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第5章 魔女と奇術師
5-4 逃避行
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「お疲れ様でした!お先に失礼しま~す。」
居酒屋での一次会が終わり、大きく頭を下げて澪は他のマジシャンと別れた。
そわそわした様子で店を後にする。
「この後に澪さんが会いに行くのは、とても仲の良いご友人だそうですね。」
「微笑ましいことだ。若いうちの友達は一生の付き合いになるから大切にしてほしいものだな。」
まるで保護者のような優しい目で澪の後ろ姿を見送る男達。
「さ~あ、二次会に行きますよ!残ったのは野郎だけですし、もっとディープな話をしましょう。」
がしっと肩を組んだミヤビが意気揚々と声を上げた。
次の店を探して繁華街を歩き始める。
・
・
・
「もう8時になるよっ、急がないと遅刻しちゃう。エリたん待ってるかな~。」
ベージュのコートを羽織った澪は足早に繁華街を突き進む。
「くしゅん!あ~寒い。いつの間にか雪もちょっと降ってるし。」
鼻をすすりながら澪は不満をこぼす。
「おっ、ここを通ると近道みたいだね。」
澪は角を曲がって細い道へと足を踏み入れた。
大通りと違ってほぼ明かりがなく薄暗い小道。
その途中まで足を進めると、通路の真ん中に人の姿があることに気付いた。
全身を黒いローブで覆い隠して頭にはフードを被っている。
澪より背が低いことだけは分かるが、顔も年齢も性別も、あらゆる要素が判別できない。
どこからどう見ても怪しすぎる不審者。
その正体不明の人物を前にして、
「え……?」
澪は大いに困惑した。
わけもなく突然、自分の脚が小刻みに震え出したのである。
・
・
・
ダイニングバー前の広場でエリカとアレイスターは澪を待ち続けていた。
しかし、約束の時間はとうに過ぎているにも関わらず、澪は一向に姿を見せない。
「なかなか来ないわね、澪。一次会がまだ続いているのかしら。もしかしたら盛り上がっていて抜けるタイミングがないのかも。」
「どんな状況か一旦電話で確認してみたらどうだ。」
「それもそうね。」
エリカは澪に電話をかけてみたが、いくら待っても通話に出る気配はない。
「うーん、全然出ないわね。困ったわ。」
ベンチに座ったまま途方に暮れるエリカ。
どうしたものかと悩みながら、ぼうっと街の景色を眺めていると、その視界に見覚えのある男達が通りがかった。
「おいエリカ、あそこにいるのは今日のショーに出演していた奴らじゃねーか。」
「ということは一次会はもう終わったみたいね。ちょっと話を聞いてみましょ。」
エリカはマジシャン達に小走りで近付いて話しかけた。
「すみません、皆さんは今日のマジックショーに出演していたマジシャンの方々ですよね?」
「そうですが……どうかしましたか。」
話しかけられたマジシャンの一人、隼斗が怪訝な表情で反応した。
彼らからすればエリカは初対面である。
「突然ごめんなさい。私は澪の友人です。先程まで出演者の皆さんで打ち上げをされていたと思うのですが、澪が今どうしているかご存じですか?」
すると、男達は顔を見合わせて納得したように頷き合う。
「なるほど、あなたが澪さんが言っていたご友人ですね。少し前に、あなたと待ち合わせをしているからと言って澪さんとは別れたんですよ。」
「みおぽんとはまだ会えていないのかい?僕らが一次会をやっていたのはここから近くの居酒屋だから、もうとっくに来ていてもおかしくない頃なんだけどね。」
「そうですか……どうもありがとうございます。」
結局、澪の行方は分からずじまい。
エリカが困った様子で立ち尽くしていると、ドクトル・アダチがその肩に手を置いて優しく声をかけた。
「まあ雛塚君のことだ、きっともうすぐ来るだろう。大切な友人を放っておくはずはないからな。この後は我々のことは気にせず大いに楽しんでくれ。」
そう言うと男達は二次会の店を探すために去っていった。
