわかる。
「ないわよ。俄然燃えて来ているくらいには」
エステアはふっと表情を崩して笑い、ともすれば不敵な笑みを浮かべた。
「あなたらしいです、エステア」
ああ、このエステアの笑顔がわたくしをまた高めてくれる。この人とならば、どこまでも高く飛んでいける。
「……戻りましょう、マスターの元へ」
「ええ。まだやることは、山積みだものね」
わたくしの言葉にエステアが大きく頷く。勝利を喜んでいる時間は短かったけれど、でも、エステアと分かち合えたことで大きな希望となった。
わたくしとエステアは手を取り、アムレートによって浄化された石畳の上を走り出す。
魔族の突然の侵略によって街は蹂躙されてしまったけれど、わたくしたちにはたくさんの仲間がいる。また平和な学園とこの街を取り戻せる。そのために、わたくしたちは手を取り合い、より一層助け合っていくのだ。
長靴の簡易術式がわたくしのエーテルに反応し、風魔法がわたくしとエステアの二人を軽やかに疾走させる。
光魔法結界アムレートの中心に立つマスターたちの姿が見えてきた。
だが、わたくしとエステアは笑顔で顔を見合わせたその時。
『聖痕も持たない虫ケラが光魔法の真似事をするとはな……。だが、その魔法陣を消せばどうなる!?』
使役者の呪うような声が低く響いたかと思うと、デモンズアイの眼球が血涙で真っ赤に染まった。
温かな白い光が、ふくよかに膨らんでカナルフォード全体を包んでいく。
恐怖や不安でさざめきだっていた心に凪ぎが訪れ、幸福とも思えるような感覚にわたくしは深く息を吸い込んでいた。
魔族の放つ血生臭い腐臭は消え失せ、圧倒的な光と安堵が静かに押し寄せてくる。
「これは……この感覚は……」
わたくしが知る感覚として最も近いものは、マスターが転生して間もなくの頃、ナタル様の胎内におられた頃の感覚だ。護られているという感覚がなによりも強く、心から安堵出来る場所――そしてマスターが心より愛されているアルフェ様の笑顔のような光だ。
「……う……」
わたくしが空を見上げていると、わたくしの膝を枕にして眠っていたエステアが僅かに身じろぎして声を上げた。無理を押してわたくしとの大技に賭けてくれたエステアは、勝利を喜ぶ間もなく、魔力切れにより気を失っている。でも、マスターが成功させてくれたアムレートの光が、多少なりとも彼女のエーテルの快復を早めてくれたようだ。
「……ここは……私たちは……」
「勝ちました。わたくしたちは、魔族を退けたのです」
「そう……」
まだ意識が鮮明ではないのか、わたくしの膝に頭を預けたまま、エステアがぼんやりとした表情で宙を見上げている。大闘技場の上空には、依然としてデモンズアイが浮かんでいるが、アムレートの半円状の白い光に押されるように少しずつ後退を始めている。光結界がデモンズアイを退け、転移門なる魔界と人間界の扉を塞ぐのも最早時間の問題だろう。
「あたたかい光ね」
「ええ。マスターが見出した、光――わたくしたちの希望です」
エステアの呟きに微笑み返し、額にかかった髪を指先でそっと梳かす。エステアはそれにぱちぱちと瞬きをし、それから思い出したように勢い良く起き上がった。
「ごめんなさい、ホム!」
いきなり謝られたので、今度はわたくしが目を瞬く番になってしまった。エステアは苦笑を浮かべて頬を手のひらで叩き、首を左右に振った。
「魔力切れになるほどの無理をさせたのは、わたくしです。頼ってほしいと言ったのに、その逆を――」
「違うわ、ホム。あなたと力を合わせることが、勝つために必要だと思ったからよ。だから勝てた」
エステアは探るように視線を動かし、地面を眺めている。わたくしたちが倒したアークドラゴンの死骸は既にアムレートによって浄化され、影も形も残されてはいない。
「そうです。わたくしたちは勝ちました」
力を合わせてアークドラゴンを倒し、マスターはその後、光魔法結界アムレートを成功させた。
