魔娘 ―Daughter of the Golden Witch―

こりどらす

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第4章 魔女の黄昏

4-2 己が存在意義

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エリカが建物の外に出ると日は西に傾きつつあった。
11月の下旬ともなれば太陽が昇っている時間はとても短く、そのうちあっという間に夜が訪れるであろう。
病室で見たヒカルの窮状や憔悴しきったヒカルの母の顔を思い返しながら、エリカは病院の正門を目指す。

そして病院の敷地から完全に出たところでアレイスターがカバンの中から抜け出した。
ようやく解放されたとばかりにエリカの周囲を飛びつつ話しかける。

「で、この後はどーすんだ。このまま大人しく家に帰るのか?」
「病院の近くに大きな川があったわよね、そこまで行ってもいい?ちょっと景色が見たくて。」
「どうした、オマエにしちゃ珍しいな。オレは別に構わねーけど。」

アレイスターとの会話をあっさりと切り上げてエリカは歩き出した。
薬局や住宅、商店が混在している行きとは反対方向の道を無言でそそくさと進む。
多くの学校帰りの学生達とすれ違うが、それには一切目もくれない。

深刻な顔で何か思い詰めるような空気を出しているエリカ。
アレイスターがなかなか話しかけるタイミングを見出せずにいると、隣を歩くエリカの体が突然ふらっと傾く。

「あっ!……危なかった。」

よく見ればエリカが歩道の段差につまづいて転びそうになっていた。

「考え込むのはいいけど足元くらいちゃんと見ろよ、危ねーぞ。」
「そ、そうね。注意するわ。」

どこか上の空なエリカを心配そうに見つめながら、アレイスターが付き従うように少し後ろを飛んでゆく。

(エリカの奴、大丈夫か……?)

胸中に一抹の不安を抱きながら。



やがて道は突き当たり、エリカの前には大きな土手の斜面がそそり立つ。
秋から冬へと移り変わる季節のためか、斜面に生えている草の色は緑と茶色が混じりあったもの。
生い茂る草を左右に分かつようにして斜面に設置された階段を、エリカは一歩一歩上ってゆく。
そして土手のてっぺんに到達すると、

「わあ……」

胸に染み入るような美しい光景が広がっていた。
ゆったりとした速度で流れる大河に反射する西日が、川一面を橙色に染めている。
そんな哀愁を誘う景色の中で、川に架かる鉄道橋の上を電車が通過してゆく様は、まるで映画のワンシーンのよう。

エリカは短い草を踏みしめながら土手を川側に向かって下り、斜面の途中でおもむろに腰を下ろした。
どこまでも広々とした河川敷には他に人の姿は見えない。
体育座りになったエリカは口元をコートの中に埋めたまま、川面をじっと見つめ続けている。
丸まったその背中は心なしか普段よりも小さい。

アレイスターもエリカの肩に止まって同じ方向を眺める。
黙ったまま何も言葉を発さずに。



しばし続いた沈黙の後、視線を正面の川に向けたままエリカが口を開いた。

「ねえアレイスター。」
「ん、どうした?」

アレイスターが返答の言葉に悩むほど、エリカの声色からは心の内が読めない。

「魔女って……一体何なのかしら?」
「随分と抽象的な質問だな。もう少し具体的に言ってくれ。」

エリカはコートの襟で下半分を隠していた顔を上げ、遠くを見るような目で語り始める。

「生まれながらにして魔法を扱うことのできる特別な人間、それが魔女。私も自分が魔法を使えて便利だと思ったり、時にはちょっとした優越感に浸ったりしたこともあるわ。でもその代わり、ウィッチハンターなんていう恐ろしい人達にいつも命を狙われて、怯えながら暮らすことになる。」

二人の間を一陣の冷たい風が駆け抜けた。
真剣な顔つきのアレイスターはただただ黙ってエリカの独白を聞く。

「そもそもどうしてこの世界には魔女が存在しているの?なんで他の人じゃなくて私やヒカルちゃんが魔女として生まれたの?そしてなぜ、ウィッチハンターは魔女をみんな殺そうとしているの?どんなに調べても理由は分からないし、誰も真実を教えてくれない……」

儚げだったエリカの声に少しずつ怒りの感情が混じってゆく。

「今もどこかで私達の仲間が犠牲になっていると思うと、とても辛い。何一つ悪いことなんてしていないのに、ずっと死の恐怖に怯え続けるなんて悲しすぎる。それとも、そんな仕打ちを受けるのが当然なくらい、魔女が何か悪事を働いたとでもいうの?」

エリカは地面に手を置いて斜面に生えている草を掴んで握りしめた。
腕は小刻みに揺れているが、握る力はとてつもなく強い。
まるで行き場を失った感情が漏れ出ているかのよう。

「もし魔女じゃなくて普通の人として生きられたら、母さまは殺されることもなかったし、ヒカルちゃんも辛い目に遭わなくて済んだのに!ウィッチハンターが……憎い!目の前でこんな苦しみばかり続くくらいなら、私は普通の人間として生まれてきたかった!!」

ぶつりという音を立ててエリカが掴んでいた草がちぎられた。
そのまま前方へと乱雑に投げ捨てられた緑と茶色の断片は、風に乗ってはらりと舞い落ちる。

「ごめんなさい、頭の中がモヤモヤしちゃって……。アレイスターに八つ当たりしても仕方ないわよね。」

エリカの声は弱々しく震え、今にも溢れてしまいそうな涙で目は潤む。
魔女という特異な存在であるがゆえに自らの在り方に思い悩む、一人の若者の姿がそこにはあった。

体育座りのまま顔を伏せてうなだれてしまうエリカ。
すると、アレイスターが覚悟を決めたとばかりにエリカの肩から飛び立って正面に回り込んだ。

「魔女ってのが一体何なのか、なぜこの世界に魔女が存在するのか、何でウィッチハンター共は魔女を執拗に狙うのか……あいにくオレはその答えを持ち合わせてねぇ。知らねーモンは知らん。」

エリカの体がぴくりとわずかに動いたが顔はまだ下を向いたまま。
アレイスターはその微妙な変化に気が付いたものの、あえて構わず語り続ける。

「けどよ、『普通の人間で生まれたかった』ってのは聞き捨てならねーな。オマエが魔法を使えたからこそ、オレは使い魔としてこの世に生を受けることが出来たんだ。オマエが魔女だったからこそ、こうやって刺激的で楽しい日々を過ごせているんだ。オレの命は白羽根エリカという魔女と共にある。そんなかけがえのない思い出まで否定してほしくはないぜ。」

エリカの顔が少しずつ上がり、驚きのあまり見開いた目が露わになる。
目の前で宙を羽ばたくアレイスターの姿は、赤い太陽に照らされてあまりにも神々しかった。

「一人の魔女としてどう生きるべきなのか、自分自身の在り方はオマエにしか決められねぇ。でもせっかく魔女なんていう希少な存在として生まれたんだ。こういう時こそ初心に帰って、魔法を使って何か人の役に立てないか、自分の力で誰かを救うことができないか、改めて考えてみてもイイんじゃねーか?オマエの母親もずっとそう言っていたんだろ?」
「アレイスター……」

エリカは潤んだ目をコートの袖で拭い、乱れてしまった白い前髪を手で整えた。

「オレも一緒に協力するから安心しろ、な。そんな悲壮感たっぷりな顔は見てらんねーぜ。せっかくの美人が台無しだぞ。」
「ありがとう……落ち着いたわ。ちょっと元気が出た。」

エリカは地面に手をつくと二本の足で力強く立ち上がった。
その表情はどこか吹っ切れたような様子であり、先程までの陰鬱な険しさはもうない。
アレイスターに向けて両手を真っすぐに差し出し、愛おしそうに手の平で包み込む。

「それにしても今日のアレイスターはすごく優しいのね。正直驚いたわ。」
「自分の主人がずっと暗い顔で落ち込んだままじゃ困るからな。ただ、こんなに気遣ってやるのは今回だけだぞ。安易に優しくするのはオレのキャラじゃねーんだ。」
「ふふ。まったくもう、素直じゃないんだから。」

普段の調子を取り戻し、久々にクスリと微笑んだエリカ。

(やれやれ、心配させやがって。とりあえず一件落着か。)

そんな様子を見てアレイスターは内心ほっと胸を撫で下ろす。
そのまま二人が橙色から濃紺へと変わりゆく空を眺めていると、エリカのカバンの中にある携帯電話が振動した。

「誰かしら?――って、澪じゃない。」

手に取った携帯電話の画面に表示された名前は「雛塚澪」。
エリカが通話のボタンを押すと、馴染み深い明るさ満点の声が聞こえてきた。

『やっほーエリたん!元気にしてたかな~?』
「久し振りね、澪。こんな時間にいきなりどうしたの?」
『えっとね~、ん、あれあれ?何だかエリたんの声にあんまり元気がないような気がするなぁ。何かあった~?それともあたしの気のせいかな?』

直接顔を見せなくても声の雰囲気だけで心情を当ててくる澪に、エリカは驚きと喜び両方の感情を抱く。
流石は学生時代からの唯一無二の親友といったところか。

「ちょっと色々あってね。でも今はもうだいぶ落ち着いたから大丈夫よ。」
『それなら丁度良かった!これから一緒に夜ご飯食べに行かない?悩み事があるんだったら聞いてあげるよ~!』

電話口から響いてくる澪の声はいつもと変わらず元気一杯。
それを聞いたエリカの顔にはつい笑みがこぼれる。

「ありがとう、澪からのお誘いならもちろん行くわ。あ、でも私が今いるのは工房じゃないのよね。用事があって遠くまで出かけてたところなの。」
『全然問題ないよ~!場所を教えてくれればあたしがバイクで迎えに行ってあげるから大・丈・夫!』
「本当?それはすごく助かる。じゃあ現在地を送るから一旦電話を切るわね。」
『りょ~かいだよ!すぐに行くから待っててね!』

通話が終わるとエリカは自分が今いる場所を澪の携帯電話に送信した。
顔を上げてふと辺りを見回せば、川面からは白い水鳥が飛び立ち、鉄道橋の上を電車が走り去ってゆく。
澪を待つために河川敷に再度腰を下ろしたエリカが見上げると、すっかり一面の濃紺となった空にはまばゆい星達が輝き始めていた。
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