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第3章 戦場の姫巫女

79.アテナの涙

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【アテナ】

この感情は作られた物だったのか…。
ソラト。
向こうの世界で呼んでいた本の作者が、夜霧空斗だった。
洗脳されるようや接点はない。だが、洗脳されたとするなら、その時の本が原因だろう。
そう考えると、どこまでが本当の私で、どこからが偽物の私なのかが分からない。

「アテナ!」

カインだ。笑いにきたのかな?

「もう大丈夫だ。これからは女神アテナは静観する。だから、もう安心していい。」

ソラトの洗脳のことは棚にあげているのは分かっている。
ただ、その優しさが嬉しかった。
この前も私を助けてくれた、私のヒーロー。
でも、この感情は作られた物。
私は誰かに操られた人生なんて嫌だ。自分で決めた道を歩きたい。

「ありがとう、カイン。
思えば、初めて会った時から求婚していたな。
私は、ずっとカインのことが好きだったよ。」

俺は黙って聞いている。

「正直、どれが本当の自分の感情なのか分からんよ。
自分では私らしくないとは思っているのだが、それすらも洗脳されていたとするなら、それも作られた感情だということになる。」

「作られた感情なのか、それとも自身の感情なのか、決めるのはアテナ自身だよ。」

「あぁ、そうだな。でも、それでも、私は誰かに操られた人生なんて、嫌なのだよ。
私は私なのだから。」

「自分を信じられなくなっているのは、仕方ない。だけど、今までの自分だけを否定するな。」

その時、女神アテーナーがアテナに戻ってきた。

「私の感情がどれが私自身かはもう分からない。だけど、天翔院アテナだった頃、幼少の頃からのこの感情だけは本物だ。
私は誰にも負けたくない。」

「アテナ…、それは…」

「大丈夫だ。その先の言葉は言わないでくれ。
私はカインに勝ちたい。
頼むっ、この感情だけは否定しないでくれっ。」

アテナはその小さな肩を震わせていた。
もはや、その感情だけが自分自身の感情であると自信をもって言える唯一の感情なのだろう。

「分かった。受けてたつよ。俺は全力で君の想いに応える。」

「ありがとう。
カイン、お願いがある。ほんの少しだけ抱きしめてくれないか?」

二人は近づき、抱きしめ合った。
アテナの片目から涙が頬をつたう。

「ありがとう。
つかの間の私の夫よ。
これでさよならだ。」

そして、アテナは専制ローマ帝国へ戻っていった。
この時の二人は確信している。
次に会う時は、お互い戦場で敵同士であることを。
この時の二人はまだ知らない。
この会話が、今生で最後の会話となることを。
そして、アテナは生涯、カインにもらったペンダントを外すことはなかった。

アテナは転移が使えなくなってしまったため、数日かけてローマ帝国へ戻った。

「グラウクス、すまない遅くなった。」

「お帰りなさいませ。それでセト様は?」

「それが途中ではぐれてしまってな。先に帰ってきたのだよ。」

「そうでしたか。それでは、セレン様と一緒にしばらく説教です。」

「いや、そんなことをしている時間はないよ。今の状況を確認したい。」

「おやっ?少しだけ雰囲気が変わりましたな。大人の雰囲気をもたれていますよ。」

「そんなことないさ。ただ、改めて心機一転に頑張ろうと思っただけさ。」

そこにマリーナとセレンとクレアが扉を開けて入ってきた。

「マリーナ、勝手に入ってはダメですよ。」

「私のお兄様センサーが働いてるわ。お兄様の匂いがします!」

「私もカイン様の匂いを感じています!」

「そんなわけないでしょ、ここにはアテナ様とグラウクス様しかいないわ。」

アテナは少しだけ、顔が赤くなった。
それをグラウクスは見破る。

「少し大人びられたと思ったら、そういうことですか。今日はお祝い膳を用意しましょうね。」

「ち、違うぞ、グラウクス!」

「じーっ。アテナからお兄様の匂いがするわ。」

「あっ、ホントですね。」

マリアとクレアはアテナの匂いを嗅ぎ、確信したようだ。

「「なっ!?」」

アテナだけでなくセレンも驚いた。

「ちょっと、アテナ!私に身代わりをさせておいて、カインさんといちゃついてたの!?」

セレンはアテナにつかみかかる。

「違うんだ、セレン。」

「今夜は徹底的に何があったか聞かせてもらうわよ。特に念入りに大人の階段を登った話しを詳しくね。」

アテナは慌てる。

「だから、違うんだ!」

「でも、少しだけ前より雰囲気が柔らかくなっているわよ。大人の余裕ってやつかしら?」

「もう、許してくれっ。」

失恋した後に、笑いあえる友達がいる。
それが何よりも今は嬉しかった。

グラウクスは、そっと部屋から出る。
アテナにはこの時間が重要に思えたからだ。どこまで真実かは分からないが、親代わりにアテナを育ててきたのだ。
グラウクスは、ほんの少しだけ寂しく感じながら部屋に戻っていった。

残された四人は、きゃーきゃー女子トークをしている。
そのまま夕食を食べ、寝室を共にする。
アテナにとっては今までの一生分を越えるほど笑った日になる。
しかし、その時間はすぐに壊れた。

女神アテーナーが突然、顕在化した。

「アテナ、すまない。本当なら今日の一日だけでも楽しい時間を過ごさせてあげたいのだが、話したいことがある。」

一同は驚く。

「女神さま?」

「初めましてだな。だが、少し時間がない。心して聞いて欲しい。」

「えぇ、分かったわ。ただし、皆と一緒に聞かせてもらうわ。」

アテナは警戒していた。女神のことは人間には理解できない。
何を言い出すか分からないのだ。

「ウルティアは覚えてるだろう?」

「もちろん、ここにいる全員が知っているわ。カインの奥さんよ。」

全員、ちょっと悔しそうな顔をしている。

「なんだか、ため息がつきたくなるな。
まぁ、いい。
ウルティアは、元女神だ。
そのウルティアなんだが、消失を確認した。」

「「「消失?」」」

一同が呆然とする。

「あぁ、つまり亡くなった。」

その一言が、全員の感情を爆発させた。

「そんなバカな!?
ウルティアは、圧倒的に強かったんだぞ!」
「そんなのありえないわ!」
「そうよ、だってカインが傍にいるのよ!」
「一体、何が起こったのかしら…。」

「私も状況が知りたいが、さっぱりだ。
それと、もう一つ言わなければならないことがある。」

みんな、悲壮な顔をした。ウルティアに次に名前が出るのは、一人しかいない。

「カインも、この世界から存在を消した。」

「どういうことなんだ!」

「一体いつから?」

「すまない、正確な日は分からない。私も気づくのが遅れてしまった。」

「すぐにカインの元へ向かいましょう!」

「ダメだ。ウルティアを消失させる事態なんだ。離れ離れにならない方がいい。」

アテナが為政者の顔へと戻っていく。

「グラウクスを呼べっ。今のうちにローマ帝国は進軍を開始する。」

「なっ、アテナ!何を言っているの?」

「私はカインを信じている。こんな簡単には、くたばらないさ。
だから、今のうちに駒を進める。
これが私が選んだ道だ。」

アテナは執務室へ戻った。

「長期休暇は終わりですな。お休み中にこんなものを用意しておきました。」

「空戦部隊か。さすがだな。よしっ、さっそく実戦投入する。最初に投入すべきは、ここにするぞ。」

アテナは地図に記された国を指さす。
三国で争い、そして神聖ゾルタクス国が参戦したバルト三国だった。

「ここを落とせば、戦略は大きく広がります。むしろ、統一へ一気に王手をかけられるかもしれません。まぁ、空戦部隊も対抗策があるため、一度きりなら問題ないでしょう。」

「そうだな。よしっ、神聖ゾルタクス国軍ごと倒すぞ。出陣する!マリーナとセレン、クレアには護衛をつけてあげてくれっ。
いくぞっ!」

地上からではなく、上空から進軍する。
一気にバルト三国へとたどり着く。

「爆撃せよっ!」

三国のうち、ウストニア国から侵略を始めた。そして、次々と要所をあっさりと落としていく。
それもそのはずだ。
一方的に攻撃され続けるだけなのである。攻撃手段はない。

途中、神聖ゾルタクス国軍と戦った。一方的な蹂躙をしていく。
しかし、単騎で空をかける存在がいた。

「私の名は空の姫巫女ウィンデーネだ!卑怯だぞっ!正々堂々と戦え!」

しかし、こちらの高度までは届かない。

「魔導師部隊!雷を振らせろ!」

ウィンデーネは、無数の雷を避けられず墜落していく。

神聖ゾルタクス国の遠征軍は壊滅的な被害を被った。
そして、最後の砦である王城も圧倒的な攻撃の前にあっさりと陥落した。
ウストニア国はそのまま降参する。

アテナは征服者として敵国の城を訪れた。
それは悲惨な光景だった。
戦って負けるなら納得できるものもある。
しかし、これは戦うことすらせず、一方的に虐殺されての降伏なのだ。
自尊心など何もかもなくなってしまった。

そして、この国の国民は逃げまどうため、難民となり各国へ散らばっていく。それは恐怖の伝染でもあった。

アテナのいる城ではローマ帝国軍の歓声が飛び交う。
それを一人自室で窓を見つめながら聞いた。
「これが私が選んだ道なのか…。」

アテナは一人、異国の地で涙を流すのであった。


次回、『80.ツヴァイという男』へつづく。
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