魔娘 ―Daughter of the Golden Witch―

こりどらす

文字の大きさ
14 / 36
第3章 狂気の科学者

3-1 暗夜の密談

しおりを挟む
魔身具のペンダントを巡る、エリカと蝙蝠女アイナの戦いから数日後。
空一面を雲が覆い、月明かりも星の輝きさえも見ることのできない、不穏な気配漂う秋の夜。

とある場所にそびえ立つ一棟の廃ビル。
5階建てのそのビルは、20年ほど前に全ての店舗が撤退して以降、新しいテナントが入ることなく長年放置されていた。

壁や床は灰色のコンクリートがむき出しの状態。
悪戯好きな若者の仕業と見られるスプレーの落書きが目立ち、半ば廃墟のようですらある。
周辺に暮らす住人達は、気味悪がって誰もそのビルに近寄ろうとはしない。

しかし、最上階の5階だけは様相が異なっていた。
全ての窓に隙間なく黒い目張りが施され、外部からは中の様子を全く窺い知ることができない。

その内部は、見るからに怪しい人間の集団によって占拠されていた。

元々はキャバクラであったことを容易に想像させる、金色をベースとした高級感溢れる内装。
床には豪勢な赤い絨毯が敷き詰められ、天井から垂れ下がるのはきらびやかなシャンデリア。
さらに各所に配置された大理石調のテーブルと、L字型の黒いコーナーソファ。

フロアの中央にある一際広い通路では、一人の黒い忍者装束の男が片膝をつき、頭を垂れている。
左胸に赤いアメーバのような不気味な物体を妖しく輝かせ、その男は前方に向かって報告した。

「山芝村の件、拙者自ら洞窟に赴いたところ、激しい戦闘の跡と思しき大穴と――血まみれの白骨を発見した次第であります。」

忍者男の左前方にあるソファには、並々ならぬ威圧感を放つ壮年の男が座り、気怠そうに報告を聞いていた。

オールバックにした青色の髪と黒いサングラス。
右手にはウイスキーが入ったロックグラスを持ち、口には白煙をくゆらす太い葉巻。
真っ黒なダークスーツの内側には、大きく胸元の開いた蛇柄のワイシャツ。
髪色が青いことを除けば、外見はいわゆるヤクザそのものである。

ソファの背もたれに両手を大きく広げ、豪快に股を開いたその男が、不機嫌そうに忍者男を問い詰める。

「テメェが見つけたその白骨とやらが、アイナのモンだってかぁ?」
「いかにも。翼部分とみられる独特な形状の骨も残されていた故、アイナ殿の遺骨で相違ないと思われます。」
「アイツもそれなりに腕の立つヤツだったんだがな……。チッ、一体どこのどいつがやってくれたんだぁ?」

黒スーツの男は凄みを効かせた低い声で唸る。
忍者男はその圧に一瞬たじろぐが、すぐに黒スーツの男に返答する。

「恐らくは……先日ご報告いたした、腐蝕の炎を操る魔女の仕業かと。」
「この間テメェが言っていた、凱人をブッ壊しやがったあのブチ切れ娘のことか?」
「左様でございます。」
「あぁん?何でそうだって分かるんだよ。確証でもあんのか?」

黒スーツの男が身を乗り出し、サングラス上部の隙間から睨みつけると、

「見つかった白骨には、腐敗した肉塊がこびりついておりました。通常の戦闘では、斯様な事は起こり得ませぬ。更に、洞窟の岩肌には不自然に溶解した跡までも。」

忍者男はあくまで冷静に、事務的に説明した。

「フン、なるほどな。で、アイナに任せていた宝石箱と魔身具は、みすみす奪われちまったってことかよ?」
「断定は致しかねますが、拙者が洞窟内をくまなく調べ上げたものの、発見に至ることはできず。例の若い魔女に持ち去られたものと愚考いたします。」
「ったくよぉ、あの伝説の魔女サマの魔身具が手に入れば、俺らの大幅な戦力アップになっただろうになぁ。あーあ、勿体ねぇぜ。最悪だな。」

黒スーツの男は苛立ちを込めて言うと、太い葉巻を指に挟み、天井に向けて白い煙を吐き出した。
険悪な空気が流れる中、今度は忍者男の右前方のソファから、

「まあまあ、そんなにカリカリするなって。済んだことをあれこれ言っても仕方ないだろう?」

と、快活な女性の声が聞こえた。

金髪ストレートのロングヘアに、チェーンの付いた片眼鏡をかけ、服装は膝丈の白衣に黒いブーツという不思議な格好。
そして巨大な電卓とも携帯電話とも見える、ディスプレイといくつものボタンがついた謎の電子機器が、左腕の手首から肘にかけて装着されている。

白衣の女は脚を組んでソファに座り、恍惚の表情で両手を高く掲げた。

「とはいえ、最高クラスの魔女の魔力が詰まったペンダントだ。ああ、もし手に入っていたら、一体どんなことができただろうねぇ?どうせなら人体実験がやりたいな!脳に埋め込む?食べさせる?眼球と入れ替える?それとも……お尻に思いっきり突っ込んじゃう?アハハハハッ!想像するだけですごく楽しいよ!」

誰に聞かせるでもなく、ひたすら早口でまくしたてる白衣の女。
その様子を一言で表すならば――狂気。

「まーた始まりやがったぜ。ま、いつものことか。」

通路を挟んだ反対側のソファから眺めていた黒スーツの男は、右手で頭を抱えて溜息をついた。
すると、緩んだ空気を引き締めるかのように、忍者男が口を開く。

「……それでは、例の腐蝕の魔女への対処は、いかがなさいますか?凱人殿を回収した時点では、まだ様子見との指示があった故、見逃してしまいましたが。」

黒スーツの男はテーブルの上に置いてあったロックグラスを手に取ると、一息に酒を飲み干した。

「あー、今はいい。とりあえず泳がせとけ。そもそも今は、そいつの拠点がどこにあんのかも分からねぇんだろ?」
「左様。彼女の拠点には隠蔽の魔法がかけられているようであり、容易には所在が掴めませぬ。」
「そんなら後回しだ。当面は、今狙いをつけている魔女を確実に始末するぞ。いいな。」
「御意。」

黒スーツの男との問答の後、忍者男は張り詰めていた肩の力を抜き、顔を上げて立ち上がる。

「それでは、拙者はこれで――」

しかし、横から白衣の女が、

「ああちょっと、要件が終わったらすぐに帰っちゃうのかい?まったく、つれないねぇ。」

忍者装束を手で引っ張り、慌てて呼び止める。

「……まだ何か御用が?」

忍者男は振り向き、いかにも面倒臭そうに顔をしかめた。
が、白衣の女はそんな態度をまるで気にすることなく、目を輝かせて話し始める。

「この間、君が回収してくれた凱人君の改造がついに上手くいったんだ!ダメになっちゃった両腕をね、バキバキ、ガチャガチャ、グチュグチュと、それはもう色々なものをくっつけて埋め込んでみたんだよ。そしたらびっくり仰天、大成功!まさに人間兵器の完成だね。すごくいい出来だと思うよ!」

長々とした力説を披露するが、興味のない忍者男にはほとんど響かない。
ひたすらに困ったような、呆れたような顔を白衣の女に向けるだけ。

「御用件はそれだけでしょうか?拙者は次の仕事に向かわねばならぬのですが……」
「まあそう言ってやるな。こいつは最後まで話を聞いてやらねぇと、逆にいつまでもしつこいぞ?」

ため息をつき戸惑う忍者男を、グラスにウイスキーを注ぐ黒スーツの男がたしなめた。
そんな彼らの気持ちを知ってか知らずか、白衣の女は

「さあ、君達も新しく生まれ変わった凱人君を見てみたいだろう、そうだろう?では見せてあげるよ!」

と言ってソファから立ち上がり、左腕に装着した電子機器を素早く操作した。
すると、フロアの中にある太い丸柱に突如として横開きの扉が現れ、甲高い機械音を立てて開いた。
その扉の内側から出てきたものを見て、

「こっ、これはなんと……!」
「クックック、いやースゲェじゃねぇか。こりゃ想像以上だな。」

男二人が揃って驚愕した。

彼らの目の前に屹立するのは、異形の怪人へと変貌した凱人。
ホストのような金髪と白いタンクトップはそのままであるが、注目すべきは二本の腕。
エリカとの戦闘で失ったはずの両腕には、銀色の金属、黒色の配線、青色の液晶が複雑に絡まり合った、極太のロボットアームが装着されていた。
しかし、凱人の目には全くと言っていいほど生気が感じられず、一切言葉を発しようとしない。

白衣の女は登場した凱人を指差すと、興奮を抑えきれない様子で解説する。

「どうだい!機能性と審美性を兼ね備えた、この圧倒的に魅力的な両腕!機械と生物の見事な融合!曲線と直線が織りなす造形美!ああ、何て素晴らしいんだ!君達にもこの良さが分かるだろう?」
「……はぁ、左様でございますな。」

忍者男の投げやりな相槌も耳に入っていないのか、白衣の女は歩いて凱人の横に並び、さらに熱弁を続ける。

「今、ウチらが追っている子役の魔女とそのボディーガード、この前はまんまと逃げられちゃったけど、次はこのスーパー凱人君をけしかけてやろうと思うんだ。今度こそ、絶対に確実に始末できると思うよ!アッハハハ、早く、早く殺したいねぇ!」

白衣の女はねっとりとした笑みを浮かべ、隣にいる凱人の肩をポンポンと叩いた。
それでもなお凱人は一切口を開かず、微動だにせず、ただただ仁王立ちしたまま。

「フン、この件に関してはテメェに任せるって方針だからな。勝手にすりゃいいさ。」

黒スーツの男はそう言うと、首を後ろに回し、

「――そうだろ、ボス?ずっとだんまり決め込んでねぇで、アンタもちっとは会話に参加したらどうだ?」

フロアの奥、薄暗い一角に向かって声を張り上げた。
黒スーツの男が呼びかけた先、忍者男が立つ通路の行き止まりにあるのは、一人掛け用の黒光りした高級そうなソファ。
そこに、先程から3人の会話を静観する、もう一人の男が鎮座していた。

「無論だ。子役の魔女の抹殺については、彼女に全て任せる。」

両手を組んで額に当て、フロアの奥のソファに陣取る、ボスと呼ばれた男。
暗がりで表情を窺い知ることのできないその男は、落ち着いた声で承諾した。

その言葉を聞いた白衣の女は、嬉々として頭の上で拍手し、

「よーし、ボスの了解ももらったことだし、ウチは研究室で色々準備があるから戻るよ。凱人君をもっともっと改造したいしさ。じゃあね~。」

という言葉を残し、凱人を引き連れて意気揚々と丸柱の扉に入る。
扉が閉まると、柱の内側はまるでエレベーターのように下に向かって動き出し、二人はあっという間に消えていった。

後に残された忍者男は疲れた面持ちで、

「それでは次の任務に向かう故、これにて拙者も失礼いたします。」

深々と腰を曲げて一礼し、フロアの端にある非常扉をおもむろに開け、ビルの外に出た。
ひんやりとした夜風にたなびく忍者装束。
非常階段の手すりの上に忍者男は立ち、腕を組んで直立したかと思うと、5階の高さから一気に飛び降り――ふわりと地上に着地する。
そして一目散に駆け出し、夜の闇に紛れていった。



フロア内に留まっているのは黒スーツの男と、ボスと呼ばれた男の二人だけ。
静寂の中、グラスに酒が注がれる音と、葉巻の煙がゆっくりと吐き出される音だけが響く。

しばらくして、ウイスキーのボトルが空になると、

「さて、そろそろ俺も仕事をおっぱじめるかねぇ。あー、ダルいぜ。」

黒スーツの男は立ち上がってエレベーターへと向かう。
扉の前で一度立ち止まると、顔を向けずに背後へと声をかけた。

「クックック……、次はどんな殺戮ショーが見れるか楽しみだ。そうは思わねぇか、我らがボス様よぉ?」
「楽しみ?そんな生易しいものではない。この世界から魔女を一人残らず抹殺すること――それは我々の悲願。必ずや果たさねばならぬ宿命なのだ。」

フロアの奥に座る男は、強い口調で断言した。
震えるほど強く拳を握りしめ、ソファの肘掛けに叩きつける。

「あー、そうだったな。アンタにとっちゃ、それが人生の全てなんだよなぁ。失敬失敬。」

エレベーターに乗り込みながら、黒スーツの男が最後に放った言葉は、どこか憂いを帯びていた。



一段と深まってゆく秋の夜。
相も変わらず厚い雲が立ち込める空は、暗澹とした未来を示唆しているかのよう。
魔女の命を狙う者達は、まだまだ眠らない――
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

万物争覇のコンバート 〜回帰後の人生をシステムでやり直す〜

黒城白爵
ファンタジー
 異次元から現れたモンスターが地球に侵攻してくるようになって早数十年。  魔力に目覚めた人類である覚醒者とモンスターの戦いによって、人類の生息圏は年々減少していた。  そんな中、瀕死の重体を負い、今にもモンスターに殺されようとしていた外神クロヤは、これまでの人生を悔いていた。  自らが持つ異能の真価を知るのが遅かったこと、異能を積極的に使おうとしなかったこと……そして、一部の高位覚醒者達の横暴を野放しにしてしまったことを。  後悔を胸に秘めたまま、モンスターの攻撃によってクロヤは死んだ。  そのはずだったが、目を覚ますとクロヤは自分が覚醒者となった日に戻ってきていた。  自らの異能が構築した新たな力〈システム〉と共に……。

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

処理中です...