傀儡妃は幼馴染の王太子をひたすら愛する

田鶴

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第4章 逃亡

69.隠し通路

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 パトリツィアはナディーン、ゲオルグ、ラファエルと共に居室の内扉から王太子妃の寝室に入った。

 ゲオルグがオイルランプに火を灯したのを確認すると、パトリツィアは壁際の飾り戸棚を開けて中に置かれたガラスの小瓶に触った。小瓶は棚に接着されているかのように持ち上がらない。彼女はその事を初めから知っていて小瓶を持ち上げようとはせず、時計回りにひねった。すると、飾り戸棚が横にスライドし、ぽっかりと暗い通路が現れた。パトリツィアは小瓶をもう1度反時計回りに回した。

「30秒後に入口が閉まり始めるわ。早く中に入って」

 追手がすぐそばにいたりして戸棚をすぐに元の位置に戻したい時は、通路側の入口の壁にあるつまみを操作するが、この時パトリツィアは小瓶の位置を元踊りにするのを優先した。彼女が小瓶を反時計回りに回してから30秒後、戸棚が元の位置に戻り始め、通路が徐々に暗くなって最後にはゲオルグの持つランプの小さな灯りで4人の周りがぼうっと照らされているだけになった。

 通路はどうやら長らく使われておらず、黴臭い匂いと埃の匂いが混じって鼻をムズムズさせた。暗くて見えないが、壁も天井も恐らく蜘蛛の巣だらけだろう。ラファエルは急に怖くなってパトリツィアにしがみついた。

「お、お姉様、怖いよ……」
「ディア、僕は今日からお兄様だよ」
「う、うん……」

 ラファエルはパトリツィアの手をぎゅうっと握り、一緒に歩き出した。彼女は反対側の手でゲオルグから渡されたランプを持った。通路は2人が並んで歩くのがやっとの幅で、2人の後ろからナディーンとゲオルグが続いた。

 4人が歩きだしてしばらくすると、壁に横道へ続く空間が現れた。他の部屋から続く通路である。途中にそのような横穴がいくつもあり、その度に通路はぐにゃぐにゃと曲がりくねり、どの通路が本線なのか、どの通路がどこに通じているのか、隠し通路を知らない人間には迷路のようで全く分からないだろう。だが通路が曲がる度にナディーンが右左を指示して4人は迷いなく進んだ。

 本来、王太子妃には結婚後に王宮内に張り巡らされた隠し通路の詳細が教えられるが、パトリツィアは王太子妃の寝室と夫婦の寝室から隠し通路に出入りする方法と通路で身を隠す場所しか教えてもらえず、通路の出口を知らない。しかし、ナディーンとゲオルグがパトリツィアの逃亡の為に短期間で王宮の隠し通路の全貌を調べ上げた。パトリツィアの父ベネディクトもこの情報を欲していたが、パトリツィアは一部の通路の不正確なダミー情報を渡して白を切った。

 通路を進むと、やがて下へ続く螺旋階段がオイルランプの光の向こうにぼんやりと見えてきた。オイルランプで1段目を照らしても数段先は真っ暗で下から冷たい風が吹き上げる。ラファエルはますます姉の手を固く握った。

「ディア、僕が先に行くよ。君の後にはグスタフとキアラが付いていくから安心して降りて」
「グスタフ? キアラ?」
「私達の新しい名前ですよ――お嬢様、ここには私達以外誰もいません。ここを抜け出すまでは本名でいきましょう」
「……そうね、ここから出る方が大事だものね。でも出口から出たら貴方はクラウディアよ。分かったわね?」
「はい……」

 ラファエルは、極度の緊張と恐怖のあまり、今日から使う偽名の事などすっかり頭から抜け落ちていた。

 パトリツィアは身体を横向きにしてオイルランプで後ろに続くラファエルの足元を照らしながらゆっくりと降りた。それでもラファエルは恐怖が抜けきらず、壁伝いに片足ずつ階段を慎重に降りていく。

 長い時間をかけて螺旋階段を降りきり、おそらく王宮の地下レベルまで到達すると、まっすぐな通路が現れた。その通路をしばらく行くと行き先が二股に別れた。

 パトリツィア達は左側の通路へ入り、しばらく歩いた。階段を降り切ってから30分は歩いたはずだが、ラファエルがいるので、大人だけよりも歩く速度が遅い。それからまた30分から1時間程歩いてようやく通路の突き当りに着いた。王太子妃の寝室の通路側入口にあったのと同様のつまみを動作させると、目の前の壁がゆっくりとスライドしていった。目の前が徐々に明るくなってきてパトリツィアは使いかけのオイルランプを吹き消し、入口のすぐ脇の壁の窪みに置いた。

 壁が完全に開くと、そこから差し込む外光は長らくランプの明かりだけを見ていた目には眩しく、パトリツィアとラファエルは目を細めた。その間にゲオルグが外の安全を確認し、4人は隠し通路から出た。それから1分もしないうちに棚が自動的にスライドして隠し通路の入口を再び塞いだ。

 隠し通路を出た場所は、屋外ではなく、道具置き場となっている小屋であった。小屋の中は通路の中よりは明るいものの、窓から入る自然光に目が慣れると、小さくて曇っている窓から入ってくる光だけでは薄暗い。それでもお互いが埃や蜘蛛の巣を被って薄汚れてしまったのは見えた。ラファエルがくしゃみをして頭から埃を落とそうとすると、ゲオルグが止めた。

「埃や蜘蛛の巣は外で落としましょう」

 よく見れば、室内は埃をかぶっておらず、触った所も一見では分からないので、誰かが日常的に掃除しているようだった。隠し通路の入口は、王太子妃の寝室と同様に棚で隠されていたが、その棚は寝室の飾り戸棚とは打って変わって雑多な道具が置かれている粗末なものだった。

「早く出ないと、誰かに見られるかもしれません」
「誰か?」
「ええ、ここは中央公園の道具小屋のダミーです」

 王宮から程近い場所にある中央公園は、市民の憩いの場となっていて庭師が日常的に庭木の手入れをしている。彼らが使う道具小屋兼休憩小屋は別にあってこの小屋はダミーだが、日常的に掃除されている以上、いつ誰が来てもおかしくない。

 ナディーンはそっと窓の脇から外を覗いた。彼女が首を縦に振ったのを見て、ゲオルグも小屋の扉を開けて外を確認しようとしたが、扉には鍵がかかっていた。それを見てナディーンは髪からピンを抜き取り、鍵穴に差し込んでカチャカチャと抜き差ししたり回転させたりした末に、開錠した。彼女が扉を薄く開けて外を確認した後、4人全員が小屋の外へ足を踏み出し、ナディーンはもう1度ピンで扉を施錠した。

 その頃、王宮ではパトリツィアがいなくなった事に王太子ルイトポルトが気付き、焦燥していた。だが彼女の失踪をクーデターの前に公表して宰相ベネディクトに異変を勘づかれる訳にいかない。それに正門でも使用人口でもパトリツィアの姿が目撃されていない以上、隠し通路を使ったのは明らかであった。ルイトポルトは隠し通路の出口を全て把握していたので、パトリツィアの行方を見つけるのは簡単だろうと楽観視していた。

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ここまでお読み下さり、ありがとうございます。
ストックが切れましたので、次話からは不定期更新となりますが、引き続きよろしくお願いします。(2025/10/12)
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