27 / 72
第1章 疑似兄妹
26.日陰者の王弟
しおりを挟む
カロリーネの実家の男爵家が父から兄に代替わりした後、元々兄夫婦と上手くいっていなかったカロリーネは肩身がますます狭くなった。そんな時に宰相ベネディクト・フォン・ツェーリンゲンからカロリーネに縁談があった。兄夫婦は諸手をあげて喜び、彼女に断る術はなかったが、ヨアヒムの事を考えると胸が締め付けられた。
でもカロリーネの結婚に後ろ向きな気持ちは、宰相の側近と会った後にがらりと変わった。多忙な宰相は顔合わせに側近を送り込んできて最初はカロリーネも憤慨した。だが条件を聞いたら、ベネディクトとは白い結婚のままヨアヒムと会うのも最後まで致すのも子供さえ作らなければ構わない、ガブリエレを連れてきたら公爵令嬢として遇する、予算内であったらツェーリンゲン公爵家の品格を落とさない限り何でも買ってよい――カロリーネにとって都合のいい事尽くめである。
カロリーネは何か裏があるのかと疑ったが、ヨアヒムとの関係を宰相が利用したいのだと分かった時、この結婚を逆にとことん利用してやると心に決めた。ヨアヒムは白い結婚でも嫌だと大反対したが、兄夫婦の顔色を窺って生活するのにうんざりしていたカロリーネはベネディクトとの結婚を強行した。
カロリーネの結婚前、ヨアヒムは出入りの商人に扮してカロリーネ達にこっそり会っていたのだが、結婚後は大手を振ってツェーリンゲン公爵家を頻繁に訪ねて来るようになった。ガブリエレは、男爵家でこっそり会っていた出入りの商人の正体が実は王弟殿下と知って驚愕した。
ヨアヒムはガブリエレを目の中に入れても痛くないほど溺愛した一方、パトリツィアとラファエル姉弟にはほとんど関わらなかった。ヨアヒムが来ている時に偶然出会えばパトリツィアも挨拶をするが、ガブリエレの機嫌が悪くなるからわざわざ挨拶には行かない。でもある日、パトリツィアはヨアヒムにわざと挨拶しに応接室に立ち入った。
「ヨアヒムおじ様、いらっしゃいませ」
「ちょっと、お義姉様! 少し慣れ慣れし過ぎるのではなくって? 貴女にとってヨアヒムおじ様は赤の他人よ。王弟殿下と呼んでちょうだい。ね、おじ様?」
「ああ、うん……ガービー、でもそんな言い方は……」
「おじ様!」
「申し訳ございません。ではごゆっくり」
パトリツィアは、本当はヨアヒムを『ヨアヒムおじ様』と呼ぶべきではないことは分かっていた。ガブリエレはいくら咎めてもルイトポルトを『ルイお兄様』と呼ぶことを止めない。だから当てつけでそう呼んでみただけだった。
ヨアヒムがツェーリンゲン公爵家に来ていたある日、いつものようにヨアヒムはガブリエレとカロリーネの3人で話していた。だが家庭教師の時間になり、ガブリエレは名残惜しそうにしつつも母とヨアヒムを残して応接間を出て行った。
ヨアヒムはガブリエレが出て行ったのを確認すると、大きなため息をついた。
「君が他の男と結婚しているなんて、白い結婚でも我慢できないよ」
「あら、これは結婚と言っても同盟みたいなものなのですよ。ヨアヒムも知ってるでしょう?」
「宰相の力で僕を国王にするため、だっけ? でも僕は国王の器じゃないよ」
「あら、あの男が貴方より国王の器だと思って?」
「確かに兄上は国王の役割を全く果たしてないね。でもルイトポルトは優秀だよ。彼だったら良い国王になるだろうね。それに彼は半分しか血は繋がってないけど、僕の甥でもあるし、君の義娘の未来の夫じゃないか」
「そんなに弱気にならないで! どうして私があのいけ好かない男と結婚したのか分からなくなるでしょう?!」
「宰相閣下は君と結婚したからと言って無条件に僕を次期国王として支持するわけじゃない。僕かルイトポルトか、どちらが良い傀儡になるか、彼は見極めるだろうよ」
