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第二章 始まる部活と新入部員歓迎会

第34話 テーブルトーク2

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 楽しい四十分はあっという間で、池本は他のテーブルに行った。
 次に来たのは金子だった。
 手に飲みかけのグラスを持ち、夏村の横に座ろうとする。

「隣、失礼します。よろしくお願いします!」

 礼儀正しくお辞儀をした。
 やっぱり体育会系の印象がある。

「どうぞ」

「……まぁ、そんな難くならないで」

「そうそう、気楽にな」

「うっす。ありがとうございます」

 確か、金子は樫田と増倉のテーブルにいたんだっけか。
 何の話したか、全く想像つかんな。
 てか、どういう組み合わせだよ(人のこと言えない自覚はない)。
 あ、でも轟先輩いるか。

「金子は向こうのテーブルで何話した?」

「普通に桑橋で一番怖い先生の話とかテストでの点数の取り方とか、一年のうちにやっといた方がいいことも、あと演劇部の一年間のスケジュールと教えてもらいました! めっちゃ面白かったっすよ!」

 色々話したな。さすが轟先輩だ。
 楽しそうな金子の様子から、轟先輩がかなり盛り上げただろう。

「まぁ、轟先輩は話止まらないからな」

「え」

「ん?」

「?」

「主に樫田先輩と増倉先輩が喋ってくださって、轟先輩はずっと肉焼いたっすよ?」

「「なっ!!??」」

 夏村と俺が絶句した。
 ば、馬鹿な。あの無限トークって怖くね? でお馴染みの轟先輩が喋らずに肉を焼いていただとぉ!
 何が起こったというのだ!

「……君たち、さっき言ったろ。今日は二年生がしっかりできているか見るのが仕事だって。驚き方が病的だよ」

「すみません。ちょっとあの轟先輩が喋らずに肉を焼いている姿が想像できなくて」

「理解を超えた」

 木崎先輩は半笑いで肉を配り、焼く。
 怒られないが故に、少し申し訳なくなった。

「でも、樫田と栞がそんなにたくさん話すイメージ湧かない」

「確かに」

 俺は肉を食いながら、夏村に同意した。

「そうなんですか? 増倉先輩が色々話を広げてくださって、樫田先輩がそれを補足しながら一つずつ進めてくださったんで、息の合った感じだったっす」

 そう言われると、少し想像はつく。
 いつも増倉があれしたいこれしたいと言った時は椎名が一番に反応するが、結局樫田がまとめること多いもんなぁ。
 そういうことか。

「そう、楽しそう」 

「あ、でも樫田先輩大変そうだったっすよ! 一番気を遣っていて、すごいっす!」

 ? なぜか、金子が何かをフォローするように、樫田を褒めた。
 何か、かすかな違和感を覚える。
 話していることは分かるし何一つ変なことはないが……。

「…………へぇ、金子もすごい、よく分かっている」

「っす」

 金子は小さく頷いた。
 夏村の言葉、その意味を金子は理解したのか。
 それ以上二人は何も言わなかった。

「……まぁまぁ、金子も夏村もほら、肉どうぞ」

「ありがとうございます」

「どうもです」

「……他のテーブルは他、ここのテーブルはここの話をしないと」

 んな、うちはうち、他所は他所みたいな……。
 でもそうか。これは歓迎会だもんな。
 目的は一年生を楽しませて仲良くなること。
 といいつつも、俺は何を話せば……。

「あー、その、なんだ、金子はどうして演劇部に?」

 考えるより先に口は開き、出たのは無難な質問だった。
 軽く出たが、金子は黙ってしまった。
 金子を見たが、その表情を語るには難しかった。
 無表情に近いが違う。
 何か言いたい、何かを表現したい。
 ああ、俺は本ベル前の幕裏のような感覚を覚えた。
 内に向かい。外に放つ。

「新しいことが、したかったからっすかね」

 どことない切なさを感じるような、柔らかいけど悲しい声。
 新しいこと? そう聞くのは簡単。
 だが、俺の感覚が訴える。
 ここで分からないといけない。
 金子が言ったことを真剣に受け止めるんだ。
 聞き返すとか、意味を探ろうとするのではない。
 会話でないからだ。問答でないからだ。
 本音だ。
 そして、俺は応える。

「そりゃあ、最高だな」

 気持ちで、率直に、感じたものを。
 正しいか、合っているか、その考えはなかった。
 ありったけを吐いた。

「え……」

 口から洩れた音で自覚したのか金子は驚いた顔をした。
 そんなに予想外だったか?
 木崎先輩も夏村も、またこいつは……みたいな顔しているし。

「すごいでしょ、こいつ」

「……っす」

 短く、何か通じ合ったのだろう。
 続けて夏村は言う。

「ま、私はそんなキザなことは言わないけど。たぶんはあるから」

「……夏村先輩もすごいっすね」

 クールな夏村らしい、端的な言い方だった。
 でも金子には十分だったのだろう。
 そう思わせる表情をしていた。
 対して、

「私はすごくない」

 はっきりとした否定。
 怒ってはいない。纏う雰囲気は穏やかでそこだけ切り取れば、油絵のような色鮮やかな温かみがあった。
 俺は知っている。
 核心なんて一切触れたことないが、演劇を通じて感じる彼女の秘めたる熱を。

「っすか。難しい……っすね」

「ええ、難しい……でも」

 一瞬、躊躇いを見せながらもすぐに微笑んで言う。

「楽しい」

 やはり夏村らしい端的な言葉だが、明確な応えだ。
 おいおい、人のことキザって言う割には満更でもないな。

「はは、最高じゃないですか、それ」

「そう、だから杉野も私も言った」

「違いないな」

「……全く、ここのテーブルはここの話をって言ったけど、胃もたれするぐらいの満腹感だよ」

 木崎先輩が困ったかのように言い、俺たちは爆笑した。
 馬鹿馬鹿しいことだ。
 まだ数週間も会っていないのに、抽象的すぎる会話で、各々が通じ合ったと確信している。
 木崎先輩がどう思い、金子がどう感じたは分からないが、俺は信じ、きっと夏村は断定しただろう。


 ああ、青春ってね。
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