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第1章 忌まわしき力
1-3 狂人邂逅
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翌日、時刻は夜の20時。
依頼人である萌は仕事帰りの電車を降り、自宅の最寄り駅へと辿り着いた。
駅前に連なる古びた商店街のアーケードを、行き交う人の雑踏に紛れ、やや疲れた足取りで歩く。
その後方、適度な距離を保って尾行しているのは、依頼を受けたエリカとアレイスター。
「ハッハッハ、こりゃまるで探偵みたいだぜ。なあエリカ?」
「まったくもう、お気楽なんだから。これはちゃんとしたお仕事なのよ?」
「わかってるさ。大事な時になったらちゃんとやるぜ。」
萌は駅前の商店街を通り過ぎ、閑静な住宅街へと脚を踏み入れた。
住宅の明かりは点いているが、外を出歩いている人はまばら。
夜の空気は澄んでおり、中秋の名月が煌々と夜空を照らしている。
しかしエリカ達に、そんな美しい光景に見惚れている暇はない。
黒いワンピース姿のエリカは、闇に紛れながら少しずつ歩みを進める。
そして、その顔のすぐ横に並ぶようにしてアレイスターが飛ぶ。
さらに萌は住宅街を抜け、エリカ達もその後に続く。
ここから先は空き地や畑が多く、住宅もまばら。
街灯の少ない寂れた道に差し掛かる。
「エリカ、そろそろじゃねーか?」
「そうね、例のストーカーはこの辺りで待ち構えていることが多いらしいわ。ここから先は集中しないとね。」
エリカ達の緊張感が一段と高まる。
――と、前を歩く萌の脚が突然止まった。
立ちすくむ彼女の前には、電柱の下に佇む怪しい人影が。
暗くて顔は判別できないが、両腕を組んで電柱にもたれかかっている。
その人物は萌の存在に気付くと、道を塞ぐようにして歩きだした。
「よ~ォ、萌!いい加減、俺様とヨリを戻してくれる気になったかァ~?ヒッヒッヒ。」
「が、凱人、もうやめてよ……」
萌の前に現れたのは、凱人と呼ばれる一人の男。
仰々しく両手を広げ、まるで威圧するかのような態度で語りかける。
一方の萌は両腕を胸の前で縮こまらせ、見るからに怯えた表情を示す。
(あの男が、赤桐さんのストーカー!)
エリカは隠れていた建物の陰から飛び出そうと、両足に力を込める。
しかし、彼女の肩に止まったアレイスターがそれを冷静に引き留めた。
「待てエリカ、まだだ。」
「何で?早くしないと!」
「まあ落ち着け、冷静にオレ達の立場を考えるんだ。今はまだ、あのストーカー野郎は何もしてねぇ。現時点ではオレ達があの男を捕まえることに、明確な正当性はない。だから、アイツが女に手を出そうとした、その瞬間を狙うぞ。そうすればオレ達は『暴行の現行犯を捕まえる』という正当性を示せる。」
「……さすが、こんな状況でも冷静なのね。分かったわ、ギリギリまで待ちましょ。」
エリカははやる気持ちを抑え、身を隠したまま目の前のやりとりを注視する。
その間も、ストーカー男の凱人はヘラヘラとした口調でまくしたてる。
「前も言ったんだけどなァ、俺様、今すっごくイイ仕事してんだぜェ~。ちょ~っとだけアブねぇけどよォ、成果を出せば出すほど給料がアガるしィ、た~っぷりカネがもらえるんだァ!萌が欲しいモノなら何でも買ってやるぜェ~。」
「そ、そんなの絶対怪しい仕事でしょ!凱人、あなたは見た目も、性格も、すっかりおかしくなってしまったわ。」
露骨に不快感を出した表情で、ゆっくり後ずさりする萌。
だがそんなことにはお構いなしと、凱人はじりじりと距離を詰める。
「違ぇなァ~、俺様はおかしくなったんじゃねェ。超~強くなったんだよォ。大事な大事な、俺様の萌を守れるようにさァ~!」
「や、やめて!近寄らないで!もうこれ以上、わたしの前に現れないで!」
両手を前に突き出し、明確な拒絶の意思を示す萌。
それを見た凱人は、
「ハァ~。」
と大きく溜息をつき、肩を落としてうなだれた。
