上 下
2 / 44

1.出会い

しおりを挟む
ロプコヴィッツ侯爵嫡男フェルディナントは子供の頃、寝込むことが多く、同世代の子供の友達が中々できなかった。体調がよい時に母が同世代の男の子を招待して遊ばせようとしたが、友情どころかその手前の交流が長続きした試しがなかった。初回はよくても2回目、3回目となると招待された子供達は部屋の中だけで靜かに遊ぶことに飽きてしまい、家庭教師の時間などともっともらしい理由を付けて両親が招待を断るか、大人だけで侯爵家を訪れるようになった。

後に婚約者になったクレットガウ伯爵令嬢レオポルティーナがフェルディナントの遊び友達になったのは偶然だった。母の外出に付いていきたいとレオポルティーナが駄々をこねてロプコヴィッツ侯爵家に来たら、家では食べれないようなおいしいお菓子が沢山ある。小さなレオポルティーナが味を占めるのは決まっていた。彼女の兄は妹が物心ついた頃には寄宿学校に入っていたし、10歳も年上で親と行動を共にする年頃でもなく、フェルディナントと顔を合わせたのはずっと後のことだ。

双方の母親は、病弱なフェルディナントとレオポルティーナを遊ばせるつもりは元々なかった。ただ、いくらお菓子がおいしくても延々と続く井戸端会議の間、小さな子供がその場にじっとしていられるわけはない。侍女が一応相手をしてくれていたが、子守専門でもない侍女との時間はレオポルティーナには退屈だった。ある時、ついにレオポルティーナは侍女達やおしゃべりに夢中になっている母達の目をかいくぐって侯爵邸を探検しにトコトコと歩いていった。そこで手を伸ばして開けてみた扉がフェルディナントの部屋だった。

「…誰?」

部屋の中がちゃんと見える前に子供の声がしてレオポルティーナはびっくりした。

「わぁっ!」
「そっちが僕の部屋を覗いたんだから、びっくりするのはおかしいよ。僕のほうこそびっくりした」
「ごめんなさい。あたし、ティーナ」

レオポルティーナは扉を押し開けて部屋の中に入って返事した。5歳の彼女は自分の名前も家名もまだきちんと言えなかった。

レオポルティーナが目をこすると、カーテンを引いていて薄暗い部屋の中で寝台の上に上半身を起こしている子供が見えた。りんごみたいに頬が真っ赤でふわふわウェーブの金髪が肩まで伸びていて話し方に気付かなかったらかわいい女の子だと思っただろう。

「僕はフェルディナント。このうちの子だよ。君は?」
「パパは『はくしゃく』なの。ママと遊びに来た」
「なんていう伯爵?」
「くれとがう」
「ああ、クレットガウ伯爵ね。夫人が母上の友人だ」
「ふぇるでぃのママは私のママの友達?」
「そう。僕のことはフェルって呼んで」
「うん。フェルはどうして一緒にお菓子食べないの?」
「熱があるから寝てなきゃいけないの。うつるといけないから、ママのところに戻りなよ」
「ひとりじゃ寂しいでしょ?」
「…うん……でもティーナも病気になったら困る。だから今度、僕の具合がよくなったら一緒に遊ぼう」
「わかった!」

ちょうど侍女が「レオポルティーナお嬢様!」と探す声が聞こえ、レオポルティーナはフェルディナントの元から嵐のように去って行った。

「ティーナ!どこに行っていたの?!よそのお宅でうろうろしてはいけません」
「フェルのところに行ってたの。今度遊ぶって約束したの」
「あら、まぁ!ありがとう、それはきっとフェルも楽しみにしてますわ。でも熱がうつるといけないから、具合のいい時だけね」

レオポルティーナがフェルディナントと遊ぶようになったことを彼の両親は喜んでままごとや人形などの女の子のおもちゃを次から次へと買い揃えていった。フェルディナントもレオポルティーナの遊びを否定せず、いつも喜んで付き合っていたように見えた。

出会いから3年ほど経ったある日、レオポルティーナがいつものようにフェルディナントの部屋に入ると、彼と同じ年頃か少し年上の少年がもう1人いた。その少年は清潔感のある洋服を着ていたが、フェルディナントの服のように上質な生地と丁寧な縫製の高級服というわけではない。

「ティーナ、この子はヨハン。僕の家の執事の息子で、彼は僕のお手伝いをしてくれるんだ」
「こんにちは。レオポルティーナよ。ティーナと呼んで」
「レオポルティーナお嬢様、よろしくお願いします」
「ヨハン、僕達は友達だから3人だけの時は普通にくだけてしゃべってほしい。ティーナもそれでいいよね?」

レオポルティーナに異存はなかった。ヨハンは最初は渋ったものの、結局フェルディナントの言う通りにすることになった。

それ以来、ヨハンもレオポルティーナの遊び要員となったが、男兄弟しかいないヨハンは最初、戸惑っていた。

「フェル兄様はいつもの通り、私の旦那様ね。ヨハンは私の息子よ――旦那様、ヨハン、お茶はいかが?」
「いただきます、ありがとう、私の奥さん」

そこでヨハンの番になったのだが、彼は言葉に詰まった。

「ヨハン、お母様にお返事は?」
「えっ?!」

ヨハンは渋々レオポルティーナの『息子』になって彼女が淹れた振りをした『紅茶』を飲んだ振りをした。そしてレオポルティーナが満足するまで『おいしいです、お母様』と声色を変えて何度も言わなければならなかった。ヨハンはフェルディナントの2歳年上の12歳だから声変わりが始まっていてその声がレオポルティーナのお気に召さなかったのだった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

今度こそ穏やかに暮らしたいのに!どうして執着してくるのですか?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:30,446pt お気に入り:3,445

私の初恋の人に屈辱と絶望を与えたのは、大好きなお姉様でした

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:2,244pt お気に入り:94

You're the one

BL / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:61

可哀想な私が好き

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:5,432pt お気に入り:542

あなたにはもう何も奪わせない

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:46,378pt お気に入り:2,721

あみだくじで決める運命【オメガバース】

BL / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:163

【完】眼鏡の中の秘密

BL / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:42

私の婚約者は、いつも誰かの想い人

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:102,902pt お気に入り:2,665

処理中です...