一人その場に残されたエリカの頬をひやりとした風がなぞる。
エリカは巨大なクリスマスツリーを不安げに見上げてつぶやいた。
「澪、一体どうしたのかしら……」
事故に遭ったのではないか、何かトラブルに巻き込まれたのではないか。
あるいは、自分が半ば強引に取り付けた約束であったため、面倒になってしまったのか。
エリカの頭に不穏な考えがよぎる。
思考回路が不安で埋め尽くされていく。
目の前で高くそびえるツリーも、どことなく不気味なものに感じられてくる。
「……とりあえずもう一度電話してみましょ。」
再度電話をかけたがやはり澪は出ない。
高まる不安に耐え切れず、そわそわと落ち着かずに歩き回るエリカ。
しばらく店の前を行ったり来たりしていると、突然エリカの神経が総毛立つように異変を感知した。
「この感じは――魔力!?」
「ああ、間違いねぇ。ってことは――」
「私達の近くに魔女がいるということね。」
「だろうな。さっきまでは何も感じられなかったんだが、一体どうなってやがる。」
触角をアンテナのように立てたアレイスターが周囲を見回した。
「転移魔法を使って突然現れたのか、あるいは体内の魔力の規模を自由にコントロールできるのか、いずれにしても相当な使い手のはずよ。澪に連絡がつかないのも含めて何だか嫌な予感がするわ。」
「よし、早速その場所に行ってみるぞ。」
二人は魔力の出所を目指して進み始めた。
・
・
・
「あたし、どうしちゃったの……」
小道の暗がりで、ローブの人物を前にした澪は戦慄していた。
とても寒いはずなのに汗が吹き出す。
胸の動悸が止まらない。
全く理由も分からないまま、人生で感じたことのない程の、圧倒的な恐怖がこみ上げてくる。
「怖い、怖い、怖い……どうしてこんなにも怖いの……?」
澪はゴクリと唾を飲み込む。
正面にいるローブの人物は、道を塞ぐように無言で立ち止まったまま微動だにしない。
何か危害を与えてきたという訳ではない。
だが、澪の本能が、底知れない悪意と敵意が目の前にあることを告げる。
「分からない……でもきっと、この人には近付いちゃ……いけないっ!!」
ローブの人物に背を向けると澪は一目散に駆け出した。
頭の中を支配するのは、計り知れない恐怖をもたらすあの人間から逃げることだけ。
もはやエリカとの約束は記憶の片隅に追いやられてしまった。
「はあっ、はあっ、もっと……もっと遠くまで……」
何事かと驚く人々の視線も意に介さず、澪は繁華街を走り抜ける。
ローブの人物が追ってきているかどうかを確認する心の余裕などあるはずもない。
自分かどこに向かっているのかも分からない。
目に涙を浮かべ、心臓が破裂しそうなほどの全速力で、ただひたすらに遠くへと向かう。
・
・
・
何者かの魔力を辿って繁華街の一角を目指すエリカ。
「どんどん気配が近くなってきているわ。もうすぐね。」
目的地の付近まで来たところで、少し先の路地から猛烈な勢いで人影が飛び出してきた。
その人物は凄まじい速さで走り去ってゆく。
「何だ何だ?」
一瞬の出来事でアレイスターは気付けなかったが、ちらりと見えた横顔から、エリカはそれがよく知っている人物であると確信した。
「今そこから出てきたの、澪よ!尋常じゃない剣幕だったわ。やっぱり何か大変なことに巻き込まれたのよ。急いで追いかけないと。」
はるか前方を駆けてゆく澪をエリカは慌てて追い始めた。
しかし、とてつもない速さで先行する澪にどんどん引き離され、完全に澪の姿は視界から消えてしまった。
疲れ切ったエリカは道端で立ち止まり、雪が舞う空を仰いで大きく息を吐く。
「どうしよう、澪を見失ってしまったわ。これじゃあもう追いかけようがないわね。」
「かといって闇雲に探し回るのはキリがねーし、さあどうするか――ん?」
エリカの周囲を旋回するように飛んでいたアレイスターが、何かに気付いて空中で静止した。
「エリカ、感じるか?ミオが走り去っていった方角に魔力の気配が現れたぞ。」
「ということは、魔女が転移魔法で瞬間移動したってことかしら。」