そのまま体をわなわなと震わせる。
しかし次の瞬間顔を上げ、醜く歪んだ表情で、
「何でだよォ……、俺様はこんなにもオマエのことを愛してるのにィ……。何で、何で、何で何でどうしてどうして何故だ何故だァァァァ!!俺様のトコロに戻ってこいよォォォォ!!」
狂ったように絶叫し、萌の肩を両手でガシッと掴んで揺さぶった。
その決定的な行為を目撃したエリカとアレイスターは間髪入れずに、
「今だ、行くぞ!」
「ええ!」
勢いよく物陰から飛び出した。
凱人は突然の闖入者に驚いた表情を見せ、萌の肩から手を離したが、
「あァ~?何だ、テメェは?」
すぐに不機嫌そうな顔でエリカを凝視する。
「私は赤桐さんから依頼を受けた解決屋です。元カレであるあなたのストーカー行為について相談を受けていました。そして、あなたを捕まえて警察に引き渡すように依頼されています。とはいえ、不要な争いは避けたいので、可能であれば話し合いで解決したいのですが……。」
エリカは凱人を正面に見据え、堂々かつ淡々と声を放つ。
彼の目の前まで来たことで、先程までは遠目からでよく見えなかった、凱人の風貌がようやく露わになる。
上半身は白のタンクトップ、下半身はボロボロのダメージジーンズ。
一昔前のホストのような前髪も襟足も長い金髪で、首には大きな金色のネックレス。
筋肉質の体つきに、両腕にびっしりと入ったタトゥー。
見るからにガラの悪い格好である。
凱人は顎を上げ、エリカを見下すように睨みつける。
「ったく、萌のヤロウ、余計なコトをしやがってェ……。話し合いィ?ふざけんな、部外者が俺様の邪魔をするんじゃねェ!」
凱人の取り付く島もない答えに、エリカの顔色がみるみる険しくなる。
「そうですか――なら、実力行使に出させてもらうわね。」
口調も一転、ぶっきらぼうなものに。
「フンッ、アンタみてェな小娘に一体ナ~ニができるってんだァ?お子ちゃまは帰りなァ!俺様、結構強いんだぜェ~?」
「馬鹿にしないでちょうだい。私を甘く見ていると痛い目に遭うわよ。」
「ンン~?何でそんなに自信があるんだァ~?タダの小娘にしか見え――」
言葉の途中で凱人は急に目を見開き、何かに気付いた。
ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。
「いや、コレは、この匂いはァ……、ハッ、ハッ、ハッハハハハハハァァァァァァ!!獲物の匂いだぜェ!俺様はな~んて運がイイんだァ!」
「何よ、一体何が言いたいのかしら。」
「そ~かそ~かァ、隠してもムダだぜェ。」
凱人は喜悦に満ちた表情で、エリカを指差して宣告した。
「オマエ、魔女だろ。」
「………………」
自分の素性を言い当てられたエリカは、言い返すこともできずに押し黙る。
「ヒッヒッヒ、図星ってワケかァ。ココでテメェをブッ殺して、その首を持って帰ればボロ儲けだぜェ~!最高だァ!」
「ある程度予想はしていたけど、やっぱりあなたの仕事は魔女を狩ること、つまり『ウィッチハンター』だったって訳ね。」
「そ~さァ、俺様の仕事は社会にとって有害な魔女どもをブチ殺すことォ!そして俺様はソレができる、最ッ強のチカラを手に入れたんだぜェ!逃げられると思うなよォ~?小娘、覚悟はいいかァ!」
ウィッチハンター。
悪名高き組織『タナトス』に所属する、魔女を狩る異能者の集団。
魔女を『世界に仇なす害悪』と断定した上で、現代に生き残る魔女の末裔を徹底的に捜索し、見つけ次第片っ端から殺戮を働く恐ろしい者達。
ハンター達はいずれも肉体改造を施されており、多種多様な特殊能力を獲得している。
エリカ自身、今までずっと彼らの影に怯えて生きてきた。
だが今、その宿敵とも言える相手の一人が目の前にいる。
エリカは震える心を自ら鼓舞し、決意を固めた。
「ええ。そちらが本気で来るのなら、私も容赦しないわ。」
「ヒャッハァ!いいぜェ~、そうこなくっちゃなァ~!!」
狂気に満ちた雄叫びを上げ、凱人は胸の前で両腕を交差した。
