12 / 36
第2章 魔女の遺物
2-6 砕け散る宝石
しおりを挟む
「ううっ……がはっ……」
腹部に鍾乳石の直撃を受けたアイナは、蔦とエリカの腕による拘束が外れ、大の字になって地面に横たわった。
長い黒髪は無造作に乱れ、口から溢れ出る鮮血が痛々しい。
その横には、天井から落下した鍾乳石が砕けて転がっている。
「よくも……やってくれましたわね……」
エリカは苦痛に顔を歪めるアイナの脇に立ち、頭上から詰問する。
「あなたの負けよ、ペンダントを返してちょうだい。一体どこに隠し持っているの?」
「さあ……どこかしらね?」
「とぼけていないで教えなさい!」
はぐらかすアイナに苛立ちを見せるエリカ。
その時、天井に群がるコウモリ達の間で、何かがキラリと光った。
アレイスターはその一瞬の出来事も見逃さない。
「エリカ!ペンダントを持ってるのはその女じゃねぇ。あのコウモリだ!」
「えっ!?」
エリカが驚いて見上げると、天井にぶら下がるコウモリのうち一匹が、いつの間にかペンダントを両手で抱えている。
「それを返して!」
そのコウモリを捕えようと、エリカは杖先から蔦を伸ばした。
しかし危険を察知され、飛び立って避けられてしまう。
「今ですわ!そのペンダントを……わたくしに!」
倒れていたアイナが上体を起こして手招きすると、逃げたコウモリがペンダントを両手で放り投げた。
エリカがその軌道を目で追う中、アイナはペンダントを手の平で受け止める。
「できれば回収して利用したいところでしたが……厳しそうですわね。奪われてしまうくらいなら、こうするまでですわ!」
アイナはよろよろと翼をはためかせて後ろに飛び、エリカ達から距離を取った。
ペンダントを握った手を眼前に掲げ、拳に力を込める。
「テメェ、何してんだ!」
「やめて!それだけは絶対にやめて!」
悲痛な叫びを上げるアレイスターとエリカを尻目に、アイナは歯を食いしばり、さらに強い力でペンダントを握り込む。
「これ、で……どうですの!」
ペンダントを握る腕は小刻みに震え、アイナの顔はもはや鬼の形相。
「ダメ――――――!!」
何とかして暴挙を止めるべく、急ぎアイナの元へと駆けるエリカ。
しかし――
バキッ
現実は無情だった。
アイナの握っていた宝石が割れる音が、洞窟の広い空間に虚しく響く。
そして、ペンダントに込められていた魔力が行き場を失って暴走し、力の奔流が嵐となって凄まじい勢いで吹き荒れる。
「これはヤバいぞ!エリカ、どこかにつかまれ!」
猛烈な風が激しく体を打ち付ける中、アレイスターが大声で叫んだ。
「分かってるわ!でも風が強すぎる!」
エリカは地面から突き出した鍾乳石にしがみつくが、突風はなおも勢いを増す。
「これで良かったのですわ……」
アイナの手を離れたペンダントの宝石は砕け散り、封じられていた魔力が全て拡散。
そして、轟音を上げて大爆発した。
・
・
・
岩壁の前で立ち尽くしていた澪の元に、耳をつんざくような爆発音が響く。
「うわあっ!なになに!?」
澪はビクリと体を震わせた。
音の出所は、目の前にある岩壁の内側から。
「ん~、この中で何かあったのかな~?」
澪が岩肌に目を凝らすと、今の爆発の影響か、岩が崩れかかっている箇所がある。
その部分の石を手で掻き出すと、直径2 cmほどのわずかな穴が開いた。
そこから中を覗き込んだ澪だが、
「ダメだ~、暗くて何も見えないよ。そうだっ!」
今度は携帯電話を取り出し、ライトで穴の中を照らすと――
「エリたん!?」
見えたのは、洞窟の地面にうつ伏せで倒れているエリカの姿。
そう、澪がいるこの場所は、洞窟最奥部の裏手にあたる場所だったのだ。
「ど、どうしよ~、エリたんが倒れてる!早く助けなくっちゃ!」
とは言うものの、目の前にそびえるは厚い岩の壁。
開けた穴は指一本が入る程度の大きさしかなく、これ以上は澪の力ではどうにもならない。
中に入るための手段を見出そうと、澪は必死で頭を回転させる。
・
・
・
爆発の衝撃で岩壁に強く打ち付けられたエリカは、意識を失って地面に倒れていたが、しばらくして意識を取り戻した。
