魔娘 ―Daughter of the Golden Witch―

こりどらす

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第5章 魔女と奇術師

5-1 ある冬の一日

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ある冬の日、エリカとアレイスターは市民会館へとやってきていた。
場所はエリカの住む霧原市の東側に隣接している船本市。

12月22日、クリスマスが間近な休日の昼下がり。
吹き付ける北風が肌を刺すように冷たい。
厚く垂れこめた灰色の雲が空を覆い、いつ雨が振り出してもおかしくない状況。
それどころか天気予報では、今夜は更に気温が降下して雪になる可能性もあるとのこと。

「う~、今日は一段と寒いわね。」

エリカは肩を縮こませながら市民会館の大きな建物を見上げる。
なぜ、寒さで家から出るのも億劫な休日に、わざわざこんな場所に来ているのか?
その経緯は今から3週間前にさかのぼる。





「市民会館のホールでマジックショー!?澪、すごいじゃない!」

時は戻って12月の初頭。
工房のソファでくつろいでいたエリカは、澪から手渡されたチラシを見るなり目を輝かせた。

「でしょでしょ!遂にあたしにも、こんなに大きな会場でショーをやらせてもらえるチャンスが来たんだ。コツコツ頑張ってきた甲斐があったよ~。もう嬉しすぎて涙が出ちゃう!」

コーラの入ったグラスを片手に、澪は喜びを隠しきれない声でまくしたてた。
エリカは嬉しそうな澪とチラシを交互に眺めつつ確認する。

「ショーの日は――12月22日なのね。」
「そう、クリスマスイブイブイブの日!だからクリスマスショーってことなんだよ~。」
「ふふっ、イブイブイブって何よもう。」

エリカは思わず吹き出しそうになったが、手で口を押さえて堪えた。

「そんな言葉初めて聞いたわ。澪らしい面白い表現ね。」
「てへっ、みおサンタからみんなへ楽しい手品をプレゼント、ってね!あ、一応言っておくと、もちろんあたしだけのワンマンショーじゃなくって、4人のマジシャンが順番に手品を披露するんだっ。あたしは3番目に登場する予定だよ~。」

澪が突き立てた3本の指。
そのうち1本、中指の先にアレイスターがふわりと着地した。

「その順番ってことは、ミオは出演者4人の中で2番目に手品が上手いってことか。こういうのは後に出てくるヤツほど人気と実力があるだろ?なかなかやるじゃねーか。」
「嬉しいね~、アーくん。もっと褒めて褒めて!ま、実は3人目まではどんぐりの背比べで、その順番になったのは偶然なんだけどねっ。一番最後の人はベテランのマジシャンで、ほんっとーに凄くてあたしの憧れの人なんだ~。」

そこまで言うと、澪は喉で味わうようにコーラを一気に飲み干した。
続けて爽快そうな表情でエリカの顔を指差す。

「ってことで、ぜひぜひエリたんには見に来てほしいんだよ~。あたしが招待してあげるからタダで!」
「もちろん見に行くわ。でもタダなんて悪いし、チケット代はちゃんと払うわよ。」
「いいのいいの。気を遣わなくても大・丈・夫!友達の好意は素直に受け取るものだよっ。」
「分かったわ。澪がそこまで言うのなら今回は甘えようかしら。」
「ありがとう!嬉しいよぉ~。やっぱり持つべきものは心の友だねっ。」

心底嬉しそうに両手を高く突き上げる澪。
勢いのまま立ち上がると正面のソファ、エリカの隣にどかっと座り直した。

「アーくんはエリたんの膝の上にいれば大丈夫だから、チケットは1枚だけでいいよね――」

そして取り出したチケットを渡そうとしたが、ふいにその手を止めた。
目元と口元が徐々に歪み、ニヤニヤといかにも悪巧みをしている表情に。
ゆっくりと顔をエリカの耳元に近付けてささやく。

「――それとも、『クリスマスまでに絶対彼氏を作るぞ~!』ってエリたんが頑張るつもりなら、2枚渡しちゃおうか?どうかな?」
「いいアイデアだぜ澪、面白そうだな。3週間後までに彼氏を作って楽しいクリスマスデート、ってか。ハッハッハ!」

エリカの頭に止まったアレイスターも、ここぞとばかりに澪の提案に乗っかった。
肩をすくめたエリカは呆れたように反論。

「まったく二人とも……。確かに上手くいけば楽しいクリスマスになるかもしれないけれど、いくら何でも3週間じゃ無理よ。それに、もし彼氏ができなかった時にチケットがもったいないわ。」

澪が差し出した2枚のチケットのうち、1枚だけをエリカは抜き取ろうとした。
しかし、そんな逃げ腰の行動を引き留めるような言葉が降ってくる。

「いいのかエリカ。最初っから諦めるなんて弱虫のやることだぞ。」
「そうだよ~。ダメだったとしても、その時はアー君の席にしちゃえばいいから!ほらほら遠慮しないでっ。」

結局アレイスターと澪に押し切られて2枚とも受け取ることになった。
嬉しいような困ったような、エリカは何とも言いがたい複雑な気持ちでチケットを見つめる。

「すっごく大きい会場だし、クリスマスショーだし、ってことであたしも他の出演者も気合いが入ってるんだ!最高のショーを見せてあげるから期待しておいてね~。」

チケットを渡し終えた澪は立ち上がってウインクを一つ。

「澪のすごいマジックが観れるのを今から楽しみにしてるわ。大変だと思うけれど、練習頑張ってね。」

それにつられてエリカもソファから立ち上がる。
澪は帰ろうとして背を向けたが、ふと振り返って小悪魔的な笑顔を向けると、

「エリたんも頑張ってね!彼氏ができたら真っ先にあたしに報告するんだぞ~?連絡待ってるよっ。」

期待に溢れた言葉をかけつつ、エリカの鼻先を指で小突く。

「そ、そうね。やれることはやってみるわ……。」

自信なさげに弱々しくエリカはつぶやいた。





「で、めぼしい成果なく無情にも日々は過ぎ、2枚目のチケットはオレのモノになったと。」
「う、うるさいわね。こればっかりは仕方ないじゃない。むしろ広々とした席で見られるんだから、感謝してほしいくらいだわ。」

そしてクリスマスショーの当日。
市民会館の前で煽るようにひらひら飛ぶアレイスターと、それを悔しそうに目で追うエリカ。

「まあまあ、そんなに拗ねるなよ。今日はせっかく本格的なマジックショーが観れるんだ。気を取り直してとことん楽しもうぜ。」
「煽ってきたのはアンタでしょ……。まあいいわ、それじゃあ中に入りましょ。」

エリカがショルダーバッグの口を開けると、その中にアレイスターが飛び込んだ。
というのも、翡翠色の目立つ蛾をそのまま建物内に入れるのは、社会通念上よろしくないため。
エリカは自動ドアをくぐって建物の中へと進む。

時刻は開演時間の約30分前。
市民会館のロビーには既に多くの人々が集まっていた。
客層は老若男女問わず様々であるが、クリスマスショーという触れ込みもあってか、ざっと見たところ家族連れや若いカップルが多い。
エリカはチクリと胸に痛みを覚えつつ、受付を済ませてホールの中へと足を踏み入れた。

(とても素敵な会場ね……)

高さのある天井と、その下には階段状に整然と列をなす赤色の座席。
革張りで肘掛けが付いた座り心地の良さそうなシートである。
エリカが事前に調べたところによると、おおよそ800人ほどの観客を収容できるホールとのこと。

会場内は既に半分ほどの席が埋まっている。
通路を進むとエリカはホールの真ん中あたり、やや前方の席に腰を下ろした。
そして本来であれば彼氏……が座るはずであった、右隣の席にはアレイスターが隠れているバッグを置く。

「さすがはミオから直接貰ったチケットなだけあるな。近すぎず、かといって遠すぎず、イイ感じの席じゃねーか。」
「確かにとても見やすい席ね。本当にありがたいわ。また後で澪にお礼を言わなくちゃ。」

周囲の客に不審に思われないよう、ヒソヒソと囁き声で会話を交わす二人。
アレイスターはバッグの口から少しだけ顔を覗かせて、人間観察とばかりに周囲を眺め回している。

会話を終え、手持ち無沙汰になったエリカはのんびりと開演までの時間を待つ。
そんな折、ふと脳裏によみがえるのは澪との思い出。
高校に入った頃の二人の出会いをしみじみと思い返す。



学生時代から手品に人一倍興味を持っていた澪。
人をあっと驚かせるその華やかさや、有り得ない現象を可能にするエンターテイメント性に強く魅了されたらしい。

マジックショーを何度も観に行き、動画を見たり解説書を読んだりして練習し、自己流で身に着けた手品をクラスの友達によく披露していた。
明るくさっぱりとした性格も相まって、当然クラスの人気者に。

片やエリカは教室の隅で一人寂しく、窓の外の景色を眺めているような女子であった。
もともと人付き合いがそこまで得意ではないのに加え、魔女であることのボロを出さないように、極力目立たないようにと大人しくしていたため、ほとんど友達はできなかった。

そんなエリカにも澪だけはなぜか気さくに話しかけてきた。
後々、澪にその理由を聞いてみたところ、答えは「あの子とは絶対に超仲良くなれるっていうインスピレーションを感じたんだよ~!」という摩訶不思議なもの。

どこからどう見ても対照的な性格であるにも関わらず、澪の予想通り二人は次第に意気投合。
放課後には一緒に映画を見に行ったり、カラオケで歌ったり、カフェでスイーツを食べたりと、女子高生らしい生活を送ることができたのは澪のおかげ。
ショッピングモールのフードコートで澪がトランプの手品を披露するたびに、そのトリックを見破ろうと挑戦し、いつも当てられずに悔しがっていたのが懐かしい。



……と、物思いにふけっているうちに、いつの間にやらホール内には徐々に人が集い、最終的にはほぼ満席となっていた。

「お、そろそろ始まるみたいだぜ。」

アレイスターの声でエリカは現実に引き戻された。
そして定刻、ステージ前面を覆っていた臙脂色の幕がゆっくりと左右に開く。
文字通りショーの幕開けである。
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