魔娘 ―Daughter of the Golden Witch―

こりどらす

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第1章 忌まわしき力

1-4 迫る鉤爪

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「オラアアアアッ!!」

迫りくる凱人の右腕が勢いよく伸ばされる。
鉤爪が喉元をかすめる間一髪のところで、エリカは体を左側にひねってかわす。

(速い――!何てスピードなの。)

反応があと一瞬遅ければ、喉を貫かれていたに違いない。

「へェ~、俺様の渾身の一撃をよけるなんてェ、なかなかヤルじゃねェかァ。」

凱人は仕留め損なった悔しさを微塵も感じさせず、むしろ楽しそうですらある。

「でも、次はど~かなァ?ハッハァ~!!」

続けざまに腰を落として前傾姿勢をとり、地面を蹴って跳躍する。
しかし、その方向は正面ではなく、斜め前方。

「えっ!?」

予想外の動きに戸惑うエリカ。
それを尻目に、凱人はエリカの真横、離れた位置で鋭く方向転換。
再度飛びかかって鉤爪を振りかざす。

(まずい――!)

トリッキーな動きに動揺したエリカに、攻撃を避ける余裕はない。

「エリカ、守りを固めろ!」

アレイスターの声に反応して杖を掲げ、

「― あまねく阻め、石英の盾! ―」

急ぎ詠唱すると、白と透明が入り混じった鉱石からなる、六角形の盾が目の前に現れた。

『ガキン!』

鉤爪は大きな音を立てて鉱石の盾に弾かれた。
凱人は反動の勢いのまま後ろに跳び、一旦距離を取る。

難を逃れたエリカだが、このまま防戦一方というわけにもいかない。
すかさず反撃の詠唱を試みる。

「― 氷の棘は蜂の如く! ―」

鋭く尖った無数の氷の欠片が、蜂の群れのように一直線に放たれる。
凱人は鉤爪を体の前で交差させ、防御の構えを取った。
が、それで全身を覆いきれるはずもなく、腕や脚に多数の氷片が突き刺さる。

(これで、どうかしら?)

――しかし、エリカの期待はあっけなく裏切られる。

凱人は交差させていた腕を広げた。
その奥から現れたのは、風に揺れる金色の髪と、一切動揺のない余裕の表情。

「オゥオゥ、や~っと魔女らしい攻撃かァ。でも、そんなの俺様には痛くも痒くもね~なァ!テメェの実力はそんなモンなのか~い?」

凱人はこれでもかと言わんばかりに煽りに煽る。
エリカは悔しさに歯を噛み締め、傍らを飛ぶアレイスターに弱音をこぼす。

「全然効いてない!?どうして……」
「たぶんアイツは皮膚の耐久力が相当強化されているな。下っ端とはいえ、ウィッチハンターを名乗ってるだけあるぜ。」
「ということは、普通に攻撃してもあまり意味がなさそうね。何か対策を考えないと。」
「そうだな。チッ、どうすっか……」

焦りを感じるエリカ達とは対照的に、凱人は両腕をブラブラと揺らし、余裕そうな態度を崩さない。

「イッヒッヒ、すぐに殺すのはもったいね~なァ!まだまだ遊んでヤルぜェ~?」

凱人はそう言うと、道のすぐ脇にある荒れ果てた空き家に向かって猛然と駆け出す。
その勢いのまま、常人では決して不可能な芸当で、一気に空き家の外壁を駆け上がる。

外壁の最上部で、凱人は壁を強く蹴り、その反動で大きく跳躍。
跳んだ先はエリカの頭上、はるかに高い位置。
月を背景にして、凱人の体が一直線に真下を向く。

「ヒャッハァ――――!!」

両手を揃えて下に伸ばし、鉤爪を槍の穂先のようにして、重力の勢いそのままに猛スピードで落下する。
エリカは全力で後ろに飛び退き、後傾姿勢のまま杖を前に向けて詠唱する。

「― 風刃よ、切り刻め! ―」

三日月型の小さな風の刃が、逆さまに着地した直後の凱人を襲う。
しかし、凱人は驚異的な瞬発力で上半身を起こすと、

「そんなチンケな攻撃が効くとでも思ってんのかァ~!?」

正面で腕を振り、向かってくる風の刃を鉤爪で跳ね返した。
エリカはとっさに身をかわしたが間に合わず、戻ってきた風刃が左の脇腹をかすめた。

「エリカ!」
「大丈夫よ、アレイスター。」

エリカは腹部に手を当てる。
ローブに少し血が滲んでいるが、幸いにも傷は深くない。
その様子を見た凱人は下卑た笑い声を上げる。

「ケッケッケ、コソコソ隠れて生きてる魔女には、無様な姿がお似合いだなァ~!」
「こんな生き方を強いられているのも、あなたたちウィッチハンターのせいでしょう。」
「イイねぇイイねぇ~、負け犬の遠吠えかァ~い?うるさい魔女は、も~っとイタぶってやらねェとなァ!」

言い終わると同時に、凱人は鉤爪を思い切り地面に突き立てた。
アスファルトに一直線に亀裂が走り、エリカ目がけて地割れが襲う。

(この程度なら、大丈夫。)

エリカは白い長髪を揺らしながら、大きく右側に跳んで地割れを避ける。
しかし、足元の亀裂に向けていた視線を前方に戻すと、

「ドコ見てんだよォ~!!」

したり顔の凱人が目前に迫っていた。
このままでは攻撃をまともに受けてしまう。
と、その時、

「させるかよ!!」

アレイスターが二人の間に割って入った。
渾身の力で大きく羽ばたき、黄色い鱗粉を撒き散らす。
鱗粉は爆ぜ、強烈な閃光が放たれる。

「チィッ!」

視界を奪われた凱人の鉤爪は、空を切って通り過ぎる。
間一髪、エリカは命拾いした。

「ありがとう、アレイスター。助かったわ。」
「ハッ、これくらいお安い御用だぜ。」

またとない好機を邪魔された凱人は、目の前を飛ぶ緑色の蛾を忌々しそうに睨む。

「ケッ。何だァ~、その虫ケラは?薄汚ねェ魔女の小娘はァ、嫌われ者の害虫がオトモダチってかァ?ハハッ!」
「何だと?おい、誰が害虫だ!」
「落ち着いて、挑発に乗らないで。」

アレイスターを必死になだめるエリカを、凱人は水平に掲げた鉤爪の先で指差す。

「あ~、イライラするゥ。いい加減、くたばりやがれェ!」

間髪入れず、反復横跳びのように素早く左右にステップを踏んで前進し、凱人は一気に距離を詰める。

「― 氷の棘は蜂の如く! ―」

エリカはすかさず詠唱したが、左右に高速で移動する凱人に狙いを定められない。
放たれた氷の欠片は虚しく空を切り続ける。
その間にも至近距離まで迫る凱人は、腕を大きく振り上げた。

「― 我が魔導の杖よ、鋼と化せ! ―」

掛け声とともに、杖全体が鈍い光を放つ。
エリカは両手でその杖を掲げ、振り下ろされた鉤爪の一撃を受け止める。

「そんなモン、へし折って――ンン!?」

杖はまるで鋼鉄のように硬く、どれだけ力を加えてもびくともしない。

しかし凱人は二撃、三撃、四撃と、左右の鉤爪で間断なく攻撃を加える。
それをひたすらに杖で弾き返す様は、まるで激しい剣戟のよう。

「オラオラオラァ!汚い人間、汚い種族ゥ!人類のツラ汚しがァ!サッサとくたばりやがれェ!」
「どうしてそこまで魔女を敵視するの!?私達が何をしたっていうの?」
「ヘッ、何も知らねーってかァ~?幸せなヤローだなァ!」

凱人がありったけの罵詈雑言を言い放つ。
だが、エリカには全く心当たりがない。
敵意を向けられる理由が分からない。
ただただ困惑するばかり。

なおも鉤爪と杖の弾き合いが続く。
防戦一方のエリカに加勢するため、アレイスターが鱗粉を振り撒こうと力を溜める。
しかし、それに気付いた凱人が、

「虫ケラは引っ込んでなァ!」

と、左脚で高速の回し蹴りを繰り出す。
直撃したアレイスターは大きく吹き飛ばされ、力なく地面に落下する。

「アレイスター!」

エリカが気を取られた隙を狙い、

「オイオイ、どこ見てるんだよォ~!」

凱人は全力で腕を振り、強烈な一撃を放つ。
杖は手から弾き飛ばされ、宙高くへと舞い上がった。

「ハッハァ!ガラ空きだぜェ!」

エリカの胸目がけて鉤爪が突き出される。
右腕を切り裂かれつつも、エリカは横っ飛びで大きく離脱し、落下した杖を拾い上げる。

「はあ、はあ、はあ……」

猛攻を耐え続けた結果、大きく乱れた呼吸。
傷付いた右腕から滴り落ちる血の雫。
エリカの顔に焦燥感が滲む。

「ヒャッハァ!惨めだねェ~。汚い魔女にはお似合いの姿だなァ~!」
「よくもアレイスターを……許さないわ。」
「大したチカラもないクセに口だけは達者だなァ~。も~っと楽しめると思ったのにィ、残念残念。じゃ、そろそろ終わりにするぜェ!」

凱人は道端の電柱に目を付けると、猛烈な勢いで一気によじ登り、頂点で立ち上がった。
背後から月の光を浴びた、黒いシルエットが直立する。

「― 疾く駆けよ、炎球の弾丸! ―」

エリカは杖を電柱の先端に向け、手の平ほどの大きさの火球を高速で放つ。
しかし、凱人は跳び上がってその火球を避け、

「コレで、終わりだァァァァ!!」

鉤爪を突き出し、エリカ目がけて全速力で急降下してきた。

「― 石英の盾! ―」

再び六角形の盾を出現させ、鉤爪の一撃を防ぐ。
だが、凱人は空中で腕をドリルのように回転させ、盾を破壊しにかかる。

「うぉらアアアアアアアアッッッッ!!」

不快な音とともに盾の表面が徐々に削られていく。
エリカは盾を維持せんと魔力を込めるが、その甲斐もなく亀裂が入る。

(あっ――)

限界を迎えた鉱石の盾は、轟音を立てて砕け散った。
その背後から現れた鉤爪が、エリカの左肩に深く突き刺さる。

「いやああああああああっ!」

体を駆け巡る鋭い痛み。
エリカは気力を振り絞って、肩を貫通した鉤爪を引き抜き、大きく後ろに距離を取る。

しかし、傷はあまりにも深い。
左肩に開いた穴からは、血がとめどなく流れ出る。
苦痛に顔を歪めながら膝をつき、その場から動くことができない。

そんな状況でも、現実はあくまで残酷。
凱人が狂気の笑みを浮かべながら、死神のようにゆっくりと近付いてくる。
絶望へのカウントダウンが始まった。
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