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馬車での会話
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それから半月もしないうちにフィリエル殿下は会談の準備を取り付けてくれた。
今回は私たちが公国に出向くことになっている。
さすがに無理を言って会う約束をしてもらった以上、向こうから出向かせるわけにはいかない、ということだ。
「……なんだか物々しいですね」
「それだけリスクがある行動ということだよ。元敵国に向かうということはね」
フィリエル殿下とそんな話をする。
馬車に乗っている私たちの周囲を、十人以上の騎兵が守ってくれている。
こんな大仰な移動は初めてだ。
「改めて、ありがとうございますフィリエル殿下。会談を取り付けてくださっただけでなく、同行までしてくださって」
余談だけど、今回ロードリン公国に来ているのは、兵士たちを除けば私とフィリエル殿下だけだ。
本来なら私ではなく父が来るべきだったかもしれないけれど、父には冬を迎えるにあたっての周辺領主との打ち合わせなど仕事がある。
他国のことに首を突っ込んで、自分の領地のことがおろそかになったらいけない。
また、今回のことはほとんど私のワガママで動いているようなものだ。
私が公国に行くのが筋だろう。
さすがに父は心配して止めようとしたが、そこはフィリエル殿下が「僕がレイナには傷一つつけさせないので安心してください」と請け負ってくれた。
本当にフィリエル殿下には頭が上がらない。
「構わないよ。大切な友人であるレイナのためだからね」
「……なにかお礼をしたいのですが、フィリエル殿下は私になにかしてほしいことなどありませんか?」
「なんでもいいの?」
「はい。私にできることならなんでも」
フィリエル殿下には日ごろからお世話になってばかりだ。
男爵令嬢に過ぎない私になにができるとも思えないけど……
「……本当になんでも?」
「え」
フィリエル殿下は不意に私の頬に手を添えた。しなやかで、それでいて力強い指に触れて心臓が跳ねる。じっ、とフィリエル殿下の宝石のような目が私をまっすぐ見ている。
「なんでもいいって言ったよね。レイナができることならって。それは本当?」
「え、ええと、その」
え? なに? なにが起きてるの?
こんなに近くで見つめ合うというのは、もはや友人というよりは……恋人に近いような行為なのでは。
「な、なんでも……いいです、よ?」
顔が真っ赤になっているのが自分でもわかる。
なんでもってなに?
まさかフィリエル殿下は恋人に要求するようなことを私に望むつもりだろうか? いや、そんなことがあるわけがない。私はただの男爵令嬢に過ぎないのだから。
「……」
フィリエル殿下は私から手を離し、座席にもたれかかった。
「……可愛すぎて困るよ、レイナ」
「……っ!? で、殿下、冗談でもそういうのは」
「冗談なんかじゃないよ、本当に困る。そういうのはもうやめてくれ。僕がもたない」
そう言うフィリエル殿下の耳は赤くなっている。
フィリエル殿下の反応の意味がわからない。とにかくドキドキしておかしくなりそうだ。
「そうだな……この一件が片付いたら、お礼代わりに君の屋敷に泊めてくれないか? 一晩でいい」
「そ、そんなことでいいんですか?」
「ミドルダム領は過ごしていて落ち着くんだ。それに君の母の料理はおいしいと評判なんだろう? 是非味わってみたいな」
「フィリエル殿下がそれでいいなら構いませんが……」
もしかしたら、フィリエル殿下は王都での仕事に疲れているのかもしれない。
王都は賑やかだけど、気の休まる雰囲気じゃない。
その点ミドルダム領は田舎ではあるけど穏やかに過ごすにはぴったりだ。
「わかりました。それでは、精一杯おもてなしいたします」
「ありがとう。……レイナと同じ建物で夜を明かすのは初めてだね」
「ひえっ」
くすりと笑うフィリエル殿下にまた鼓動が速くなり始める。
なんでそういう思わせぶりなことばかり……!
「フィリエル殿下は意地悪ではありませんか?」
「そんなつもりはないけど……ごめん、ちょっと浮かれているみたいだ。レイナと二人で遠出する機会なんて、学院を出てからめっきり減っていたから」
「……っ!」
少しだけ寂しそうな顔をするフィリエル殿下。その表情にきゅんと胸が鳴る。おそらく天然なんだろうけど、この人は心臓に悪すぎる。
「フィリエル殿下、本当にすみませんがちょっと離れてください」
「えっ!?」
「私の体がもたないので……って、ああ、そんなに傷ついたような顔をしないでください! 別にフィリエル殿下が嫌いとかそういうわけでは!」
その後も私とフィリエル殿下は会話をしながら目的地に向かった。
馬車を降りる際、中でのやり取りを聞いていたらしい兵士が、
「お二人は仲がよろしいですね」
と生暖かい笑みで言ってきたのがものすごく恥ずかしかった……!
