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38.健気な若奥様(*)
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暴力行為の描写があります。
登場人物が同性愛を侮辱する言葉が出てきますが、作者の本音ではありません。設定の都合上の台詞です。
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「若奥様! 大変です!」
執事から事の次第を聞いたレオポルティーナは顔色を真っ青にし、ドレスをたくし上げて淑女らしからぬ速さで執事室まで走った。
レオポルティーナが執事室をノックしても返事はなく、ドカドカと何かを足蹴にしてるような音と悲鳴だけが聞こえる。執務室の扉を開けようとしたが、鍵がかかっていて開かない。オロオロしている執事を叱咤して老体に鞭を打って扉に何度も体当たりしてもらって鍵を壊させ、レオポルティーナは執務室に押し入った。
執務室の中は惨憺たる様相だった。フェルディナントとヨハンは顔を腫らし、鼻と口からは出血し、息も絶え絶えで床に横たわっている。特にヨハンの顔は血で真っ赤に染まり、彼の顔の横には折れた歯が落ちていた。
「何だ、レオポルティーナ。男に夫を寝取られて女として情けないと思わないのか?」
「ち、父上……ティーナを……ぶ、侮辱しないで……下さい……彼女……には……罪……ありません……」
「うるさいっ! 今更いい夫の振りをしても遅いぞ! それに私はお前のような穢れた男もどきの父ではない!」
ロルフはフェルディナントを再び蹴った。
「お義父様! お止めになって!」
レオポルティーナはロルフに縋りついた。
「全部誤解です! フェル兄様を陥れようとする誰かがそんな報告をさせたに違いありません。フェル兄様と私は愛し合っている夫婦です!」
レオポルティーナはそう言うと、床に横たわるフェルディナントを抱き起こしてキスをした。腫れた唇を舌でそっとなぞると、彼はすぐに唇を割ったので、レオポルティーナは彼の口の中へ舌を差し入れた。愛しい夫とする初めてのキスは血の味がしてレオポルティーナは涙が出そうになったが、ぐっと堪えた。
「ほう? ティーナが一方的にフェルを慕っているように思えるが?」
レオポルティーナはフェルディナントの口から一旦唇を離し、耳に唇を寄せてそっと囁いた後、耳たぶを舐め始めた。
「兄様、愛してるわ……私に合わせて」
フェルディナントはレオポルティーナを抱きしめ返し、彼女の首に舌を伸ばした。初めての刺激にレオポルティーナは思わず身体をビクンと震わせ、唇を夫の耳から離した。するとフェルディナントは唇を妻の首に押し付け、左手をレオポルティーナの背中に添えたまま、右手で彼女の胸を揉み始めた。
「はぁ……フェル兄様……あん……」
「もうよい。夫婦の濡れ場は寝室でしろ」
「お義父様、お分かりになっていただけましたか?」
「ああ、分かった。だが、もっと証拠を継続的に見せてもらわないとな。お前達は閨の回数も少ないし、夜会に一緒に出席することも滅多にない。手始めに我が家で夜会を主催して仲の良さを見せなさい」
「分かりました。それと……ヨハンは私が引き取ってよろしいでしょうか?」
「駄目だ。こいつはクビだ。紹介状も書かん。どうしても書けと言うなら、嫡男を誘惑して穢れた関係を持ったと書く」
「そんな……! お願いします、ヨハンがフェル兄様と二度と2人で会わないようにしますから! 子作りも頑張ります! お願いします、お義父様!」
「そこまで言うなら好きにしろ。女に欲情しない男なら、ヨハンとの仲を疑われて醜聞になることもなかろう。だがお前が言ったことを忘れるなよ。破ったらヨハンを鞭打ちの上で放逐する。フェルディナントも鞭打ちの上、廃嫡だ。分かったな?」
「……分かりました。ありがとうございます、お義父様」
ロルフはレオポルティーナをしっしっと手で追い払った。レオポルティーナは慌ててフェルディナントとヨハンを起こして執務室から出た。ヨハンを執事に任せたレオポルティーナは、フェルディナントに肩を貸しながら這う這うの体で彼の寝室にたどり着いた。
その後、フェルディナントは、予想通り高熱を出して数日間意識が朦朧とした。彼を必死で看護するレオポルティーナの心の中には、義父への憎悪が熾火のようにくすぶり始めた。
フェルディナントよりも酷く殴られたヨハンも、丈夫な身体ではあったが、数日間寝込んだ。前歯が折れたので、口を開くとぽっかり空いた空間が情けなさを誘う。以前は、フェルディナントとの噂を知らない女性使用人が逞しい身体のヨハンに秋波を送ることもあったのだが、男色の噂がすっかり広まってしまった上に前歯のない見かけが好まれないようで、媚を売られることが全くなくなった。
ヨハンのレオポルティーナへのとげとげしい態度は、彼女に庇われてから影を潜めた。見舞いに訪れたレオポルティーナにヨハンは心から謝罪したものの、感じの悪い態度を何年もしていた相手に救われた罪悪感は中々拭えなかった。
「お嬢様に対する私の今までの態度は酷いものでした。なのに助けていただいて……本当にありがとうございます」
「いいのよ。私もフェル兄様の……だ、大事なひとにあれ以上酷い仕打ちをされたくなかったから……それに貴方は私の幼馴染でもあるし。もうちょっと早く助けに入れたら貴方の歯も折れなかったかもしれないのに…ごめんなさいね」
「とんでもございません。私は一介の侍従です。前歯1本ぐらいなくても支障はありません。フェルディナント様の歯が折れなくて何よりでした」
「……そう……そう言ってもらえるとまだ救いはあるわね。それでね、今日貴方に話そうと思ってたことがあるの。ドミニク先生と話して今度の閨で兄様の精液を注射器で注入することになったわ」
「そうですか……私には何も関係ありませんが、成功をお祈り申し上げます」
「関係ない……? 本当にそう思える? お義父様の怒りを買わないように、兄様はいつもみたいに貴方に高めてもらうことはできないわ」
「……奥様……私にはフェルディナント様が幸せになれるようにお祈りすることしかできません。もうこれ以上この話は……」
「ごめんなさい……意地悪な質問だったわね。とにかく貴方には知っておいてもらいたかっただけ。このお話はこれでお仕舞いにしましょう」
レオポルティーナもヨハンもお互い複雑な気持ちを打ち明けられないまま、話を打ち切った。
登場人物が同性愛を侮辱する言葉が出てきますが、作者の本音ではありません。設定の都合上の台詞です。
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「若奥様! 大変です!」
執事から事の次第を聞いたレオポルティーナは顔色を真っ青にし、ドレスをたくし上げて淑女らしからぬ速さで執事室まで走った。
レオポルティーナが執事室をノックしても返事はなく、ドカドカと何かを足蹴にしてるような音と悲鳴だけが聞こえる。執務室の扉を開けようとしたが、鍵がかかっていて開かない。オロオロしている執事を叱咤して老体に鞭を打って扉に何度も体当たりしてもらって鍵を壊させ、レオポルティーナは執務室に押し入った。
執務室の中は惨憺たる様相だった。フェルディナントとヨハンは顔を腫らし、鼻と口からは出血し、息も絶え絶えで床に横たわっている。特にヨハンの顔は血で真っ赤に染まり、彼の顔の横には折れた歯が落ちていた。
「何だ、レオポルティーナ。男に夫を寝取られて女として情けないと思わないのか?」
「ち、父上……ティーナを……ぶ、侮辱しないで……下さい……彼女……には……罪……ありません……」
「うるさいっ! 今更いい夫の振りをしても遅いぞ! それに私はお前のような穢れた男もどきの父ではない!」
ロルフはフェルディナントを再び蹴った。
「お義父様! お止めになって!」
レオポルティーナはロルフに縋りついた。
「全部誤解です! フェル兄様を陥れようとする誰かがそんな報告をさせたに違いありません。フェル兄様と私は愛し合っている夫婦です!」
レオポルティーナはそう言うと、床に横たわるフェルディナントを抱き起こしてキスをした。腫れた唇を舌でそっとなぞると、彼はすぐに唇を割ったので、レオポルティーナは彼の口の中へ舌を差し入れた。愛しい夫とする初めてのキスは血の味がしてレオポルティーナは涙が出そうになったが、ぐっと堪えた。
「ほう? ティーナが一方的にフェルを慕っているように思えるが?」
レオポルティーナはフェルディナントの口から一旦唇を離し、耳に唇を寄せてそっと囁いた後、耳たぶを舐め始めた。
「兄様、愛してるわ……私に合わせて」
フェルディナントはレオポルティーナを抱きしめ返し、彼女の首に舌を伸ばした。初めての刺激にレオポルティーナは思わず身体をビクンと震わせ、唇を夫の耳から離した。するとフェルディナントは唇を妻の首に押し付け、左手をレオポルティーナの背中に添えたまま、右手で彼女の胸を揉み始めた。
「はぁ……フェル兄様……あん……」
「もうよい。夫婦の濡れ場は寝室でしろ」
「お義父様、お分かりになっていただけましたか?」
「ああ、分かった。だが、もっと証拠を継続的に見せてもらわないとな。お前達は閨の回数も少ないし、夜会に一緒に出席することも滅多にない。手始めに我が家で夜会を主催して仲の良さを見せなさい」
「分かりました。それと……ヨハンは私が引き取ってよろしいでしょうか?」
「駄目だ。こいつはクビだ。紹介状も書かん。どうしても書けと言うなら、嫡男を誘惑して穢れた関係を持ったと書く」
「そんな……! お願いします、ヨハンがフェル兄様と二度と2人で会わないようにしますから! 子作りも頑張ります! お願いします、お義父様!」
「そこまで言うなら好きにしろ。女に欲情しない男なら、ヨハンとの仲を疑われて醜聞になることもなかろう。だがお前が言ったことを忘れるなよ。破ったらヨハンを鞭打ちの上で放逐する。フェルディナントも鞭打ちの上、廃嫡だ。分かったな?」
「……分かりました。ありがとうございます、お義父様」
ロルフはレオポルティーナをしっしっと手で追い払った。レオポルティーナは慌ててフェルディナントとヨハンを起こして執務室から出た。ヨハンを執事に任せたレオポルティーナは、フェルディナントに肩を貸しながら這う這うの体で彼の寝室にたどり着いた。
その後、フェルディナントは、予想通り高熱を出して数日間意識が朦朧とした。彼を必死で看護するレオポルティーナの心の中には、義父への憎悪が熾火のようにくすぶり始めた。
フェルディナントよりも酷く殴られたヨハンも、丈夫な身体ではあったが、数日間寝込んだ。前歯が折れたので、口を開くとぽっかり空いた空間が情けなさを誘う。以前は、フェルディナントとの噂を知らない女性使用人が逞しい身体のヨハンに秋波を送ることもあったのだが、男色の噂がすっかり広まってしまった上に前歯のない見かけが好まれないようで、媚を売られることが全くなくなった。
ヨハンのレオポルティーナへのとげとげしい態度は、彼女に庇われてから影を潜めた。見舞いに訪れたレオポルティーナにヨハンは心から謝罪したものの、感じの悪い態度を何年もしていた相手に救われた罪悪感は中々拭えなかった。
「お嬢様に対する私の今までの態度は酷いものでした。なのに助けていただいて……本当にありがとうございます」
「いいのよ。私もフェル兄様の……だ、大事なひとにあれ以上酷い仕打ちをされたくなかったから……それに貴方は私の幼馴染でもあるし。もうちょっと早く助けに入れたら貴方の歯も折れなかったかもしれないのに…ごめんなさいね」
「とんでもございません。私は一介の侍従です。前歯1本ぐらいなくても支障はありません。フェルディナント様の歯が折れなくて何よりでした」
「……そう……そう言ってもらえるとまだ救いはあるわね。それでね、今日貴方に話そうと思ってたことがあるの。ドミニク先生と話して今度の閨で兄様の精液を注射器で注入することになったわ」
「そうですか……私には何も関係ありませんが、成功をお祈り申し上げます」
「関係ない……? 本当にそう思える? お義父様の怒りを買わないように、兄様はいつもみたいに貴方に高めてもらうことはできないわ」
「……奥様……私にはフェルディナント様が幸せになれるようにお祈りすることしかできません。もうこれ以上この話は……」
「ごめんなさい……意地悪な質問だったわね。とにかく貴方には知っておいてもらいたかっただけ。このお話はこれでお仕舞いにしましょう」
レオポルティーナもヨハンもお互い複雑な気持ちを打ち明けられないまま、話を打ち切った。
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