「たぶんそうだな。そこにきっとミオもいるはずだぜ。急ぐぞ。」
一度は諦めかけた気持ちを奮い立たせ、エリカは再び走り始めた。
・
・
・
一心不乱に逃げ続けた澪は、気が付くと公園の入口に辿り着いていた。
乱れに乱れた呼吸を整えるために下を向いて立ち止まる。
「これくらい遠くまでくれば、もう大丈夫かな……」
少し気持ちが落ち着いたところで澪はふと顔を上げた。
しかし、そこに待ち受けていたのは絶望的な光景。
一体どんな手段でここまで移動したのか、ローブの人物が直立不動で澪の前に立ち塞がっていた。
「やだ、やだ……やだよ、やめてよっ!!」
唇をわなわなと震わせ、目に涙を滲ませ、澪は全力で駆け出した。
なぜここまで恐れるのか自分でも理由は全く分からない。
ただ己の本能が発し続ける、逃げろという警告に従うのみ。
一体どれだけの距離を走ったのか。
繁華街からは遠く離れ、澪が行き着いたのはビルの建設現場であった。
白い仮囲いを無理矢理蹴り倒して敷地の中に入り、そのまま倒れるように地面に突っ伏す。
「も、もう限界だよ……」
体力を使い果たして起き上がることができない。
その背中、茶色いコートに白い雪の結晶がはらはらと舞い落ちる。
不気味なほど静まり返った空間に、澪の荒い呼吸音だけが虚しく響く。
と、その頭上を突然黒い影が覆い隠す。
漆黒のローブで全身を包んだ人物が、倒れた澪を覗き込むようにして立っていた。
「おぬし、これでお終いかの?」
フードの下から発せられた、老年の女性の声を聞いて澪は飛び起きた。
しかし、疲弊した足がもつれてすぐさま尻もちをつく。
「何で、どうして、どこまでも追いかけてくるの……」
今にも消え入りそうな声で疑問を口にする澪。
「それはな、おぬしを始末することがワシの使命だからじゃよ。」
ローブの人物は頭部を覆っていたフードをおもむろに外した。
ウェーブがかかった白髪混じりの長髪と、顔中に深く刻み込まれたしわが印象的な老婆であった。
「あたしを始末する?全っ然意味が分かんないよ。そもそもあたし、おばあさんのこと知らないし。一体何なのさっ!」
「やはり大事な記憶は完全に失っておるようじゃな。しかしワシを見た途端、反射的に逃げ出したということは、おぬしの本能にはワシが何者なのかきちんと刻み込まれておるのではないか?」
「………………」
問いかけられた内容に反論できず、押し黙る澪。
確かに自分はこの老婆に出合った瞬間、危険な人物であると何故か直感した。
つまり、自分は目の前にいる人間を――知っている?
かつて出会ったことがある?
「おばあさんは何者なの!あたしが何をしたっていうの!知ってるなら教えてよっ!」
「まあそう焦るでない。すぐに殺したりはせぬから安心しておくれ。」
老婆は不吉な笑みを浮かべると、ローブの中から黒ずんだ朽ち木のような杖を取り出した。
「ま、魔女っ……」
「そう、ワシの正体は魔女じゃよ。もうずいぶん年老いてしまったがの。」
杖の先端がゆっくりと澪の額に突きつけられる。
「さあ、おぬし自身の正体を思い出すのじゃ。そして真実を知るがよい。何も知らぬまま果てるなど、断じて許すことはできぬからのう。」
・
・
・
己の感覚を頼りにして、強い魔力を発する地点にエリカはようやく辿り着いた。
その場所はとある建設現場であった。
夜の寒空の下、鉄骨や鉄筋むき出し状態のビルが眼前に高くそびえている。
「着いたはいいけれど、どこから敷地の中に入れるのかしら。」
「エリカ、あそこを見ろ。誰かが先に侵入した形跡があるぞ。」
アレイスターが飛んでいった先には、白い仮囲いが強引に倒され、人間一人が通れるほどの空間ができている。
そこを通じてエリカが工事現場の中へ足を踏み入れると、
「――――澪!!」
地面にへたり込み、何者かに杖を突きつけられている澪の姿が。
エリカが駆け寄ろうとした瞬間、その杖先から眩い光が解き放たれ、周囲一帯を包み込んだ。
居酒屋での一次会が終わり、大きく頭を下げて澪は他のマジシャンと別れた。
そわそわした様子で店を後にする。
「この後に澪さんが会いに行くのは、とても仲の良いご友人だそうですね。」
「微笑ましいことだ。若いうちの友達は一生の付き合いになるから大切にしてほしいものだな。」
まるで保護者のような優しい目で澪の後ろ姿を見送る男達。
「さ~あ、二次会に行きますよ!残ったのは野郎だけですし、もっとディープな話をしましょう。」
がしっと肩を組んだミヤビが意気揚々と声を上げた。
次の店を探して繁華街を歩き始める。
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「もう8時になるよっ、急がないと遅刻しちゃう。エリたん待ってるかな~。」
ベージュのコートを羽織った澪は足早に繁華街を突き進む。
「くしゅん!あ~寒い。いつの間にか雪もちょっと降ってるし。」
鼻をすすりながら澪は不満をこぼす。
「おっ、ここを通ると近道みたいだね。」
澪は角を曲がって細い道へと足を踏み入れた。
大通りと違ってほぼ明かりがなく薄暗い小道。
その途中まで足を進めると、通路の真ん中に人の姿があることに気付いた。
全身を黒いローブで覆い隠して頭にはフードを被っている。
澪より背が低いことだけは分かるが、顔も年齢も性別も、あらゆる要素が判別できない。
どこからどう見ても怪しすぎる不審者。
その正体不明の人物を前にして、
「え……?」
澪は大いに困惑した。
わけもなく突然、自分の脚が小刻みに震え出したのである。
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ダイニングバー前の広場でエリカとアレイスターは澪を待ち続けていた。
しかし、約束の時間はとうに過ぎているにも関わらず、澪は一向に姿を見せない。
「なかなか来ないわね、澪。一次会がまだ続いているのかしら。もしかしたら盛り上がっていて抜けるタイミングがないのかも。」
「どんな状況か一旦電話で確認してみたらどうだ。」
「それもそうね。」
エリカは澪に電話をかけてみたが、いくら待っても通話に出る気配はない。
「うーん、全然出ないわね。困ったわ。」
ベンチに座ったまま途方に暮れるエリカ。
どうしたものかと悩みながら、ぼうっと街の景色を眺めていると、その視界に見覚えのある男達が通りがかった。
「おいエリカ、あそこにいるのは今日のショーに出演していた奴らじゃねーか。」
「ということは一次会はもう終わったみたいね。ちょっと話を聞いてみましょ。」
エリカはマジシャン達に小走りで近付いて話しかけた。
「すみません、皆さんは今日のマジックショーに出演していたマジシャンの方々ですよね?」
「そうですが……どうかしましたか。」
話しかけられたマジシャンの一人、隼斗が怪訝な表情で反応した。
彼らからすればエリカは初対面である。
「突然ごめんなさい。私は澪の友人です。先程まで出演者の皆さんで打ち上げをされていたと思うのですが、澪が今どうしているかご存じですか?」
すると、男達は顔を見合わせて納得したように頷き合う。
「なるほど、あなたが澪さんが言っていたご友人ですね。少し前に、あなたと待ち合わせをしているからと言って澪さんとは別れたんですよ。」
「みおぽんとはまだ会えていないのかい?僕らが一次会をやっていたのはここから近くの居酒屋だから、もうとっくに来ていてもおかしくない頃なんだけどね。」
「そうですか……どうもありがとうございます。」
結局、澪の行方は分からずじまい。
エリカが困った様子で立ち尽くしていると、ドクトル・アダチがその肩に手を置いて優しく声をかけた。
「まあ雛塚君のことだ、きっともうすぐ来るだろう。大切な友人を放っておくはずはないからな。この後は我々のことは気にせず大いに楽しんでくれ。」
そう言うと男達は二次会の店を探すために去っていった。
一人その場に残されたエリカの頬をひやりとした風がなぞる。
エリカは巨大なクリスマスツリーを不安げに見上げてつぶやいた。
「澪、一体どうしたのかしら……」
事故に遭ったのではないか、何かトラブルに巻き込まれたのではないか。
あるいは、自分が半ば強引に取り付けた約束であったため、面倒になってしまったのか。
エリカの頭に不穏な考えがよぎる。
思考回路が不安で埋め尽くされていく。
目の前で高くそびえるツリーも、どことなく不気味なものに感じられてくる。
「……とりあえずもう一度電話してみましょ。」
再度電話をかけたがやはり澪は出ない。
高まる不安に耐え切れず、そわそわと落ち着かずに歩き回るエリカ。
しばらく店の前を行ったり来たりしていると、突然エリカの神経が総毛立つように異変を感知した。
「この感じは――魔力!?」
「ああ、間違いねぇ。ってことは――」
「私達の近くに魔女がいるということね。」
「だろうな。さっきまでは何も感じられなかったんだが、一体どうなってやがる。」
触角をアンテナのように立てたアレイスターが周囲を見回した。
「転移魔法を使って突然現れたのか、あるいは体内の魔力の規模を自由にコントロールできるのか、いずれにしても相当な使い手のはずよ。澪に連絡がつかないのも含めて何だか嫌な予感がするわ。」
「よし、早速その場所に行ってみるぞ。」
二人は魔力の出所を目指して進み始めた。
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「あたし、どうしちゃったの……」
小道の暗がりで、ローブの人物を前にした澪は戦慄していた。
とても寒いはずなのに汗が吹き出す。
胸の動悸が止まらない。
全く理由も分からないまま、人生で感じたことのない程の、圧倒的な恐怖がこみ上げてくる。
「怖い、怖い、怖い……どうしてこんなにも怖いの……?」
澪はゴクリと唾を飲み込む。
正面にいるローブの人物は、道を塞ぐように無言で立ち止まったまま微動だにしない。
何か危害を与えてきたという訳ではない。
だが、澪の本能が、底知れない悪意と敵意が目の前にあることを告げる。
「分からない……でもきっと、この人には近付いちゃ……いけないっ!!」
ローブの人物に背を向けると澪は一目散に駆け出した。
頭の中を支配するのは、計り知れない恐怖をもたらすあの人間から逃げることだけ。
もはやエリカとの約束は記憶の片隅に追いやられてしまった。
「はあっ、はあっ、もっと……もっと遠くまで……」
何事かと驚く人々の視線も意に介さず、澪は繁華街を走り抜ける。
ローブの人物が追ってきているかどうかを確認する心の余裕などあるはずもない。
自分かどこに向かっているのかも分からない。
目に涙を浮かべ、心臓が破裂しそうなほどの全速力で、ただひたすらに遠くへと向かう。
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何者かの魔力を辿って繁華街の一角を目指すエリカ。
「どんどん気配が近くなってきているわ。もうすぐね。」
目的地の付近まで来たところで、少し先の路地から猛烈な勢いで人影が飛び出してきた。
その人物は凄まじい速さで走り去ってゆく。
「何だ何だ?」
一瞬の出来事でアレイスターは気付けなかったが、ちらりと見えた横顔から、エリカはそれがよく知っている人物であると確信した。
「今そこから出てきたの、澪よ!尋常じゃない剣幕だったわ。やっぱり何か大変なことに巻き込まれたのよ。急いで追いかけないと。」
はるか前方を駆けてゆく澪をエリカは慌てて追い始めた。
しかし、とてつもない速さで先行する澪にどんどん引き離され、完全に澪の姿は視界から消えてしまった。
疲れ切ったエリカは道端で立ち止まり、雪が舞う空を仰いで大きく息を吐く。
「どうしよう、澪を見失ってしまったわ。これじゃあもう追いかけようがないわね。」
「かといって闇雲に探し回るのはキリがねーし、さあどうするか――ん?」
エリカの周囲を旋回するように飛んでいたアレイスターが、何かに気付いて空中で静止した。
「エリカ、感じるか?ミオが走り去っていった方角に魔力の気配が現れたぞ。」
「ということは、魔女が転移魔法で瞬間移動したってことかしら。」
「たぶんそうだな。そこにきっとミオもいるはずだぜ。急ぐぞ。」
一度は諦めかけた気持ちを奮い立たせ、エリカは再び走り始めた。
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一心不乱に逃げ続けた澪は、気が付くと公園の入口に辿り着いていた。
乱れに乱れた呼吸を整えるために下を向いて立ち止まる。
「これくらい遠くまでくれば、もう大丈夫かな……」
少し気持ちが落ち着いたところで澪はふと顔を上げた。
しかし、そこに待ち受けていたのは絶望的な光景。
一体どんな手段でここまで移動したのか、ローブの人物が直立不動で澪の前に立ち塞がっていた。
「やだ、やだ……やだよ、やめてよっ!!」
唇をわなわなと震わせ、目に涙を滲ませ、澪は全力で駆け出した。
なぜここまで恐れるのか自分でも理由は全く分からない。
ただ己の本能が発し続ける、逃げろという警告に従うのみ。
一体どれだけの距離を走ったのか。
繁華街からは遠く離れ、澪が行き着いたのはビルの建設現場であった。
白い仮囲いを無理矢理蹴り倒して敷地の中に入り、そのまま倒れるように地面に突っ伏す。
「も、もう限界だよ……」
体力を使い果たして起き上がることができない。
その背中、茶色いコートに白い雪の結晶がはらはらと舞い落ちる。
不気味なほど静まり返った空間に、澪の荒い呼吸音だけが虚しく響く。
と、その頭上を突然黒い影が覆い隠す。
漆黒のローブで全身を包んだ人物が、倒れた澪を覗き込むようにして立っていた。
「おぬし、これでお終いかの?」
フードの下から発せられた、老年の女性の声を聞いて澪は飛び起きた。
しかし、疲弊した足がもつれてすぐさま尻もちをつく。
「何で、どうして、どこまでも追いかけてくるの……」
今にも消え入りそうな声で疑問を口にする澪。
「それはな、おぬしを始末することがワシの使命だからじゃよ。」
ローブの人物は頭部を覆っていたフードをおもむろに外した。
ウェーブがかかった白髪混じりの長髪と、顔中に深く刻み込まれたしわが印象的な老婆であった。
「あたしを始末する?全っ然意味が分かんないよ。そもそもあたし、おばあさんのこと知らないし。一体何なのさっ!」
「やはり大事な記憶は完全に失っておるようじゃな。しかしワシを見た途端、反射的に逃げ出したということは、おぬしの本能にはワシが何者なのかきちんと刻み込まれておるのではないか?」
「………………」
問いかけられた内容に反論できず、押し黙る澪。
確かに自分はこの老婆に出合った瞬間、危険な人物であると何故か直感した。
つまり、自分は目の前にいる人間を――知っている?
かつて出会ったことがある?
「おばあさんは何者なの!あたしが何をしたっていうの!知ってるなら教えてよっ!」
「まあそう焦るでない。すぐに殺したりはせぬから安心しておくれ。」
老婆は不吉な笑みを浮かべると、ローブの中から黒ずんだ朽ち木のような杖を取り出した。
「ま、魔女っ……」
「そう、ワシの正体は魔女じゃよ。もうずいぶん年老いてしまったがの。」
杖の先端がゆっくりと澪の額に突きつけられる。
「さあ、おぬし自身の正体を思い出すのじゃ。そして真実を知るがよい。何も知らぬまま果てるなど、断じて許すことはできぬからのう。」
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己の感覚を頼りにして、強い魔力を発する地点にエリカはようやく辿り着いた。
その場所はとある建設現場であった。
夜の寒空の下、鉄骨や鉄筋むき出し状態のビルが眼前に高くそびえている。
「着いたはいいけれど、どこから敷地の中に入れるのかしら。」
「エリカ、あそこを見ろ。誰かが先に侵入した形跡があるぞ。」
アレイスターが飛んでいった先には、白い仮囲いが強引に倒され、人間一人が通れるほどの空間ができている。
そこを通じてエリカが工事現場の中へ足を踏み入れると、
「――――澪!!」
地面にへたり込み、何者かに杖を突きつけられている澪の姿が。
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