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第2章 魔女の遺物
2-4 洞窟の罠
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「着いたぁー!」
澪が両手を突き上げて高らかに叫ぶ。
長い道のりを経て、エリカと澪はようやく山芝村に到着した。
時刻は午後の15時。
見上げれば青く澄んだ空、周囲は見渡す限りの山々と畑、その間に点在して建っている家屋。
典型的な田舎の風景である。
二人はバイクにまたがったまま、のどかな景色を眺めつつ話す。
「でもさ、洞窟って村のどこにあるんだろ~?」
「あっ、あそこに書いてあるんじゃないかしら。」
エリカが指差したのは、村の入口に立っている大きな看板。
よく見るとそれは村の地図が載った案内図であった。
その左上、つまり村の北西部には洞窟と思しき絵が描かれている。
「ココが例の洞窟じゃねーのか?」
看板を見上げてアレイスターが言うと、
「おっけー!じゃあそこまで行こっか。」
地図が示す場所を目指し、澪のバイクは再び山道を走り始めた。
しばらくして林道に入り、舗装されていない坂道をさらに進む。
徐々に標高が高くなり、道の起伏が一層激しくなる。
――と、二人の目に飛び込んできたのは、草木が生い茂る岸壁にぽっかりと空いた大きな穴。
「よ~しっ、これが噂の洞窟だね!見つかって良かった~!」
澪が穴の前でバイクを停車させると、二人は降りてヘルメットを外した。
「それにしても大きな入口……。中も結構広そうね。」
間近で洞窟の入口を見て、想像以上の大きさにエリカは驚く。
穴の直径はおおよそ3 m程度といったところ。
中はひたすら真っ暗で、奥の状況を入口から確認することはできない。
「あれ?何か落ちてるわね。」
エリカは洞窟の入口に転がっていた棒状の物体を拾い上げる。
よく見るとそれは懐中電灯であった。
「あれ、明かりが点かない。壊れているみたいね。」
エリカは試しにスイッチを入れてみたが、全く反応がない。
澪がその手元を覗き込んで声を掛ける。
「誰かが洞窟の中にいるのかな~?」
「でも懐中電灯がないと暗くて見えないでしょ?たぶん中から出てきた人が落としたか、捨てたんじゃないかしら。」
「そっかぁ。その人達が先に魔身具を見つけてないといいねっ。」
そこに、二人の横をひらひらと飛ぶアレイスターが割って入った。
「ま、そもそも噂が本当なのかまだ分かんねーし、とにかく調べてみようぜ。」
「ええ、そうね。」
言って、エリカは右手を正面にかざし、現れた杖を握りしめる。
そのまま右手を横に払うと、エリカの体を瑠璃色のローブが包み込んだ。
「それじゃあ行きましょうか、アレイスター。」
「おう、中がどんな感じになってるのか楽しみだな。」
洞窟の中へ歩き出そうとするエリカ達。
そこに、悲しそうな目でじっと見つめる澪が懇願する。
「やっぱりあたしも一緒に行っちゃダメかな~?」
エリカとアレイスターは振り向くと、
「魔女と魔身具が絡んでいる以上、どんな危険が待っているか分からないわ。ここまで連れてきてもらって本当に申し訳ないけれど、澪には安全な場所で待っていてほしいの。」
「今回はオレもエリカの意見に賛成だ。スマンな、留守番頼むわ。」
それぞれ申し訳なさそうに澪を説得した。
澪は不満そうに口を尖らせながらも、
「わかったよぉ~。その代わり、できるだけ早く戻ってきてねっ!」
最終的には手を振ってエリカ達を見送った。
エリカは手を振り返して、
「うん、早く魔身具を見つけて戻ってこられるように頑張るわ。」
と言い残し、仄暗い洞窟の中へと足を踏み入れた。
・
・
・
洞窟の奥、暗闇に潜む何者かが反応する。
「おや?この気配、もしや……。いえ、まだ決めつけるのは早計ですわね。これまで何度ぬか喜びをしてきたことか……。確証が得られるまで待つといたしましょう。」
邪な期待を胸に秘め、何者かは息を殺して静かに待つ。
・
・
・
洞窟の探索を始めたエリカは、一歩一歩慎重に足を進める。
頭上には数多の白い鍾乳石が、まるでつららのように垂れ下がり、幻想的な光景が広がる。
地面は起伏に富んだ岩石で、あちこちに小さな水たまりが。
足元は決して歩きやすいとは言えない。
でこぼことした足場をしばらく進むうちに、外からの光は徐々に届かなくなり、周囲は完全な暗闇に包まれた。
「これ以上先は真っ暗ね。アレイスター、お願いできるかしら?」
「おう、ここはオレに任せな――ハッ!」
威勢のいい掛け声とともに、アレイスターの羽一面に付着している鱗粉が発光する。
すると、まるで強力なランタンのように、アレイスターの周囲が明るい光で照らし出された。
「ありがとう、これで周りが良く見えるわね。」
「ヘヘッ、これくらいお安い御用だ。なんならもっと褒めてくれてもイイんだぜ?」
とても静かな洞窟の中で反響する、エリカ達の声。
二人はさらに奥を目指して進んでゆく。
・
・
・
「ん~、むむむ~。」
一方その頃、洞窟の入口。
エリカとアレイスターから留守番を言い渡された澪が、一人暇を持て余していた。
愛車のバイクに腰掛け、腕を組んでうんうんと唸っている。
「あーもう、やっぱりずっと待ってるだけなんて退屈だよ~。田舎過ぎて携帯電話もまともに電波が入らないしっ!暇だ暇だ暇だぁ~。」
何か面白い物がないかと見渡すも、洞窟の周りにあるのは延々と続く岩肌と林だけ。
暇潰しになりそうな物は、残念ながら特に見当たらない。
「うーんこうなったら、村の中をひとっ走りしてこよっかな~。エリたんもしばらく戻ってこなさそうだし、少しくらいならいいよねっ!」
澪はバイクにまたがりエンジンをかけると、再び山道を走り始めた。
・
・
・
エリカとアレイスターは洞窟の中をどんどん進む。
季節は10月半ばだというのに、外と違って肌寒い。
その割に湿度は高く、エリカの白くて長い髪に、水気を含んだ空気がねっとりとまとわりつく。
「きゃっ!」
幅の狭い通路を歩いていると、突然頭上を何かが勢いよく通過し、エリカの悲鳴が漏れる。
「どうした?いきなり叫んだりして。」
「今、何か飛んでこなかった?……いやっ!」
またもや何かがエリカの頭をかすめた。
「あぁ?一体どうなってんだ!?」
光を纏うアレイスターが上昇し、天井を照らすとそこにいたのは――
「なーんだ、ただのコウモリじゃねーか。警戒して損したぜ。洞窟ではよく見かける奴らだな。」
「それなら安心ね。良かった。」
「ハハッ、幽霊が出たとでも思ったか?エリカはお子ちゃまだなー。」
「ち、違うわよ!幽霊なんている訳ないじゃない。動物とか虫とかだと思ってたわ。」
天井に逆さまで止まっていたコウモリは、アレイスターの光に驚いたのか、洞窟の奥へと飛び去って行った。
エリカはその後を追うかのように、さらに先へと足を踏み入れる。
・
・
・
暗闇の中、何者かのもとに一匹のコウモリが飛んできて、キィキィと鳴き声を発した。
「そうですの!やはり、今度こそ魔女で間違いないのですね。ついに、ついに待ち望んでいたこの時が来ましたわ……!」
何者かの赤い眼が大きく歪み、妖しい歓喜の表情を形作った。
「ふふふ、それでは――万全の態勢でお待ちしておりますわよ。」
はやる気持ちを抑えながら、魔女の到来を今か今かと待ち続ける。
・
・
・
エリカとアレイスターは大きく開けた場所に辿り着いた。
これ以上先に道はなく、ここが洞窟の最奥部と見える。
「これで行き止まりかしら?」
「おいおいマジかよ。何もねーぞ。」
そこに広がっていたのは、天井が高く、だだっ広い円形の空間。
これまで歩いてきた道中と同じく、一面の岩肌と白い鍾乳石で囲まれている。
噂にあったような魔女が暮らしていた形跡は、どこにも見当たらない。
