魔娘 ―Daughter of the Golden Witch―

こりどらす

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第4章 魔女の黄昏

4-4 忍び寄る影

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ラーメンを食べ終えたエリカと澪は、店の駐車場に停めておいたバイクの前にいた。
満腹になった二人、特に澪はとても満足そうな表情。
温まった体には心地良い夜風に当たりながら、二人の間を気ままに飛ぶアレイスターを交えて立ち話をする。

「しっかしミオは細い体の割によく食うからスゲーよな。一体どんな胃袋になってんだ?」

照れた様子で頭の後ろを掻きながら澪は答える。

「えっへへへ~、『ラーメンは別腹』って言うからね、いくらでも食べられちゃうんだよ~。みんなもそうじゃないのっ?」
「いやいや、そんな言葉聞いたことないわ……」

さすがのエリカも苦笑い。
アレイスターに至っては呆れてしまって声も出ない。
だが、澪はそんな冷ややかな反応も意に介さずに、エリカの柔らかな手を両手で握って上下にぶんぶんと振る。

「今日は本当にありがとね、エリたん!久々に一緒にご飯を食べられて嬉しかったよ~。また行こうねっ!」
「こちらこそ誘ってくれてありがと。澪と色々と話せて気持ちがだいぶ楽になったわ。また近いうちに行きましょ。そうそう、来月の澪のマジックショーも見に行くからよろしくね。」
「もっちろん大歓迎だよ~!色々いっぱい練習してるから本番を楽しみにしててねっ。」

そして澪は握っていた手をゆっくり離すと、背後に停められていた愛車のシートをぽんと叩いた。

「それじゃあそろそろ帰ろっか!エリたんのお家まで送っていくから、ほら後ろに乗って乗って~。」

しかし、エリカは申し訳なさそうな顔で頬を掻くと、

「それなんだけど……ごめんね澪、ちょっと寄ってほしい所があるの。」

告げた行き先は自分の工房ではなく別の場所であった。





「本当に帰っちゃっていいの?お買い物が終わるまで全然待つよ~。」

停車したバイクに跨ったままの澪が、その後ろから降りて広い歩道を歩き出したエリカに確認する。
ラーメン屋からの帰り道、二人が立ち寄った場所は大きなショッピングモールの入口の前。
左右に立ち並ぶ飲食店のガラスから漏れる明かりが眩しい。

「しばらく時間がかかりそうだし、その間ずっと待っててもらうのも悪いわ。ここなら駅も近くて私一人で帰れるから大丈夫よ。」
「う~ん、まあエリたんがそこまで言うなら分かったよ~。それじゃあ今日はここでお別れかなっ。」

頑ななエリカに押し負けた澪がすこぶる残念そうにバイクに体を預ける。

「わがまま言ってごめんね、澪も気を付けて帰ってちょうだい。今日は本当にありがと。」
「うん、また来月会おうねっ!」

エリカは朗らかな笑顔で手を振り、澪は体を起こして高々とピースサイン。
ヘルメットを被った澪はバイクを発進させると、轟音を立てて夜の街へと走り去っていった。



「で、こんな時間にショッピングモールなんかに来て何するんだ?まさか半額シールが貼ってある惣菜目当てじゃねーだろうな?」

まだ多くの買い物客が行き交う入口の前で、カバンの中からアレイスターが冗談交じりで疑問を呈した。

「もう、そんな訳ないでしょう。さっきお腹いっぱい食べてきたばかりなのに。」

エリカは苦笑しつつカバンを軽く叩いて言葉を続ける。

「今日澪と会って思い出したんだけれど、もうすぐ澪の誕生日なの。だから忘れないうちにプレゼントを買っておこうと思ってね。」
「だとしても、何もこんな夜に急いで買う必要はないだろ。別に明日とかでいいんじゃねーのか?」

呆れたような声でアレイスターが提案するも、エリカは得意げに人差し指を立てて反論する。

「『思い立ったが吉日』とか『善は急げって』って言うでしょ?まだ20時前だから閉店まで1時間以上あるし、プレゼントをじっくり選ぶ余裕は十分あるわ。」
「本当にオマエは親友のことになると前のめりになるよな。まあ別に構わねーけどよ。」

そこでアレイスターは言葉を切って静かになった。
あとはご自由にどうぞ、エリカに任せたと言わんばかりに。
そしてエリカははやる気持ちを抑えつつ足を踏み出そうとし――

(ん……?)