その腕からバキバキバキッと嫌な音が響く。
「!!」
驚くエリカの目の前で、凱人の手の甲から、鋭利な鉤爪が生えて伸びる。
右手に3本、左手にも3本、合計6本の銀色の鉤爪が、月光に照らされ妖しい光を放つ。
その様子を見たアレイスターがエリカの耳元で囁く。
「エリカ、アイツは本気でオレ達を殺す気だ。遠慮はいらねぇ、こっちも全力でいくぞ。」
「うん。あんな男に負ける訳にはいかないわ。」
エリカは目を閉じ、右手を前方に向かって水平に差し出した。
掌に一瞬、白い閃光が走る。
そこに突如として現れたのは、先端に紫色のクリスタルが埋め込まれた、真っすぐな銀色の杖。
「はっ!」
杖を握り、右下に向かって勢いよく振り下ろす。
すると今度は、エリカの全身が鮮やかな瑠璃色のローブに包まれた。
袖は腕の先にいくほど釣鐘のように広がり、裾は地面まで届きそうなほどに長い。
その姿は、まごうことなき魔女そのもの。
とはいえ、これらの杖やローブは決してただのパフォーマンスではない。
五感を強化し、魔力を高め、魔法の威力を上げるための魔女の装備である。
(赤桐さんは……、あそこね。)
エリカが周囲を確認すると、萌は戦闘に巻き込まれないよう、近くの倉庫の陰に身を隠していた。
これで準備は完全に整った。
気兼ねなく凱人との戦いに身を投じることができる。
魔女の装備を纏ったエリカを見て、凱人は嬉々とした表情で、自分の鉤爪をペロリと舌なめずりした。
「ヘッヘッヘ、イイよイイよォ~、そのいかにも魔女っぽい格好。ソレでこそ俺様はそそられるぜェ!アァ、早く殺りたくて殺したくてタマんねェ~ぜ!」
「これで確信したわ。あなたみたいな人を野放しにはできない。覚悟しなさい!」
エリカは杖の先を凱人に向け、攻撃の構えを取った。
「そ~かいそ~かい、わかったよォ。じゃあさ、テメェ――」
凱人は地面を強く蹴り、
「そろそろ死になアアアアアア!!」
爆発的なスピードで、エリカ目がけて飛び掛かる。
月明かりの下、今、戦いの火蓋が切って落とされた。
依頼人である萌は仕事帰りの電車を降り、自宅の最寄り駅へと辿り着いた。
駅前に連なる古びた商店街のアーケードを、行き交う人の雑踏に紛れ、やや疲れた足取りで歩く。
その後方、適度な距離を保って尾行しているのは、依頼を受けたエリカとアレイスター。
「ハッハッハ、こりゃまるで探偵みたいだぜ。なあエリカ?」
「まったくもう、お気楽なんだから。これはちゃんとしたお仕事なのよ?」
「わかってるさ。大事な時になったらちゃんとやるぜ。」
萌は駅前の商店街を通り過ぎ、閑静な住宅街へと脚を踏み入れた。
住宅の明かりは点いているが、外を出歩いている人はまばら。
夜の空気は澄んでおり、中秋の名月が煌々と夜空を照らしている。
しかしエリカ達に、そんな美しい光景に見惚れている暇はない。
黒いワンピース姿のエリカは、闇に紛れながら少しずつ歩みを進める。
そして、その顔のすぐ横に並ぶようにしてアレイスターが飛ぶ。
さらに萌は住宅街を抜け、エリカ達もその後に続く。
ここから先は空き地や畑が多く、住宅もまばら。
街灯の少ない寂れた道に差し掛かる。
「エリカ、そろそろじゃねーか?」
「そうね、例のストーカーはこの辺りで待ち構えていることが多いらしいわ。ここから先は集中しないとね。」
エリカ達の緊張感が一段と高まる。
――と、前を歩く萌の脚が突然止まった。
立ちすくむ彼女の前には、電柱の下に佇む怪しい人影が。
暗くて顔は判別できないが、両腕を組んで電柱にもたれかかっている。
その人物は萌の存在に気付くと、道を塞ぐようにして歩きだした。
「よ~ォ、萌!いい加減、俺様とヨリを戻してくれる気になったかァ~?ヒッヒッヒ。」
「が、凱人、もうやめてよ……」
萌の前に現れたのは、凱人と呼ばれる一人の男。
仰々しく両手を広げ、まるで威圧するかのような態度で語りかける。
一方の萌は両腕を胸の前で縮こまらせ、見るからに怯えた表情を示す。
(あの男が、赤桐さんのストーカー!)