「やっぱりあの噂は嘘だったのかしら。残念ね。」
「諦めるのはまだ早いぞ。せっかくここまで来たんだから、どっかに魔身具が隠されてねーか、念のため一通り調べてみようぜ。」
励ますアレイスターの明かりを頼りに、エリカは広い空間を調べ始めた。
地面と壁をよく見渡し、凹凸だらけの鍾乳石の隙間を確認する。
「それにしても、澪には悪いことしちゃったわね。早く終わらせて戻らないと。」
足元に目を凝らして歩き回るエリカがつぶやき、
「ハッハッハ、完全にオレ達の足として使っちまったからなー。帰ったら何かウマいもんでも奢ってやろーぜ。」
アレイスターが陽気に返す。
その後も大きな空洞内をくまなく探すが、目を引くものは一切なし。
諦めの空気が漂う中、
「エリカ、あそこにデカい岩があるぞ。あの裏とかどうだ?」
通ってきた通路と反対側の端、アレイスターの視線の先には、地面からせり上がる巨大な鍾乳石が。
エリカがその裏側に回り込むと、鍾乳石の根元にあったのは――
「これは……宝石箱かしら?」
両手に収まる大きさの、白くて四角い箱。
蓋と側面に施されているのは、アンティーク調の紋様のような金色の装飾。
洞窟という場所にはあまりにも場違いな代物である。
「何だコレ。このヘンテコな箱が魔身具なのか?」
「ヘンテコって……この箱自体は違うと思うわ。でも内側からすごく強い魔力を感じるから、きっと中に魔身具が入っているのよ。」
「よーし、そうと分かれば早く開けるぞ!」
意気揚々とするアレイスターが見守る中、エリカは中身を確認しようと蓋に手をかけたが、力を入れてもびくともしない。
「あれっ、開かないわね。鍵穴は見当たらないのに鍵がかかっているみたい。」
「魔女の道具なんだろ?なら、魔女にしか開けられない特殊な仕掛けがあるんじゃねーのか?」
「そうね、それなら――これでどうかしら。」
アレイスターの助言を参考に、蓋にかざした手の平を通じて、エリカは自分の魔力を宝石箱に注ぎ込む。
すると、カチッと鍵が外れる音を立て、ゆっくりと箱の蓋が開いた。
その予想だにしない中身を見て、エリカは驚愕の声を上げる。
「えっ、嘘……!まさか、そんな……!」
箱の中に入っていたのは、エリカにとってよく見覚えのあるアクセサリー。
それは――金色のチェーンの先に、琥珀色の丸い宝石がぶら下がっている、美しいペンダントであった。
「ったく大袈裟だな~、ただのペンダントじゃねーか。そんなに驚くほどのモンか?」
半ば呆れたような口調で聞くアレイスターに対し、エリカが興奮気味に返す。
「何言ってるのアレイスター!これ、母さまが身に着けていたものよ。私が見間違えるはずないわ。」
「マジか!良かったじゃねーか。でも何でこんな洞窟の奥にあるんだ?」
巷で流れていた噂は本当であった。
魔女の遺物の正体は、エリカの母親の遺品であるペンダント。
「良かった、すごく嬉しい。もう見つからないと思ってた……。」
涙ぐむエリカは感慨に浸りながら、ペンダントを両手で掲げてじっくりと眺める。
――だが、その喜びは瞬く間に打ち砕かれた。
「ああっ!!」
目の前を黒い影が高速で横切り、一瞬にしてエリカの手からペンダントが奪われた。
「誰!?何するの、返しなさい!」
「姿を見せやがれ!」
何者かが通り過ぎていった先を、光るアレイスターが照らし出す。
そこにいたのは、天井から垂れ下がる鍾乳石をまるでコウモリのように足で掴み、逆さまにぶら下がっている女。
彼女の閉じていた双眸が見開かれ、赤く光る眼が露わになる。
「ふっ、ふっ、ふふふふふ!この時を、この時を……ずっと待っていたのですわ!」
澪が両手を突き上げて高らかに叫ぶ。
長い道のりを経て、エリカと澪はようやく山芝村に到着した。
時刻は午後の15時。
見上げれば青く澄んだ空、周囲は見渡す限りの山々と畑、その間に点在して建っている家屋。
