コトレットさんの不思議なお仕事~こちら異世界管理局~

胡散臭いゴゴ

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封鎖区~破局の因子~

34.ユーマ・エ・ルシウ~僕と君のお別れを~

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【“封鎖区~破局の因子~”(4/10話)】



 ***********************************

 その母親は、ヒステリックに叫んで“その子”を平手打ちしたのだろうか。

 “その子”はまともに食事を与えられていなかったのだろうか。煙草の火で虐待されていたのだろうか。夜中にひとりで家に放置されていたのだろうか。

 この“封鎖区”セラドは、殺された子どもの“世界オルト”。この“封鎖区”での出来事は、“その子”の痛みの追体験――……

 “世界”の構造の単純さ、稚拙ちせつさは、幼い子供の“世界観”、知識にっているからだと言われれば納得がいく。中高生がゲーム知識を基に“世界観”を構築すれば、もうちょっと“それらしい世界”になるだろう。“その子”は、ゲームを見たことはあっても、したことはないんじゃないか。

 そして、鬼女カリイ聖母マールの二体の女神デオーサは――……

 “その子”が母親に持つ、相反する二つの”世界観イマジカ”――“母親マテル”という存在の記憶リコルドから生み出した怪物モンステルなのか。

 鬼女カリイは、“コワイオカアサン”の化身だ。

 手を上げる母親の姿は、幼い子どもの目にそう映ったのだろう。何よりも怖いモノとは、何よりも強いモノだ。“その子”は自分を傷つけるモノのイメージを、恐怖を、武器に変えて、敵の方へ向けた。理には適っている。だけど、その意味はあまりに悲しい。

 聖母マールは、“ヤサシイオカアサン”の象徴だ。

 それが幼い子ども願望か、実際の母親にあった一面なのか、俺には知るよしもない。少なくとも、彼女の本質ではなかったようだ。だが作られた聖母は“その子”を愛し、護り、いつくしむ。この“封鎖区”でそれは、真実以上の真実に違いない。


 こいつは重いな――……


 少女の頬が強張こわばった。知らず思いが言葉に漏れたらしい。気遣わしく歪みかけた幼女の眼差しを、手袋で隠すようにして前髪を撫でる。
「違うよ。そういうこと・・・・・・じゃない」
「るああ……?」
“封鎖区”の背景、“核”の”世界観”には同情して余りある。そういう意味でも、確かに痛ましく、重い。だが、ここまで来れば……
「この”世界観イマジカ”、壊すのには“重い”って意味だ」
ルシウがぽかんと口を開けた。

 ここまで来て、俺は自分の中の思いがけない非情さを自覚している。生き残るために、自分と少女さえ良ければいい。今だけは、テレビで見る戦争をタニンゴトだと思える無神経さを、ゆるしてください。

 もし生きて帰れたら、その時は、“その子”を思って少し泣こう。
 誰かの都合で再び犠牲になる、“その子”のことを思って。


 俺の”世界観イマジカ”では、足の大怪我が消えることは“ある”。竜を屈服させる力はもう“ない”けれど、カリイと渡り合う力ならまだ“ある”。”封鎖区”の”世界観”には、不滅の母親像が“ある”。
 自分の内に“権限”を宿して理解したことだが、“ユーマの世界”やこの“封鎖区”のように人間一人を“核”にする“世界”は、意思や観念イマジカ顕著けんちょに反映する。“核”が“ある”と考えるものはその”世界“の真実となり、”ない“と思えば偽りとなって消える。

 異世界監視人は黒頭巾の陰から覗くように、俺を見上げた。
「うーぷす、イマジカを壊すだってぇ……?」
「そーさ、”世界観”ってのは、案外いい加減なもんだぞ?」
“核”が“ない”と否定したイマジカは、消える。
「るああ……お前、ムチャクチャなこと言うなあ……」
聖母の不死性ヤサシイオカサンを、“その子”に否定させられば――……
「なーふ。“核”コルアを説得でもすんのかあ? そりゃ、本来の姿は人間だろーけど、今のあれを見るに、自我っつうか……人間性が残ってるかどーか怪しいぞ?」
ヒトのカタチをした揺らぎをにらみ、ルシウがうなった。バケモノのカタチと化した子どもを見て、俺は首を振る。
「いや、心はあるよ」
俺が白の女神を刺した時、“その子”は悲鳴を上げたんだ。オカアサンをいじめないでと泣いたんだ。

 “その子”に人間としての心は残っている。

  “その子”の“ヤサシイオカアサン”は本当は “いない”。けれども“その子”は、“いる”と信じていた。
 それは幻想でしかないのだとしても、最後の心のりどころだった。 “世界”が望むなら幻想は真実になり、“ヤサシイオカアサン”は、永遠に微笑んでくれる。

 だったら、まず、その幻想パンタシアからぶっ壊す――……



 ***********************************

 ……――しなくてはいけないんだけど。

 この“世界”の原初の“世界観”、子どもの中にる、母親という存在。
 “封鎖区”の“核”の“核”と言うべきそれを、どう壊せばいい?

