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第4章 魔女の黄昏
4-5 逃走と追跡
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エリカから盗んだカバンを手に持った少年は夜道をひた走る。
四角いコンクリートブロックが画一的に敷き詰められた、幅の広い歩道を軽快に突っ走る。
頭にはすっぽりとフードを被っているのに加え、後ろを振り返ることも全くないため、その顔と表情を窺い知ることはできない。
一方、その後を必死の思いで追いかけるエリカ。
少年を決して見失わないように全力で手と脚を動かし、白い長髪を振り乱しながら追跡する。
「あの子、私のカバンを盗んで一体どうするつもりなの……!」
時折すれ違う通行人が何事かとばかりに驚きの目を向けてくるが、それに構っている余裕などエリカにはない。
その目が捉えるのは前方を走る少年だけ。
少年とエリカの走る速度はほぼ拮抗しており、一定の距離が保たれたままその差はなかなか縮まらない。
「しっかしあの小僧はどこを目指して走ってんだろーな。このまま逃げ切れるとでも思ってんのか?」
エリカに並走して真っすぐに飛ぶアレイスターが、質問とも独り言とも取れる声でつぶやいた。
少年は駅前の整然と区画されたエリアからどんどん離れる方向へと進んでゆく。
「ふう、かなり足が速いわねあの子。魔法で足止め出来れば楽なんだけど。」
「まあそれは悪手だろーな。少ないとはいえ通行人もいるし、もし一般人に魔法を当てちまったら洒落にならねぇ。」
はあはあと息を切らしながらもエリカは引き離されないように何とか食らいつく。
一方の少年は全く疲れた素振りを見せることなく、一定のペースで快調に飛ばしている。
その余裕っぷりは、片や必死に追いかけるエリカを嘲笑うかのよう。
そしていつの間にやら景色は徐々に変わり、駅前に多く見られた高いビルは消え、背が低く築年数が経っていそうな建物が多くなってきた。
道幅も狭くなり、2台の車がかろうじてすれ違うことができる程度。
道の端を駆けるエリカの足が側溝の蓋を踏むと、カタカタという乾いた音が静かな夜に響く。
「だいぶ駅から遠い所まで来たわね、見たことない景色だし。ああもう、ここは一体どこなのかしら。」
「どうもあの小僧、オレ達を意図的にどこかに誘い込んでいるっぽいな。おいエリカ、このままだと敵の術中にまんまとハマっちまうぞ。」
アレイスターは先導するようにエリカの顔の前を後ろ向きで飛びながら忠告した。
しかし、その正論とも思える言動はかえって感情を逆撫でることに。
「だからってカバンを盗まれたままじゃ困るのよ。財布も携帯電話も入っているし、何より澪へのプレゼントを取り返さないと!」
エリカは苛立たしげに声を荒げてアレイスターに反論した。
「あー、オレが悪かったよ。そんなに怒るなって。」
二人が言い争う声が届いたのか、前方を駆ける少年はちらりと後ろを一瞥。
エリカが追ってきていることを確認するとわずかに口の端を吊り上げ、軽い身のこなしで道を直角に左へと折れた。
後を追うエリカは曲がり角で一瞬停止してその先を恐々と覗き込む。
広がっていたのは、今まで走ってきた道に比べてさらに一段と狭い路地。
(どんどん怪しそうな道に……。でも、行くしかないわね。)
エリカは覚悟を決めて少年の後に続き、薄暗い路地裏へと足を踏み入れた。
そこは寂れた商店街の隙間といった感じで、もはや車が通行できるような道幅はなく、壁面からせりだした汚い配管や室外機がさらに道を狭めている。
左右の壁と壁との狭間でエリカの足音が反響する。
「はあ、はあ、はあ……わっ!」
疲れて足元への注意が散漫になっていたエリカは、落ちていたビニール袋に足を取られて転びそうになったところを何とか踏みとどまる。
外気は寒いはずなのに、走り続けたせいかコートの内側ではうっすらと汗が滲む。
カラカラに乾いた口の中でゴクリと唾を飲み込む。
そろそろ体力の限界が近い。
その時、エリカの少し先を飛ぶアレイスターがあることに気付く。
「アイツの走るスピード、ちょっと遅くなってねーか?いくら何でもさすがに疲れたのかもな。追いつくなら今がチャンスだ、頑張れエリカ。」
「あの子が疲れた可能性もあるけれど、もしかしたら目的の場所が……はあ、はあ……近いのかもしれないわね。」
アレイスターに励まされ、息が切れ切れになりながらも何とか重い脚を動かすエリカ。
その前方では、倒れていた自転車を少年が華麗な跳躍で飛び越え、勢いのまま今度は次の角を右に折れた。
エリカも自転車を踏まないように注意しつつ進み、少年と同様に角を曲がる。
そのまましばらく直進して見えてきたのは――
「行き止まり……!」
正面、右、左、3方全てが建物の壁。
元来た道以外には出口のない、完全な袋小路の広場であった。
薄汚れた壁面を色とりどりに埋め尽くす、よく分からない英単語で描かれたストリートアート。
上空への視界を阻む、頭上高くを縦横無尽に走る電線やケーブルの数々。
足元に乱雑に散らばる、何かの部品に使われていたであろう板状や棒状の金属スクラップ。
そして、あちこちに転がる円筒状やコンテナ状の容器と、その中から溢れ出るゴミの山。
そこから漂う鼻を刺激する悪臭に思わずエリカの顔が歪む。
エリカは走り続けていた足からようやく力を抜いて立ち止まった。
両膝に手をつき、肩を大きく上下させて乱れた息を整える。
その目の前では、荒れた場末の空間に一人の少年が佇んでいた。
服装はフードの付いた緑色のパーカーと黒い長ズボン、身長は160センチほどか。
エリカが追いついたことを確認すると少年はおもむろにフードを外し、隠されていたその顔が露わになる。
短く切り揃えられた暗めの茶色い髪と、鼻に斜めに走る印象的な傷跡。
獲物を見つけた狼のような鋭い眼光でエリカを睨みつけている。
「君が盗んだそのカバン、早く私に返してくれるかしら?」
苛立ちのあまりエリカは両手を腰に当てながら高圧的な口調で問い詰める。
すると、少年は手に持つカバンに視線を落とし、諦めずに追いかけてきたご褒美とばかりに無言でエリカに向かって差し出した。
エリカが警戒しつつも受け取ろうと一歩前に出ると――
少年は、自分の背後に向かってカバンを勢いよく放り投げた。
あっさりと裏切られるエリカの期待。
カバンは高々と宙を舞い、少年の後ろに建つ古ぼけた建物の屋根の上に転がった。
何が起こったのか理解が追いつかずに呆けた顔で思考停止するエリカ。
一歩も動けずにただただ屋根上のカバンを見つめていると、
「おいエリカ、ボケっとしてる場合か!?」
耳元に飛んできたアレイスターの一喝で我に返った。
頭を振って徐々に状況を飲み込むと、肩をわなわなと震わせながら少年に向かって言い放つ。
「どうしてくれるのよ!あんな場所に落ちてしまったら取れないでしょう。」
怒りをぶつけるエリカに少年はため息をつくと、気怠そうに頭をガシガシと掻いてからズボンのポケットに両手を突っ込んだ。
「うるさいなあ、別にいいだろ。どうせアンタはここで死ぬんだから。」
逃走劇が始まってから初めて発した言葉はあまりにもぶっきらぼうなもの。