典型的な田舎の風景である。
二人はバイクにまたがったまま、のどかな景色を眺めつつ話す。
「でもさ、洞窟って村のどこにあるんだろ~?」
「あっ、あそこに書いてあるんじゃないかしら。」
エリカが指差したのは、村の入口に立っている大きな看板。
よく見るとそれは村の地図が載った案内図であった。
その左上、つまり村の北西部には洞窟と思しき絵が描かれている。
「ココが例の洞窟じゃねーのか?」
看板を見上げてアレイスターが言うと、
「おっけー!じゃあそこまで行こっか。」
地図が示す場所を目指し、澪のバイクは再び山道を走り始めた。
しばらくして林道に入り、舗装されていない坂道をさらに進む。
徐々に標高が高くなり、道の起伏が一層激しくなる。
――と、二人の目に飛び込んできたのは、草木が生い茂る岸壁にぽっかりと空いた大きな穴。
「よ~しっ、これが噂の洞窟だね!見つかって良かった~!」
澪が穴の前でバイクを停車させると、二人は降りてヘルメットを外した。
「それにしても大きな入口……。中も結構広そうね。」
間近で洞窟の入口を見て、想像以上の大きさにエリカは驚く。
穴の直径はおおよそ3 m程度といったところ。
中はひたすら真っ暗で、奥の状況を入口から確認することはできない。
「あれ?何か落ちてるわね。」
エリカは洞窟の入口に転がっていた棒状の物体を拾い上げる。
よく見るとそれは懐中電灯であった。
「あれ、明かりが点かない。壊れているみたいね。」
エリカは試しにスイッチを入れてみたが、全く反応がない。
澪がその手元を覗き込んで声を掛ける。
「誰かが洞窟の中にいるのかな~?」
「でも懐中電灯がないと暗くて見えないでしょ?たぶん中から出てきた人が落としたか、捨てたんじゃないかしら。」
「そっかぁ。その人達が先に魔身具を見つけてないといいねっ。」
そこに、二人の横をひらひらと飛ぶアレイスターが割って入った。
「ま、そもそも噂が本当なのかまだ分かんねーし、とにかく調べてみようぜ。」
「ええ、そうね。」
言って、エリカは右手を正面にかざし、現れた杖を握りしめる。
そのまま右手を横に払うと、エリカの体を瑠璃色のローブが包み込んだ。
「それじゃあ行きましょうか、アレイスター。」
「おう、中がどんな感じになってるのか楽しみだな。」
洞窟の中へ歩き出そうとするエリカ達。
そこに、悲しそうな目でじっと見つめる澪が懇願する。
「やっぱりあたしも一緒に行っちゃダメかな~?」
エリカとアレイスターは振り向くと、
「魔女と魔身具が絡んでいる以上、どんな危険が待っているか分からないわ。ここまで連れてきてもらって本当に申し訳ないけれど、澪には安全な場所で待っていてほしいの。」
「今回はオレもエリカの意見に賛成だ。スマンな、留守番頼むわ。」
それぞれ申し訳なさそうに澪を説得した。
澪は不満そうに口を尖らせながらも、
「わかったよぉ~。その代わり、できるだけ早く戻ってきてねっ!」
最終的には手を振ってエリカ達を見送った。
エリカは手を振り返して、
「うん、早く魔身具を見つけて戻ってこられるように頑張るわ。」
と言い残し、仄暗い洞窟の中へと足を踏み入れた。
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洞窟の奥、暗闇に潜む何者かが反応する。
「おや?この気配、もしや……。いえ、まだ決めつけるのは早計ですわね。これまで何度ぬか喜びをしてきたことか……。確証が得られるまで待つといたしましょう。」
邪な期待を胸に秘め、何者かは息を殺して静かに待つ。
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洞窟の探索を始めたエリカは、一歩一歩慎重に足を進める。
頭上には数多の白い鍾乳石が、まるでつららのように垂れ下がり、幻想的な光景が広がる。