 俺は異世界監視人に振ってみた。
「どうしたらいいと思う?」
「なーふ。どーにもできるか、そんなもん」
にべもない返事が返ってくる。
「俺の元いた世界に、“無理だと言ったら、そこでゲームオーバーだぞ”、的な言葉あってだな」
「そいつァ名言だが、実際、ガキの心の根っこの一番固えとこ、どうやって折るよ? 『お前の愛してる母ちゃんはいねえぞ』『お前の作り出した幻だぞ』って、納得するまで言い続けんのか、安●先生?」

 返答に詰まる。

 折る、説得……はできなくとも、せめて一瞬”世界観イマジカ”が揺らげば、付け入る隙ができるかとも思うんだが……


 鬼女と聖母の動静をうかがう。肉体の修復を終えたらしく、カリイは母の愛の癒しグアリーレを打ち払い、左右の曲刀を構え、挑発するよう俺に向けて軽く振った。

 こりゃまた、剣呑けんのんなラブ・コールもあったもんだ。

 俺の方も肩がえ、一見双方仕切り直しのようだが、無理に傷をふさいだ反動か、体に妙なきしみが残る。
「参ったなあ……」
本当は存在しない。存在しないから、切ることが出来ない。存在しないから、何度でも生き返る。空っぽは、空っぽがゆえに、潰せない。


 桜花カタナでカリイにウインクを返し、ルシウの肩を引き寄せる。
「どうする? いっそ、一回退却するとか?」
「うーぷす、お前、知らねーのか?」
異世界監視人が、自虐的な笑みを寄越した。
「大魔王からは逃げられない」
こいつ……結構こっちの漫画知ってるんだな……

 ちょっと気の緩んだ俺の抱える下で、ルシウがきゅうと両の拳を丸めて、目元から額、頬から首元を撫でて、「ふー」と鼻から息を吐き出した。
「なーふ。でも、そーだな……ここらが潮時かもな」
「うん? って、本当に撤退するのか?」
窺った黒頭巾の下で、口元が寂しそうににやっと笑った。


 「るああ。ユーマだけな――……」



 ***********************************

 問い返す間もなく、ルシウの肩に置いた手が、見えない圧に押された。

 これは、ルシウの魔力マギカ、か? 広間を満たす腐った果実の甘さとは違う、清涼感のある匂いが吹きつけてくる。
「おい……?」
「るああ。今から、お前を“封鎖区セラド”の外に転移する。アタシはここを内側から“再封鎖”するから、出たら、できるだけ急いで距離を取れ」
「ちょ、待て……まだ、俺がやれることが……」
ルシウの肩に触れた左手に、光の粒がくっつき出して、慌てて身を離したが、手首、腕と術式の紋様が上がってくる。

 焦る俺に、ルシウはいつもの笑みを見せた。

 赤い瞳を細め、真っ白に僅かに黒色を溶かした銀色の髪をなびかせて、異世界監視人である少女は、磨いた銅の色の頬に、生意気そうな笑みを浮かべる。
「るああ。お前には言ってなかったけど、最初から、“核”コルアの破壊が難しそうならこーするつもりだったんだ」
その笑みは、幼く儚くて、今にも壊れそうで。
「アタシが “封鎖区セラド”の新しい“核”コルアになって、“破局の世界観”エンデ・イマジカを安定させる」
「“核”になる……?」
「なーふ。このやり方は時間掛かるからなー、出来りゃあ手っ取り早く“核”を始末したかったんだけど……いひひ、相手が悪かったぜ」


 「ルシウ、俺はまだ――……」
 「るああ。ユーマは十分やってくれたさ」

 「アタシだけじゃ、ここまでも来れなかったからなー」

 「ありがとな、ユーマあ」
 「く……時間掛かるって、どれぐらい掛かんだよ……?」


 ルシウの転移術式トランジは、肩に達して、左半身を覆おうとしている。
「んー、この規模なら、100年は掛かんねーとは思うんだけどな……って、ああ、そうか……」
少女は、少し言葉を迷って、俺の目を見て微笑んだ。
「うーぷす……人間ユーマには、長い時間なんだな……」

 「るああ。そうか――……お別れだな、ユーマあ……」

 ルシウの笑顔が、そこで壊れた。


 「ふ……ざけん……な……あッ!」

 天羽緋緋色“荒神切”桜花を、目の高さにかざすと、短く、肺腑はいふの息を全て吐く、その瞬間、走らせた意思が、“ぱきんッ”、異世界監視人の術式を打ち砕いた。
「な……? ユーマ、お前……?」
ルシウが愕然がくぜんと顔をしたが、それでいい。


 酒場に俺をたずねて、依頼を持って来た“時”。カルーシアと“封鎖区”の境界に立って、俺を戻そうとした“時”。死者の晩餐ばんさんから逃れて、石壁の廊下で、美しく成長した姿を見せてくれた“時”……


 ルシウの見せた、寂しそうな、少し泣きそうな笑顔……
 それが見たくなくて、俺は今、ここにいるんだ――……


 転移魔法トランジを破った左手で、ルシウの右手を取った。

 心をとらわれた闇の領域で、俺は彼女の手を見つけるのに、10年掛かった。二度とこの手は離さない。たとえ、重ねた手を桜花で刺し貫いても、
ひとりにするかよ、一緒にやろーぜ」
「……っ!」
少女は赤い瞳を丸くし、顔を背けると、そでで乱暴に目元を擦った。
「う、うーぷす……何カッコつけてんだ、似合わねーんだよ、ばーか!」
うるせーよ、ばーか。

 お前が笑っていない“世界オルト”だったら、そんなもの、なくなっていいんだよ。俺が何もかもぶった切って……


 全て消して“ない”にしてやるさ。


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