魔娘 ―Daughter of the Golden Witch―

こりどらす

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第2章 魔女の遺物

2-6 砕け散る宝石

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「ううっ……がはっ……」

腹部に鍾乳石の直撃を受けたアイナは、蔦とエリカの腕による拘束が外れ、大の字になって地面に横たわった。
長い黒髪は無造作に乱れ、口から溢れ出る鮮血が痛々しい。
その横には、天井から落下した鍾乳石が砕けて転がっている。

「よくも……やってくれましたわね……」

エリカは苦痛に顔を歪めるアイナの脇に立ち、頭上から詰問する。

「あなたの負けよ、ペンダントを返してちょうだい。一体どこに隠し持っているの?」
「さあ……どこかしらね?」
「とぼけていないで教えなさい!」

はぐらかすアイナに苛立ちを見せるエリカ。

その時、天井に群がるコウモリ達の間で、何かがキラリと光った。
アレイスターはその一瞬の出来事も見逃さない。

「エリカ!ペンダントを持ってるのはその女じゃねぇ。あのコウモリだ!」
「えっ!?」

エリカが驚いて見上げると、天井にぶら下がるコウモリのうち一匹が、いつの間にかペンダントを両手で抱えている。

「それを返して!」

そのコウモリを捕えようと、エリカは杖先から蔦を伸ばした。
しかし危険を察知され、飛び立って避けられてしまう。

「今ですわ!そのペンダントを……わたくしに!」

倒れていたアイナが上体を起こして手招きすると、逃げたコウモリがペンダントを両手で放り投げた。
エリカがその軌道を目で追う中、アイナはペンダントを手の平で受け止める。

「できれば回収して利用したいところでしたが……厳しそうですわね。奪われてしまうくらいなら、こうするまでですわ!」

アイナはよろよろと翼をはためかせて後ろに飛び、エリカ達から距離を取った。
ペンダントを握った手を眼前に掲げ、拳に力を込める。

「テメェ、何してんだ!」
「やめて!それだけは絶対にやめて!」

悲痛な叫びを上げるアレイスターとエリカを尻目に、アイナは歯を食いしばり、さらに強い力でペンダントを握り込む。

「これ、で……どうですの!」

ペンダントを握る腕は小刻みに震え、アイナの顔はもはや鬼の形相。

「ダメ――――――!!」

何とかして暴挙を止めるべく、急ぎアイナの元へと駆けるエリカ。
しかし――



バキッ



現実は無情だった。
アイナの握っていた宝石が割れる音が、洞窟の広い空間に虚しく響く。
そして、ペンダントに込められていた魔力が行き場を失って暴走し、力の奔流が嵐となって凄まじい勢いで吹き荒れる。

「これはヤバいぞ!エリカ、どこかにつかまれ!」

猛烈な風が激しく体を打ち付ける中、アレイスターが大声で叫んだ。

「分かってるわ!でも風が強すぎる!」

エリカは地面から突き出した鍾乳石にしがみつくが、突風はなおも勢いを増す。

「これで良かったのですわ……」

アイナの手を離れたペンダントの宝石は砕け散り、封じられていた魔力が全て拡散。
そして、轟音を上げて大爆発した。





岩壁の前で立ち尽くしていた澪の元に、耳をつんざくような爆発音が響く。

「うわあっ!なになに!?」

澪はビクリと体を震わせた。
音の出所は、目の前にある岩壁の内側から。

「ん~、この中で何かあったのかな~?」

澪が岩肌に目を凝らすと、今の爆発の影響か、岩が崩れかかっている箇所がある。
その部分の石を手で掻き出すと、直径2 cmほどのわずかな穴が開いた。
そこから中を覗き込んだ澪だが、

「ダメだ~、暗くて何も見えないよ。そうだっ!」

今度は携帯電話を取り出し、ライトで穴の中を照らすと――

「エリたん!?」

見えたのは、洞窟の地面にうつ伏せで倒れているエリカの姿。
そう、澪がいるこの場所は、洞窟最奥部の裏手にあたる場所だったのだ。

「ど、どうしよ~、エリたんが倒れてる!早く助けなくっちゃ!」

とは言うものの、目の前にそびえるは厚い岩の壁。
開けた穴は指一本が入る程度の大きさしかなく、これ以上は澪の力ではどうにもならない。
中に入るための手段を見出そうと、澪は必死で頭を回転させる。





爆発の衝撃で岩壁に強く打ち付けられたエリカは、意識を失って地面に倒れていたが、しばらくして意識を取り戻した。

「うっ、痛っ……」

顔を上げ、徐々に視界がはっきりしてくると、洞窟の中は惨憺たる光景と化していた。

「何よ、これ……」

辺り一面に散らばる、天井から折れて落下した鍾乳石の欠片。
あちらこちらに転がる、爆発で力尽きたコウモリの死体。
そして、壁際で地面に突っ伏しているアイナ。

エリカは正面で倒れているアイナに焦点を合わせる。
その脇では、ペンダントの宝石がバラバラに砕け散っていた。

「ああ……母さまのペンダントが……」

エリカの心の奥底から、大切なものを壊された悲しみと、怒りの感情が湧き上がる。
頬を伝う一筋の涙。
それを手の甲でぬぐうと、涙の雫は紫色に染まっていた。
そしてエリカの心模様と呼応するかのように、体の周囲を紫色の火の粉が少しずつ舞い始める。

「よくも、よくも――!」

拳を強く握りしめて立ち上がるエリカ。
体のあちこちに痛みが走るが、そんなものはお構いなし。
一歩一歩、倒れているアイナに近付く。
(あの女は動く気配がないわね。今ならきっととどめを刺せるはず――)

しかし突然、アイナが上体を起こして素早く後ろに飛び退き、四つん這いの態勢をとった。

「!!」

驚くエリカの目に入ってきたのは、アイナの口に咥えられたコウモリと、その体から滴り落ちる血の雫。
その光景にエリカが戦慄していると、背後からアレイスターの声が聞こえた。

「なるほどな。そのコウモリ共はテメェのしもべでもあり、エネルギーの源でもあったワケだ。」
「アレイスター!無事だったのね。」
「そう簡単に死んでたまるかよ。まあ、完全に無事とはいかなかったけどな。」

先の爆発で受けたダメージの影響か、アレイスターは不安定な飛び方でエリカに近寄ってくる。

「オレのことはいい。それよりエリカ、問題は目の前のヤツをどうするかだ。」

アレイスターに促されたエリカが正面に目を向けると、アイナは咥えていたコウモリをバリバリと嚙み砕き、一息に飲み下した。

「――ああ、最高ですこと!力がみなぎってきますわ。魔身具は壊れてしまいましたが、せめてもの成果として、あなたはここで抹殺してあげます!」

立ち上がったアイナの口周りと鋭い歯は血にまみれ、顔を覆い隠すように垂れ下がった黒髪も相まって、見る者に言いようのない恐ろしさを植え付ける。
しかし、そんな恐怖心をも上回る強い怒りの感情が、エリカを突き動かす。

「上等よ。母さまのペンダントを壊したあなたを、絶対に許さない。」
「おっほっほ、虚勢を張るのは見苦しいですわよ。そんな傷だらけの状態で、今のわたくしに勝てるとお思いですの?」
「調子に乗らないで!黙りなさい!」

感情の昂ぶりとともに、禍々しい力がエリカの体内を満たしてゆき、周囲を舞う紫色の火の粉が数を増す。
エリカは杖の先端をアイナに向け、

「― 腐れ、蝕め、煉獄に落ちよ! ―」

憎しみを込めて詠唱し、濁った紫色の火球を放つ。
しかし、アイナは翼を大きく羽ばたかせて真上に回避し、火球は洞窟の壁に衝突、霧散した。

「おっほほほ!そんな攻撃が当たるとでも?甘いですわ!」

アイナは左の翼で顔を隠したかと思うと、

「……?」

怪訝な表情のエリカの前で、再度勢いよく翼を広げた。

「さあ、この眼の虜になりなさいな!」

翼の後ろから現れた赤い両眼がエリカを捉えるが、

「その手は何度も通用しないわ!」

決して目を合わせないよう、エリカは上空を飛ぶアイナから視線を外す。
しかし、

「まったく、わたくしは同じ手を二度も使わないのですよ。」

というアイナの呟きとともに、ポチャッと水のはねる音が洞窟内に反響した。
エリカが音のした方向を確認すると、アイナの下にある水溜まりにコウモリの死骸が落下していた。
鏡のような水面に反射して映り込んでいたのは――赤く光るアイナの両眼。

「しまっ――た!!」

エリカはまんまとはめられたことを察知するが、時すでに遅し。

「おっほほほ!見事に引っ掛かりましたわね!」

水溜まりに映る眼を見てしまったエリカの頭に激痛が走る。
その隙にアイナは急降下し、滞空したまま右足の長い爪でエリカの顔面を鷲掴みにした。

「ほらほら!壊れてしまいなさいな!」
「うわああああああっ!!」

宙吊りにされ、頭が割れてしまいそうなほどの痛みにエリカはうめき苦しむ。
頭に食い込むアイナの爪を手で引き離そうとするが、掴む力は強く、微動だにしない。

「クソッ、離しやがれ!」

エリカを助け出そうと、アレイスターが飛んでアイナの背後に回り、黄色い鱗粉を振りかけた。

「ううっ、体が、痺れるのですわ!」

体が麻痺し、痙攣したアイナの爪が離れ、エリカは地面に振り落とされた。
エリカは即、態勢を立て直し、

「はああああああっ!」

腐蝕の火球を一直線に撃ち出すが、アイナの痙攣はすぐに治まり、間一髪でかわされてしまう。

「ふぅ、あの緑色の蛾の攻撃も大したことないですわね。痺れたのも一瞬だけでしたわ。」
「うるせぇ。とことんムカつく野郎だな。」

アレイスターが悪態をつく間にもエリカは、

「絶対――逃がさない!」

間髪入れずに杖を大きく振り、火球をもう一撃放つ。
しかし、これもひらりとかわされてアイナの後ろの岩壁に当たり、瘴気が上がった。

「エリカ、攻撃が単調すぎるぞ!怒りに身を任せるな、感情と力をコントロールしろ!」
「分かってるわよ!」

焦るエリカはアレイスターの助言を聞き流し、

「― 腐れ、蝕め!腐れ、蝕め! ―」

次々に紫色の火球を撃ち出すが、宙を自在に飛ぶアイナにはことごとく当たらない。
それどころか、アイナは火球の間を縫って急接近し、素早くエリカの背後に回り込む。

「全くもって笑わせますわ。未熟すぎますのよ!」

そして、アイナの右脚による渾身のかかと落としが背中に撃ち込まれ、エリカは地面に叩きつけられた。

「うぐぅっ!」
「お~っほっほ!何と無様なことですの。いい気味ですわ!」

洞窟に響き渡るアイナの高笑い。
エリカは息も絶え絶えの状態で地に伏し、窮地に追い込まれた。





洞窟最奥部の外では、どうすればエリカを助けられるか、澪が悩み続けていた。
すると、洞窟の中からエリカの切迫した声と、何かが激しくぶつかる音が聞こえ始めた。

「わわっ!何が起こってるの?」

岩肌に開けた小さな穴から中を覗く。
見えたのは、ぼうっと漂う光のそばで、エリカと何者かが戦っている光景。
しかし、その相手の姿は暗くて視認できない。
エリカはかなり苦戦していて、劣勢に立たされているようにも見える。

「やっぱり洞窟の中に誰か悪い人がいたんだ……、何とかしなくちゃ!」

とはいえ、エリカを助けるために、ただの一般人である自分に何ができるのか?
むしろただの足手まといになってしまわないか?

そんなことを思案していると、

「きゃあっ!わぁっ!」

目の前の岩壁に内側から何かが衝突し、澪は慌てて穴から目を離した。
一歩引いて衝突の跡をよく見ると、紫色の瘴気が立ち昇り、岩が崩れかかっている。
それを見て澪は一つのアイデアを思いついた。

「よしっ、これなら――いけるかも!悩んでる場合じゃないよねっ。」

澪はバイクにまたがると林道を走り、岩壁から直線距離100 mほどの地点で停車。
大きく深呼吸し、両手で頬を叩いて気合を入れる。

「覚悟を決めるんだ、あたし!」

草まみれの岩肌を真正面に見据え、アクセルを全力で回す。

「エリたん、今行くよっ!」

バイクは大きなエンジン音を立てて急加速。
さらに澪は前輪を大きく上に持ち上げ、ウィリー走行の態勢を取る。
瞬く間に岩壁までの距離は縮まり――

「うりゃ――――っ!!」

その勢いのまま、脆くなっている岩壁に突撃した。
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