エリカは隠れていた建物の陰から飛び出そうと、両足に力を込める。
しかし、彼女の肩に止まったアレイスターがそれを冷静に引き留めた。
「待てエリカ、まだだ。」
「何で?早くしないと!」
「まあ落ち着け、冷静にオレ達の立場を考えるんだ。今はまだ、あのストーカー野郎は何もしてねぇ。現時点ではオレ達があの男を捕まえることに、明確な正当性はない。だから、アイツが女に手を出そうとした、その瞬間を狙うぞ。そうすればオレ達は『暴行の現行犯を捕まえる』という正当性を示せる。」
「……さすが、こんな状況でも冷静なのね。分かったわ、ギリギリまで待ちましょ。」
エリカははやる気持ちを抑え、身を隠したまま目の前のやりとりを注視する。
その間も、ストーカー男の凱人はヘラヘラとした口調でまくしたてる。
「前も言ったんだけどなァ、俺様、今すっごくイイ仕事してんだぜェ~。ちょ~っとだけアブねぇけどよォ、成果を出せば出すほど給料がアガるしィ、た~っぷりカネがもらえるんだァ!萌が欲しいモノなら何でも買ってやるぜェ~。」
「そ、そんなの絶対怪しい仕事でしょ!凱人、あなたは見た目も、性格も、すっかりおかしくなってしまったわ。」
露骨に不快感を出した表情で、ゆっくり後ずさりする萌。
だがそんなことにはお構いなしと、凱人はじりじりと距離を詰める。
「違ぇなァ~、俺様はおかしくなったんじゃねェ。超~強くなったんだよォ。大事な大事な、俺様の萌を守れるようにさァ~!」
「や、やめて!近寄らないで!もうこれ以上、わたしの前に現れないで!」
両手を前に突き出し、明確な拒絶の意思を示す萌。
それを見た凱人は、
「ハァ~。」
と大きく溜息をつき、肩を落としてうなだれた。
そのまま体をわなわなと震わせる。
しかし次の瞬間顔を上げ、醜く歪んだ表情で、
「何でだよォ……、俺様はこんなにもオマエのことを愛してるのにィ……。何で、何で、何で何でどうしてどうして何故だ何故だァァァァ!!俺様のトコロに戻ってこいよォォォォ!!」
狂ったように絶叫し、萌の肩を両手でガシッと掴んで揺さぶった。
その決定的な行為を目撃したエリカとアレイスターは間髪入れずに、
「今だ、行くぞ!」
「ええ!」
勢いよく物陰から飛び出した。
凱人は突然の闖入者に驚いた表情を見せ、萌の肩から手を離したが、
「あァ~?何だ、テメェは?」
すぐに不機嫌そうな顔でエリカを凝視する。
「私は赤桐さんから依頼を受けた解決屋です。元カレであるあなたのストーカー行為について相談を受けていました。そして、あなたを捕まえて警察に引き渡すように依頼されています。とはいえ、不要な争いは避けたいので、可能であれば話し合いで解決したいのですが……。」
エリカは凱人を正面に見据え、堂々かつ淡々と声を放つ。
彼の目の前まで来たことで、先程までは遠目からでよく見えなかった、凱人の風貌がようやく露わになる。
上半身は白のタンクトップ、下半身はボロボロのダメージジーンズ。
一昔前のホストのような前髪も襟足も長い金髪で、首には大きな金色のネックレス。
筋肉質の体つきに、両腕にびっしりと入ったタトゥー。
見るからにガラの悪い格好である。
凱人は顎を上げ、エリカを見下すように睨みつける。
「ったく、萌のヤロウ、余計なコトをしやがってェ……。話し合いィ?ふざけんな、部外者が俺様の邪魔をするんじゃねェ!」
凱人の取り付く島もない答えに、エリカの顔色がみるみる険しくなる。
「そうですか――なら、実力行使に出させてもらうわね。」
口調も一転、ぶっきらぼうなものに。
「フンッ、アンタみてェな小娘に一体ナ~ニができるってんだァ?お子ちゃまは帰りなァ!俺様、結構強いんだぜェ~?」
「馬鹿にしないでちょうだい。私を甘く見ていると痛い目に遭うわよ。」
「ンン~?何でそんなに自信があるんだァ~?タダの小娘にしか見え――」
