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第3章 狂気の科学者
3-1 暗夜の密談
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魔身具のペンダントを巡る、エリカと蝙蝠女アイナの戦いから数日後。
空一面を雲が覆い、月明かりも星の輝きさえも見ることのできない、不穏な気配漂う秋の夜。
とある場所にそびえ立つ一棟の廃ビル。
5階建てのそのビルは、20年ほど前に全ての店舗が撤退して以降、新しいテナントが入ることなく長年放置されていた。
壁や床は灰色のコンクリートがむき出しの状態。
悪戯好きな若者の仕業と見られるスプレーの落書きが目立ち、半ば廃墟のようですらある。
周辺に暮らす住人達は、気味悪がって誰もそのビルに近寄ろうとはしない。
しかし、最上階の5階だけは様相が異なっていた。
全ての窓に隙間なく黒い目張りが施され、外部からは中の様子を全く窺い知ることができない。
その内部は、見るからに怪しい人間の集団によって占拠されていた。
元々はキャバクラであったことを容易に想像させる、金色をベースとした高級感溢れる内装。
床には豪勢な赤い絨毯が敷き詰められ、天井から垂れ下がるのはきらびやかなシャンデリア。
さらに各所に配置された大理石調のテーブルと、L字型の黒いコーナーソファ。
フロアの中央にある一際広い通路では、一人の黒い忍者装束の男が片膝をつき、頭を垂れている。
左胸に赤いアメーバのような不気味な物体を妖しく輝かせ、その男は前方に向かって報告した。
「山芝村の件、拙者自ら洞窟に赴いたところ、激しい戦闘の跡と思しき大穴と――血まみれの白骨を発見した次第であります。」
忍者男の左前方にあるソファには、並々ならぬ威圧感を放つ壮年の男が座り、気怠そうに報告を聞いていた。
オールバックにした青色の髪と黒いサングラス。
右手にはウイスキーが入ったロックグラスを持ち、口には白煙をくゆらす太い葉巻。
真っ黒なダークスーツの内側には、大きく胸元の開いた蛇柄のワイシャツ。
髪色が青いことを除けば、外見はいわゆるヤクザそのものである。
ソファの背もたれに両手を大きく広げ、豪快に股を開いたその男が、不機嫌そうに忍者男を問い詰める。
「テメェが見つけたその白骨とやらが、アイナのモンだってかぁ?」
「いかにも。翼部分とみられる独特な形状の骨も残されていた故、アイナ殿の遺骨で相違ないと思われます。」
「アイツもそれなりに腕の立つヤツだったんだがな……。チッ、一体どこのどいつがやってくれたんだぁ?」
黒スーツの男は凄みを効かせた低い声で唸る。
忍者男はその圧に一瞬たじろぐが、すぐに黒スーツの男に返答する。
「恐らくは……先日ご報告いたした、腐蝕の炎を操る魔女の仕業かと。」
「この間テメェが言っていた、凱人をブッ壊しやがったあのブチ切れ娘のことか?」
「左様でございます。」
「あぁん?何でそうだって分かるんだよ。確証でもあんのか?」
黒スーツの男が身を乗り出し、サングラス上部の隙間から睨みつけると、
「見つかった白骨には、腐敗した肉塊がこびりついておりました。通常の戦闘では、斯様な事は起こり得ませぬ。更に、洞窟の岩肌には不自然に溶解した跡までも。」
忍者男はあくまで冷静に、事務的に説明した。
「フン、なるほどな。で、アイナに任せていた宝石箱と魔身具は、みすみす奪われちまったってことかよ?」
「断定は致しかねますが、拙者が洞窟内をくまなく調べ上げたものの、発見に至ることはできず。例の若い魔女に持ち去られたものと愚考いたします。」
「ったくよぉ、あの伝説の魔女サマの魔身具が手に入れば、俺らの大幅な戦力アップになっただろうになぁ。あーあ、勿体ねぇぜ。最悪だな。」
黒スーツの男は苛立ちを込めて言うと、太い葉巻を指に挟み、天井に向けて白い煙を吐き出した。
険悪な空気が流れる中、今度は忍者男の右前方のソファから、
「まあまあ、そんなにカリカリするなって。済んだことをあれこれ言っても仕方ないだろう?」
と、快活な女性の声が聞こえた。
金髪ストレートのロングヘアに、チェーンの付いた片眼鏡をかけ、服装は膝丈の白衣に黒いブーツという不思議な格好。
そして巨大な電卓とも携帯電話とも見える、ディスプレイといくつものボタンがついた謎の電子機器が、左腕の手首から肘にかけて装着されている。
白衣の女は脚を組んでソファに座り、恍惚の表情で両手を高く掲げた。
「とはいえ、最高クラスの魔女の魔力が詰まったペンダントだ。ああ、もし手に入っていたら、一体どんなことができただろうねぇ?どうせなら人体実験がやりたいな!脳に埋め込む?食べさせる?眼球と入れ替える?それとも……お尻に思いっきり突っ込んじゃう?アハハハハッ!想像するだけですごく楽しいよ!」
誰に聞かせるでもなく、ひたすら早口でまくしたてる白衣の女。
その様子を一言で表すならば――狂気。
「まーた始まりやがったぜ。ま、いつものことか。」
通路を挟んだ反対側のソファから眺めていた黒スーツの男は、右手で頭を抱えて溜息をついた。
すると、緩んだ空気を引き締めるかのように、忍者男が口を開く。
「……それでは、例の腐蝕の魔女への対処は、いかがなさいますか?凱人殿を回収した時点では、まだ様子見との指示があった故、見逃してしまいましたが。」
黒スーツの男はテーブルの上に置いてあったロックグラスを手に取ると、一息に酒を飲み干した。
「あー、今はいい。とりあえず泳がせとけ。そもそも今は、そいつの拠点がどこにあんのかも分からねぇんだろ?」
「左様。彼女の拠点には隠蔽の魔法がかけられているようであり、容易には所在が掴めませぬ。」
「そんなら後回しだ。当面は、今狙いをつけている魔女を確実に始末するぞ。いいな。」
「御意。」
黒スーツの男との問答の後、忍者男は張り詰めていた肩の力を抜き、顔を上げて立ち上がる。
「それでは、拙者はこれで――」
しかし、横から白衣の女が、
「ああちょっと、要件が終わったらすぐに帰っちゃうのかい?まったく、つれないねぇ。」
忍者装束を手で引っ張り、慌てて呼び止める。
「……まだ何か御用が?」
忍者男は振り向き、いかにも面倒臭そうに顔をしかめた。
が、白衣の女はそんな態度をまるで気にすることなく、目を輝かせて話し始める。
「この間、君が回収してくれた凱人君の改造がついに上手くいったんだ!ダメになっちゃった両腕をね、バキバキ、ガチャガチャ、グチュグチュと、それはもう色々なものをくっつけて埋め込んでみたんだよ。そしたらびっくり仰天、大成功!まさに人間兵器の完成だね。すごくいい出来だと思うよ!」
長々とした力説を披露するが、興味のない忍者男にはほとんど響かない。
ひたすらに困ったような、呆れたような顔を白衣の女に向けるだけ。
「御用件はそれだけでしょうか?拙者は次の仕事に向かわねばならぬのですが……」
「まあそう言ってやるな。こいつは最後まで話を聞いてやらねぇと、逆にいつまでもしつこいぞ?」
ため息をつき戸惑う忍者男を、グラスにウイスキーを注ぐ黒スーツの男がたしなめた。
そんな彼らの気持ちを知ってか知らずか、白衣の女は
「さあ、君達も新しく生まれ変わった凱人君を見てみたいだろう、そうだろう?では見せてあげるよ!」
と言ってソファから立ち上がり、左腕に装着した電子機器を素早く操作した。
すると、フロアの中にある太い丸柱に突如として横開きの扉が現れ、甲高い機械音を立てて開いた。
その扉の内側から出てきたものを見て、
「こっ、これはなんと……!」
「クックック、いやースゲェじゃねぇか。こりゃ想像以上だな。」
男二人が揃って驚愕した。
彼らの目の前に屹立するのは、異形の怪人へと変貌した凱人。
ホストのような金髪と白いタンクトップはそのままであるが、注目すべきは二本の腕。
エリカとの戦闘で失ったはずの両腕には、銀色の金属、黒色の配線、青色の液晶が複雑に絡まり合った、極太のロボットアームが装着されていた。
しかし、凱人の目には全くと言っていいほど生気が感じられず、一切言葉を発しようとしない。
白衣の女は登場した凱人を指差すと、興奮を抑えきれない様子で解説する。
「どうだい!機能性と審美性を兼ね備えた、この圧倒的に魅力的な両腕!機械と生物の見事な融合!曲線と直線が織りなす造形美!ああ、何て素晴らしいんだ!君達にもこの良さが分かるだろう?」
「……はぁ、左様でございますな。」
忍者男の投げやりな相槌も耳に入っていないのか、白衣の女は歩いて凱人の横に並び、さらに熱弁を続ける。
「今、ウチらが追っている子役の魔女とそのボディーガード、この前はまんまと逃げられちゃったけど、次はこのスーパー凱人君をけしかけてやろうと思うんだ。今度こそ、絶対に確実に始末できると思うよ!アッハハハ、早く、早く殺したいねぇ!」
白衣の女はねっとりとした笑みを浮かべ、隣にいる凱人の肩をポンポンと叩いた。
それでもなお凱人は一切口を開かず、微動だにせず、ただただ仁王立ちしたまま。
「フン、この件に関してはテメェに任せるって方針だからな。勝手にすりゃいいさ。」
黒スーツの男はそう言うと、首を後ろに回し、
「――そうだろ、ボス?ずっとだんまり決め込んでねぇで、アンタもちっとは会話に参加したらどうだ?」
フロアの奥、薄暗い一角に向かって声を張り上げた。
黒スーツの男が呼びかけた先、忍者男が立つ通路の行き止まりにあるのは、一人掛け用の黒光りした高級そうなソファ。
そこに、先程から3人の会話を静観する、もう一人の男が鎮座していた。
「無論だ。子役の魔女の抹殺については、彼女に全て任せる。」
両手を組んで額に当て、フロアの奥のソファに陣取る、ボスと呼ばれた男。
暗がりで表情を窺い知ることのできないその男は、落ち着いた声で承諾した。
その言葉を聞いた白衣の女は、嬉々として頭の上で拍手し、
「よーし、ボスの了解ももらったことだし、ウチは研究室で色々準備があるから戻るよ。凱人君をもっともっと改造したいしさ。じゃあね~。」
という言葉を残し、凱人を引き連れて意気揚々と丸柱の扉に入る。
扉が閉まると、柱の内側はまるでエレベーターのように下に向かって動き出し、二人はあっという間に消えていった。
後に残された忍者男は疲れた面持ちで、
「それでは次の任務に向かう故、これにて拙者も失礼いたします。」
深々と腰を曲げて一礼し、フロアの端にある非常扉をおもむろに開け、ビルの外に出た。
ひんやりとした夜風にたなびく忍者装束。
非常階段の手すりの上に忍者男は立ち、腕を組んで直立したかと思うと、5階の高さから一気に飛び降り――ふわりと地上に着地する。
そして一目散に駆け出し、夜の闇に紛れていった。
フロア内に留まっているのは黒スーツの男と、ボスと呼ばれた男の二人だけ。
静寂の中、グラスに酒が注がれる音と、葉巻の煙がゆっくりと吐き出される音だけが響く。
しばらくして、ウイスキーのボトルが空になると、
「さて、そろそろ俺も仕事をおっぱじめるかねぇ。あー、ダルいぜ。」
黒スーツの男は立ち上がってエレベーターへと向かう。
扉の前で一度立ち止まると、顔を向けずに背後へと声をかけた。
「クックック……、次はどんな殺戮ショーが見れるか楽しみだ。そうは思わねぇか、我らがボス様よぉ?」
「楽しみ?そんな生易しいものではない。この世界から魔女を一人残らず抹殺すること――それは我々の悲願。必ずや果たさねばならぬ宿命なのだ。」
フロアの奥に座る男は、強い口調で断言した。
震えるほど強く拳を握りしめ、ソファの肘掛けに叩きつける。
「あー、そうだったな。アンタにとっちゃ、それが人生の全てなんだよなぁ。失敬失敬。」
エレベーターに乗り込みながら、黒スーツの男が最後に放った言葉は、どこか憂いを帯びていた。
一段と深まってゆく秋の夜。
相も変わらず厚い雲が立ち込める空は、暗澹とした未来を示唆しているかのよう。
魔女の命を狙う者達は、まだまだ眠らない――
空一面を雲が覆い、月明かりも星の輝きさえも見ることのできない、不穏な気配漂う秋の夜。
とある場所にそびえ立つ一棟の廃ビル。
5階建てのそのビルは、20年ほど前に全ての店舗が撤退して以降、新しいテナントが入ることなく長年放置されていた。
壁や床は灰色のコンクリートがむき出しの状態。
悪戯好きな若者の仕業と見られるスプレーの落書きが目立ち、半ば廃墟のようですらある。
周辺に暮らす住人達は、気味悪がって誰もそのビルに近寄ろうとはしない。
しかし、最上階の5階だけは様相が異なっていた。
全ての窓に隙間なく黒い目張りが施され、外部からは中の様子を全く窺い知ることができない。
その内部は、見るからに怪しい人間の集団によって占拠されていた。
元々はキャバクラであったことを容易に想像させる、金色をベースとした高級感溢れる内装。
床には豪勢な赤い絨毯が敷き詰められ、天井から垂れ下がるのはきらびやかなシャンデリア。
さらに各所に配置された大理石調のテーブルと、L字型の黒いコーナーソファ。
フロアの中央にある一際広い通路では、一人の黒い忍者装束の男が片膝をつき、頭を垂れている。
左胸に赤いアメーバのような不気味な物体を妖しく輝かせ、その男は前方に向かって報告した。
「山芝村の件、拙者自ら洞窟に赴いたところ、激しい戦闘の跡と思しき大穴と――血まみれの白骨を発見した次第であります。」
忍者男の左前方にあるソファには、並々ならぬ威圧感を放つ壮年の男が座り、気怠そうに報告を聞いていた。
オールバックにした青色の髪と黒いサングラス。
右手にはウイスキーが入ったロックグラスを持ち、口には白煙をくゆらす太い葉巻。
真っ黒なダークスーツの内側には、大きく胸元の開いた蛇柄のワイシャツ。
髪色が青いことを除けば、外見はいわゆるヤクザそのものである。
ソファの背もたれに両手を大きく広げ、豪快に股を開いたその男が、不機嫌そうに忍者男を問い詰める。
「テメェが見つけたその白骨とやらが、アイナのモンだってかぁ?」
「いかにも。翼部分とみられる独特な形状の骨も残されていた故、アイナ殿の遺骨で相違ないと思われます。」
「アイツもそれなりに腕の立つヤツだったんだがな……。チッ、一体どこのどいつがやってくれたんだぁ?」
黒スーツの男は凄みを効かせた低い声で唸る。
忍者男はその圧に一瞬たじろぐが、すぐに黒スーツの男に返答する。
「恐らくは……先日ご報告いたした、腐蝕の炎を操る魔女の仕業かと。」
「この間テメェが言っていた、凱人をブッ壊しやがったあのブチ切れ娘のことか?」
「左様でございます。」
「あぁん?何でそうだって分かるんだよ。確証でもあんのか?」
黒スーツの男が身を乗り出し、サングラス上部の隙間から睨みつけると、
「見つかった白骨には、腐敗した肉塊がこびりついておりました。通常の戦闘では、斯様な事は起こり得ませぬ。更に、洞窟の岩肌には不自然に溶解した跡までも。」
忍者男はあくまで冷静に、事務的に説明した。
「フン、なるほどな。で、アイナに任せていた宝石箱と魔身具は、みすみす奪われちまったってことかよ?」
「断定は致しかねますが、拙者が洞窟内をくまなく調べ上げたものの、発見に至ることはできず。例の若い魔女に持ち去られたものと愚考いたします。」
「ったくよぉ、あの伝説の魔女サマの魔身具が手に入れば、俺らの大幅な戦力アップになっただろうになぁ。あーあ、勿体ねぇぜ。最悪だな。」
黒スーツの男は苛立ちを込めて言うと、太い葉巻を指に挟み、天井に向けて白い煙を吐き出した。
険悪な空気が流れる中、今度は忍者男の右前方のソファから、
「まあまあ、そんなにカリカリするなって。済んだことをあれこれ言っても仕方ないだろう?」
と、快活な女性の声が聞こえた。
金髪ストレートのロングヘアに、チェーンの付いた片眼鏡をかけ、服装は膝丈の白衣に黒いブーツという不思議な格好。
そして巨大な電卓とも携帯電話とも見える、ディスプレイといくつものボタンがついた謎の電子機器が、左腕の手首から肘にかけて装着されている。
白衣の女は脚を組んでソファに座り、恍惚の表情で両手を高く掲げた。
「とはいえ、最高クラスの魔女の魔力が詰まったペンダントだ。ああ、もし手に入っていたら、一体どんなことができただろうねぇ?どうせなら人体実験がやりたいな!脳に埋め込む?食べさせる?眼球と入れ替える?それとも……お尻に思いっきり突っ込んじゃう?アハハハハッ!想像するだけですごく楽しいよ!」
誰に聞かせるでもなく、ひたすら早口でまくしたてる白衣の女。
その様子を一言で表すならば――狂気。
「まーた始まりやがったぜ。ま、いつものことか。」
通路を挟んだ反対側のソファから眺めていた黒スーツの男は、右手で頭を抱えて溜息をついた。
すると、緩んだ空気を引き締めるかのように、忍者男が口を開く。
「……それでは、例の腐蝕の魔女への対処は、いかがなさいますか?凱人殿を回収した時点では、まだ様子見との指示があった故、見逃してしまいましたが。」
黒スーツの男はテーブルの上に置いてあったロックグラスを手に取ると、一息に酒を飲み干した。
「あー、今はいい。とりあえず泳がせとけ。そもそも今は、そいつの拠点がどこにあんのかも分からねぇんだろ?」
「左様。彼女の拠点には隠蔽の魔法がかけられているようであり、容易には所在が掴めませぬ。」
「そんなら後回しだ。当面は、今狙いをつけている魔女を確実に始末するぞ。いいな。」
「御意。」
黒スーツの男との問答の後、忍者男は張り詰めていた肩の力を抜き、顔を上げて立ち上がる。
「それでは、拙者はこれで――」
しかし、横から白衣の女が、
「ああちょっと、要件が終わったらすぐに帰っちゃうのかい?まったく、つれないねぇ。」
忍者装束を手で引っ張り、慌てて呼び止める。
「……まだ何か御用が?」
忍者男は振り向き、いかにも面倒臭そうに顔をしかめた。
が、白衣の女はそんな態度をまるで気にすることなく、目を輝かせて話し始める。
「この間、君が回収してくれた凱人君の改造がついに上手くいったんだ!ダメになっちゃった両腕をね、バキバキ、ガチャガチャ、グチュグチュと、それはもう色々なものをくっつけて埋め込んでみたんだよ。そしたらびっくり仰天、大成功!まさに人間兵器の完成だね。すごくいい出来だと思うよ!」
長々とした力説を披露するが、興味のない忍者男にはほとんど響かない。
ひたすらに困ったような、呆れたような顔を白衣の女に向けるだけ。
「御用件はそれだけでしょうか?拙者は次の仕事に向かわねばならぬのですが……」
「まあそう言ってやるな。こいつは最後まで話を聞いてやらねぇと、逆にいつまでもしつこいぞ?」
ため息をつき戸惑う忍者男を、グラスにウイスキーを注ぐ黒スーツの男がたしなめた。
そんな彼らの気持ちを知ってか知らずか、白衣の女は
「さあ、君達も新しく生まれ変わった凱人君を見てみたいだろう、そうだろう?では見せてあげるよ!」
と言ってソファから立ち上がり、左腕に装着した電子機器を素早く操作した。
すると、フロアの中にある太い丸柱に突如として横開きの扉が現れ、甲高い機械音を立てて開いた。
その扉の内側から出てきたものを見て、
「こっ、これはなんと……!」
「クックック、いやースゲェじゃねぇか。こりゃ想像以上だな。」
男二人が揃って驚愕した。
彼らの目の前に屹立するのは、異形の怪人へと変貌した凱人。
ホストのような金髪と白いタンクトップはそのままであるが、注目すべきは二本の腕。
エリカとの戦闘で失ったはずの両腕には、銀色の金属、黒色の配線、青色の液晶が複雑に絡まり合った、極太のロボットアームが装着されていた。
しかし、凱人の目には全くと言っていいほど生気が感じられず、一切言葉を発しようとしない。
白衣の女は登場した凱人を指差すと、興奮を抑えきれない様子で解説する。
「どうだい!機能性と審美性を兼ね備えた、この圧倒的に魅力的な両腕!機械と生物の見事な融合!曲線と直線が織りなす造形美!ああ、何て素晴らしいんだ!君達にもこの良さが分かるだろう?」
「……はぁ、左様でございますな。」
忍者男の投げやりな相槌も耳に入っていないのか、白衣の女は歩いて凱人の横に並び、さらに熱弁を続ける。
「今、ウチらが追っている子役の魔女とそのボディーガード、この前はまんまと逃げられちゃったけど、次はこのスーパー凱人君をけしかけてやろうと思うんだ。今度こそ、絶対に確実に始末できると思うよ!アッハハハ、早く、早く殺したいねぇ!」
白衣の女はねっとりとした笑みを浮かべ、隣にいる凱人の肩をポンポンと叩いた。
それでもなお凱人は一切口を開かず、微動だにせず、ただただ仁王立ちしたまま。
「フン、この件に関してはテメェに任せるって方針だからな。勝手にすりゃいいさ。」
黒スーツの男はそう言うと、首を後ろに回し、
「――そうだろ、ボス?ずっとだんまり決め込んでねぇで、アンタもちっとは会話に参加したらどうだ?」
フロアの奥、薄暗い一角に向かって声を張り上げた。
黒スーツの男が呼びかけた先、忍者男が立つ通路の行き止まりにあるのは、一人掛け用の黒光りした高級そうなソファ。
そこに、先程から3人の会話を静観する、もう一人の男が鎮座していた。
「無論だ。子役の魔女の抹殺については、彼女に全て任せる。」
両手を組んで額に当て、フロアの奥のソファに陣取る、ボスと呼ばれた男。
暗がりで表情を窺い知ることのできないその男は、落ち着いた声で承諾した。
その言葉を聞いた白衣の女は、嬉々として頭の上で拍手し、
「よーし、ボスの了解ももらったことだし、ウチは研究室で色々準備があるから戻るよ。凱人君をもっともっと改造したいしさ。じゃあね~。」
という言葉を残し、凱人を引き連れて意気揚々と丸柱の扉に入る。
扉が閉まると、柱の内側はまるでエレベーターのように下に向かって動き出し、二人はあっという間に消えていった。
後に残された忍者男は疲れた面持ちで、
「それでは次の任務に向かう故、これにて拙者も失礼いたします。」
深々と腰を曲げて一礼し、フロアの端にある非常扉をおもむろに開け、ビルの外に出た。
ひんやりとした夜風にたなびく忍者装束。
非常階段の手すりの上に忍者男は立ち、腕を組んで直立したかと思うと、5階の高さから一気に飛び降り――ふわりと地上に着地する。
そして一目散に駆け出し、夜の闇に紛れていった。
フロア内に留まっているのは黒スーツの男と、ボスと呼ばれた男の二人だけ。
静寂の中、グラスに酒が注がれる音と、葉巻の煙がゆっくりと吐き出される音だけが響く。
しばらくして、ウイスキーのボトルが空になると、
「さて、そろそろ俺も仕事をおっぱじめるかねぇ。あー、ダルいぜ。」
黒スーツの男は立ち上がってエレベーターへと向かう。
扉の前で一度立ち止まると、顔を向けずに背後へと声をかけた。
「クックック……、次はどんな殺戮ショーが見れるか楽しみだ。そうは思わねぇか、我らがボス様よぉ?」
「楽しみ?そんな生易しいものではない。この世界から魔女を一人残らず抹殺すること――それは我々の悲願。必ずや果たさねばならぬ宿命なのだ。」
フロアの奥に座る男は、強い口調で断言した。
震えるほど強く拳を握りしめ、ソファの肘掛けに叩きつける。
「あー、そうだったな。アンタにとっちゃ、それが人生の全てなんだよなぁ。失敬失敬。」
エレベーターに乗り込みながら、黒スーツの男が最後に放った言葉は、どこか憂いを帯びていた。
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