傀儡妃は幼馴染の王太子をひたすら愛する

田鶴

文字の大きさ
69 / 72
第4章 逃亡

68.逃亡準備

しおりを挟む
 パトリツィアは、結婚から2年してやっと愛する夫ルイトポルトと身も心も結ばれた。なのにここで2人の道は分かれる――いや、分かれなければならない。父の宰相ベネディクトが断罪されたら、パトリツィアは罪人の娘となり、王太子妃に相応しくなくなる。それは覚悟の上の別れだが、パトリツィアの胸は悲しみで張り裂けそうだ。

 パトリツィアは、名残惜しくルイトポルトの寝顔を見つめ、額に触れるか触れないかぐらいのキスを贈った。その時、ルイトポルトの顔にパトリツィアの涙が落ち、ルイトポルトが起きてしまうかとパトリツィアは気を揉んだが、疲れ切っていたルイトポルトは目覚めなかった。

 パトリツィアはそっと寝台から出て内扉から王太子妃の寝室へ、そこから自分の居室に戻った。そこにはラファエルと彼の護衛騎士ゲオルグとその母で侍女ナディーンがパトリツィアを待っていた。ラファエルはパトリツィアを見た途端に飛びついた。

「お姉様!」
「ラファエル!」

 少しの間、パトリツィアはラファエルを抱きしめていたが、残念ながら再会をゆっくりと味わう時間はなかった。

 ラファエルから離れると、パトリツィアは机の引き出しからはさみを取り出し、黄金色の見事な長髪をうなじすれすれにバッサリと切り落として布袋に入れた。切った髪をそのまま床に落としておいたらすぐに逃走がばれてしまうかもしれないからだ。それに美しい金髪は、逃亡中に路銀が足りなくなったら売れるかもしれない。ゲオルグとナディーンは、パトリツィアの断髪の意思をあらかじめ知っていて驚かなかったが、ラファエルは仰天した。

「お姉様?! どうして?」

 驚く弟の目線まで屈んでパトリツィアは言い聞かせた。ナディーン達は逃亡することを既にラファエルに伝えていたが、姉としても直接伝えたかったし、変装の意義も言い聞かせたかった。

「ラファエル、よく聞いて。私達はこれからこの国を出て別の人間として生きていきます。お父様が悪い事をしたから、私達はこの国にはもういられないの。国境を超える前に見つからないようにしないといけないから、私は男の子、貴方は女の子に変装するのよ。そうね、ここを出たら貴方の名前はクラウディア、ディアって呼ぶわね。私の名前はヴァルター、ゲオルグはグスタフ、ナディーンはキアラよ。忘れないでね」
「えー、僕、女の子じゃないよ」
「いい、ラファエル? 捕まったら殺されるのよ」
「えっ?! 嘘でしょ?! そんなの嫌だ!」

 ラファエルはショックを受けて狼狽えて泣き出しそうになった。パトリツィアはラファエルに厳しい逃亡生活への危機感を持ってもらいたかったが、脅し過ぎたようだった。パトリツィアは、ラファエルを抱きしめて背中を撫でた。

「大丈夫。ゲオルグとナディーンがいるのよ、私達は捕まらないわ。追手は、男の子を連れた大人の女性2人と男性1人のグループを捜すでしょう。だからその為に変装して誤魔化すのよ。分かってくれた?」
「……うん……」
「じゃあ、これに着替えてね――ゲオルグ、ラファエルの着替えを手伝ってあげて。私は隣の寝室で着替えるわ」

 ラファエルの髪は、パトリツィアの言いつけで彼女の結婚以来伸ばしており、肩に少しかかるぐらいの長さにしていた。彼はゲオルグの手にある木綿のブラウスと膝下丈のスカートを見て心底嫌そうにしたが、渋々シャツのボタンを外して今着ている服を脱ぎ始めた。それを見てパトリツィアはナディーンと隣の寝室へ入った。

「ナディーン、ゲオルグの古着と布は持ってきてくれたわよね?」
「いえ、お嬢様の体形に合わせて新しい服を買ってきました」
「あら、古着でよかったのに。それから今日からは私達は平民の家族よ。お嬢様も坊ちゃまも止めてね」
「かしこまりました」
「その話し方ももうちょっとくだけないとね」

 ナディーンがゲオルグの母という設定は事実と同じだが、ゲオルグとパトリツィアは歳の離れた兄弟、ラファエルはゲオルグの娘の振りをする。ゲオルグとパトリツィア、ラファエルで3きょうだいとするには、ゲオルグとラファエルの年齢差が20歳差で兄妹を偽装するのは難しいのでその案を採用したのだ。

 寝室でナディーンは、下着姿になったパトリツィアの豊満な胸に布を巻きつけてぎゅうぎゅうに押さえつけた。それでも胸の辺りだけ不自然に太く見えてしまうのは否めず、腹にも布を巻いて小太りの少年を装う。だが、あまりに苦しくてこれで厳しい逃亡の旅を耐えられるのか、パトリツィアは自信がなくなってきた。

「ううっ! く、苦しい!」
「申し訳ありません。でもお胸が豊かでいらっしゃるから……では胸の布は少し緩めてお腹にもう少し布を巻きましょう」

 パトリツィアは何とか我慢できる加減で上半身に布を巻いてもらった後、ナディーンの助けを得て質素な木綿のシャツとトラウザーズを着た。布で太くなった胴体に身頃はちょうどよかったが、袖とトラウザーズの裾は長過ぎた。トラウザーズの幅も臀部はちょうどいいのに、脚の部分はぶかぶかで、全体的に何とも不格好である。だが、贅沢を言ってはおられず、裾をまくり上げてよしとした。

 パトリツィアがナディーンと居間に戻ると、ラファエルも着替え終わっていた。ラファエルもパトリツィアも質素な服装をしていてもそこはかとなく高貴な雰囲気が駄々洩れだ。ふわふわの輝く金髪と澄んだ青い目、白磁器のように艶やかな肌はあまりに美しく、人目につきそうであった。ナディーンは用意してあった灰を2人の髪の毛に付けて髪の色をくすませ、ラファエルの頭にはスカーフを、パトリツィアの頭には古びたハンチング帽を被せた。

「灰をつけてもおふたりのおぐしは美しい。これでは私達と家族に見えないですね。今は時間がないですが、逃亡先では髪の毛を染めるほうがいいかもしれません」

 ゲオルグとナディーンは、この国や近隣諸国の大多数の人々と同様、焦げ茶色の髪の毛と榛色の瞳を持っていて目立たない。この辺りでは金髪も少なくはないが、南に逃亡するとしたら、金髪のままでは目立つだろう。

 変装はとりあえずこれでよいとして後は持って行く荷物だが、あまり沢山持って行けるはずはない。1人1着ずつの着替えと水、干し肉や乾パンなど日持ちのする食料、それに逃走資金をゲオルグとナディーンが2つに分けて持って行く事にした。頭陀袋にまとめた荷物を見てゲオルグはパトリツィアに尋ねた。

「道中の軍資金用に宝飾品も持って行かれますか?」
「いえ、それは王室の財産から買った物か、お父様が不正をして稼いだお金で買った物です。全部置いていきます。それにこれだけの品質の物を売り払ったら、そこから私達の行き先が露見するでしょう。でもいただいた歳費を節約して貯めたお金は……背に腹は代えられないわね。申し訳ないけど、持って行くわ。どこまでもつか分からないけれど……」

「万一足りなくなれば、私達は腕がたちますので、旅商人の護衛で稼げるでしょう」
「そんな訳にいかないわ」
「いいえ、ご心配なさらないで下さい。どうせ自分達だけでもどうにかして稼いで生きていくしかない身です」
「私って情けないわね……兄様の元から逃げる事しか考えていなかったわ」
「気になさらないで下さい。おふたりがまずはこの国から出られるのが一番重要なのです。後は私達にお任せ下さい」
「ナディーン、ゲオルグ……ごめんなさい、迷惑かけるわね」
「とんでもありません。私達はいつもおふたりの側にいたいのです」
「ありがとう」

 パトリツィアは涙が溢れそうな目を拭って王太子妃の寝室へ続く内扉を開けた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

幼馴染と夫の衝撃告白に号泣「僕たちは愛し合っている」王子兄弟の関係に私の入る隙間がない!

佐藤 美奈
恋愛
「僕たちは愛し合っているんだ!」 突然、夫に言われた。アメリアは第一子を出産したばかりなのに……。 アメリア公爵令嬢はレオナルド王太子と結婚して、アメリアは王太子妃になった。 アメリアの幼馴染のウィリアム。アメリアの夫はレオナルド。二人は兄弟王子。 二人は、仲が良い兄弟だと思っていたけど予想以上だった。二人の親密さに、私は入る隙間がなさそうだと思っていたら本当になかったなんて……。

結婚したけど夫の不倫が発覚して兄に相談した。相手は親友で2児の母に慰謝料を請求した。

佐藤 美奈
恋愛
伯爵令嬢のアメリアは幼馴染のジェームズと結婚して公爵夫人になった。 結婚して半年が経過したよく晴れたある日、アメリアはジェームズとのすれ違いの生活に悩んでいた。そんな時、机の脇に置き忘れたような手紙を発見して中身を確かめた。 アメリアは手紙を読んで衝撃を受けた。夫のジェームズは不倫をしていた。しかも相手はアメリアの親しい友人のエリー。彼女は既婚者で2児の母でもある。ジェームズの不倫相手は他にもいました。 アメリアは信頼する兄のニコラスの元を訪ね相談して意見を求めた。

夫「お前は価値がない女だ。太った姿を見るだけで吐き気がする」若い彼女と再婚するから妻に出て行け!

佐藤 美奈
恋愛
華やかな舞踏会から帰宅した公爵夫人ジェシカは、幼馴染の夫ハリーから突然の宣告を受ける。 「お前は価値のない女だ。太った姿を見るだけで不快だ!」 冷酷な言葉は、長年連れ添った夫の口から発せられたとは思えないほど鋭く、ジェシカの胸に突き刺さる。 さらにハリーは、若い恋人ローラとの再婚を一方的に告げ、ジェシカに屋敷から出ていくよう迫る。 優しかった夫の変貌に、ジェシカは言葉を失い、ただ立ち尽くす。

「本当に僕の子供なのか検査して調べたい」子供と顔が似てないと責められ離婚と多額の慰謝料を請求された。

佐藤 美奈
恋愛
ソフィア伯爵令嬢は、公爵位を継いだ恋人で幼馴染のジャックと結婚して公爵夫人になった。何一つ不自由のない環境で誰もが羨むような生活をして、二人の子供に恵まれて幸福の絶頂期でもあった。 「長男は僕に似てるけど、次男の顔は全く似てないから病院で検査したい」 ある日、ジャックからそう言われてソフィアは、時間が止まったような気持ちで精神的な打撃を受けた。すぐに返す言葉が出てこなかった。この出来事がきっかけで仲睦まじい夫婦にひびが入り崩れ出していく。

最近彼氏の様子がおかしい!私を溺愛し大切にしてくれる幼馴染の彼氏が急に冷たくなった衝撃の理由。

佐藤 美奈
恋愛
ソフィア・フランチェスカ男爵令嬢はロナウド・オスバッカス子爵令息に結婚を申し込まれた。 幼馴染で恋人の二人は学園を卒業したら夫婦になる永遠の愛を誓う。超名門校のフォージャー学園に入学し恋愛と楽しい学園生活を送っていたが、学年が上がると愛する彼女の様子がおかしい事に気がつきました。 一緒に下校している時ロナウドにはソフィアが不安そうな顔をしているように見えて、心配そうな視線を向けて話しかけた。 ソフィアは彼を心配させないように無理に笑顔を作って、何でもないと答えますが本当は学園の経営者である理事長の娘アイリーン・クロフォード公爵令嬢に精神的に追い詰められていた。

私を大切にしなかった貴方が、なぜ今さら許されると思ったの?

佐藤 美奈
恋愛
財力に乏しい貴族の家柄の娘エリザベート・フェルナンドは、ハリントン伯爵家の嫡男ヴィクトルとの婚約に胸をときめかせていた。 母シャーロット・フェルナンドの微笑みに祝福を感じながらも、その奥に隠された思惑を理解することはできなかった。 やがて訪れるフェルナンド家とハリントン家の正式な顔合わせの席。その場で起こる残酷な出来事を、エリザベートはまだ知る由もなかった。 魔法とファンタジーの要素が少し漂う日常の中で、周りはほのぼのとした雰囲気に包まれていた。 腹が立つ相手はみんなざまぁ! 上流階級の名家が没落。皇帝、皇后、イケメン皇太子、生意気な態度の皇女に仕返しだ! 貧乏な男爵家の力を思い知れ!  真の姿はクロイツベルク陛下、神聖なる至高の存在。

婚約した幼馴染の彼と妹がベッドで寝てた。婚約破棄は嫌だと泣き叫んで復縁をしつこく迫る。

佐藤 美奈
恋愛
伯爵令嬢のオリビアは幼馴染と婚約して限りない喜びに満ちていました。相手はアルフィ皇太子殿下です。二人は心から幸福を感じている。 しかし、オリビアが聖女に選ばれてから会える時間が減っていく。それに対してアルフィは不満でした。オリビアも彼といる時間を大切にしたいと言う思いでしたが、心にすれ違いを生じてしまう。 そんな時、オリビアは過密スケジュールで約束していたデートを直前で取り消してしまい、アルフィと喧嘩になる。気を取り直して再びアルフィに謝りに行きますが……

彼女よりも幼馴染を溺愛して優先の彼と結婚するか悩む

佐藤 美奈
恋愛
公爵家の広大な庭園。その奥まった一角に佇む白いガゼボで、私はひとり思い悩んでいた。 私の名はニーナ・フォン・ローゼンベルク。名門ローゼンベルク家の令嬢として、若き騎士アンドレ・フォン・ヴァルシュタインとの婚約がすでに決まっている。けれど、その婚約に心からの喜びを感じることができずにいた。 理由はただ一つ。彼の幼馴染であるキャンディ・フォン・リエーヌ子爵令嬢の存在。 アンドレは、彼女がすべてであるかのように振る舞い、いついかなる時も彼女の望みを最優先にする。婚約者である私の気持ちなど、まるで見えていないかのように。 そして、アンドレはようやく自分の至らなさに気づくこととなった。 失われたニーナの心を取り戻すため、彼は様々なイベントであらゆる方法を試みることを決意する。その思いは、ただ一つ、彼女の笑顔を再び見ることに他ならなかった。

処理中です...