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第4章 英雄の落日

96.乱戦

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【カイン】

インパルスが近づいてくる。その表情は、少しだけ呆れているようだった。

「カイン首相、何をくつろいでいるのですか?」

インパルスがそう言うのも無理はない。何故なら、カインは優雅に紅茶とケーキを楽しんでいたのだから。
昼下がりのティータイム。戦場にいるにも関わらず、平和な場所で、のんびりお茶を楽しむマダムと何ら変わらないのほほんとした姿でいたのだ。
悪びれもなく、カインはインパルスへ話した。

「ちょうどよかった。インパルス、試食に手伝ってくれないか?
今度、ジャパン国発祥として売り出そうとしているレアチーズケーキなんだ。」
「戦時中に何をやっているのですか!こんな姿を見られたら、士気が下がりますよ。」
「インパルス、この戦争で終わりなわけではない。この戦争後も生活は続いていく。それならば、戦後を見据えて動くべきだよ。」
「つまり、このレアチーズケーキを戦後の記念品にしたいわけですね。」
「その通り。さすがだな!」

インパルスは、やはり、呆れる。しかし、カインの言うとおり、戦後も考えなければならなかった。
何故、レアチーズケーキなのかはよく分からないが、戦争終結記念として売り出すのは悪くないかもしれない。
だが、どうせならもっとインパクトが強い者の方がいいだろう。

「それならば、『勝つ』にちなんで、カツ丼とかカツサンドとかにしませんか?戦中に陣中に配り、勝つことで、この存在をおおいに宣伝できます。験担ぎに食べられることになるでしょう。」
「その手があったか!さすがインパルスだ!その案でいこう!ちょっと行ってくる!」
「なっ!?お待ち下さい!」

カインは転移して、ジャパン国へ行ってしまった。
残されたインパルスは、思わずつぶやいてしまう。

「はぁ。この嘆願書、どうしよう…。」

インパルスの手元には、何十枚の嘆願書があった。
それは、突撃をかけることや戦いを仕掛けたい旨を希望する嘆願書であった。
しかも、これは今回だけでなく、何回も同じ嘆願書を受けているのだ。
しかし、カインはその都度、却下をしていた。
インパルスは、カインが時期を待っているように感じていたため、今回も嘆願者に却下をするための準備を始めた。
ため息を吐きながら。

一方、そんなこととはつゆ知らず、カインは、ジャパン国へ転移し、グランの酒場へ向かった。

「グランさん、お願いがあります。カツ丼とカツサンドを作って下さい!」
「カイン!?今は前線にいるのではないのですか!?っと、転移してきたのですね。
カツ丼とカツサンドですか。前にウルティア様が話していた料理ですね。できますよ。どのくらい作りますか?」
「とりあえず、100万人分。」
「へっ!?100万人分!?」
「はいっ!」

カインは満面の笑みだ。
グランは、思い出す。
ジャパン国の建国時、グランは外交官だった。カインの説明では、食で各国の大使の胃袋を掴み、外交を制すと話していたのだ。
しかし、グランは冗談だと思っていた。グランだけではない。周りの者たちもだ。理由をつけて、役職につけたいためだけだと思っていた。
誰しもが、そんなことが出来るはずがないと思ったのだ。
だが、カインは連合軍に対して、胃袋を掴もうとしているのが分かったのだ。あの時の思いは本気だったのである。
グランはカインの想いに応えてあげたいのだが、幾つか問題があるため、頭を悩ませる。

「カイン、材料がありません。それに、出来たものを運ぶ手段もありません。」

グランは、人手のことは言わなかった。それは、何とかするつもりだったのだ。
しかし、グランはその後のカインの発言に驚く。

「材料は、この袋の中にあります。それと、出来たものは、この袋の中に入れて下さい。
中では時間が止まっているので、出来たてを提供できますよ。
そうですね、とりあえず100袋ぐらい渡しておきますね。」

後に伝説とアイテムとなる無限収納袋、通称アイテムポーチがグランに渡された。
後世の人が聞けば、羨ましがる話しだろう。

「できたら、無線電話で呼びますね。」
「あぁ、頼む!」

カインは再び、戦場へと転移した。
しかし、陣中に戻らず、空から互いの位置を確認する。
ローマ帝国軍は、川をせき止めたり、一夜城を建築しようとしていた。
カインは、軽く笑い、その場所へ転移する。

まずは、川だ。
上流でせき止めている。ある程度、溜まれば水攻めを可能としていた。

火矢フレイムアロー

初級の魔法である。しかし、カインが使うと上級の威力だった。
それは、遠くから見ても分かるほどの炎上となる。
燃え盛る業火によっと、あっさりと仕掛けは破壊された。

続いて、一夜城へと向かう。
しかし、ここにはグラトニーがいたため、攻撃を断念する。
そして、陣中へ戻ってきた。

「インパルス、出陣するぞ!」
「へっ!?いきなり、どうしたのですか!?」

カインは、川をせき止め、水攻めを行おうとしていたことと、一夜城を建築して戦いに備えられていることを説明した。
突然のことにインパルスは驚きつつも、戦いを希望する嘆願書のことを考え、作戦に同意した。
適度なガス抜きは必要なのである。

そして、出陣する。
一夜城には、グラトニー率いる5万の軍勢が待ち構えていた。
率いる連合軍は30万の軍勢である。この時、カインが動かせる全部隊を出動させた。そして、あたかも本陣は動かしてはいないようカモフラージュする。
テントや旗はそのままなのである。
カインは、一夜城を落とすために、全軍の突撃を仕掛けた。

グラトニーは、数を聞いて驚く。
この場所に本陣が来ることはない。もし来たのなら、連合軍の首脳がいる場所まで防御網がなくなるからだ。
グラトニーは、戦わずに撤退を決意した。

この時、アテナの本陣からは、川のせき止めていた場所を炎上されたことにより、連合軍の位置を把握することに遅れてしまった。
そして、ローマ帝国軍の弱点をさらしてしまう。
ローマ帝国軍は、アテナの指揮に完璧に従う。
それは、アテナの指揮がないと何もできないということだった。
この時、前線は絶好のチャンスと知りつつも、動くことができなかった。

そして、全てが終わった後、両軍の配置図は大きく変わった。
ローマ帝国軍は戦術的に制限されるよう密集された状態となる。
連合軍は、地理的な面で優位にたったのだ。

しかし、この戦術に肝を冷やしたのは、ローマ帝国軍よりも連合軍の各国首脳だった。
カイン首相は、勝つためには、各国首脳を犠牲にしても構わないと思われてしまったのだ。
再び、各国首脳は結束する。
まとまらなかった会議が一気にまとまっていく。

連合軍の総司令官には、エンリケ国王が総司令官となる。
そして、カイン首相を後方司令官として配置した。
この位置は補給部隊としての重要な役割となる。
しかし、後方に敵はいない。事実上の更迭であった。

「なるほどな、こうなったか。」

カインは、こんな状況でも笑っていた。

「笑うところではありませんよ。この戦い、このままでは負けますよ。」
「そうなればそうなればで、また考えるさ。ところでインパルス、どう思う?」
「どう思うとは、この不自然な人事に対してですか?」

カインは、頷いた。それは、先程とは違って真剣な眼差しだ。

「そうだ。勝っている軍の司令官を更迭するのは、常套ではない。」
「可能性としては、四つあります。
1つ目は、カイン首相よりも更なる力を持つ司令官が現れた。
二つ目は、後方に、より強力な敵が現れた。
三つ目は、司令部が阿呆だった。
四つ目は、誰かの陰謀です。」

インパルスは的確に分析をして、カインへ話す。そのどれもが可能性として考えられた。
実は、その全てが正しかったのだが、この時点では誰も分からない。
少なくとも、現時点では、司令部が阿呆だったからにすぎない。

「さすが、インパルスだ。それでは、その四点の可能性を全て考慮して、動くとしよう。
とりわけ、後方の敵に注意するとしようか。」

インパルスは、自分で出した意見に懐疑的だ。
だが、カインはその意見を信じた。少しだけ罪悪感が生まれるが、カインはそう話して失敗した試しがなかった。
つまり、四点が事実であることを意味する。
インパルスは、その全てへ対処するために動き出す。
その結果、エレナの守りを薄くしてしまったのは、仕方ないのかもしれない。
インパルスは、自らを追い詰める結果となってしまった。

カインの指揮のもと、ジャパン国軍は後方へ下がる。

「カイン首相、何故、我が軍は後方なのですか!」
「そうです、これは陰謀です!」

何人かがカインへ話してきた。気さくに話しかけることのできる軍の司令官としは珍しいが、ジャパン国軍では、当たり前の光景だった。

「戦うべき敵が後方にいるから、向かうのさ。お前ら、覚悟しろよ。」

真面目なカインに対して、発言者は自ら襟を正す。カインが話すのだ。間違いなく敵がいる。
軍は後方で警戒を強めた。

その姿を聞いた司令部は嘲笑する。
手柄を取られたくないだけの後方への配置換えにもかかわらず、ジャパン国軍の警戒は各国首脳にとって、嘲笑の対象だったのだ。
しかし、すぐにその笑みは凍りつくこととなる。

それは、最後方での別の後方支援部隊から始まった。

「おい、この暇な場所にジャパン国軍がくるらしいぞ。」
「司令部は何を考えているんだ。せっかく勝っているのに、司令官を変えるなんて、正気の沙汰ではないぞ。」
「まぁ、それだけ余裕なのだろう。」
「楽観的でいいな。では、任務交代のために、最後にあたりを見渡すとするか。」
「そうだな…。ん?なぁ、あんなところに森があったか?」
「森?馬鹿を言うな。森なんて、あるわけ…。いや、確かにあるな。ん?なんか森が動いてないか?」

その声を発したものは、驚愕する。

「…。魔物だ!魔物の群れだ!なんて数なんだ!至急、援軍を呼べっ!」

その時、閃光が部隊を襲う。約300人が一斉に石化された。

「この、攻撃は聞いたことがある!魔王だ!」

しかし、ジャパン国軍も到着する。

「石化だと!?解除!」

カインが石化を解除する。

「ジャパン国軍が前へ出る!あなた方の隊は至急、司令部へ報告を!」

カインは、前へ出た。しかし、予想外のことが起こる。

「猪突猛進の男はこれだからやりやすいわ。」

カインは前へ出ていた。
そのすぐ背中から、前方に巨大な魔王の結界が張られる。

「初めまして。さぁ、魔王二人と魔物の軍勢20万とあなたの戦い。そして、あなたの軍勢1万と魔物の軍勢10万の戦いを始めましょう。」

カインは、不敵に笑う。

「その程度でいいのか?」
「ふふふっ。ご覧なさい。神力を使ったら、こちらの人質は殺すわ。」

画面のような鏡が映し出される。そこには、行方不明になっている兄の姿があった。

「正直、どうでもいいような気もするが、何もせずに死なせたら夢見が悪い気もするな。その提案にのるとしようか。」

カインの孤独な戦いが始まった。

そして、カインを閉じ込めた結界は、連合軍の司令部とローマ帝国軍に衝撃を与えた。
連合軍は、焦った。報告から、退路を断たれてしまったことを自覚したのだ。

ローマ帝国軍のアテナは直感でカインが閉じ込められたことを悟った。
そして、その好機を逃さないよう全面攻勢へと出る。

こうして、戦いは乱戦へと突入したのだった。


次回、『97.ジャパン国軍vs魔王軍10万』へつづく。
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