とにかく、私たちは目的地にたどり着いた。
ロードリン公国の大きな街にある屋敷。
今回フィリエル殿下が連絡を取ってくれた公国の貴族、キルジア卿の屋敷だ。
今回は私たちが公国に出向くことになっている。
さすがに無理を言って会う約束をしてもらった以上、向こうから出向かせるわけにはいかない、ということだ。
「……なんだか物々しいですね」
「それだけリスクがある行動ということだよ。元敵国に向かうということはね」
フィリエル殿下とそんな話をする。
馬車に乗っている私たちの周囲を、十人以上の騎兵が守ってくれている。
こんな大仰な移動は初めてだ。
「改めて、ありがとうございますフィリエル殿下。会談を取り付けてくださっただけでなく、同行までしてくださって」
余談だけど、今回ロードリン公国に来ているのは、兵士たちを除けば私とフィリエル殿下だけだ。
本来なら私ではなく父が来るべきだったかもしれないけれど、父には冬を迎えるにあたっての周辺領主との打ち合わせなど仕事がある。
他国のことに首を突っ込んで、自分の領地のことがおろそかになったらいけない。
また、今回のことはほとんど私のワガママで動いているようなものだ。
私が公国に行くのが筋だろう。
さすがに父は心配して止めようとしたが、そこはフィリエル殿下が「僕がレイナには傷一つつけさせないので安心してください」と請け負ってくれた。
本当にフィリエル殿下には頭が上がらない。
「構わないよ。大切な友人であるレイナのためだからね」
「……なにかお礼をしたいのですが、フィリエル殿下は私になにかしてほしいことなどありませんか?」
「なんでもいいの?」
「はい。私にできることならなんでも」
フィリエル殿下には日ごろからお世話になってばかりだ。
男爵令嬢に過ぎない私になにができるとも思えないけど……
「……本当になんでも?」
「え」
フィリエル殿下は不意に私の頬に手を添えた。しなやかで、それでいて力強い指に触れて心臓が跳ねる。じっ、とフィリエル殿下の宝石のような目が私をまっすぐ見ている。
「なんでもいいって言ったよね。レイナができることならって。それは本当?」
「え、ええと、その」
え? なに? なにが起きてるの?
こんなに近くで見つめ合うというのは、もはや友人というよりは……恋人に近いような行為なのでは。
「な、なんでも……いいです、よ?」
顔が真っ赤になっているのが自分でもわかる。
なんでもってなに?
まさかフィリエル殿下は恋人に要求するようなことを私に望むつもりだろうか? いや、そんなことがあるわけがない。私はただの男爵令嬢に過ぎないのだから。
「……」
フィリエル殿下は私から手を離し、座席にもたれかかった。
「……可愛すぎて困るよ、レイナ」
「……っ!? で、殿下、冗談でもそういうのは」
「冗談なんかじゃないよ、本当に困る。そういうのはもうやめてくれ。僕がもたない」
そう言うフィリエル殿下の耳は赤くなっている。
フィリエル殿下の反応の意味がわからない。とにかくドキドキしておかしくなりそうだ。
「そうだな……この一件が片付いたら、お礼代わりに君の屋敷に泊めてくれないか? 一晩でいい」
「そ、そんなことでいいんですか?」
「ミドルダム領は過ごしていて落ち着くんだ。それに君の母の料理はおいしいと評判なんだろう? 是非味わってみたいな」
「フィリエル殿下がそれでいいなら構いませんが……」
もしかしたら、フィリエル殿下は王都での仕事に疲れているのかもしれない。
王都は賑やかだけど、気の休まる雰囲気じゃない。
その点ミドルダム領は田舎ではあるけど穏やかに過ごすにはぴったりだ。
「わかりました。それでは、精一杯おもてなしいたします」
「ありがとう。……レイナと同じ建物で夜を明かすのは初めてだね」
「ひえっ」
くすりと笑うフィリエル殿下にまた鼓動が速くなり始める。
なんでそういう思わせぶりなことばかり……!
「フィリエル殿下は意地悪ではありませんか?」
「そんなつもりはないけど……ごめん、ちょっと浮かれているみたいだ。レイナと二人で遠出する機会なんて、学院を出てからめっきり減っていたから」
「……っ!」
少しだけ寂しそうな顔をするフィリエル殿下。その表情にきゅんと胸が鳴る。おそらく天然なんだろうけど、この人は心臓に悪すぎる。
「フィリエル殿下、本当にすみませんがちょっと離れてください」
「えっ!?」
「私の体がもたないので……って、ああ、そんなに傷ついたような顔をしないでください! 別にフィリエル殿下が嫌いとかそういうわけでは!」
その後も私とフィリエル殿下は会話をしながら目的地に向かった。
馬車を降りる際、中でのやり取りを聞いていたらしい兵士が、
「お二人は仲がよろしいですね」
と生暖かい笑みで言ってきたのがものすごく恥ずかしかった……!
とにかく、私たちは目的地にたどり着いた。
ロードリン公国の大きな街にある屋敷。
今回フィリエル殿下が連絡を取ってくれた公国の貴族、キルジア卿の屋敷だ。
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