わずかな違和感を覚えて立ち止まった。
不自然に動きを止めたエリカに対し、アレイスターは苛立たしげに急き立てる。

「どうした?早くしないと店が閉まっちまうぞ。」
「何だか誰かに見られているような気がして……ううん、きっと気のせいね。行きましょ。」

辺りを見渡してみても至って普通の通行人ばかりで、不審な人物やエリカに特別注目している人は誰もいない。
気を取り直すとエリカは今度こそショッピングモールの中へと入っていった。



建物の中はひたすら横に長い造りになっていて、子供が喜んで走り回りそうなほど。
通路の両側には雑貨店やアパレルショップなど様々な店舗が軒を連ねている。
モール内の買い物客の数は、遅い時間帯にしては多くも少なくもないといったところ。

エリカは上りのエスカレーターを乗り継いで3階に到着した。
そのまま長く伸びる通路を抜けてまっすぐ向かったのはアクセサリーショップ。
灰色で統一されたシックな店内には指輪やネックレス、イヤリングなど種々多様なアクセサリーがテーブルの上や垂直な棚の中に整然と並ぶ。
エリカは店内を見渡しながら一通り回ると、

(プレゼントするなら……やっぱり澪と言えばこれよね。いつも色んなのを付けているし。)

ピアスが置かれている棚の前で立ち止まった。

(似合いそうなのは、と。)

趣向を凝らした多くの商品を一つ一つ注視し、澪の耳に付いている状態を頭の中で想像する。
まずは向日葵のような花の形をした物を手に取るも、

(うーん、これは澪のイメージとはちょっと違うかしら。)

すぐに戻して次の候補を探す。
続いてシンプルな小さい真珠のピアスを持ってひとしきり悩むが、

(悪くないけれど、耳から垂れ下がるタイプの方が映えそうな気がする。)

結局購入に至ることなく棚に置き直す。
どれも今一つ決め手に欠けており、なかなか『これだ!』という物は見つからない。
しばらく棚の前を行ったり来たりと悩み疲れてきたところで、

(これは……いいかもしれないわね。)

一際目を引くピアスがエリカの視界に現れた。
それは銀色の金属製で、先が尖った楕円状の一品。
鳥の羽根を模して一本一本細かな線が刻まれた精緻な造りとなっている。

(澪はハトを使ったマジックが得意だし、鳥が大好きだったはず。それにこの縦長のピアスなら澪の短い髪にきっと似合うわ。うん、これにしよう。)

これまでさんざん悩んでいたのが嘘のように、エリカはあっという間に即決。
羽根状のピアスを手に持って迷いのない足取りでレジへと向かう。
ピアスとしては高級品と言って差支えない金額の支払いを終えると、対応してくれた若い女性の店員に申し出た。

「プレゼント用の包装をお願いできますか?」
「かしこまりました。では少々お待ちくださいね。」

店員はレジの奥に移動して慣れた手つきで包装作業を始める。
その間、エリカは白い長髪を指ですきながら店内を見渡してしばらく待つ。

「お待たせいたしました。こんな感じでよろしいでしょうか?」
「はい、とても素敵な包装ですね。ありがとうございます。」

店員がエリカに手渡したのは、口の部分が金色のリボンで縛られた、ラッピング用の小さな薄茶色の袋。
この上品な包みの中に澪への誕生日プレゼントが入っている。

(喜んでくれるかしら……。うん、きっと大丈夫!)

澪が満面の笑みでプレゼントを開封している光景を妄想し、人目もはばからずニヤニヤと口元が緩むエリカ。
気付けば目の前にいる店員が前のめりになり、両手を胸の前で揃えてキラキラと目を輝かせている。

「すごく嬉しそうな表情をされていますね。お友達への贈り物ですか?」
「はい、ずっと仲良くしてくれている大切な親友の誕生日プレゼントなんです。彼女に渡して喜んでくれている場面を勝手に想像したら胸が高鳴ってしまって。何だかちょっと恥ずかしいですね。」

伏し目がちになったエリカはプレゼントの袋を大事そうに両手で抱えた。
店員は首を少し傾げながら両手の平をぽんと合わせ、明るい声で励ますように話す。

「いえいえ全然恥ずかしくなんてないですよ。とっても仲良しなんですね、羨ましいです。私まで温かい気持ちになりました。お友達が気に入ってくれるといいですね!」
「ふふ、ありがとうございます。渡すのが今から楽しみです。」

エリカは薄茶色の袋をカバンに入れると、フレンドリーな店員に向かって軽く一礼。
笑顔で手を振る店員の見送りを受けながらアクセサリーショップを後にした。



買い物を終えたエリカは再びショッピングモールの入口へと戻ってきた。
時刻は20時50分、間もなく閉店時間となる建物の前は先程と比べると人通りが少なく、立ち並ぶ飲食店の中では店員が片付けを始めている。
エリカはカバンの中で窮屈そうにしていたアレイスターを外に出してあげると、優しく肩の上に乗せて声をかけた。

「ごめんねアレイスター、息苦しかったでしょう。澪へのプレゼントも無事買えたことだしそろそろ帰りましょ。」
「ああ、今日はヒカルの見舞いに行って、河川敷で話し込んで、ラーメン食って、ミオへのプレゼントを買って……色々なことがありすぎて疲れたぜ。さっさと工房に帰って寝るぞ。」

そしてショッピングモールから最寄りの駅へと繋がる広い道を歩き始めた。
晩秋の夜ともなれば気温は昼間に比べてかなり低い。
エリカは身を縮こまらせて手に吐息を吹きかけながら足早に進むが、

(………………)

突然立ち止まって周囲をぐるりと見回す。

「やっぱり誰かの視線を感じるわ。アレイスターはどう?」
「何つーか、確かにうっすら不気味な気配があるな。店に入る前はエリカの気のせいだろうと思ってたけどよ。オレとしたことが気付けなくて悔しいぜ。」
「どうにも気味が悪いわね。早く駅に着いてしまいたいところだけど……」

さらに歩く速度を上げるエリカ。
すぐ横には片道2車線の道路があり、それと同じくらいの幅があるだだっ広い歩道をひたすらに進む。
ただ、車道を通過する車の数も、歩道ですれ違う人の姿も非常に少ないために妙に静か。
そのことがエリカの不安をより駆り立てる。
時折チラチラと左右を確認するが、何者かが潜んでいそうな兆候はやはり見つけられない。

「あのビルの陰がちょっと怪しいわ。アレイスター、先に行って確認してもらえる?」
「へいへい、お安い御用だぜ。」

エリカはアレイスターを前方に飛ばせて、見通しの悪い曲がり角を確認させた。

「誰かいる?」
「いや、いねーな。さすがに待ち伏せなんてあからさまな手段は取らねぇか。」

残念そうに肩を落としたエリカはアレイスターを呼び戻すと、再び自分の肩に乗せた。

「でも絶対どこかから見られてるわ。一体何が目的なのか分からないけど、最悪ウィッチハンターの可能性もあるわね。急ぐわよ、アレイスター。」
「気持ちは分かるがまあ焦るな。それこそ相手の思う壺かもしれねーぞ?」

警戒を維持しつつエリカは角を曲がった。
街路樹、街灯、電柱、床置き看板、ありとあらゆる物陰から人が飛び出してくるのではないかと疑心暗鬼になる。

常時気を張り詰めた状態で歩き続けた疲れが出てきた頃、エリカは大きな交差点に突き当たった。
信号は赤に変わったばかりで青になるまではまだまだ長い。

「こういう時に限ってもう……」

苛立ちを隠しきれずに体を揺らすエリカをアレイスターがなだめる。

「落ち着けエリカ、駅はもうすぐだ。あと少しの辛抱だぞ。」

10分にも20分にも感じられた待ち時間。
その間も結局視線の主が現れることはないまま信号機はようやく青へと変わった。

「はあ、やっと駅が見えてきたわね。そんなに遠くなかったはずなのに物凄く長く感じたわ。」

エリカは横断歩道を渡り始めると、大きくため息をついて少し気を緩めた。
しかしその瞬間、

「エリカ!上だ!」
「え?」

アレイスターが突然大声で叫んだ。
天を仰いだエリカの視界に入ったのは、今渡っている道路をまたぐようにまっすぐ架けられた歩道橋。
そして、その手すりにかけた足を強く踏み切って躊躇なく飛び降りてくる人影。

(人が、降ってくる!?)

頭上の人間は高飛び込みをするかのようにくるくると回転しながらエリカ目がけて急降下。
意表を突かれて立ち尽くすエリカの肩から器用にカバンを奪いつつ、ピタリと道路に着地するという離れ業をやってのけた。
背を向けて立つその後ろ姿は、おそらくまだ中学生くらいと見える少年のものであった。

「そこの君、私のカバンを返しなさい!――って、ちょっと!」

険しい顔のエリカが指差して問い詰めると、少年は逃げるように全速力で駆け出した。
慌ててエリカもその後を追いかける。
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