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2.子供から大人へ
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レオポルティーナはフェルディナントと唯一仲の良い令嬢だったので、2人はいずれ婚約するだろうと思われていた。予想通り、フェルディナントの両親は11歳のレオポルティーナに婚約を打診した。ただ、健康状態のせいでフェルディナントは廃嫡の可能性があった。それをレオポルティーナの父は危惧し、彼女は正式な婚約者ではなく、とりあえず候補になった。たいていの令息令嬢達は15歳の社交界デビューまでに婚約を整えるが、フェルディナントがその年齢を迎えてもレオポルティーナは婚約者候補のままだった。
フェルディナントの両親は成長の遅い病弱な息子の社交界デビューを遅らせるべきか迷っていたが、その頃には寝込むことも少なくなってきたので、結局通常通り15歳でデビューさせることになった。レオポルティーナはまだ社交界デビューしていなかったので、フェルディナントがエスコートするのは母となった。ただ、彼の母は大柄とは言えないが、小柄でもなかったので、年齢に割に小さなフェルディナントが母に文字通りダンスで振り回されているように見えてしまった。
「フェル!またステップを間違えたわよ!いくら貴方が軽くてもそうしょっちゅう足を踏まれたら痛いわ!」
「す、すみません…母上」
デビュタントボール本番中も母に小声で叱られてフェルディナントはすっかり委縮してしまった。
1曲踊った後、フェルディナントの母は同じく息子にエスコートされて来た他の夫人達と話に夢中になり、フェルディナントは男ながらも壁の花になっていた。
「おい、こんなところに子供が混ざっているぞ!」
「うわっ、ほんとだ!--おい、ここは子供が来る所じゃないんだ!」
率先してフェルディナントに絡んできたのは、同じ侯爵位の子息で、格下の令息達を引き連れていた。彼らより頭半分ほども小さいフェルディナントは肩を押され、簡単に尻もちをついてしまった。
「ハハハ!見ろよ、弱いな!」
「おっと!何か床に落ちてるな。躓いちゃったよ」
彼らが床に座り込んだままのフェルディナントを足蹴にし始めた時、背後から女性が声をかけてきた。年の頃は20代半ばぐらいで豊満な胸の目立つ女性だ。デコルテを大胆に開けた真っ赤なドレスを着てダイヤモンドのように見える派手なネックレスとイヤリングを着けている。少しでも目が肥えている人間なら彼女の付けている宝石は高位貴族なら身に着けないイミテーションとわかるだろう。
「坊ちゃん達、何してるの?デビュタントボールでこんな騒ぎ起こしたら、貴方達のご両親はどう思うかしら?」
「さ、騒ぎなんて…起こしていません!」
「あらそう?それなら大人しくママのところへ戻っていい子いい子してもらうのね」
「…チッ!」
令息達が不満たらたらでその場を去ると、その女性は涙を浮かべているフェルディナントに手を差し伸べた。
「起きなさい。グズグズ泣かないの、男でしょ?」
「…ハイ…ありがとうございます」
フェルディナントが起き上がると、その女性は彼をじっと見下ろした。
「こういう時は男性から誘うものよ」
「あっ、すみません…レ、レディ、わ、私と踊ってくださいませんか?」
「ええ、喜んで。私のことはマリアンヌと呼んで」
「私はフェルディナント・フォン・ロプコヴィッツです。家名をお聞きしても?」
「マリアンヌでいいわよ」
「ハァ…」
「さぁ、行きましょう!」
マリアンヌはフェルディナントの手を取ってダンスホールの中央に躍り出て行った。マリアンヌとの身長差はどうしようもなかったが、彼女はフェルディナントの母親よりも彼のダンスの癖に合わせて上手く踊ってくれた。
でも彼女の甘ったるい香水やとろんとした瞳、豊満な身体にどうしてもフェルディナントは不快感が拭えなかった。母の香水も甘い匂いがするが、ここまで不快ではなかった。しかもダンスのために彼女の肩や手に触れると、フェルディナントは手汗びっしょりになって背中にも冷や汗をかいた。
「フェルディナント、貴方の手袋、汗でぐっしょりよ。そんなに緊張しないで」
「は、はぁ……」
1曲踊った後もフェルディナントを構いたそうなマリアンヌをなんとか振り切ると、眉間にしわを寄せた母親がすぐそばにいた。
「フェル、あのご婦人とかかわるのは止めなさい」
「どうしてですか?」
「あの女性は夫が亡くなっても実家に帰るのでもなく、かといって修道院に入るのでもなく、色々な殿方と遊んでいるのです。貴方のような子供には手に負える女性ではありません。わかりましたね?」
「『遊んでいる』?それなら僕も遊んでもいいでしょう?」
「貴方がしていい遊びではないのです。とにかく家名に瑕がつきますからかかわらないようにしなさい」
この時、フェルディナントはこの『遊び』がどんなものなのか知らなかったが、おいおい知ることになる。
デビュタントボールの後、フェルディナントはめったに夜会に出席しなかった。その際に他の令嬢と踊らなければならなくなったこともあったが、マリアンヌの時のように触れるだけで不快になる令嬢ばかりではなかった。不快になった令嬢のタイプを考えると、マリアンヌのようにお色気ムンムンの女性がフェルディナントは苦手のように思えた。
フェルディナントの両親は成長の遅い病弱な息子の社交界デビューを遅らせるべきか迷っていたが、その頃には寝込むことも少なくなってきたので、結局通常通り15歳でデビューさせることになった。レオポルティーナはまだ社交界デビューしていなかったので、フェルディナントがエスコートするのは母となった。ただ、彼の母は大柄とは言えないが、小柄でもなかったので、年齢に割に小さなフェルディナントが母に文字通りダンスで振り回されているように見えてしまった。
「フェル!またステップを間違えたわよ!いくら貴方が軽くてもそうしょっちゅう足を踏まれたら痛いわ!」
「す、すみません…母上」
デビュタントボール本番中も母に小声で叱られてフェルディナントはすっかり委縮してしまった。
1曲踊った後、フェルディナントの母は同じく息子にエスコートされて来た他の夫人達と話に夢中になり、フェルディナントは男ながらも壁の花になっていた。
「おい、こんなところに子供が混ざっているぞ!」
「うわっ、ほんとだ!--おい、ここは子供が来る所じゃないんだ!」
率先してフェルディナントに絡んできたのは、同じ侯爵位の子息で、格下の令息達を引き連れていた。彼らより頭半分ほども小さいフェルディナントは肩を押され、簡単に尻もちをついてしまった。
「ハハハ!見ろよ、弱いな!」
「おっと!何か床に落ちてるな。躓いちゃったよ」
彼らが床に座り込んだままのフェルディナントを足蹴にし始めた時、背後から女性が声をかけてきた。年の頃は20代半ばぐらいで豊満な胸の目立つ女性だ。デコルテを大胆に開けた真っ赤なドレスを着てダイヤモンドのように見える派手なネックレスとイヤリングを着けている。少しでも目が肥えている人間なら彼女の付けている宝石は高位貴族なら身に着けないイミテーションとわかるだろう。
「坊ちゃん達、何してるの?デビュタントボールでこんな騒ぎ起こしたら、貴方達のご両親はどう思うかしら?」
「さ、騒ぎなんて…起こしていません!」
「あらそう?それなら大人しくママのところへ戻っていい子いい子してもらうのね」
「…チッ!」
令息達が不満たらたらでその場を去ると、その女性は涙を浮かべているフェルディナントに手を差し伸べた。
「起きなさい。グズグズ泣かないの、男でしょ?」
「…ハイ…ありがとうございます」
フェルディナントが起き上がると、その女性は彼をじっと見下ろした。
「こういう時は男性から誘うものよ」
「あっ、すみません…レ、レディ、わ、私と踊ってくださいませんか?」
「ええ、喜んで。私のことはマリアンヌと呼んで」
「私はフェルディナント・フォン・ロプコヴィッツです。家名をお聞きしても?」
「マリアンヌでいいわよ」
「ハァ…」
「さぁ、行きましょう!」
マリアンヌはフェルディナントの手を取ってダンスホールの中央に躍り出て行った。マリアンヌとの身長差はどうしようもなかったが、彼女はフェルディナントの母親よりも彼のダンスの癖に合わせて上手く踊ってくれた。
でも彼女の甘ったるい香水やとろんとした瞳、豊満な身体にどうしてもフェルディナントは不快感が拭えなかった。母の香水も甘い匂いがするが、ここまで不快ではなかった。しかもダンスのために彼女の肩や手に触れると、フェルディナントは手汗びっしょりになって背中にも冷や汗をかいた。
「フェルディナント、貴方の手袋、汗でぐっしょりよ。そんなに緊張しないで」
「は、はぁ……」
1曲踊った後もフェルディナントを構いたそうなマリアンヌをなんとか振り切ると、眉間にしわを寄せた母親がすぐそばにいた。
「フェル、あのご婦人とかかわるのは止めなさい」
「どうしてですか?」
「あの女性は夫が亡くなっても実家に帰るのでもなく、かといって修道院に入るのでもなく、色々な殿方と遊んでいるのです。貴方のような子供には手に負える女性ではありません。わかりましたね?」
「『遊んでいる』?それなら僕も遊んでもいいでしょう?」
「貴方がしていい遊びではないのです。とにかく家名に瑕がつきますからかかわらないようにしなさい」
この時、フェルディナントはこの『遊び』がどんなものなのか知らなかったが、おいおい知ることになる。
デビュタントボールの後、フェルディナントはめったに夜会に出席しなかった。その際に他の令嬢と踊らなければならなくなったこともあったが、マリアンヌの時のように触れるだけで不快になる令嬢ばかりではなかった。不快になった令嬢のタイプを考えると、マリアンヌのようにお色気ムンムンの女性がフェルディナントは苦手のように思えた。
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