地面は起伏に富んだ岩石で、あちこちに小さな水たまりが。
足元は決して歩きやすいとは言えない。
でこぼことした足場をしばらく進むうちに、外からの光は徐々に届かなくなり、周囲は完全な暗闇に包まれた。
「これ以上先は真っ暗ね。アレイスター、お願いできるかしら?」
「おう、ここはオレに任せな――ハッ!」
威勢のいい掛け声とともに、アレイスターの羽一面に付着している鱗粉が発光する。
すると、まるで強力なランタンのように、アレイスターの周囲が明るい光で照らし出された。
「ありがとう、これで周りが良く見えるわね。」
「ヘヘッ、これくらいお安い御用だ。なんならもっと褒めてくれてもイイんだぜ?」
とても静かな洞窟の中で反響する、エリカ達の声。
二人はさらに奥を目指して進んでゆく。
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「ん~、むむむ~。」
一方その頃、洞窟の入口。
エリカとアレイスターから留守番を言い渡された澪が、一人暇を持て余していた。
愛車のバイクに腰掛け、腕を組んでうんうんと唸っている。
「あーもう、やっぱりずっと待ってるだけなんて退屈だよ~。田舎過ぎて携帯電話もまともに電波が入らないしっ!暇だ暇だ暇だぁ~。」
何か面白い物がないかと見渡すも、洞窟の周りにあるのは延々と続く岩肌と林だけ。
暇潰しになりそうな物は、残念ながら特に見当たらない。
「うーんこうなったら、村の中をひとっ走りしてこよっかな~。エリたんもしばらく戻ってこなさそうだし、少しくらいならいいよねっ!」
澪はバイクにまたがりエンジンをかけると、再び山道を走り始めた。
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エリカとアレイスターは洞窟の中をどんどん進む。
季節は10月半ばだというのに、外と違って肌寒い。
その割に湿度は高く、エリカの白くて長い髪に、水気を含んだ空気がねっとりとまとわりつく。
「きゃっ!」
幅の狭い通路を歩いていると、突然頭上を何かが勢いよく通過し、エリカの悲鳴が漏れる。
「どうした?いきなり叫んだりして。」
「今、何か飛んでこなかった?……いやっ!」
またもや何かがエリカの頭をかすめた。
「あぁ?一体どうなってんだ!?」
光を纏うアレイスターが上昇し、天井を照らすとそこにいたのは――
「なーんだ、ただのコウモリじゃねーか。警戒して損したぜ。洞窟ではよく見かける奴らだな。」
「それなら安心ね。良かった。」
「ハハッ、幽霊が出たとでも思ったか?エリカはお子ちゃまだなー。」
「ち、違うわよ!幽霊なんている訳ないじゃない。動物とか虫とかだと思ってたわ。」
天井に逆さまで止まっていたコウモリは、アレイスターの光に驚いたのか、洞窟の奥へと飛び去って行った。
エリカはその後を追うかのように、さらに先へと足を踏み入れる。
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暗闇の中、何者かのもとに一匹のコウモリが飛んできて、キィキィと鳴き声を発した。
「そうですの!やはり、今度こそ魔女で間違いないのですね。ついに、ついに待ち望んでいたこの時が来ましたわ……!」
何者かの赤い眼が大きく歪み、妖しい歓喜の表情を形作った。
「ふふふ、それでは――万全の態勢でお待ちしておりますわよ。」
はやる気持ちを抑えながら、魔女の到来を今か今かと待ち続ける。
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エリカとアレイスターは大きく開けた場所に辿り着いた。
これ以上先に道はなく、ここが洞窟の最奥部と見える。
「これで行き止まりかしら?」
「おいおいマジかよ。何もねーぞ。」
そこに広がっていたのは、天井が高く、だだっ広い円形の空間。