「うっ、痛っ……」
顔を上げ、徐々に視界がはっきりしてくると、洞窟の中は惨憺たる光景と化していた。
「何よ、これ……」
辺り一面に散らばる、天井から折れて落下した鍾乳石の欠片。
あちらこちらに転がる、爆発で力尽きたコウモリの死体。
そして、壁際で地面に突っ伏しているアイナ。
エリカは正面で倒れているアイナに焦点を合わせる。
その脇では、ペンダントの宝石がバラバラに砕け散っていた。
「ああ……母さまのペンダントが……」
エリカの心の奥底から、大切なものを壊された悲しみと、怒りの感情が湧き上がる。
頬を伝う一筋の涙。
それを手の甲でぬぐうと、涙の雫は紫色に染まっていた。
そしてエリカの心模様と呼応するかのように、体の周囲を紫色の火の粉が少しずつ舞い始める。
「よくも、よくも――!」
拳を強く握りしめて立ち上がるエリカ。
体のあちこちに痛みが走るが、そんなものはお構いなし。
一歩一歩、倒れているアイナに近付く。
(あの女は動く気配がないわね。今ならきっととどめを刺せるはず――)
しかし突然、アイナが上体を起こして素早く後ろに飛び退き、四つん這いの態勢をとった。
「!!」
驚くエリカの目に入ってきたのは、アイナの口に咥えられたコウモリと、その体から滴り落ちる血の雫。
その光景にエリカが戦慄していると、背後からアレイスターの声が聞こえた。
「なるほどな。そのコウモリ共はテメェのしもべでもあり、エネルギーの源でもあったワケだ。」
「アレイスター!無事だったのね。」
「そう簡単に死んでたまるかよ。まあ、完全に無事とはいかなかったけどな。」
先の爆発で受けたダメージの影響か、アレイスターは不安定な飛び方でエリカに近寄ってくる。
「オレのことはいい。それよりエリカ、問題は目の前のヤツをどうするかだ。」
アレイスターに促されたエリカが正面に目を向けると、アイナは咥えていたコウモリをバリバリと嚙み砕き、一息に飲み下した。
「――ああ、最高ですこと!力がみなぎってきますわ。魔身具は壊れてしまいましたが、せめてもの成果として、あなたはここで抹殺してあげます!」
立ち上がったアイナの口周りと鋭い歯は血にまみれ、顔を覆い隠すように垂れ下がった黒髪も相まって、見る者に言いようのない恐ろしさを植え付ける。
しかし、そんな恐怖心をも上回る強い怒りの感情が、エリカを突き動かす。
「上等よ。母さまのペンダントを壊したあなたを、絶対に許さない。」
「おっほっほ、虚勢を張るのは見苦しいですわよ。そんな傷だらけの状態で、今のわたくしに勝てるとお思いですの?」
「調子に乗らないで!黙りなさい!」
感情の昂ぶりとともに、禍々しい力がエリカの体内を満たしてゆき、周囲を舞う紫色の火の粉が数を増す。
エリカは杖の先端をアイナに向け、
「― 腐れ、蝕め、煉獄に落ちよ! ―」
憎しみを込めて詠唱し、濁った紫色の火球を放つ。
しかし、アイナは翼を大きく羽ばたかせて真上に回避し、火球は洞窟の壁に衝突、霧散した。
「おっほほほ!そんな攻撃が当たるとでも?甘いですわ!」
アイナは左の翼で顔を隠したかと思うと、
「……?」
怪訝な表情のエリカの前で、再度勢いよく翼を広げた。
「さあ、この眼の虜になりなさいな!」
翼の後ろから現れた赤い両眼がエリカを捉えるが、
「その手は何度も通用しないわ!」
決して目を合わせないよう、エリカは上空を飛ぶアイナから視線を外す。
しかし、
「まったく、わたくしは同じ手を二度も使わないのですよ。」
というアイナの呟きとともに、ポチャッと水のはねる音が洞窟内に反響した。
エリカが音のした方向を確認すると、アイナの下にある水溜まりにコウモリの死骸が落下していた。
鏡のような水面に反射して映り込んでいたのは――赤く光るアイナの両眼。
「しまっ――た!!」
エリカはまんまとはめられたことを察知するが、時すでに遅し。
「おっほほほ!見事に引っ掛かりましたわね!」
水溜まりに映る眼を見てしまったエリカの頭に激痛が走る。
その隙にアイナは急降下し、滞空したまま右足の長い爪でエリカの顔面を鷲掴みにした。
「ほらほら!壊れてしまいなさいな!」
「うわああああああっ!!」
宙吊りにされ、頭が割れてしまいそうなほどの痛みにエリカはうめき苦しむ。
頭に食い込むアイナの爪を手で引き離そうとするが、掴む力は強く、微動だにしない。
「クソッ、離しやがれ!」
エリカを助け出そうと、アレイスターが飛んでアイナの背後に回り、黄色い鱗粉を振りかけた。
「ううっ、体が、痺れるのですわ!」
体が麻痺し、痙攣したアイナの爪が離れ、エリカは地面に振り落とされた。
エリカは即、態勢を立て直し、
「はああああああっ!」
腐蝕の火球を一直線に撃ち出すが、アイナの痙攣はすぐに治まり、間一髪でかわされてしまう。
「ふぅ、あの緑色の蛾の攻撃も大したことないですわね。痺れたのも一瞬だけでしたわ。」
「うるせぇ。とことんムカつく野郎だな。」
アレイスターが悪態をつく間にもエリカは、
「絶対――逃がさない!」
間髪入れずに杖を大きく振り、火球をもう一撃放つ。
しかし、これもひらりとかわされてアイナの後ろの岩壁に当たり、瘴気が上がった。
「エリカ、攻撃が単調すぎるぞ!怒りに身を任せるな、感情と力をコントロールしろ!」
「分かってるわよ!」
焦るエリカはアレイスターの助言を聞き流し、
「― 腐れ、蝕め!腐れ、蝕め! ―」
次々に紫色の火球を撃ち出すが、宙を自在に飛ぶアイナにはことごとく当たらない。
それどころか、アイナは火球の間を縫って急接近し、素早くエリカの背後に回り込む。
「全くもって笑わせますわ。未熟すぎますのよ!」
そして、アイナの右脚による渾身のかかと落としが背中に撃ち込まれ、エリカは地面に叩きつけられた。
「うぐぅっ!」
「お~っほっほ!何と無様なことですの。いい気味ですわ!」
洞窟に響き渡るアイナの高笑い。
エリカは息も絶え絶えの状態で地に伏し、窮地に追い込まれた。
・
・
・
洞窟最奥部の外では、どうすればエリカを助けられるか、澪が悩み続けていた。
すると、洞窟の中からエリカの切迫した声と、何かが激しくぶつかる音が聞こえ始めた。
「わわっ!何が起こってるの?」
岩肌に開けた小さな穴から中を覗く。
見えたのは、ぼうっと漂う光のそばで、エリカと何者かが戦っている光景。
しかし、その相手の姿は暗くて視認できない。
エリカはかなり苦戦していて、劣勢に立たされているようにも見える。
「やっぱり洞窟の中に誰か悪い人がいたんだ……、何とかしなくちゃ!」
とはいえ、エリカを助けるために、ただの一般人である自分に何ができるのか?
むしろただの足手まといになってしまわないか?
そんなことを思案していると、
「きゃあっ!わぁっ!」
目の前の岩壁に内側から何かが衝突し、澪は慌てて穴から目を離した。
一歩引いて衝突の跡をよく見ると、紫色の瘴気が立ち昇り、岩が崩れかかっている。
それを見て澪は一つのアイデアを思いついた。
「よしっ、これなら――いけるかも!悩んでる場合じゃないよねっ。」
澪はバイクにまたがると林道を走り、岩壁から直線距離100 mほどの地点で停車。
大きく深呼吸し、両手で頬を叩いて気合を入れる。
「覚悟を決めるんだ、あたし!」
草まみれの岩肌を真正面に見据え、アクセルを全力で回す。
「エリたん、今行くよっ!」
バイクは大きなエンジン音を立てて急加速。
さらに澪は前輪を大きく上に持ち上げ、ウィリー走行の態勢を取る。
瞬く間に岩壁までの距離は縮まり――
「うりゃ――――っ!!」
その勢いのまま、脆くなっている岩壁に突撃した。
腹部に鍾乳石の直撃を受けたアイナは、蔦とエリカの腕による拘束が外れ、大の字になって地面に横たわった。
長い黒髪は無造作に乱れ、口から溢れ出る鮮血が痛々しい。
その横には、天井から落下した鍾乳石が砕けて転がっている。
「よくも……やってくれましたわね……」
エリカは苦痛に顔を歪めるアイナの脇に立ち、頭上から詰問する。
「あなたの負けよ、ペンダントを返してちょうだい。一体どこに隠し持っているの?」
「さあ……どこかしらね?」
「とぼけていないで教えなさい!」
はぐらかすアイナに苛立ちを見せるエリカ。
その時、天井に群がるコウモリ達の間で、何かがキラリと光った。
アレイスターはその一瞬の出来事も見逃さない。
「エリカ!ペンダントを持ってるのはその女じゃねぇ。あのコウモリだ!」
「えっ!?」
エリカが驚いて見上げると、天井にぶら下がるコウモリのうち一匹が、いつの間にかペンダントを両手で抱えている。
「それを返して!」
そのコウモリを捕えようと、エリカは杖先から蔦を伸ばした。
しかし危険を察知され、飛び立って避けられてしまう。
「今ですわ!そのペンダントを……わたくしに!」
倒れていたアイナが上体を起こして手招きすると、逃げたコウモリがペンダントを両手で放り投げた。
エリカがその軌道を目で追う中、アイナはペンダントを手の平で受け止める。
「できれば回収して利用したいところでしたが……厳しそうですわね。奪われてしまうくらいなら、こうするまでですわ!」
アイナはよろよろと翼をはためかせて後ろに飛び、エリカ達から距離を取った。
ペンダントを握った手を眼前に掲げ、拳に力を込める。
「テメェ、何してんだ!」
「やめて!それだけは絶対にやめて!」
悲痛な叫びを上げるアレイスターとエリカを尻目に、アイナは歯を食いしばり、さらに強い力でペンダントを握り込む。
「これ、で……どうですの!」
ペンダントを握る腕は小刻みに震え、アイナの顔はもはや鬼の形相。
「ダメ――――――!!」
何とかして暴挙を止めるべく、急ぎアイナの元へと駆けるエリカ。
しかし――
バキッ
現実は無情だった。
アイナの握っていた宝石が割れる音が、洞窟の広い空間に虚しく響く。
そして、ペンダントに込められていた魔力が行き場を失って暴走し、力の奔流が嵐となって凄まじい勢いで吹き荒れる。
「これはヤバいぞ!エリカ、どこかにつかまれ!」
猛烈な風が激しく体を打ち付ける中、アレイスターが大声で叫んだ。
「分かってるわ!でも風が強すぎる!」
エリカは地面から突き出した鍾乳石にしがみつくが、突風はなおも勢いを増す。
「これで良かったのですわ……」
アイナの手を離れたペンダントの宝石は砕け散り、封じられていた魔力が全て拡散。
そして、轟音を上げて大爆発した。
・
・
・
岩壁の前で立ち尽くしていた澪の元に、耳をつんざくような爆発音が響く。
「うわあっ!なになに!?」
澪はビクリと体を震わせた。
音の出所は、目の前にある岩壁の内側から。
「ん~、この中で何かあったのかな~?」
澪が岩肌に目を凝らすと、今の爆発の影響か、岩が崩れかかっている箇所がある。
その部分の石を手で掻き出すと、直径2 cmほどのわずかな穴が開いた。
そこから中を覗き込んだ澪だが、
「ダメだ~、暗くて何も見えないよ。そうだっ!」
今度は携帯電話を取り出し、ライトで穴の中を照らすと――
「エリたん!?」
見えたのは、洞窟の地面にうつ伏せで倒れているエリカの姿。
そう、澪がいるこの場所は、洞窟最奥部の裏手にあたる場所だったのだ。
「ど、どうしよ~、エリたんが倒れてる!早く助けなくっちゃ!」
とは言うものの、目の前にそびえるは厚い岩の壁。
開けた穴は指一本が入る程度の大きさしかなく、これ以上は澪の力ではどうにもならない。
中に入るための手段を見出そうと、澪は必死で頭を回転させる。
・
・
・
爆発の衝撃で岩壁に強く打ち付けられたエリカは、意識を失って地面に倒れていたが、しばらくして意識を取り戻した。
「うっ、痛っ……」
顔を上げ、徐々に視界がはっきりしてくると、洞窟の中は惨憺たる光景と化していた。
「何よ、これ……」
辺り一面に散らばる、天井から折れて落下した鍾乳石の欠片。
あちらこちらに転がる、爆発で力尽きたコウモリの死体。
そして、壁際で地面に突っ伏しているアイナ。
エリカは正面で倒れているアイナに焦点を合わせる。
その脇では、ペンダントの宝石がバラバラに砕け散っていた。
「ああ……母さまのペンダントが……」
エリカの心の奥底から、大切なものを壊された悲しみと、怒りの感情が湧き上がる。
頬を伝う一筋の涙。
それを手の甲でぬぐうと、涙の雫は紫色に染まっていた。
そしてエリカの心模様と呼応するかのように、体の周囲を紫色の火の粉が少しずつ舞い始める。
「よくも、よくも――!」
拳を強く握りしめて立ち上がるエリカ。
体のあちこちに痛みが走るが、そんなものはお構いなし。
一歩一歩、倒れているアイナに近付く。
(あの女は動く気配がないわね。今ならきっととどめを刺せるはず――)
しかし突然、アイナが上体を起こして素早く後ろに飛び退き、四つん這いの態勢をとった。
「!!」
驚くエリカの目に入ってきたのは、アイナの口に咥えられたコウモリと、その体から滴り落ちる血の雫。
その光景にエリカが戦慄していると、背後からアレイスターの声が聞こえた。
「なるほどな。そのコウモリ共はテメェのしもべでもあり、エネルギーの源でもあったワケだ。」
「アレイスター!無事だったのね。」
「そう簡単に死んでたまるかよ。まあ、完全に無事とはいかなかったけどな。」
先の爆発で受けたダメージの影響か、アレイスターは不安定な飛び方でエリカに近寄ってくる。
「オレのことはいい。それよりエリカ、問題は目の前のヤツをどうするかだ。」
アレイスターに促されたエリカが正面に目を向けると、アイナは咥えていたコウモリをバリバリと嚙み砕き、一息に飲み下した。
「――ああ、最高ですこと!力がみなぎってきますわ。魔身具は壊れてしまいましたが、せめてもの成果として、あなたはここで抹殺してあげます!」
立ち上がったアイナの口周りと鋭い歯は血にまみれ、顔を覆い隠すように垂れ下がった黒髪も相まって、見る者に言いようのない恐ろしさを植え付ける。
しかし、そんな恐怖心をも上回る強い怒りの感情が、エリカを突き動かす。
「上等よ。母さまのペンダントを壊したあなたを、絶対に許さない。」
「おっほっほ、虚勢を張るのは見苦しいですわよ。そんな傷だらけの状態で、今のわたくしに勝てるとお思いですの?」
「調子に乗らないで!黙りなさい!」
感情の昂ぶりとともに、禍々しい力がエリカの体内を満たしてゆき、周囲を舞う紫色の火の粉が数を増す。
エリカは杖の先端をアイナに向け、
「― 腐れ、蝕め、煉獄に落ちよ! ―」
憎しみを込めて詠唱し、濁った紫色の火球を放つ。
しかし、アイナは翼を大きく羽ばたかせて真上に回避し、火球は洞窟の壁に衝突、霧散した。
「おっほほほ!そんな攻撃が当たるとでも?甘いですわ!」
アイナは左の翼で顔を隠したかと思うと、
「……?」
怪訝な表情のエリカの前で、再度勢いよく翼を広げた。
「さあ、この眼の虜になりなさいな!」
翼の後ろから現れた赤い両眼がエリカを捉えるが、
「その手は何度も通用しないわ!」
決して目を合わせないよう、エリカは上空を飛ぶアイナから視線を外す。
しかし、
「まったく、わたくしは同じ手を二度も使わないのですよ。」
というアイナの呟きとともに、ポチャッと水のはねる音が洞窟内に反響した。
エリカが音のした方向を確認すると、アイナの下にある水溜まりにコウモリの死骸が落下していた。
鏡のような水面に反射して映り込んでいたのは――赤く光るアイナの両眼。
「しまっ――た!!」
エリカはまんまとはめられたことを察知するが、時すでに遅し。
「おっほほほ!見事に引っ掛かりましたわね!」
水溜まりに映る眼を見てしまったエリカの頭に激痛が走る。
その隙にアイナは急降下し、滞空したまま右足の長い爪でエリカの顔面を鷲掴みにした。
「ほらほら!壊れてしまいなさいな!」
「うわああああああっ!!」
宙吊りにされ、頭が割れてしまいそうなほどの痛みにエリカはうめき苦しむ。
頭に食い込むアイナの爪を手で引き離そうとするが、掴む力は強く、微動だにしない。
「クソッ、離しやがれ!」
エリカを助け出そうと、アレイスターが飛んでアイナの背後に回り、黄色い鱗粉を振りかけた。
「ううっ、体が、痺れるのですわ!」
体が麻痺し、痙攣したアイナの爪が離れ、エリカは地面に振り落とされた。
エリカは即、態勢を立て直し、
「はああああああっ!」
腐蝕の火球を一直線に撃ち出すが、アイナの痙攣はすぐに治まり、間一髪でかわされてしまう。
「ふぅ、あの緑色の蛾の攻撃も大したことないですわね。痺れたのも一瞬だけでしたわ。」
「うるせぇ。とことんムカつく野郎だな。」
アレイスターが悪態をつく間にもエリカは、
「絶対――逃がさない!」
間髪入れずに杖を大きく振り、火球をもう一撃放つ。
しかし、これもひらりとかわされてアイナの後ろの岩壁に当たり、瘴気が上がった。
「エリカ、攻撃が単調すぎるぞ!怒りに身を任せるな、感情と力をコントロールしろ!」
「分かってるわよ!」
焦るエリカはアレイスターの助言を聞き流し、
「― 腐れ、蝕め!腐れ、蝕め! ―」
次々に紫色の火球を撃ち出すが、宙を自在に飛ぶアイナにはことごとく当たらない。
それどころか、アイナは火球の間を縫って急接近し、素早くエリカの背後に回り込む。
「全くもって笑わせますわ。未熟すぎますのよ!」
そして、アイナの右脚による渾身のかかと落としが背中に撃ち込まれ、エリカは地面に叩きつけられた。
「うぐぅっ!」
「お~っほっほ!何と無様なことですの。いい気味ですわ!」
洞窟に響き渡るアイナの高笑い。
エリカは息も絶え絶えの状態で地に伏し、窮地に追い込まれた。
・
・
・
洞窟最奥部の外では、どうすればエリカを助けられるか、澪が悩み続けていた。
すると、洞窟の中からエリカの切迫した声と、何かが激しくぶつかる音が聞こえ始めた。
「わわっ!何が起こってるの?」
岩肌に開けた小さな穴から中を覗く。
見えたのは、ぼうっと漂う光のそばで、エリカと何者かが戦っている光景。
しかし、その相手の姿は暗くて視認できない。
エリカはかなり苦戦していて、劣勢に立たされているようにも見える。
「やっぱり洞窟の中に誰か悪い人がいたんだ……、何とかしなくちゃ!」
とはいえ、エリカを助けるために、ただの一般人である自分に何ができるのか?
むしろただの足手まといになってしまわないか?
そんなことを思案していると、
「きゃあっ!わぁっ!」
目の前の岩壁に内側から何かが衝突し、澪は慌てて穴から目を離した。
一歩引いて衝突の跡をよく見ると、紫色の瘴気が立ち昇り、岩が崩れかかっている。
それを見て澪は一つのアイデアを思いついた。
「よしっ、これなら――いけるかも!悩んでる場合じゃないよねっ。」
澪はバイクにまたがると林道を走り、岩壁から直線距離100 mほどの地点で停車。
大きく深呼吸し、両手で頬を叩いて気合を入れる。
「覚悟を決めるんだ、あたし!」
草まみれの岩肌を真正面に見据え、アクセルを全力で回す。
「エリたん、今行くよっ!」
バイクは大きなエンジン音を立てて急加速。
さらに澪は前輪を大きく上に持ち上げ、ウィリー走行の態勢を取る。
瞬く間に岩壁までの距離は縮まり――
「うりゃ――――っ!!」
その勢いのまま、脆くなっている岩壁に突撃した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
万物争覇のコンバート 〜回帰後の人生をシステムでやり直す〜
黒城白爵
ファンタジー
異次元から現れたモンスターが地球に侵攻してくるようになって早数十年。
魔力に目覚めた人類である覚醒者とモンスターの戦いによって、人類の生息圏は年々減少していた。
そんな中、瀕死の重体を負い、今にもモンスターに殺されようとしていた外神クロヤは、これまでの人生を悔いていた。
自らが持つ異能の真価を知るのが遅かったこと、異能を積極的に使おうとしなかったこと……そして、一部の高位覚醒者達の横暴を野放しにしてしまったことを。
後悔を胸に秘めたまま、モンスターの攻撃によってクロヤは死んだ。
そのはずだったが、目を覚ますとクロヤは自分が覚醒者となった日に戻ってきていた。
自らの異能が構築した新たな力〈システム〉と共に……。
大和型戦艦、異世界に転移する。
焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる