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閑話 ルーカス
しおりを挟む数百年前、私はここからかなり遠い村に居た。ある時、その村で私の命を脅かす事件が起きた。一命は取り止めたものの、心に大きな穴を作った。その時に出会ったのがレドだ。私の心は彼に救われ、彼と共にある事を誓った。
それ以来、彼に関する事が私の最優先事項になった。勿論恋人が居た時期もあるし、セックス経験も結構ある方だと思う。だが夢中になる程の相手はいなかったし、結婚まで考えた事も無かった。そして、女性からは決まってこう言われた。
「あなたは優しいだけの人ね」と。
言われてみれば確かにその通りで、相手を好きだとは思っても嫉妬やどうしようもない性欲とは無縁だった。
そんな私には今、心惹かれる女性がいる。
彼女はとても可愛らしい。明るく聡明で肝も坐っている。フロアでは笑顔を絶やさず、ステージで歌えば聴いた者全てを虜にする。だが負の感情を隠すのが上手く、レドにさえあまり頼らない。そこが心配で、気が付けば目で追っていた。
最初は分からなかった。あのレドが彼女を気に入り、面白い女だと言う。だから自分も気になるのだと思っていた。
それがあの時、一変した。
サンドラが彼女に一方的に食ってかかり、謝れと言ったのだ。
本来ならサンドラなど簡単に言い負かす事が出来る相手だろう。しかしそんな事はせず、ソファーでふんぞり返る身勝手な女に頭を下げて謝った。そんな彼女を見て、サンドラに強い憤りを感じた。今すぐ外へ放り出してやりたいのを何とか抑えた。せっかく穏便に済ませたのだ。今夜のステージが終わるまでは夢を見せておいてやろう。そう考えた。
2人きりになった途端、ふれたくなった。だから謝罪のどさくさに紛れて頭を撫でた。
閉店後サンドラを呼んで話した時、この期に及んで彼女を睨んだのを見て怒りが頂点に達した。
そして悟った。自分は彼女を好きになったのだと。
自覚した私は様々な初体験をした。他のスタッフと談笑しているのを見て嫉妬し、笑顔を見るだけで癒され、店にいてもふれたい衝動に駆られた。
そんなある夜、私は決心してレドに打ち明けた。
「レド、私はソニアさんが好きです。彼女を口説く許可をください」
レドは彼女の最初の夫になる。そして私が最も尊敬する人である。彼の許可なしに口説く気はなかった。
「…やはりな」
レドは少しも驚かなかった。
「分かっていたと?」
「ああ、前から何となくな。確信したのはサンドラの時だ」
「そうでしたか…」
「口説くなら条件がある。お前が、俺と対等になる事だ」
「え…そ、それは」
「仕事上の事じゃない、気持ちの問題だ。俺は、お前がこうして真剣に直訴してくるなら認めたいと思っていた。俺がそう思うのはお前だけだ」
「レド…」
「確かにソニアを独り占めしたいと思う。だがルーカスなら。いつも後ろに居るお前が、ソニアと俺と、並んで歩くのなら…共に生きたいと思う。勿論、ソニアの気持ちが第一だ。ソニアにその気がなかったら、スッパリ諦めて部下として尽してくれ」
“お前、俺と一緒に来い。一人はつまらないだろ?”
あの時も、そうだった。鬼人になってしまう前に命を絶とうとまで考えていた自分を、いとも簡単に救った。
「…はい、よろしくお願いします。ですがこの口調はもう直りませんから勘弁して下さいね」
彼が言ってくれるのなら、そうしよう。3人、並んで歩けるように・・・。
覚悟してくださいね、ソニアさん。
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