魔娘 ―Daughter of the Golden Witch―

こりどらす

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第5章 魔女と奇術師

5-3 大舞台の後で

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マジックショーの閉演後、観客達はぞろぞろとホールから退出してゆく。
皆一様に満ち足りた表情であり、笑顔でお互い感想を言い合っている。

そんな中、なぜか自席から一向に立ち上がろうとしない者が一人。
落ち着いた上品そうな雰囲気を纏った老婆である。
背筋を正して両膝に手を置き、演者のいなくなったステージを感慨深げに見つめ続けている。

「ようやく見つけたのお……。足かけ20年、この日までなんと長かったことか。」

老婆は座席に立てかけてあった杖を掴むと、それを支えにゆっくり立ち上がる。

「この老いぼれでも、果たすべき使命がある限り、まだまだ死ねはせんぞ。」

ステージに背を向け、老婆はほとんど人気のなくなったホールを出口に向かって歩き始めた。





その頃、市民会館の一角にある会議室。
出演者の控え室として用意されていたその部屋で、出番が終わった澪とエリカは談笑していた。

「やったよエリたん!今日のショーは超・大成功だよ!ねっ、そう思うでしょ?」

椅子の背もたれを思い切り倒し、大の字になった澪が歓喜の声を上げた。

「そうね、お客さんはみんなとても楽しそうにしていたわ。澪の出番の時は特に小さい子供達が喜んでいたわね。もちろん私も大満足よ。」
「正直に言うと予想以上のモンを見せてもらったぜ。魅せ方、盛り上げ方、エンターテイナーとして申し分なかったと思うぞ。」

エリカとアレイスターは大役を果たした澪にねぎらいの言葉をかけた。
澪は椅子から飛び起きると、勝ち誇った顔でエリカの頭をポンポンと叩く。

「いや~嬉しいねぇ。そんなに褒められるとお姉さんニヤニヤしちゃうよ~。」
「とはいえハトを使った手品が多すぎた感じはあるな。今度は他のジャンルの手品をもっと見せてくれよ。」

澪の肩にひらりと止まったアレイスターが釘を刺した。

「もう、せっかく気分良くなったのに~。持ち上げて落とすなんて卑怯だよっ、アーくん。」
「あんまり手放しで褒めるとミオはすぐ調子に乗るからな。多少は厳しくいかねーと。」
「ぶーぶー。わかりましたよ~。」

少し不満そうに口を尖らせた澪。
机上からコーラのペットボトルを手に取ると一口飲み、爽快そうに大きく息を吐いた。
そこにエリカがふと浮かんだ疑問を投げかける。

「ハトが次々に出てくるマジック、本当に凄かったわ。ちなみに手品のタネは全部澪が自分で考えているの?」
「あっははは、その質問はマジシャンには禁句だね~。あたしは別にいいけど、他のマジシャンには聞いちゃダメだよっ?」
「ごめんね澪、それは知らなかったわ。確かにマジシャンにとっては大事な秘密だものね。」

エリカは気まずそうに頭をかいたが、澪は全く気にしていないとばかりに笑顔で手を振った。

「あたしに聞く分には全然だいじょーぶだよっ。で、質問に答えると、もちろん自分で考えたオリジナルの手品もあるし、昔からマジシャンの間で共有されているものもあるよ~。他の人から教わった手品を使わせてもらうこともあるけど、そういう場合でも絶対自分なりのアレンジを加えるようにしてるんだ。そこは譲れないねっ。」
「すごいわ澪、さすがのプロ意識ね。」
「えっへん、なんてったってプロだから!」

自慢げに胸を反らしてピースサインをする澪。
その指先に翡翠色の羽根をゆったり上下させてアレイスターが着地し、会話に割って入る。

「んでお二人さん、この後はどうするんだ。一緒にメシでも食いに行くのか?」
「せっかくだしそう思ってたけれど……、よく考えたら澪は他の出演者の人達と打ち上げがあるわよね?」

澪の様子を上目で伺いつつ、ためらいがちに尋ねるエリカ。

「そうだね~、今日のショーに向けて一生懸命頑張ってきたから、この後はみんなでお疲れ様会をすることになってるんだっ。」

澪の返答は予想通りのもの。
エリカは残念そうに肩を落としてうつむく。

「そうよね、仕方ないわよね……」

と、ふいにその手指を暖かな感触が包み込む。
顔を上げれば、澪がはにかみながらエリカの手を優しく握っていた。

「でも、エリたんと一緒の時間はもっと大事!お疲れ様会が終わった後なら大丈夫だよ~。あたしは一次会だけで抜けるようにするからっ。時間はちょっと遅くなっちゃうけど、それでもいい?」
「ありがとう澪、もちろんよ。お店は私の方で探しておくから、決まったら連絡するわね。それまではどこかで適当に時間をつぶしておくわ。」
「よろしくっ!じゃあ、あたしはいつまでも衣装のままじゃいられないし、更衣室に着替えにいくね~。また後で!」

二人の今夜の予定がまとまると、澪はウインクをして小走りで出て行き、部屋にはエリカとアレイスターだけが残された。

「そんじゃあオレらもお暇するか。」
「そうね。とりあえずここを出ましょ。」

手持ち無沙汰になったエリカ達はひとまず会議室を後にした。





市民会館近くのカフェ、隅の方の目立たない席。
エリカは温かいコーヒーを飲みながら、今夜の食事場所を携帯電話で探していた。

「ちょっと強引にお願いしちゃったわね。澪には悪かったかしら。」

膝の上に乗せたバッグの中からアレイスターが答える。

「ミオも別に迷惑そうじゃなかったし、むしろ喜んでたんだから気にしなくていいんじゃねーか?というか、そもそも今日は大事な目的があるんだから、どのみち約束を取り付けるつもりだったんだろ。」
「そうね。今日は澪の誕生日だから、これを渡したかったのよ。」

エリカがバッグの中から取り出したのは、ラッピングが施された小さな薄茶色の袋。
その中には先日時間をかけて選んだプレゼント、鳥の羽根を模したピアスが入っている。

「よく考えたらさっきの会議室で渡せばよかったんじゃねーか?」
「まったくこれだからアレイスターは。せっかくのプレゼントなのに、あんな部屋じゃ全然雰囲気出ないでしょ。」
「んー、そんなモンなのか。蛾のオレにはなかなか難しいぜ。」

バッグの中で、アレイスターが腕を組むように器用に脚を交差させてうなる。

「しっかしホントにオマエと澪は仲良しだな。羨ましいくらいだぜ。」
「あら、私とアレイスターだってとっても仲良しでしょ。」
「あーはいはい、そうですねー。」

アレイスターが棒読みの答えを返す。
苦笑いを浮かべたエリカがふと窓に目を向けると、外は既に薄暗くなっていた。
時折、窓には細かな白い粒が当たっているように見える。
いつの間にか雪が降り出したようだ。

「このお店はどう?お洒落で雰囲気が良さそうじゃない?」

アレイスターにも見えるように、エリカは携帯電話の画面をバッグの口に近付けた。

「おっ、イタリア料理のダイニングバーか。なかなかいいチョイスだと思うぞ。」
「ありがと。じゃあここにするわ。二人だけなら……予約はしなくても良さそうね。澪に場所を伝えておかないと。」

エリカは手早く携帯電話を操作して澪にメッセージを送った。





一方、エリカが滞在するカフェからほど近いエリアの繁華街。
その一角にある居酒屋では、4人のマジシャンが酒とつまみを片手に盛り上がっていた。

「いやー、隼斗クンの早着替えマジックはやっぱりサイコーだね!何度見ても芸術的で惚れ惚れするよ。」
「ありがとうございます。ミヤビさんの積極的に観客の方々を巻き込むマジックも凄い盛り上がりでしたよ。僕もぜひ見習いたいです。」

酔いの回った男達は饒舌にお互いを褒め合う。
皆ステージ衣装から私服に着替えており、一仕事終えた開放感に満ち満ちている。

「はっはっは。今日は全員、素晴らしい出来だったと思うぞ。雛塚君も初めての大舞台とは思えないほど堂々としていたよ。」
「わあ、嬉しいですっ!ありがとうございま~す。」

エリカと別行動となった澪もその席に参加していた。
酒が入って顔を赤らめた澪はドクトル・アダチのお墨付きをもらって気分上々である。
まとめ役の隼斗がテーブルの上を見渡し、

「アダチ先生、お注ぎしますよ。澪さんは次に何を飲みますか?」

ドクトル・アダチのグラスに瓶ビールを注ぎながら尋ねると、澪は

「え~と、コークハイでお願いします!」

元気たっぷりに希望を伝えた。

「みおぽんはホントーにコーラ系の飲み物が好きだね。まさにナウでヤングな今時の若者って感じだよ!」

上機嫌なミヤビの奇天烈な言い回しに隼斗と澪がツッコミを入れる。

「今の発言はおじさんみたいです、ミヤビさん。」
「そうそう、そんなんじゃ女の子にモテないですよ~。」
「あちゃー、みんな手厳しいね。僕だってまだ20代なのに……」

いじられ役のミヤビを中心に一同を笑いが包む。
そんな最中に澪の携帯電話が振動した。

(エリたんからのメッセージだ。ふむふむ、場所は近くのダイニングバーか。今は19時半……あと30分くらいで行けそうだよ、っと。)

澪が返信の文章を打っている間、男達は陽気にグラスを掲げ突き合わせている。
至って平和な飲み会が続く。





澪からの返信を確認したエリカはカフェを出て、すっかり暗くなった街を歩き始めた。
朝の天気予報で言われていた通り、気温は昼間に比べて一段と下がり、細かな雪がちらついている。

いかにもお洒落な飲食店が軒を連ねる大通りは、夜遅い時間帯でも人通りが多い。
クリスマスを目前にして色とりどりのイルミネーションで彩られた街並み。
幻想的な光景に目移りしながらエリカは約束の店を目指す。

ほどなくしてエリカは目当てのダイニングバーの前に到着した。

「澪は……まだ来ていないみたいね。」
「どうする、先に店の中に入ってるか?この寒さじゃ体も冷えるだろ。」

羽根に点々と粉雪を乗せたアレイスターがエリカを気遣う。

「ううん、ちょうど約束の時間になるし、澪もすぐ来ると思うわ。それにせっかくだからあれを眺めていたいしね。」

エリカが指差す先にあったのは巨大なクリスマスツリー。
今日のマジックショーでドクトル・アダチが最後に登場させたツリーに匹敵する大きさである。

店の前は円形の広場となっており、その中心にあるのが深緑色のクリスマスツリー。
そして外周を囲むようにベンチが配置されている。
エリカはそのうちの一つに腰を下ろした。
下から見上げたツリーは天まで届きそうなほどに高く、先端に配置された星型の飾りはまるで夜空に瞬く本物の星のよう。

「『もし彼氏と一緒にこの景色を見られたら、すごくロマンチックなのに。』とか思ってたんだろ。」

ぼうっとツリーを見つめていたエリカを肩に乗ったアレイスターが茶化す。

「そんなことない……いや、あるかも……」
「あるのかよ。」
「う、うるさいわね。今はそれよりも澪を待つわよ。」

いつもの茶番を演じながら二人は夜の街を眺め続ける。
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