今起きていることを頭の中で繰り返すと、安堵からか、この上ない喜びが込み上げてきた。それはエステアも同じだったようで、わたくしと顔を見合わせると、喜びに満ちた笑顔を見せた。
「それにしても驚いたわ。ホムのあの技、もしかしなくても私の旋煌刃をアレンジしたのよね!?」
エステアが驚きに目を輝かせ、声を弾ませながら問いかけてくる。気がついてもらえたことが嬉しくて、胸が高鳴るのを覚えた。
「はい! 雷鳴剣脚もあなたと共に放った風刃瞬動も、旋煌刃から思いつきました」
「教えたわけでもないのに、凄いわ!」
エステアがわたくしの手をとり、真っ直ぐに目を見つめてくる。その瞳に浮かぶ畏敬の念を感じ取ったわたくしは、頬が熱くなるのを覚えた。
「武侠宴舞・カナルフォード杯での経験の賜物です。それだけエステアの技の在り方を見ていたことが役立ちました。アークドラゴンを打撃以外の技で倒す――それを成すためには、あの技が必要だったのです。そして実際に、それを形にできた。……わたくしも、自分の力でなにかを形にするのはこれが初めてなんです!」
嬉しさで、何を話しているのか自分でもわからなくなる。でも、エステアにはわたくしの言わんとしていることが伝わったようで、わたくしの話を聞きながら力強く何度も手を握りしめてくれた。
「その技に私の技を選んでくれたのは光栄だわ」
わたくしが繰り出した技は、老師に授けられた雷鳴瞬動にエステアの旋煌刃を組み合わせたわたくし自信のオリジナルだ。わたくしの挑戦が、エステアのお陰で見事に実を結んだのだ。
「お陰で最後に息を合わせて止めを刺すことができました」
わたくしが微笑み返すと、エステアは目を潤ませて何度も頷いた。エステアはこの勝利以上に、わたくしの成長を喜んでくれている。そう感じられて、胸が熱くなる。
――わたくしは、もっと成長していける。
これまでのわたくしは、誰かに与えられたり教わったことが全てだった。けれど、これからは自分で自分を成長させていけるのだ。エステアがそれに気づかせてくれたことが、わたくしにとっても至上の喜びとなって胸を弾ませ続けている。
「私も、うかうかしていられないわね。あなたにすぐに追い抜かれてしまう」
「追い抜かせるつもりなんてあるのですか?」
苦笑するエステアがわたくしの手を解いたので、その手を取り直しながら、真面目に問いかけてみた。エステアも成長を続けている。互いに好敵手と認めた相手だからこそ、わたくしにはそれがわかる。
「ないわよ。俄然燃えて来ているくらいには」
エステアはふっと表情を崩して笑い、ともすれば不敵な笑みを浮かべた。
「あなたらしいです、エステア」
ああ、このエステアの笑顔がわたくしをまた高めてくれる。この人とならば、どこまでも高く飛んでいける。
「……戻りましょう、マスターの元へ」
「ええ。まだやることは、山積みだものね」
わたくしの言葉にエステアが大きく頷く。勝利を喜んでいる時間は短かったけれど、でも、エステアと分かち合えたことで大きな希望となった。
わたくしとエステアは手を取り、アムレートによって浄化された石畳の上を走り出す。
魔族の突然の侵略によって街は蹂躙されてしまったけれど、わたくしたちにはたくさんの仲間がいる。また平和な学園とこの街を取り戻せる。そのために、わたくしたちは手を取り合い、より一層助け合っていくのだ。
長靴の簡易術式がわたくしのエーテルに反応し、風魔法がわたくしとエステアの二人を軽やかに疾走させる。
光魔法結界アムレートの中心に立つマスターたちの姿が見えてきた。
だが、わたくしとエステアは笑顔で顔を見合わせたその時。
『聖痕も持たない虫ケラが光魔法の真似事をするとはな……。だが、その魔法陣を消せばどうなる!?』
使役者の呪うような声が低く響いたかと思うと、デモンズアイの眼球が血涙で真っ赤に染まった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
775
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる