魔娘 ―Daughter of the Golden Witch―

こりどらす

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第4章 魔女の黄昏

4-3 持つべきものは友

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先刻の電話から30分ほどの後、草が生い茂る斜面に座ってアレイスターとたわいもない話をしていたエリカの耳に、豪快なエンジンの音が聞こえてきた。
すっかり陽が落ちて暗くなった河川敷を、煌々と照らすヘッドライトの明かりが徐々に迫ってくる。
そして、白と深い赤色というカラーリングのバイクが土手の頂上で急停止。

「よっ、と。お待たせっ!遅くなってごめんね~!」

運転手が外したヘルメットの中から現れたのは、オレンジ色のショートヘアを揺らす若い女性の顔。
スレンダーな体形に黒のライダースーツと青いジーンズを身に纏い、はにかんだ笑顔を惜しげもなく振り撒く。
エリカの大切な友人こと雛塚澪である。

「ありがとう、澪。ここまで来るのは大変だったでしょう。場所はすぐに分かった?」

エリカも澪の顔を見るなり立ち上がり、嬉しそうに隣へと歩み寄った。

「それは全然大丈夫だけど、今日のエリたんの服装、全身真っ黒でしょ!だから暗~い中で見つけるのすっごく大変だったよぉ~。」
「ごめんね。それならアレイスターに光る鱗粉を付けて飛んでもらえば良かったわ。そうすれば澪がすぐに私達を見つけられたんじゃないかしら。」
「おいおいエリカ、そりゃないぜ。人を便利な目印扱いするなんてヒドいじゃねーか。」

アレイスターがエリカの眼前に飛んできて抗議すると、3人は笑いに包まれた。
エリカは口元に手を当ててクスクスと、澪は大きく口を開けてハハハと、アレイスターは豪快にアッハッハと。
ひとしきり皆で笑った後、エリカが思い出したとばかりに澪の方を向いて尋ねる。

「そういえばご飯はどこのお店に行くか決めてあったりする?私は全然考えてなくって。」
「ふっふーん。そこはあたしに任せて!とっておきのお店に連れて行ってあげるから、大船に乗ったつもりで楽しみにしててねっ。」

澪は得意げに親指を突き立ててウインクした。
と、その指先にアレイスターがひらりと止まって怪訝そうな声色で問いかける。

「こいつのセンスに任せちまって本当にいいのか、エリカ?超絶激辛中華とかゲテモノ料理とかヤバい店に連れていかれそうでオレは怖いぜ。」
「もう、それはアレイスターの勝手な偏見でしょう。私は澪の行きたいお店で全然問題ないわ。」
「さっすがエリたん!信頼してくれてお姉さんは嬉しいよ~。ひねくれ者のアーくんとは大違いだねっ。」

ニヤニヤした顔を近付けながら肘でエリカの脇腹をつつく澪。
そんな仲睦まじい様子を見て、アレイスターは肩をすくめるかのように羽根をだらりと下げた。

「まあオレが食べるワケじゃねーからいいけどな。ともかく店が決まってるんだったら、こんな暗くて寒い所にいないでさっさと行こうぜ。」
「それもそうだねっ。……はい、エリたん!」

澪はエリカ用のヘルメットを手渡すと愛車にまたがった。
普段はおちゃらけた態度であるが、すらりとしたスタイルのおかげでバイクに乗る姿は非常に格好良い。
多少の羨ましさを感じつつ、エリカはヘルメットを装着して澪の後ろに乗り込む。

「それじゃあ出発するからしっかり掴まっててねっ。」
「うん、お願いするわ。」

川面にまばゆい月が映る夜の河川敷、一直線に伸びた土手の道を明るく照らしながら、二人が乗るバイクは走り去っていった。





夜道をしばらく軽快に走り続けた後、バイクが入っていったのは幹線道路沿いに立つとある飲食店の駐車場。

「とうちゃ~く!」

澪は停車させたバイクのエンジンを切る。
その背後でヘルメットを脱いだエリカの目に飛び込んできたのは、

「こ、これって……」

店の前面で圧倒的な存在感を放つ横長の看板。
筆で描いたような力強い黒文字が、赤一色の背景にこれでもかとばかりに映える。
扉には赤いのれんが掲げられ、その脇にあるメニュー表にはどんぶりに入った麺の写真が。
紛れもなくその店は――ラーメン屋であった。

「ここがあたしの最近イチ押しのお店だよ!ほんっとに美味しいからいつかエリたんと一緒に来たいと思ってたんだ~。」

バイクから降りた澪は店を背にして両手両足を大きく広げて自慢する。
その姿はまるで無邪気な子供のようであり、傍から見れば少し恥ずかしい。

「一応確認するけど、ここはラーメン屋さんで合ってるわよね?」

店の看板を見上げながらエリカはおずおずと澪に尋ねた。

「えっ、もしかしてエリたんラーメン嫌いだった!?」
「そんなことはないわ、ラーメンは好きよ。ただ、女子二人でラーメン屋……いや、全然良いんだけど……」

何とも言えない表情をするエリカの反応を楽しむかのように、アレイスターがエリカの元に飛んできて羽根で肩を叩く。

「ハッハッハ、よく考えてもみろ。コイツが高級フレンチみたいな小洒落た店をチョイスすると思うか?全然そんなイメージねーだろ。」
「言われてみればそれもそうね、アレイスターの言う通りだわ。こういうお店こそいかにも澪の好みっぽいかも。」

しれっと小馬鹿にする二人に対して澪は両手を大きく上下に振って抗議する。

「ちょっとエリたん、そこは否定してよぉ~!」

不満げに頬を膨らませた澪をいさめつつ、アレイスターは店の入口に向かって飛んでゆく。

「イチ押しってことはラーメン自体は相当ウマいんだろ?ならさっさと店に入っちまおうぜ。」
「もっちろん!味はあたしが保証するよ~。きっとエリたんのほっぺたも落ちちゃうんだから!」

澪はアレイスターの後を駆け足で追いかけ、

「ふふっ、それはすごく楽しみね。」

さらに続くようにしてエリカが歩いていった。



入口の引き戸を開けて中に入ると、豪快な看板から連想されたイメージとは打って変わって、店内には小綺麗な空間が広がっていた。
店の奥まで伸びるL字型のカウンター、背もたれの付いた四つ足の椅子、掃除の行き届いた床、それら全ての材質が木製。
白い壁と明るい照明も相まって、暖かな木のぬくもりをふんだんに感じさせる。

「意外と中は結構いい雰囲気ね。これなら女子二人でも居心地が良さそうだわ。」

カバンの中にアレイスターを隠したエリカは店内をぐるりと見回して感想を澪に伝えた。

「えっへん、あたしだってちゃんとエリたんのことを考えてお店を選んでるだよ~。」
「それは嬉しいわ。ただ逆に言うと、看板でちょっと損しているような気もするわね、このお店……」
「ありゃりゃ、でも確かにそうかもっ。」

カウンターではやんちゃそうな金髪のお兄さん二人組と、仕事帰りの疲れたサラリーマン、ふくよかな体形の中年男性がまばらに座ってラーメンを食べている。
エリカと澪は彼らの後ろを通り過ぎると、偶然空いていた一番奥の席に並んで座った。

「澪、おすすめのメニューはあったりするの?」
「あたしがいつも頼んでるとんこつラーメンがイチ押しだねっ!他のお店と違ってここのスープはこってりし過ぎてないから、すごく食べやすいと思うよ~。コラーゲンたっぷりだからお肌にもいいし!」
「じゃあ私もそれにしようかしら。店員さんを呼ぶわね。」

待機していた店員に声をかけると二人揃ってとんこつラーメンを注文した。
出来上がりを席で待つ間、手持ち無沙汰になったところで澪が改まって口火を切る。

「で、エリたんはどんなことで悩んでいるのかな~?あたしにどーんと話してごらんなさいっ。」
「うん、実はね――」

カウンターの内側でせわしなく調理を進める店員を傍目に、エリカはここ一連の出来事について語り始めた。

湯城ヒカルという中学生の魔女を護衛してほしいと、彼女のマネージャー兼ボディーガードである矢溝啓二から依頼を受けたこと。
子役でもあるヒカルの撮影現場で一緒に過ごしているうちに仲良くなり、彼女が心の底から啓二を慕っているのを知ったこと。
ある日ウィッチハンターである白衣の女ミレイユとサイボーグ化した凱人の襲撃を受け、必死の抵抗の甲斐もなく啓二を殺されてしまったこと。
そして、その惨劇を目の当たりにしたショックでヒカルの心が壊れてしまったこと。

「そっかぁ、そんなに大変なことがあったんだねぇ……。すっごく辛かっただろうね……」

澪は切なそうな表情で何度も頷きながら真剣にエリカの話に耳を傾けていた。
そこに、注文していたラーメンがちょうど出来上がったようで、熱々のスープと麺が入ったどんぶりが二人の前に置かれる。

「とりあえず食べよっか!」
「そうね、いただきます。」

食欲をそそる独特の芳しい香り。
二人は会話を一時中断し、湯気が立ち昇る白みがかったスープの中から麺をすする。
澪はズルズルと遠慮なく、エリカはゆっくりと味わうようにして。

「うん、美味しいわ。細い麺とスープの相性がすごくいい。こってりし過ぎてなくて、程よく濃厚な味わいだわ。こんなに食べやすいとんこつラーメンは初めてかも。」
「でしょでしょ!やっぱりエリたんは違いの分かるオンナだね~。」

そう言う間にも、澪はよほど空腹だったのか早いペースで麺を食べ進める。
隣のエリカはグラスの水に口を付けて一呼吸置くと改めて口を開いた。

「それでさっきの話の続きなんだけど……ヒカルちゃんの一件があってから、自分の無力さを感じて色々と悩んじゃって。魔女ってそもそも一体何なのか、私は魔女としてどう生きればいいのか、ってね。魔女じゃなくて普通の人間で生まれてきたかった、なんて思ったりもしたわ。」
「うんうんっ。」

澪は簡単な相槌で自然と先を促す。

「アレイスターは『魔法を使って何か人の役に立てないか、誰かを救うことができないか、改めて考えてみたらどうだ』って言ってくれたんだけど、澪ならどう思うか聞かせてほしいわ。」
「確かにオレの考えだけじゃなくて客観的な意見を聞いてみるのはいいコトだな。」

女子二人の間から男の声が聞こえるという不思議な状況であるが、店内のBGMと客のお兄さん達の陽気な喋り声にかき消され、誰も気にする者はいない。
一旦箸を置いた澪は腕を組んで思案すると、眉根を寄せた表情でエリカの方を向いた。

「あたしは魔女のことはよく分からないけどさっ、色~んな場所に魔女は散らばって住んでいるんでしょ?みんなで集まって戦えば、ウィッチハンターとかいう悪い人達をやっつけられないかなぁ~?その人達さえいなくなれば何も心配はなくなるんだよねっ?」

両手の拳を握ってファイティングポーズのような構えを取った澪。
どうやらウィッチハンターとの戦闘をイメージしているらしい。
さすがにそんな戦い方はしないとエリカは内心苦笑いしつつも答えを返す。

「うーん……私以外の魔女がどこに住んでいるのかは全然知らないし、もし仮に何人かで集まれたとしても、ウィッチハンターに見つかるリスクが高くなると思う。実際、過去にそうやって反旗を翻そうとした魔女のグループがあったらしいけれど、すぐに壊滅させられてしまったらしいわ。」
「そうなんだ、やっぱり簡単にはいかないんだね~。じゃあエリたんと同い年くらいの魔女はいないのっ?直接会うのは難しくても、年が近い子なら電話とかで相談したら協力してくれるんじゃない?」
「どこかにはいるんだろうけど……同世代の魔女には全然会ったことがないわね。もし友達になれたらきっと心強いんだろうとは思うわ。」

エリカは難しい顔をしてスープに浮いた脂を箸でつつく。
その隣で、澪は努めて明るい笑顔で親指を立ててエリカを励ます。

「魔女じゃないふつーの人間の親友ならここにいるけどねっ。他の魔女と一緒に戦うのが難しいなら~、エリたんがもっともっとすご~く強くなって、ウィッチハンターなんて全員コテンパンにしちゃおう!」
「そこまでは難しいかもしれないけれど、魔女としてもっと成長して、母さまみたいに強い魔法を使えるようになりたいわね。今度こそ大切な人達を守れるように。」

今度は麺をすすり、スープを飲み、を交互に繰り返すエリカ。
一方の澪は箸からこぼれ落ちそうなほどの量の麺を口に運び、さらに分厚いチャーシューを1枚ほおばった。
頬が大きく膨らんだまるでリスのような姿にエリカは笑ってしまう。

「ふふふ、澪は本当に食いしん坊ね。」
「エリたんは少食だからもっと沢山食べた方がいいよっ。ちなみに、ご飯を美味しそうに食べる女子はモテるらしいぞ~。あれれ、それってあたしのことかな~?」

エリカに顔を近付けた澪がニヤニヤ笑うと、エリカのカバンの中からアレイスターが容赦なく突っ込みを入れた。

「ミオの場合は旨そうに食べてるっつーか、食い意地が張ってるだけじゃねーのか?」
「むう、そんなことないよっ。節度はわきまえてますぅ~。」

澪は口を尖らせてそっぽを向いたが、すぐに顔を戻してエリカに微笑みかける。

「それはそうとして、エリたんが魔法の特訓とか勉強とかするならお手伝いするよ~!あたしは魔法のことは全然分からないけど、きっと何か役に立てるはずだからさっ。」
「ありがと、ちょっと考えてみる。澪にお願いすることを思いついたらまた相談するわね。」
「うん、いつでも大丈夫だよっ。悪~いウィッチハンターはきっちり成敗しなきゃね!」

そう言ってエリカにウインクした澪は、続けてカウンター内の店員に向かって

「替え玉くださ~いっ!」

よく通るハキハキとした声で注文。

「コイツまだ食うのか……」

カバンの中で呆れたようにアレイスターがぼそりとつぶやいた。
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