「ヨアヒム……貴方、無欲過ぎるわ。そんな貴方が好きになってしまったんだけど……」
「『だけど』? 僕に幻滅した?」
「正直言えば、少し……私にはベネディクトみたいに権力欲が強い男の方が合っているのかもしれないわね」
「そんな事を言わないで。僕がどんなに君を愛しているか知っているだろう?」
「じゃあ、私の歩む道を貴方も一緒に来て。私、本当は怖いの。でももう乗り掛かった船なのよ。下船することはもうできないわ。でも愛する貴方がいれば怖くない。ねえ、お願い」
愛するカロリーネに縋りつかれ、ヨアヒムは苦悩に満ちた表情でため息をついた。
「……分かったよ……君が望むなら、僕は国王になるよ。そのためなら、本当は嫌だけど宰相閣下とだって同盟を組む。兄上だって甥だって地獄に落とすのもためらわないよ。ああ! でもせっかく会えたんだ、もう、こんな話は止めよう」
ヨアヒムはそう言ってカロリーネの隣に座り直し、彼女にキスをした。
「ん……ヨアヒム……ここでは駄目よ」
「そうだね、君の部屋に行こう」
その言葉が聞こえた瞬間、応接室の少し開いた扉の前にいたパトリツィアは、弾けた弾丸のように素早く隣の部屋に入った。ヨアヒムとカロリーネが廊下を通り過ぎた後も、パトリツィアの胸はバクバクと早鐘を打っていた。それは必ずしもヨアヒムと継母の秘密の関係を知ったからではなく、愛するルイトポルトの身の危険の可能性を知ってしまったからだった。
でもカロリーネの結婚に後ろ向きな気持ちは、宰相の側近と会った後にがらりと変わった。多忙な宰相は顔合わせに側近を送り込んできて最初はカロリーネも憤慨した。だが条件を聞いたら、ベネディクトとは白い結婚のままヨアヒムと会うのも最後まで致すのも子供さえ作らなければ構わない、ガブリエレを連れてきたら公爵令嬢として遇する、予算内であったらツェーリンゲン公爵家の品格を落とさない限り何でも買ってよい――カロリーネにとって都合のいい事尽くめである。
カロリーネは何か裏があるのかと疑ったが、ヨアヒムとの関係を宰相が利用したいのだと分かった時、この結婚を逆にとことん利用してやると心に決めた。ヨアヒムは白い結婚でも嫌だと大反対したが、兄夫婦の顔色を窺って生活するのにうんざりしていたカロリーネはベネディクトとの結婚を強行した。
カロリーネの結婚前、ヨアヒムは出入りの商人に扮してカロリーネ達にこっそり会っていたのだが、結婚後は大手を振ってツェーリンゲン公爵家を頻繁に訪ねて来るようになった。ガブリエレは、男爵家でこっそり会っていた出入りの商人の正体が実は王弟殿下と知って驚愕した。
ヨアヒムはガブリエレを目の中に入れても痛くないほど溺愛した一方、パトリツィアとラファエル姉弟にはほとんど関わらなかった。ヨアヒムが来ている時に偶然出会えばパトリツィアも挨拶をするが、ガブリエレの機嫌が悪くなるからわざわざ挨拶には行かない。でもある日、パトリツィアはヨアヒムにわざと挨拶しに応接室に立ち入った。
「ヨアヒムおじ様、いらっしゃいませ」
「ちょっと、お義姉様! 少し慣れ慣れし過ぎるのではなくって? 貴女にとってヨアヒムおじ様は赤の他人よ。王弟殿下と呼んでちょうだい。ね、おじ様?」
「ああ、うん……ガービー、でもそんな言い方は……」
「おじ様!」
「申し訳ございません。ではごゆっくり」
パトリツィアは、本当はヨアヒムを『ヨアヒムおじ様』と呼ぶべきではないことは分かっていた。ガブリエレはいくら咎めてもルイトポルトを『ルイお兄様』と呼ぶことを止めない。だから当てつけでそう呼んでみただけだった。
ヨアヒムがツェーリンゲン公爵家に来ていたある日、いつものようにヨアヒムはガブリエレとカロリーネの3人で話していた。だが家庭教師の時間になり、ガブリエレは名残惜しそうにしつつも母とヨアヒムを残して応接間を出て行った。
ヨアヒムはガブリエレが出て行ったのを確認すると、大きなため息をついた。
「君が他の男と結婚しているなんて、白い結婚でも我慢できないよ」
「あら、これは結婚と言っても同盟みたいなものなのですよ。ヨアヒムも知ってるでしょう?」
「宰相の力で僕を国王にするため、だっけ? でも僕は国王の器じゃないよ」
「あら、あの男が貴方より国王の器だと思って?」
「確かに兄上は国王の役割を全く果たしてないね。でもルイトポルトは優秀だよ。彼だったら良い国王になるだろうね。それに彼は半分しか血は繋がってないけど、僕の甥でもあるし、君の義娘の未来の夫じゃないか」
「そんなに弱気にならないで! どうして私があのいけ好かない男と結婚したのか分からなくなるでしょう?!」
「宰相閣下は君と結婚したからと言って無条件に僕を次期国王として支持するわけじゃない。僕かルイトポルトか、どちらが良い傀儡になるか、彼は見極めるだろうよ」
「ヨアヒム……貴方、無欲過ぎるわ。そんな貴方が好きになってしまったんだけど……」
「『だけど』? 僕に幻滅した?」
「正直言えば、少し……私にはベネディクトみたいに権力欲が強い男の方が合っているのかもしれないわね」
「そんな事を言わないで。僕がどんなに君を愛しているか知っているだろう?」
「じゃあ、私の歩む道を貴方も一緒に来て。私、本当は怖いの。でももう乗り掛かった船なのよ。下船することはもうできないわ。でも愛する貴方がいれば怖くない。ねえ、お願い」
愛するカロリーネに縋りつかれ、ヨアヒムは苦悩に満ちた表情でため息をついた。
「……分かったよ……君が望むなら、僕は国王になるよ。そのためなら、本当は嫌だけど宰相閣下とだって同盟を組む。兄上だって甥だって地獄に落とすのもためらわないよ。ああ! でもせっかく会えたんだ、もう、こんな話は止めよう」
ヨアヒムはそう言ってカロリーネの隣に座り直し、彼女にキスをした。
「ん……ヨアヒム……ここでは駄目よ」
「そうだね、君の部屋に行こう」
その言葉が聞こえた瞬間、応接室の少し開いた扉の前にいたパトリツィアは、弾けた弾丸のように素早く隣の部屋に入った。ヨアヒムとカロリーネが廊下を通り過ぎた後も、パトリツィアの胸はバクバクと早鐘を打っていた。それは必ずしもヨアヒムと継母の秘密の関係を知ったからではなく、愛するルイトポルトの身の危険の可能性を知ってしまったからだった。
10
あなたにおすすめの小説
幼馴染と夫の衝撃告白に号泣「僕たちは愛し合っている」王子兄弟の関係に私の入る隙間がない!
佐藤 美奈
恋愛
「僕たちは愛し合っているんだ!」
突然、夫に言われた。アメリアは第一子を出産したばかりなのに……。
アメリア公爵令嬢はレオナルド王太子と結婚して、アメリアは王太子妃になった。
アメリアの幼馴染のウィリアム。アメリアの夫はレオナルド。二人は兄弟王子。
二人は、仲が良い兄弟だと思っていたけど予想以上だった。二人の親密さに、私は入る隙間がなさそうだと思っていたら本当になかったなんて……。
結婚したけど夫の不倫が発覚して兄に相談した。相手は親友で2児の母に慰謝料を請求した。
佐藤 美奈
恋愛
伯爵令嬢のアメリアは幼馴染のジェームズと結婚して公爵夫人になった。
結婚して半年が経過したよく晴れたある日、アメリアはジェームズとのすれ違いの生活に悩んでいた。そんな時、机の脇に置き忘れたような手紙を発見して中身を確かめた。
アメリアは手紙を読んで衝撃を受けた。夫のジェームズは不倫をしていた。しかも相手はアメリアの親しい友人のエリー。彼女は既婚者で2児の母でもある。ジェームズの不倫相手は他にもいました。
アメリアは信頼する兄のニコラスの元を訪ね相談して意見を求めた。
夫「お前は価値がない女だ。太った姿を見るだけで吐き気がする」若い彼女と再婚するから妻に出て行け!
