ディルムッド悲恋譚

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5.妖精の黒子

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 思えば、物心ついたときには【女】に分類されるものと一定の距離を置く癖がついていた。


 ディルムッド・オディナの頬――…正面を向いたときに、ちょうど黒目の真下に来るあたりには、黒子ほくろがある。
 妖精からの贈り物であり、祝福である、女を魅了する呪いの込められた黒子だ。


 どうしてこんなものを、彼らは自分に与えたのかわからない。
 少なくとも自分にとってこれは、祝福ではなく厄災だった。

 この黒子があることにより、自分が望み、得たものなどただの一つもない。
 得る機会を失ったもの、持っていたのに失くしたものなら、数多ある。
 多すぎて、途中で数えるのを諦めたほどだ。


 自分に好意を持つ女はたくさんいたが、皆が皆操られた人形のようで、拒否感が先立つのに時間はかからなかった。


 女たちは皆、この黒子に宿った妖精の力に惑わされているだけだ。
 本質を見ている者など、誰一人としていない。


 男に体格や体力で敵うことの難しい女は、騎士としての自分にとって、守るべき対象ではある。
 だが、自分にとっての女はそれまでの存在。 それだけの存在。
 女に、夢も希望も抱いていないし、期待してもいない。


 仲間に、「女に興味はないのか」と揶揄やゆされたこともあるが、確かに自分は女に興味がない。
 だからといって、男に興味があるのかというと、それも違う気がする。
 恐らく自分には、他者と特別な関係になりたいという欲求が希薄きはくなのだと思う。


 そう考えた頭の片隅に、ふと浮かんだものがあって、苦笑した。


 いや、特別な関係を望んではいないが、自分にとって特別と思える存在ならば、いる。
 フィアナ騎士団の英雄――フィン・マックールだ。


 の方の特別になりたいとは思わない。
 けれど、この先ずっと彼の方のお傍にいられて、彼の方が子や孫や曾孫にまで囲まれて、大往生するときを見守れたら、とは思う。
 このとき、そう考えていた自分は、それが永遠に叶わない望みになるなどとは、知るよしもなかった。



「いい夜ね、ディルムッド・オディナ」



 突如として聞こえた女の声に、ハッとして顔を上げる。
 開け放した扉のところでゆるく微笑んでいたのは、彼の方の妻となるべき女。


 意図したわけではないが、彼女に向ける視線は厳しいものとなった。
 もしかすると、眉間には皺が刻まれているかもしれない。


 だが、致し方ないだろう。


 この女は、彼の方の妻となるべき身でありながら、他の男――…よりにもよって彼の方の息子をそそのかそうとするような魔女なのだから。
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