吸血秘書と探偵事務所

かみこっぷ

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海辺の洞窟と濡れ女と秘書と

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海上まで突き出した洞窟に飛び込んだ三人が目にした光景は

「あらあらあらぁ。男女の睦事に最中に飛び込んでくるなんてマナー違反じゃないかしらぁ?」

海パン一丁の男性にに覆いかぶさるように一糸まとわぬ金髪の女がまとわりつく、扇情的なものだった。

どう控え目に見ても情事に及ぶ一歩手前の様な状況に三人の少女の動きがピタリと止まる。

「――――おい待てお前らその表情はおかしい。助けに来た相手が今まさに襲われようとしている瞬間に――――」

ボッ、と相一の頬を何かが掠めた。冷気を放つ拳大の透明な塊は金髪巨乳妖怪水張の頭部を容赦なく貫通し、その勢いのまま背後の岩壁にぶつかり粉々に砕け散った。

「…………突然攫われて心配して駆けつけてみれば。これはこれは随分楽しそうな事してるじゃない」

「所長さん…………心配してたのに…………」

「まあまあお二人共、その辺りについては後でゆっくり聞かせてもらうことにしましょう。――――ぶちのめしてから、ゆっくりと…………ね」

「いやあの皆さん殺気の向け所が間違ってない? ぶちのめすって『濡れ女』の事だよな、な?」

ばしゃ、と頭部を半分失った水張の身体が重力に従い相一の全身に降りかかる。

「ぶわっふ――――ッ!?」

「そんなにぞろぞろ来てくれた所悪いんだけどぉ、お姉さん彼とイイ事しなきゃいけない予定があるのよねぇ。だ・か・ら・お子様達には退場してもらおうかしらぁ」

ゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾ! 獲物に巻き付く蛇の様に相一の周囲を、蠢く水流が取り囲んでいく。

直後、相一を取り囲む丸太の様な水流から細かい支流が枝分かれし、それぞれ大きくうねりながら三人の少女へと襲い掛かる。

「はいはい、それはもう見飽きたっての!!」

他の二人を庇う様にして前に出た氷柱が大きく腕を振るう。氷柱の手先から生み出される氷の礫がさながらショットガンの様に広範囲に撃ち出され迫る水流を撃ち落としていく。

「あらぁ、なんだかさっきよりも強くなってなぁい? 日も暮れてきたし、辺りが涼しくなったから雪女として振るえる力が増してきたってところかしら。まぁ、ほんの少し力を取り戻したところでこの真夏に雪女ができることなんてたかが知れているしねぇ。でも確かにあなたみたいな元気なお嬢さんの相手はちょぉっと手間がかかるみたいだし、先にそっちの一番おとなしそうなちびっ子から退場してもらいましょうか――――っ!!」

氷柱の死角になる位置。撃ち漏らした三本の水流が千里に狙いを定め、その勢いのまま小さな体へと振るわれる。

「一応、私も居る事をお忘れない様に―――――」

長い黒髪を揺らしながら璃亜がおかっぱ少女の前に庇う様に飛び出した。唸る水流と千里の間に躍り出た勢いをそのまま乗せた掌底が三本の脅威を次々と叩き落としていく。

水飛沫を頭から被りながら『濡れ女』目がけて――――正確には相一の元に行くために璃亜が駆け出した。

「そっちのお姉さんは結構デキるタイプみたいねぇ―――――」

そこで『濡れ女』水張雫が璃亜の前に立ちはだかる。その背後からは鋭い刃の様な形状をした海水の塊が蜘蛛の足の様に伸びていた。全ての切っ先が璃亜に向けられ、その先端から滴る水滴が猛獣の涎を連想させる。

「唯の人間にしては…………などと考えているなら認識を改める事をお勧めしますが」

水張が腕を振り上げる。と、同時に水張の背後から伸びる蜘蛛の足が一斉に蠢き出した。

「まるで、唯の人間じゃないみたいな言い方ねぇ。まぁ、あなたの正体が何であれこの場であたしに勝てるつもりでいるんならその考え、改める事をお勧めするわぁ――――!!」

水張は高く掲げた腕を振り下ろす。その動きに従う蜘蛛の足が獲物の頭上に降り注ぐ。

「「璃亜―――――ッ!?」」

咄嗟の事に相一と氷柱の声が重なる。

当然だが二人共彼女の力は理解している。吸血鬼本来の力を振るえる状態の彼女ならたとえ刃の雨の中でも傷一つ負うことは無いだろう。

だが、それは完全に太陽が沈みきった日没後の話である。時刻は夕暮れ、陽は落ちかけ洞窟の内部は薄暗く気温も昼間の砂浜とは比べ物にならない程低くなっているとはいえまだ完全に太陽が身を隠した訳ではない。

つまり今の璃亜は多少頑丈なだけの唯の人間で、刃物で刺されれば血がでるし銃で撃たれれば致命傷を負うことになる――――だが。

「ご心配なく、掠りもしてませんよ」

獲物目がけて振り下ろされた鋭利な水の刃は璃亜の肌に触れることなく洞窟の地面に次々と突き刺さっていく。時に頭を下げ、時に半身をひねる様にして降り注ぐ蜘蛛の足を躱し真っすぐに相一の元へ突き進む。

「ほんと大したものねぇ。――――でも、これならどうかしらぁ!?」

ぱん、と。

濡れ女が両の手を合わせる。

頭上から降り注ぐ単調な動きだけだった水滴滴る蜘蛛の足の動きが一変した。

ゾバッ!! と水張の背から生える蜘蛛の足が倍増、半分は変わらず頭上からもう半分は左右、璃亜の両側から挟み込む様な軌道でその身を切り刻もうと襲い掛かる。

三六〇度明らかに逃げ場の無い光景。それでも、迫る凶器の先端を一瞥しただけでその足を止める事は無く小さく一言。

「氷柱さん、左をお願いします」

「まーかせなさいって」

雪女が手をかざす。そこから生み出される冷気が突風の様な勢いで璃亜の頭上を吹き抜ける。直後、彼女を囲む蜘蛛の足その半数が凍結し動きを止めた。

「それでぇ、もう半分はどうするのかしら?」

濡れ女の言う通り半数が凍結したとはいえ残りも半数。

頭上、右側からは依然として脅威が迫る。

「こうするのは――――いかがでしょうか」

ズパァン! と胸元にまで迫っていた水の刃の切っ先を鋭い手刀で打ち払った。

腰の辺りを狙う二本の刃をしなるような脚で蹴り飛ばし続く足元を掬う様な角度で襲い来る刃を踏みつぶす、首を刈り取ろうとするものは軽く頭を振るだけで回避する。

怒涛のように押し寄せる刃の雨――――その全てを躱し、踏み越え、叩き落としながら前進を続けていく。

じりじりと、少しづつだが濡れ女との距離を縮めていく璃亜を見て初めて濡れ女の表情に驚愕の色が混じる。

「ちょっとちょっとほんとに唯の人間じゃないんじゃないのぉ??」

「ええ勿論、唯の人間ですよ………………半分は」

鼻先を掠める透明な刃を軽くのけ反る形で回避し、その刃の腹に掌底を打ち込む。

飛び散る水しぶきを浴びながら璃亜は冷たい笑顔を浮かべる。

「ひょっとして…………璃亜さん…………結構、怒ってます…………?」

「ひょっとしなくてもキレてんでしょ、あれは」

静かな怒りを燃やす『半人間』が濡れ女と真っ向から対峙する。
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