言葉の途中で凱人は急に目を見開き、何かに気付いた。
ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。
「いや、コレは、この匂いはァ……、ハッ、ハッ、ハッハハハハハハァァァァァァ!!獲物の匂いだぜェ!俺様はな~んて運がイイんだァ!」
「何よ、一体何が言いたいのかしら。」
「そ~かそ~かァ、隠してもムダだぜェ。」
凱人は喜悦に満ちた表情で、エリカを指差して宣告した。
「オマエ、魔女だろ。」
「………………」
自分の素性を言い当てられたエリカは、言い返すこともできずに押し黙る。
「ヒッヒッヒ、図星ってワケかァ。ココでテメェをブッ殺して、その首を持って帰ればボロ儲けだぜェ~!最高だァ!」
「ある程度予想はしていたけど、やっぱりあなたの仕事は魔女を狩ること、つまり『ウィッチハンター』だったって訳ね。」
「そ~さァ、俺様の仕事は社会にとって有害な魔女どもをブチ殺すことォ!そして俺様はソレができる、最ッ強のチカラを手に入れたんだぜェ!逃げられると思うなよォ~?小娘、覚悟はいいかァ!」
ウィッチハンター。
悪名高き組織『タナトス』に所属する、魔女を狩る異能者の集団。
魔女を『世界に仇なす害悪』と断定した上で、現代に生き残る魔女の末裔を徹底的に捜索し、見つけ次第片っ端から殺戮を働く恐ろしい者達。
ハンター達はいずれも肉体改造を施されており、多種多様な特殊能力を獲得している。
エリカ自身、今までずっと彼らの影に怯えて生きてきた。
だが今、その宿敵とも言える相手の一人が目の前にいる。
エリカは震える心を自ら鼓舞し、決意を固めた。
「ええ。そちらが本気で来るのなら、私も容赦しないわ。」
「ヒャッハァ!いいぜェ~、そうこなくっちゃなァ~!!」
狂気に満ちた雄叫びを上げ、凱人は胸の前で両腕を交差した。
その腕からバキバキバキッと嫌な音が響く。
「!!」
驚くエリカの目の前で、凱人の手の甲から、鋭利な鉤爪が生えて伸びる。
右手に3本、左手にも3本、合計6本の銀色の鉤爪が、月光に照らされ妖しい光を放つ。
その様子を見たアレイスターがエリカの耳元で囁く。
「エリカ、アイツは本気でオレ達を殺す気だ。遠慮はいらねぇ、こっちも全力でいくぞ。」
「うん。あんな男に負ける訳にはいかないわ。」
エリカは目を閉じ、右手を前方に向かって水平に差し出した。
掌に一瞬、白い閃光が走る。
そこに突如として現れたのは、先端に紫色のクリスタルが埋め込まれた、真っすぐな銀色の杖。
「はっ!」
杖を握り、右下に向かって勢いよく振り下ろす。
すると今度は、エリカの全身が鮮やかな瑠璃色のローブに包まれた。
袖は腕の先にいくほど釣鐘のように広がり、裾は地面まで届きそうなほどに長い。
その姿は、まごうことなき魔女そのもの。
とはいえ、これらの杖やローブは決してただのパフォーマンスではない。
五感を強化し、魔力を高め、魔法の威力を上げるための魔女の装備である。
(赤桐さんは……、あそこね。)
エリカが周囲を確認すると、萌は戦闘に巻き込まれないよう、近くの倉庫の陰に身を隠していた。
これで準備は完全に整った。
気兼ねなく凱人との戦いに身を投じることができる。
魔女の装備を纏ったエリカを見て、凱人は嬉々とした表情で、自分の鉤爪をペロリと舌なめずりした。
「ヘッヘッヘ、イイよイイよォ~、そのいかにも魔女っぽい格好。ソレでこそ俺様はそそられるぜェ!アァ、早く殺りたくて殺したくてタマんねェ~ぜ!」
「これで確信したわ。あなたみたいな人を野放しにはできない。覚悟しなさい!」
エリカは杖の先を凱人に向け、攻撃の構えを取った。
「そ~かいそ~かい、わかったよォ。じゃあさ、テメェ――」
凱人は地面を強く蹴り、
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