魔娘 ―Daughter of the Golden Witch―

こりどらす

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第2章 魔女の遺物

2-3 風を切り、駆ける

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その翌日。

灰色のパーカーと紺のパンツというラフな格好のエリカは、工房の中で昼食をとっていた。
今日のメニューはたらこスパゲティ。
もちもちの麺と、そこに絡みつくたらこと海苔の絶妙な組み合わせ。

「うん、美味しい。」

自画自賛したくなるほどの出来栄えに、思わずエリカの頬が緩む。

長らく一人(と一匹?)暮らしであるため、エリカ自身、それなりに料理はできる。
ただ、その腕前を披露する機会は、残念ながらめったにない。

ちなみに、アレイスターをはじめとした使い魔に、食事によるエネルギー補給は必要ない。
それでも料理の匂いはとても魅力的なようで、アレイスターはエリカがスパゲティを口に運ぶ様子を、至近距離でまじまじと見つめている。

「……監視されているみたいで食べづらいわ。」
「あ?別につまみ食いしようとか思ってねぇぞ?気にせず食え食え。」
「そういう意味じゃないんだけど……」

アレイスターの目線を気にしながらも、エリカはスパゲティを食べ進め、あっという間に完食。

「ごちそうさまでした。」

食べ終わった食器を洗って片付ける。
すると、工房の外から、

『ドドドドドドドド!!』

と、けたたましい機械音が響いてきた。

「え、何の音?」
「オイオイ、どこのどいつだ?」

玄関から外に飛び出すエリカ。
彼女の目に入ったのは、フルフェイスのヘルメットを被り、黒いライダースジャケットを着てバイクにまたがる人物。
見るからに怪しさ満点である。

エリカが警戒して様子を伺っていると、その人物はおもむろにヘルメットを脱いだ。

「エリたん、おっ待たせ~!」

聞き覚えのある元気な声。
ヘルメットの中から、鮮やかなオレンジ色の髪と、はにかんだ笑顔が現れる。
怪しい人物の正体は、なんということはない、雛塚澪その人であった。

「もう、一体誰かと思ったわよ。」
「あっはは、びっくりした~?カッコいいでしょ、このバイク!あたしの相棒なんだっ!」

澪は自分が乗っているバイクをポンポンと叩く。
白と深い赤色のコントラストが目を引く、400ccの中型二輪。
よく手入れされているのか、車体の金属部分が明るい光沢を放つ。

エリカは物珍しそうにバイクをまじまじと見つめて言う。

「それにしても、澪がバイクに乗るなんて意外ね。でも結構似合っているわよ。」
「へっへーん、その反応はギャップ萌えってことかな~?」

得意げな澪に対し、工房から出てきたアレイスターが冷静に返す。

「いやいやいや、そんなワケねーだろ。」
「うえーん、アーくんひどいよ~。」

澪はがっくりと肩を落とすも、気を取り直してエリカに明るく話しかける。

「いじわるなアーくんは置いといて、さあエリたん。これで移動手段は確保できたねっ!」
「えっ?ということは、もしかして……」
「そう!2人でこのバイクに乗って、山芝村まで行っくよ~!」

エリカは澪からヘルメットを受け取ると、慣れない手つきで頭から被った。
澪は不安げなエリカの手を引き、

「ど、どうすればいいのかしら?」
「あたしの後ろのシートに座って!」

バイクに乗り込むよう促すと、エリカは恐る恐るシートにまたがった。

「そしたら脚をキュッてして、あたしの体をしっかり挟んでねっ。」
「えっと……こんな感じ?手はどうすればいい?」
「とりあえず腰につかまってくれたらいいよ~!」

言われるまま腰に回した手から、エリカは澪の体のぬくもりを感じる。
澪は後ろに振り向き、

「エリたん、準備はオッケー?」
「うん、大丈夫よ。」

エリカが返すと、

「りょーかい!それじゃ、しっかりつかまっててね~!」

大きな掛け声とともに、澪は右手でアクセルを回し、左手のクラッチレバーを少しずつ離す。
ドドドドという轟音を上げて動き出し、徐々に加速してゆくバイク。
爽やかな秋空の下、二人は山芝村に向けて出発した。





その頃、エリカと澪が目指す山芝村の洞窟に、とある男子大学生の4人グループが訪れていた。

「おっしゃ、ココが噂の洞窟だな!」
「やった!ついに見つかったね~。」

人生のモラトリアム真っ只中の、時間と好奇心を持て余した男達。
もちろんその目的は、最近流行りの噂で聞いた『魔女の遺物』である。

「この中に魔女のお宝があるんだろ?」
「ええ……本当に入るの?やめておいた方がいいんじゃ……。」
「今更何ビビッてんだよ!ほら早く行こうぜ。」

大学生達は懐中電灯を手に取り、真っ暗な洞窟の中を照らす。
彼らは押し合いへし合い、

「お前が先頭行けよ!」
「いやいや、そこは言い出しっぺが先に行くべきでしょ~。」

賑やかに騒ぎながら、

「うおー、思ってたより全然広いじゃん。」
「それにしても暗いなぁ。足元気を付けてね~。」

期待と不安が入り混じった面持ちで洞窟の中を進んでゆく。

「ねえ、もう十分でしょ……?そろそろ引き返そうよ……」
「いやいや、まだ何も見つけてねーじゃん。行けるとこまで行くぞ。」

彼らは洞窟の中をしばらく歩くと、少し開けた空間に行き当たった。
懐中電灯を手に周囲を見渡していると、

「な、何だ!何が起こった!?」

突然、全員の明かりが一斉に消え、辺りは完全な暗闇に包まれた。

「だめだ、明かりがつかないよ~!どうしよ~。」
「俺のもだ!全部壊れたのか!?そんなバカな!」

パニックに陥って騒ぎ立てる男達。

「も、もうだめだ……おしまいだ……。」

すると暗闇の中、怯える彼らの目の前に、赤く輝く2つの光が浮かび上がった。





澪が運転するバイクは、昼下がりの心地良い風を切り、郊外の広い道路をひた走る。
道路沿いには等間隔に配置された街路樹と、住宅や店舗が立ち並ぶ。
目的地の山芝村はまだまだ遠い。

エリカは澪の後ろにぴったりとくっつき、振り落とされないよう手足で澪の体をしっかりとつかむ。
普段は味わうことのないスピードで流れる空気に、新鮮さと爽快さを覚える。

すると、順調な運転を続けていた澪が、背中越しにエリカに話しかける。

「エリたん、疲れてないー?休憩したかったらいつでも言ってねっ。」
「ううん、全然大丈夫よ。」

大きな走行音の中でも会話できるのは、お互いの口元に取り付けられたインカムのおかげ。
そのインカムを通して澪は会話を続ける。

「そーいや、エリたんは彼氏とかいないの~?」
「え!?いきなりどうしたの。そ、そう言う澪の方はどうなのよ。」

突然の不意打ちに、エリカはバイクの上でバランスを崩しそうになり、慌てて態勢を立て直す。
一方の澪はなおも追及を続ける。

「おやおや、質問に質問で返すのは良くないよ~?で、どうなのっ?」
「い、いないわよ。私、引っ込み思案だし、ちょっと性格暗いところもあるし……。澪ならよく知ってるでしょ。」
「えーそうかな~?エリたん面倒見がいいしっ、おまけに超美人だから、ぜーったいモテると思うんだけどな~。」
「ありがと。でも、お世辞を言っても何も出ないわよ。」
「えへへ。それとね~、そもそもあたしには、エリたんとアーくんってすごく相性がいいように見えるんだ~。付き合っちゃえばいいんじゃない?どう?どう?」

思わぬ不意打ちを受け、エリカのパーカーの胸元に隠れていたアレイスターが、

「ブフッ!」

と思いっきり吹き出した。
そんなアレイスターがパーカーから頭を出して澪に反論する。

「バカ言うなよ。だーれがこんな根暗女と付き合うかってんだ。」

エリカもつられてムキになる。

「何よ、そもそもアンタは私の使い魔でしょ。付き合うとか以前の問題よ。」
「もしオレが人間だったとしても、オマエを選ぶことはねーだろーな。」
「そんなの私だって願い下げね。」

言い合う二人を見て澪が一言。

「あははははっ!いいね、いいねっ!二人とも仲良しだね~。」

すかさずほぼ同時に二人は、

「どこがだ!」
「どこがよ!」

バイクの走行音に負けないほど、賑やかに繰り広げられる会話。
山芝村までの距離が少しずつ縮まってゆく。





暗闇が支配する洞窟の中、宙に浮かぶ2つの赤い光。
そこから聞こえてくるのは、高慢そうな女性の声。

「はあ~、また今回もただの人間ですの?ほんと、嫌になっちゃいますわね。いつになったら魔女が釣れるのかしら。」

大学生達は突如として響いた声と、赤い光に釘付けになる。
よく目を凝らすと、その正体は――何者かの2つの眼球。

「おいおいマジかよ、何だアレ……」
「お化けだ!幽霊だ!きっとそうだよ。」
「もう何でもいい!早く逃げるぞ!」

男達は叫び、おののき、よろめき、こけつまろびつしながら、必死に暗闇の中を逃げ惑う。

「痛ってえ!お前、押すんじゃねぇ!」
「仕方ねーだろ、暗くて分かんねーよ!」
「出口はどこ……!?何も見えないよ……た、助けてー!」

滑稽極まりないその様子を、宙に浮かぶ双眸が蔑むように見つめる。

「まったく、仕方ないですわね。騒々しい、ただの人間の皆さんに用はありません。速やかにお引き取り願いましょうか。」

すると赤く光る眼が、驚異的な速さで動き出し、逃げる男達の前に回り込む。

「― お前達は何も見ていない、何も聞いていない、何も覚えていない ―」

呪文のような言葉と共に、赤き双眸がカッと大きく見開かれた。





慣れた運転で快調に飛ばす澪のバイク。
道路沿いに見える景色は、徐々に建物がまばらになり、代わりに田畑や緑色の木々が増えていく。

道を走る車の数も、出発した時に比べれば少ない。
山芝村が徐々に近付いてきている。

しばらく無言のまま走行していると、後ろのエリカに向かって澪が口を開く。

「ところでエリたん、今日のお目当ての魔身具……って、具体的にどういう物なの?あたしに教えてほしいなっ。」
「魔女の世界の話に興味があるの?何だか意外ね。」
「何言ってるのさ!そりゃー親友のことをもっと知りたい、って思うのは当然でしょ~。」

思いのほか興味津々な澪に、エリカは魔身具についての説明を始める。

「魔身具っていうのはね、魔女が持っている魔力を、何かしらの物体に大量に注ぎ込んで凝縮させた、魔法の道具のことよ。作り手によって違う色々な機能を持っているの。」
「ふむふむ、なるほど。エリカ先生、色々な機能とは何ですかー?」
「例えば周囲に強力な結界を発生させたり、深手を負った時に傷を一瞬で回復させたり、とてつもない大爆発を引き起こしたり、とかかしら。」
「ほえ~、魔女ってやっぱりすごいんだねー!」

心からの感嘆の声を上げ、澪はさらに質問を続ける。

「ちなみに、魔身具の見た目ってどんな感じー?」
「アクセサリーや小物類が多いわね。身に着けたり持ち運んだりできて、いざという時にすぐ使えるから。眼鏡とかネックレス、手鏡、指輪、腕時計…、とにかく色々なものがあるわ。」
「じゃあ洞窟に着いたら、そういう道具が落ちてないか調べればいいんだねっ。あたし、頑張っちゃうよぉ~!」

ウキウキとした声で気合いを入れる澪。
が、エリカの答えは、

「澪は洞窟の入口で待っててもらうわよ?」
「えっ。」
「魔女の話が絡んでる以上、中にどんな危険なことがあるか分からないし。私に任せて。」
「う、嘘でしょ!あたしはお外で待ちぼうけなの~!?」

そんな会話を続ける間に、周りの景色は緑と茶色の割合が増え、どんどん田舎らしい様相を呈してきた。
バイクは颯爽と風を切り、一台、また一台と車を追い越してゆく。
山芝村まではあとわずか。





洞窟の中からぞろぞろと出てくる、大学生4人組。
しかし、彼らの様子は揃いも揃って挙動不審。
しかめっ面で頭を抱えたり、悩ましそうに腕を組んだり、疲れ切って呆けた表情をしたりしている。

「なあ、何で俺ら、こんなド田舎の洞窟にいるんだ?」
「おい誰だよ、こんな意味分かんねぇ場所に来ようって言ったヤツは。」
「いやいや、そんなの知らないよ~。どうせ君が言い出したんじゃないの~?」

誰一人として、この場所に来た理由を思い出せない。
誰一人として、洞窟の中で何が起こったのかを覚えていない。

「何だか疲れたなあ……もう早く帰ろうよ……」
「ああ。こんなとこさっさとオサラバだぜ。」

疲労困憊の足取りで、彼らが乗ってきた車に乗り込む。
真相を知ることのないまま、4人の大学生は自分達の暮らす街へと帰っていった。

その頃、洞窟の奥では何者かが、

「さあ次こそ、次こそは――」

赤い眼を鋭く光らせ、魔女の到来を待ち続ける。
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