口調に一切の優しさはなく、それどころか背筋が凍るような冷たさすら孕んでいた。
予想外の威圧感にたじろぐエリカの前で少年はポケットから手を出した。
手に握られていたのは黒光りした手の平サイズの短い棒。
少年が両手を頭の位置まで掲げてから勢いよく振り下ろすと、小指側の棒の端から鋭利な刃が飛び出した。
それはまさしく暗殺者が好んで用いるような短剣、すなわちダガー。
2本の短剣を逆手に持ったまま、少年はエリカを射貫くような目で品定めしている。
「やっぱり私を始末するために人目につかない場所まで誘導したのね。」
鋭利な凶器を見るなりエリカは残念そうに肩を落とした。
「アレイスター、あの武器の刃の色を見た?」
「ああ、ハッキリ言ってヤバいな。あんな色になるってのは何度も何度も浴びた血が染み付いたに違いねぇ。注意しろ、アイツはマジで危険だ。」
少年が持つダガーの刃は禍々しいまでに赤黒く染まっていた。
その邪悪な色は、幾人もの血を繰り返し被ってきたことを容易に連想させる。
エリカは臨戦態勢を整えるためにすぐさま右手を掲げ、銀色の杖を出現させた。
そのまま杖を握りしめて瑠璃色のローブを身に纏った瞬間、
「悪いけど、死んで。」
相対する少年は地面を強く踏み切り、圧倒的な瞬発力でエリカに向かって疾走した。
一気に距離を縮めると、素早く振るった左手の刃がエリカの喉元に襲い掛かる。
「くっ!」
エリカは反射的に右へと身を翻して攻撃をかわす。
間一髪、刃先は首に触れることなくギリギリの距離で空を切った。
「ふーん、いい反応じゃん。ボクを追いかけるのに苦労してたみたいだから、てっきりどんくさいのかと思ってたよ。」
少年はダガーの柄をクルクルと手で回しながら露骨に挑発した。
それを聞いたエリカが不機嫌そうに眉間にしわを寄せたのも、さして気にしていない様子。
「まったく余計なお世話よ。魔女をあまり舐めてもらっちゃ困るわ。さて、君がそうやって私を殺そうとするのなら、こちらも本気で行くわね。」
少年に告げるやいなやエリカの目が即刻鋭くなる。
流れるように杖を正面に向けると声に力を込めて詠唱した。
「― 氷の棘は蜂の如く! ―」
杖先で光る紫色のクリスタルから多数の氷片が出現し、弾丸のように少年を襲う。
「何だ、その程度か。」
だが少年は垂直にジャンプして空中で後ろに一回転。
氷片は少年の下をくぐるように通過し、建物の壁に衝突してあえなく砕け散った。
「甘いわ! ― 氷の棘は蜂の如く! ―」
それでもエリカは攻撃の手を緩めることなく、少年が着地する瞬間を狙って再び氷の集団を放つ。
このタイミングであれば少年も無防備、まず避けることはできないはず――
「甘いのはそっちだよ。」
しかし、地面に足が着いたその刹那、なんと少年は驚異的な脚力で再び跳躍。
一度目よりも高く跳び上がってまたも氷の弾丸をかわすと、今度は前方に一回転。
空中で両手の拳を合わせ、2本の短剣を重ねた状態でエリカの脳天目がけて降り下ろす。
「どんな身体能力なの……!」
エリカは後ろに飛び退いてその急襲から何とか逃れる。
短剣は垂直にアスファルトへと突き刺さり、ガキンという甲高い衝撃音を立てた。
すぐにダガーを引き抜いて胸の前で構え直す少年。
硬いアスファルトに激突したにも関わらず、なんとその刃には傷一つ付いていなかった。
エリカは驚きつつも大きく息を吐き、どこか憂いを帯びた表情で少年に語りかける。
「ウィッチハンターにはいつも聞いていることだけど、どうして私を殺そうとするの?しかも君はまだ中学生くらいでしょう、なのにどうして?どんな恨みがあるの?それだけは教えてほしいの。」
しかし少年の回答はひどくそっけない。
「理由なんて知らない。魔女を殺すのがボクの役目だから、ずっとそう教わってきたから。ただそれだけ。」
どこまでも冷ややかな声で、どこまでも冷たい内容だった。
四角いコンクリートブロックが画一的に敷き詰められた、幅の広い歩道を軽快に突っ走る。
頭にはすっぽりとフードを被っているのに加え、後ろを振り返ることも全くないため、その顔と表情を窺い知ることはできない。
一方、その後を必死の思いで追いかけるエリカ。
少年を決して見失わないように全力で手と脚を動かし、白い長髪を振り乱しながら追跡する。
「あの子、私のカバンを盗んで一体どうするつもりなの……!」
時折すれ違う通行人が何事かとばかりに驚きの目を向けてくるが、それに構っている余裕などエリカにはない。
その目が捉えるのは前方を走る少年だけ。
少年とエリカの走る速度はほぼ拮抗しており、一定の距離が保たれたままその差はなかなか縮まらない。
「しっかしあの小僧はどこを目指して走ってんだろーな。このまま逃げ切れるとでも思ってんのか?」
エリカに並走して真っすぐに飛ぶアレイスターが、質問とも独り言とも取れる声でつぶやいた。
少年は駅前の整然と区画されたエリアからどんどん離れる方向へと進んでゆく。
「ふう、かなり足が速いわねあの子。魔法で足止め出来れば楽なんだけど。」
「まあそれは悪手だろーな。少ないとはいえ通行人もいるし、もし一般人に魔法を当てちまったら洒落にならねぇ。」
はあはあと息を切らしながらもエリカは引き離されないように何とか食らいつく。
一方の少年は全く疲れた素振りを見せることなく、一定のペースで快調に飛ばしている。
その余裕っぷりは、片や必死に追いかけるエリカを嘲笑うかのよう。
そしていつの間にやら景色は徐々に変わり、駅前に多く見られた高いビルは消え、背が低く築年数が経っていそうな建物が多くなってきた。
道幅も狭くなり、2台の車がかろうじてすれ違うことができる程度。
道の端を駆けるエリカの足が側溝の蓋を踏むと、カタカタという乾いた音が静かな夜に響く。
「だいぶ駅から遠い所まで来たわね、見たことない景色だし。ああもう、ここは一体どこなのかしら。」
「どうもあの小僧、オレ達を意図的にどこかに誘い込んでいるっぽいな。おいエリカ、このままだと敵の術中にまんまとハマっちまうぞ。」
アレイスターは先導するようにエリカの顔の前を後ろ向きで飛びながら忠告した。
しかし、その正論とも思える言動はかえって感情を逆撫でることに。
「だからってカバンを盗まれたままじゃ困るのよ。財布も携帯電話も入っているし、何より澪へのプレゼントを取り返さないと!」
エリカは苛立たしげに声を荒げてアレイスターに反論した。
「あー、オレが悪かったよ。そんなに怒るなって。」
二人が言い争う声が届いたのか、前方を駆ける少年はちらりと後ろを一瞥。
エリカが追ってきていることを確認するとわずかに口の端を吊り上げ、軽い身のこなしで道を直角に左へと折れた。
後を追うエリカは曲がり角で一瞬停止してその先を恐々と覗き込む。
広がっていたのは、今まで走ってきた道に比べてさらに一段と狭い路地。
(どんどん怪しそうな道に……。でも、行くしかないわね。)
エリカは覚悟を決めて少年の後に続き、薄暗い路地裏へと足を踏み入れた。
そこは寂れた商店街の隙間といった感じで、もはや車が通行できるような道幅はなく、壁面からせりだした汚い配管や室外機がさらに道を狭めている。
左右の壁と壁との狭間でエリカの足音が反響する。
「はあ、はあ、はあ……わっ!」
疲れて足元への注意が散漫になっていたエリカは、落ちていたビニール袋に足を取られて転びそうになったところを何とか踏みとどまる。
外気は寒いはずなのに、走り続けたせいかコートの内側ではうっすらと汗が滲む。
カラカラに乾いた口の中でゴクリと唾を飲み込む。
そろそろ体力の限界が近い。
その時、エリカの少し先を飛ぶアレイスターがあることに気付く。
「アイツの走るスピード、ちょっと遅くなってねーか?いくら何でもさすがに疲れたのかもな。追いつくなら今がチャンスだ、頑張れエリカ。」
「あの子が疲れた可能性もあるけれど、もしかしたら目的の場所が……はあ、はあ……近いのかもしれないわね。」
アレイスターに励まされ、息が切れ切れになりながらも何とか重い脚を動かすエリカ。
その前方では、倒れていた自転車を少年が華麗な跳躍で飛び越え、勢いのまま今度は次の角を右に折れた。
エリカも自転車を踏まないように注意しつつ進み、少年と同様に角を曲がる。
そのまましばらく直進して見えてきたのは――
「行き止まり……!」
正面、右、左、3方全てが建物の壁。
元来た道以外には出口のない、完全な袋小路の広場であった。
薄汚れた壁面を色とりどりに埋め尽くす、よく分からない英単語で描かれたストリートアート。
上空への視界を阻む、頭上高くを縦横無尽に走る電線やケーブルの数々。
足元に乱雑に散らばる、何かの部品に使われていたであろう板状や棒状の金属スクラップ。
そして、あちこちに転がる円筒状やコンテナ状の容器と、その中から溢れ出るゴミの山。
そこから漂う鼻を刺激する悪臭に思わずエリカの顔が歪む。
エリカは走り続けていた足からようやく力を抜いて立ち止まった。
両膝に手をつき、肩を大きく上下させて乱れた息を整える。
その目の前では、荒れた場末の空間に一人の少年が佇んでいた。
服装はフードの付いた緑色のパーカーと黒い長ズボン、身長は160センチほどか。
エリカが追いついたことを確認すると少年はおもむろにフードを外し、隠されていたその顔が露わになる。
短く切り揃えられた暗めの茶色い髪と、鼻に斜めに走る印象的な傷跡。
獲物を見つけた狼のような鋭い眼光でエリカを睨みつけている。
「君が盗んだそのカバン、早く私に返してくれるかしら?」
苛立ちのあまりエリカは両手を腰に当てながら高圧的な口調で問い詰める。
すると、少年は手に持つカバンに視線を落とし、諦めずに追いかけてきたご褒美とばかりに無言でエリカに向かって差し出した。
エリカが警戒しつつも受け取ろうと一歩前に出ると――
少年は、自分の背後に向かってカバンを勢いよく放り投げた。
あっさりと裏切られるエリカの期待。
カバンは高々と宙を舞い、少年の後ろに建つ古ぼけた建物の屋根の上に転がった。
何が起こったのか理解が追いつかずに呆けた顔で思考停止するエリカ。
一歩も動けずにただただ屋根上のカバンを見つめていると、
「おいエリカ、ボケっとしてる場合か!?」
耳元に飛んできたアレイスターの一喝で我に返った。
頭を振って徐々に状況を飲み込むと、肩をわなわなと震わせながら少年に向かって言い放つ。
「どうしてくれるのよ!あんな場所に落ちてしまったら取れないでしょう。」
怒りをぶつけるエリカに少年はため息をつくと、気怠そうに頭をガシガシと掻いてからズボンのポケットに両手を突っ込んだ。
「うるさいなあ、別にいいだろ。どうせアンタはここで死ぬんだから。」
逃走劇が始まってから初めて発した言葉はあまりにもぶっきらぼうなもの。
口調に一切の優しさはなく、それどころか背筋が凍るような冷たさすら孕んでいた。
予想外の威圧感にたじろぐエリカの前で少年はポケットから手を出した。