これまで歩いてきた道中と同じく、一面の岩肌と白い鍾乳石で囲まれている。
噂にあったような魔女が暮らしていた形跡は、どこにも見当たらない。
「やっぱりあの噂は嘘だったのかしら。残念ね。」
「諦めるのはまだ早いぞ。せっかくここまで来たんだから、どっかに魔身具が隠されてねーか、念のため一通り調べてみようぜ。」
励ますアレイスターの明かりを頼りに、エリカは広い空間を調べ始めた。
地面と壁をよく見渡し、凹凸だらけの鍾乳石の隙間を確認する。
「それにしても、澪には悪いことしちゃったわね。早く終わらせて戻らないと。」
足元に目を凝らして歩き回るエリカがつぶやき、
「ハッハッハ、完全にオレ達の足として使っちまったからなー。帰ったら何かウマいもんでも奢ってやろーぜ。」
アレイスターが陽気に返す。
その後も大きな空洞内をくまなく探すが、目を引くものは一切なし。
諦めの空気が漂う中、
「エリカ、あそこにデカい岩があるぞ。あの裏とかどうだ?」
通ってきた通路と反対側の端、アレイスターの視線の先には、地面からせり上がる巨大な鍾乳石が。
エリカがその裏側に回り込むと、鍾乳石の根元にあったのは――
「これは……宝石箱かしら?」
両手に収まる大きさの、白くて四角い箱。
蓋と側面に施されているのは、アンティーク調の紋様のような金色の装飾。
洞窟という場所にはあまりにも場違いな代物である。
「何だコレ。このヘンテコな箱が魔身具なのか?」
「ヘンテコって……この箱自体は違うと思うわ。でも内側からすごく強い魔力を感じるから、きっと中に魔身具が入っているのよ。」
「よーし、そうと分かれば早く開けるぞ!」
意気揚々とするアレイスターが見守る中、エリカは中身を確認しようと蓋に手をかけたが、力を入れてもびくともしない。
「あれっ、開かないわね。鍵穴は見当たらないのに鍵がかかっているみたい。」
「魔女の道具なんだろ?なら、魔女にしか開けられない特殊な仕掛けがあるんじゃねーのか?」
「そうね、それなら――これでどうかしら。」
アレイスターの助言を参考に、蓋にかざした手の平を通じて、エリカは自分の魔力を宝石箱に注ぎ込む。
すると、カチッと鍵が外れる音を立て、ゆっくりと箱の蓋が開いた。
その予想だにしない中身を見て、エリカは驚愕の声を上げる。
「えっ、嘘……!まさか、そんな……!」
箱の中に入っていたのは、エリカにとってよく見覚えのあるアクセサリー。
それは――金色のチェーンの先に、琥珀色の丸い宝石がぶら下がっている、美しいペンダントであった。
「ったく大袈裟だな~、ただのペンダントじゃねーか。そんなに驚くほどのモンか?」
半ば呆れたような口調で聞くアレイスターに対し、エリカが興奮気味に返す。
「何言ってるのアレイスター!これ、母さまが身に着けていたものよ。私が見間違えるはずないわ。」
「マジか!良かったじゃねーか。でも何でこんな洞窟の奥にあるんだ?」
巷で流れていた噂は本当であった。
魔女の遺物の正体は、エリカの母親の遺品であるペンダント。
「良かった、すごく嬉しい。もう見つからないと思ってた……。」
涙ぐむエリカは感慨に浸りながら、ペンダントを両手で掲げてじっくりと眺める。
――だが、その喜びは瞬く間に打ち砕かれた。
「ああっ!!」
目の前を黒い影が高速で横切り、一瞬にしてエリカの手からペンダントが奪われた。
「誰!?何するの、返しなさい!」
「姿を見せやがれ!」
何者かが通り過ぎていった先を、光るアレイスターが照らし出す。
そこにいたのは、天井から垂れ下がる鍾乳石をまるでコウモリのように足で掴み、逆さまにぶら下がっている女。
彼女の閉じていた双眸が見開かれ、赤く光る眼が露わになる。
「ふっ、ふっ、ふふふふふ!この時を、この時を……ずっと待っていたのですわ!」
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