佐藤 美奈
恋愛
華やかな舞踏会から帰宅した公爵夫人ジェシカは、幼馴染の夫ハリーから突然の宣告を受ける。
「お前は価値のない女だ。太った姿を見るだけで不快だ!」
冷酷な言葉は、長年連れ添った夫の口から発せられたとは思えないほど鋭く、ジェシカの胸に突き刺さる。
さらにハリーは、若い恋人ローラとの再婚を一方的に告げ、ジェシカに屋敷から出ていくよう迫る。
優しかった夫の変貌に、ジェシカは言葉を失い、ただ立ち尽くす。
「本当に僕の子供なのか検査して調べたい」子供と顔が似てないと責められ離婚と多額の慰謝料を請求された。
佐藤 美奈
恋愛
ソフィア伯爵令嬢は、公爵位を継いだ恋人で幼馴染のジャックと結婚して公爵夫人になった。何一つ不自由のない環境で誰もが羨むような生活をして、二人の子供に恵まれて幸福の絶頂期でもあった。
「長男は僕に似てるけど、次男の顔は全く似てないから病院で検査したい」
ある日、ジャックからそう言われてソフィアは、時間が止まったような気持ちで精神的な打撃を受けた。すぐに返す言葉が出てこなかった。この出来事がきっかけで仲睦まじい夫婦にひびが入り崩れ出していく。
最近彼氏の様子がおかしい!私を溺愛し大切にしてくれる幼馴染の彼氏が急に冷たくなった衝撃の理由。
佐藤 美奈
恋愛
ソフィア・フランチェスカ男爵令嬢はロナウド・オスバッカス子爵令息に結婚を申し込まれた。
幼馴染で恋人の二人は学園を卒業したら夫婦になる永遠の愛を誓う。超名門校のフォージャー学園に入学し恋愛と楽しい学園生活を送っていたが、学年が上がると愛する彼女の様子がおかしい事に気がつきました。
一緒に下校している時ロナウドにはソフィアが不安そうな顔をしているように見えて、心配そうな視線を向けて話しかけた。
ソフィアは彼を心配させないように無理に笑顔を作って、何でもないと答えますが本当は学園の経営者である理事長の娘アイリーン・クロフォード公爵令嬢に精神的に追い詰められていた。
私を大切にしなかった貴方が、なぜ今さら許されると思ったの?
佐藤 美奈
恋愛
財力に乏しい貴族の家柄の娘エリザベート・フェルナンドは、ハリントン伯爵家の嫡男ヴィクトルとの婚約に胸をときめかせていた。
母シャーロット・フェルナンドの微笑みに祝福を感じながらも、その奥に隠された思惑を理解することはできなかった。
やがて訪れるフェルナンド家とハリントン家の正式な顔合わせの席。その場で起こる残酷な出来事を、エリザベートはまだ知る由もなかった。
魔法とファンタジーの要素が少し漂う日常の中で、周りはほのぼのとした雰囲気に包まれていた。
腹が立つ相手はみんなざまぁ!
上流階級の名家が没落。皇帝、皇后、イケメン皇太子、生意気な態度の皇女に仕返しだ! 貧乏な男爵家の力を思い知れ!
真の姿はクロイツベルク陛下、神聖なる至高の存在。
婚約した幼馴染の彼と妹がベッドで寝てた。婚約破棄は嫌だと泣き叫んで復縁をしつこく迫る。
佐藤 美奈
恋愛
伯爵令嬢のオリビアは幼馴染と婚約して限りない喜びに満ちていました。相手はアルフィ皇太子殿下です。二人は心から幸福を感じている。
しかし、オリビアが聖女に選ばれてから会える時間が減っていく。それに対してアルフィは不満でした。オリビアも彼といる時間を大切にしたいと言う思いでしたが、心にすれ違いを生じてしまう。
そんな時、オリビアは過密スケジュールで約束していたデートを直前で取り消してしまい、アルフィと喧嘩になる。気を取り直して再びアルフィに謝りに行きますが……
彼女よりも幼馴染を溺愛して優先の彼と結婚するか悩む
佐藤 美奈
恋愛
公爵家の広大な庭園。その奥まった一角に佇む白いガゼボで、私はひとり思い悩んでいた。
私の名はニーナ・フォン・ローゼンベルク。名門ローゼンベルク家の令嬢として、若き騎士アンドレ・フォン・ヴァルシュタインとの婚約がすでに決まっている。けれど、その婚約に心からの喜びを感じることができずにいた。
理由はただ一つ。彼の幼馴染であるキャンディ・フォン・リエーヌ子爵令嬢の存在。
アンドレは、彼女がすべてであるかのように振る舞い、いついかなる時も彼女の望みを最優先にする。婚約者である私の気持ちなど、まるで見えていないかのように。
そして、アンドレはようやく自分の至らなさに気づくこととなった。
失われたニーナの心を取り戻すため、彼は様々なイベントであらゆる方法を試みることを決意する。その思いは、ただ一つ、彼女の笑顔を再び見ることに他ならなかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる