魔娘 ―Daughter of the Golden Witch―

こりどらす

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第5章 魔女と奇術師

5-6 友の真実

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辺りを覆っていた光が消え失せると、そこには呆然自失の状態で座り込む澪の姿があった。

「一体何だったの?さっき、頭の中に浮かんできた映像は……?」
「それはの、おぬしの深層心理の中で眠っていた記憶をわしが呼び起こしたのじゃ。おぬしが魔女だった頃の記憶は決して消えることなく、心の奥底にしっかりと封印されていたようじゃの。」

老婆は澪に顔を近付けて諭すように告げた。

「あたしが……魔女?ううん、おかしいよ。そんなことあるはずないっ。あたしのお母さんとお父さんは、あたしが赤ちゃんの頃に事故で亡くなったって、おばさんとおじさんは言ってたよ。」
「ほっほっほ、記憶の一端を取り戻してなお、本当にそう思うのかね?自分の胸に手を当てて問うてみなされ。」

老婆に問いかけられた澪は言葉に詰まった。
今なら分かる。
白い光の中で見た出来事は、紛れもなく自分自身の過去の記憶であると。
そして実感する。
この体の内部には、血液以外にも別の大いなるエネルギーが巡っていることを。

「さっきの映像が本当だったとして、お母さんとお父さんが死んだのは、つまりおばあさんのせいってこと!?」

激情に駆られた澪は老婆に掴みかかろうとしたが、即座に杖で弾き飛ばされ地面に転がった。

「まあそう血気にはやるでないわ。おぬしにはもう一つ、思い出すべき記憶があるようじゃ。わしの行いを糾弾する前に、おぬし自身の罪を知る必要がありそうじゃぞ。」
「待ってよ、それはどういう意味――」

老婆が澪に向けて杖を振ると、再び白い閃光が暗夜を切り裂いた。
澪の脳内で先程とは別の映像が再生される。





今度の舞台は学校の教室であった。
教壇の上には教師が立ち、碁盤状に規則正しく配置された席には、制服を着た男女の学生が着席している。
見たところ彼らは高校生のようだ。

「それではこれでホームルームを終わります。日直の方、お願いします。」
「起立、礼!」
「ありがとうございましたー。」

一日の授業が終わり、窓から夕日が差し込む放課後の教室内には、帰宅する者や遊びに繰り出す者、部活に向かう者が行き交っている。
喧騒の中、窓際の席ではカバンの中に荷物をしまう、白い長髪の女子が一人。
それは若き日のエリカであった。
誰とも喋ることなく、無表情で黙々と帰り支度を進める彼女の元に、とある生徒が軽やかな足取りで近寄ってきた。

「お疲れ~エリたん!いきなりだけど今日、これから空いてる?一緒にスイーツ食べに行こうよっ。」

途端、エリカの表情が一気に華やいだ。
彼女に明るく話しかけたのは、オレンジ色のショートヘアの生徒。
こちらは現在よりも顔にあどけなさの残る、女子高生の澪であった。
髪色と紺色の制服とのコントラストが印象的な彼女は、エリカが座る隣の席に腰を下ろした。

「誘ってくれてありがと、澪。もちろん空いてるわよ。今日はどのお店に行く?」

エリカは屈託のない笑顔で返答した。

「なんとなんと、最近駅前に新しいカフェができたんだよ~。そこのモンブランが絶品だって超評判なんだっ。これはもう行ってみるしかないでしょ。ほらこのお店。」

澪は携帯電話の画面を指差し、エリカは顔を寄せて覗き込む。

「すごい、写真で見ただけで分かるわ。これは絶対に美味しいケーキよ。」

と、そこまで言ったところで何かを感じ取ったのか、エリカの顔が次第に曇りだす。

「……でも、本当に私と一緒でいいの?澪には他にも友達が沢山いるんだし……。」

自信なさげにつぶやくエリカ。
その額を澪がコツンと拳で叩いた。

「な~に言ってるのさ。そんなこと気にしなくていいのっ。エリたんはあたしの親友なんだから、誰よりも優先するに決まってるでしょ。」
「ありがと。ごめんね変なこと言って。」

二人はクスリと笑い合う。
そんな光景は、ありふれた女子高生同士の平和な日常の一コマ。
しかしただ一つ、極めて不自然かつ不可解な点があった。

澪の右手薬指には、青く細い糸が何重にも固く巻きついていた。
青い糸は意思を持つ生き物かのようにゆらゆらと伸び、エリカの右手薬指に絡みついた。
明らかに異質な状況であるはずなのに、糸が見えていないのか……澪自身も、エリカも、教室内の学生も、誰一人として気付いていない。

二人を繋いだ青糸は、エリカから澪へと向かう方向に、ゆっくりと一定のリズムで明滅と振動を開始した。
まるで何かの生命力――そう、例えば魔力――を吸い出しているかのように。

「よ~し、モンブランが売り切れちゃったら困るし、早速出発しよっか!」

澪は意気揚々とエリカの腕を掴んで立ち上がらせた。

「思い立ったら早いんだから。まあ、そんなに急がなくてもきっと大丈夫よ。」

カバンを手に取ると二人は連れ立って教室の外へと出て行った。
お互いの手の薬指を、不気味な青い糸で固く繋ぎながら。





再度光が収束すると、澪は驚愕の表情を浮かべていた。

「あたしとエリたんの指を結んでいた青い糸、あれってもしかして……」
「感づいたかの。そうじゃ、まさしくおぬしの父君が仕込んだ糸の魔法よ。この糸を伝って、おぬしは大切な友人の魔力をまんまと抜き取っていたという訳じゃな。」
「エリたんと一緒にいると不思議と元気になるって感じてたけど……。それってつまり、あたしがエリたんの魔力を奪っていたからなんだ。最低だよ、あたし!」

澪は今にも泣き出しそうな顔で自分の頭を叩いた。
そこに、よく知っている、でも今は会いたくなかった友の大きな声が届く。

「澪!さっき私の頭に流れ込んできた映像は本当のことなの?……いや、今はそんなことどうでもいいの。すぐに助けるわ!」
「エリたん、どうしてここに……」

顔を上げた澪の目に飛び込んできたのは、一心不乱にこちらへと走るエリカの姿。
それに気付いた老婆は思わずほくそ笑む。

「ほう、これは傑作だわい。わしがおぬしの中から引き出して見せた記憶は、意図せずしてお友達の頭にも流れ込んだようじゃな。とはいえ、それで残酷な真実を知ってしまったのじゃから、友達でいてくれるのも今日で最後かもしれんがの。」

そこで一転、老婆は鋭い目つきに変わり、

「しかし、わしの邪魔をされては困るんじゃよ。」

朽ち木のような杖で地面を一突き。
すると、雪で覆われた地面を突き破って突然黒い触手が伸び、エリカの両足を強固に絡め捕った。
エリカはその場に縫いつけられるように身動きを封じられる。

「放しなさい!どうしてこんなことをするの。同じ魔女である私達は仲間のはずでしょう。」
「仲間とな?何ともおめでたいお嬢さんよのう。魔女なら誰でも自分の味方だと思ったら大間違いさね。わしはの、同胞を一人でも多く始末するために生き永らえているのじゃよ。」

老婆は冷酷な声でエリカに言い放った。
二人が言葉の火花を散らすその横で、どさくさに紛れて澪が逃げ出そうとするが、

「こそこそと何をしておるのじゃ。おぬしはどこへも行かせはせぬよ。」

老婆の杖から伸びたタコの足のような触手に締め上げられ、澪は体ごと老婆の前へと引き寄せられた。

「やめて、離してよっ!」
「そもそもおぬしのような陽気な人間が、教室の隅にいるような陰気な人間と親密になること自体、何かおかしいと思わなかったのかね?」
「そんなことないよ。初めて会った時から、エリたんとはきっと仲良しになれるって感じてたし、実際一緒にいてすごく楽しかったんだから。あたしたちの相性は抜群だよっ。」

睨みつけながら必死に言い返す澪に対し、老婆は更に顔を近付けて問い詰める。

「そんなものは真っ赤な嘘じゃろうて。その感覚は、おぬしの両親が遺した魔法によって植え付けられたものよ。一緒に過ごして楽しい、相性が良いなど、単なる思い込みに過ぎぬわ。おぬしは青い糸に従うままに、魔力を奪い取る生贄として、誰でもよいから手頃な魔女に近付きたかっただけなのじゃよ。」
「違う、絶対違うよ。あたしはそんな魂胆でエリたんと仲良くしてた訳じゃない!」

触手でがっちりと縛られながらも何とか声を発する澪。
言葉の内容とは裏腹に声は震え、感情が溢れるすんでの所で留まっている。

「自分が魔女の力を取り戻すために、友好的な人間のふりをしてまんまと近付き、見えない糸を忍ばせるという狡猾な手段で魔力を盗むとな。その後も友人としていつも側にいて、魔力を奪い続けることで一人の魔女の成長を妨げ、彼女の人生を大きく狂わせたのじゃ。そんな己が最低な人間だとは思わんかのう?」

老婆は澪の耳元に顔を寄せると、ねっとりと絡みつくような声でささやく。

「うるさい、やめてよっ……」

そして苦しむ澪にとどめの一言。

「この偽善者めが。」

瞬間、押し止められていた澪の感情が堰を切ったように溢れだした。

「ううう、うわああああああああっ!」

すると、澪の体を中心にして蒼い波動が同心円状に広がった。
波動に触れた辺り一帯の気温が急激に降下する。
しんしんと降っていたはずの雪は一転、荒れ狂うような猛吹雪に。

「いやはや、えらいこっちゃ。魔力が暴走しかかっておるわい。あやつの心を粉々に壊してから殺そうかと思ったが、ちっとばかし追い詰め過ぎたかのう。面倒なことになる前に始末せんとな。」

老婆が杖を持つ手に力を込めると、どす黒く燃える球体が澪に向けて撃ち込まれた。
しかし、

「何じゃと!?」

澪は肉体を拘束していた触手から難なく抜け出し、老婆の攻撃を回避した。
なぜそんな芸当ができたのか。
澪を縛り付けていた黒い触手は、彼女の体から噴出する魔力を浴びて凍り付き、力を失っていたのである。

「ごめんね。あたしはもうエリたんのそばにいる資格はないんだ。」

体の自由を取り戻した澪は、ぽつりと言い残すと全力で逃げ出した。

「おぬし、どこへも行かせはせぬぞ。」

逃走を阻止せんとして老婆は杖を掲げたが、

「邪魔しないでよっ!」

内に眠っていた魔女としての本能か。
澪はマジックで使うステッキをとっさに取り出すと、荒々しく降り下ろした。
氷で構成された無数のナイフが澪の背後に出現し、次々と老婆の元へ特攻する。

「小癪なことをするでないわ。」

だが、老婆の前に列をなすようにして触手が壁を築き、ナイフの突撃を全て受け止めた。

「無駄じゃよ。わしにそんなものが通じると思うてか。」

そして、逃げる澪に向かって老婆が触手を伸ばそうとしたその時、

「させないわ! ― 疾く駆けよ、炎球の弾丸! ―」

高速で飛来した赤い火球が触手に直撃した。

「余計な邪魔をせんでもらえるかの?わしの目当てはおぬしではないわ。」
「その言葉は聞き入れられないわね。澪を傷付ける人は誰であっても許さない。私が相手よ。」

降りしきる雪の中から現れたのはエリカ。
澪から溢れ出た魔力の波動は、エリカを縛っていた触手をも凍結させ、その身を解き放っていたのである。

「あやつをかばうのか?おぬしをずっと騙して、裏切って、魔力を盗み続けていた女なのじゃぞ。」
「それは澪自身の意思じゃないわ。ご両親が悩みに悩み抜いて、澪を救うために決断した苦渋の選択でしょう。なのに、まるで何もかも澪が悪いみたいに仕立て上げ、言葉巧みに追い詰めるなんて卑怯よ。」

友を想い、狡猾な老婆の所業を問い質すエリカ。
その気持ちを知ってか知らずか、気が付けば澪は完全に姿を消していた。

「ふん、口だけは一丁前よの。おぬしのおかげであの女に逃げられてしまったことじゃし、気が変わったわい。先におぬしを始末してしまおうかの。」
「上等よ。私の親友を傷付けた責任、絶対に取ってもらうわ。」

静かな怒りを胸に秘め、エリカは杖の先を老婆へと向けた。
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