手に握られていたのは黒光りした手の平サイズの短い棒。
少年が両手を頭の位置まで掲げてから勢いよく振り下ろすと、小指側の棒の端から鋭利な刃が飛び出した。
それはまさしく暗殺者が好んで用いるような短剣、すなわちダガー。
2本の短剣を逆手に持ったまま、少年はエリカを射貫くような目で品定めしている。
「やっぱり私を始末するために人目につかない場所まで誘導したのね。」
鋭利な凶器を見るなりエリカは残念そうに肩を落とした。
「アレイスター、あの武器の刃の色を見た?」
「ああ、ハッキリ言ってヤバいな。あんな色になるってのは何度も何度も浴びた血が染み付いたに違いねぇ。注意しろ、アイツはマジで危険だ。」
少年が持つダガーの刃は禍々しいまでに赤黒く染まっていた。
その邪悪な色は、幾人もの血を繰り返し被ってきたことを容易に連想させる。
エリカは臨戦態勢を整えるためにすぐさま右手を掲げ、銀色の杖を出現させた。
そのまま杖を握りしめて瑠璃色のローブを身に纏った瞬間、
「悪いけど、死んで。」
相対する少年は地面を強く踏み切り、圧倒的な瞬発力でエリカに向かって疾走した。
一気に距離を縮めると、素早く振るった左手の刃がエリカの喉元に襲い掛かる。
「くっ!」
エリカは反射的に右へと身を翻して攻撃をかわす。
間一髪、刃先は首に触れることなくギリギリの距離で空を切った。
「ふーん、いい反応じゃん。ボクを追いかけるのに苦労してたみたいだから、てっきりどんくさいのかと思ってたよ。」
少年はダガーの柄をクルクルと手で回しながら露骨に挑発した。
それを聞いたエリカが不機嫌そうに眉間にしわを寄せたのも、さして気にしていない様子。
「まったく余計なお世話よ。魔女をあまり舐めてもらっちゃ困るわ。さて、君がそうやって私を殺そうとするのなら、こちらも本気で行くわね。」
少年に告げるやいなやエリカの目が即刻鋭くなる。
流れるように杖を正面に向けると声に力を込めて詠唱した。
「― 氷の棘は蜂の如く! ―」
杖先で光る紫色のクリスタルから多数の氷片が出現し、弾丸のように少年を襲う。
「何だ、その程度か。」
だが少年は垂直にジャンプして空中で後ろに一回転。
氷片は少年の下をくぐるように通過し、建物の壁に衝突してあえなく砕け散った。
「甘いわ! ― 氷の棘は蜂の如く! ―」
それでもエリカは攻撃の手を緩めることなく、少年が着地する瞬間を狙って再び氷の集団を放つ。
このタイミングであれば少年も無防備、まず避けることはできないはず――
「甘いのはそっちだよ。」
しかし、地面に足が着いたその刹那、なんと少年は驚異的な脚力で再び跳躍。
一度目よりも高く跳び上がってまたも氷の弾丸をかわすと、今度は前方に一回転。
空中で両手の拳を合わせ、2本の短剣を重ねた状態でエリカの脳天目がけて降り下ろす。
「どんな身体能力なの……!」
エリカは後ろに飛び退いてその急襲から何とか逃れる。
短剣は垂直にアスファルトへと突き刺さり、ガキンという甲高い衝撃音を立てた。
すぐにダガーを引き抜いて胸の前で構え直す少年。
硬いアスファルトに激突したにも関わらず、なんとその刃には傷一つ付いていなかった。
エリカは驚きつつも大きく息を吐き、どこか憂いを帯びた表情で少年に語りかける。
「ウィッチハンターにはいつも聞いていることだけど、どうして私を殺そうとするの?しかも君はまだ中学生くらいでしょう、なのにどうして?どんな恨みがあるの?それだけは教えてほしいの。」
しかし少年の回答はひどくそっけない。
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