3 / 29
2.義甥との再会
ラファエル・クラウド・ナイト・ホワイトクロスの構える屋敷は、ホワイトクロス侯爵家の敷地内にあった。
だが、実はセラフは、彼の屋敷を訪れるのは初めてだ。
屋敷が完成したのは最近の話だし、セラフはラファエルとは、サンダルフォンの葬儀以来会っていない。
また、今回も、何かと理由をつけて避けられるだろう、と予想していた。
会いたい旨を綴った手紙を、使用人のダフネに届けてもらいはした。
だが、まさか、昨日の今日ですぐに、要約すれば「会いましょう、お待ちしています」となる快諾の返事が来るとは思わなかったのである。
もう少し、心の準備をする時間が欲しかった、というのが偽らざる本音だ。
彼は、侯爵家の仕事以外にも、慈善事業などを行っていて多忙なはずなのだ。
一週間程度の猶予があるのではないかと、油断していた。
そんなわけで、手ぶらで彼に会いに行くわけにもいかないが、中途半端なものを買って贈るわけにもいかず、セラフは苦し紛れでベイクドチーズケーキを手土産にした。
以前、義兄の屋敷で、ラファエルとも一緒に暮らしていたときに、美味しいと言ってもらった、はちみつとレモンの入ったチーズケーキだ。
もし、ラファエルが気に入らなくても、これならセラフが恥をかくだけで済む。
侯爵家の敷地は、広い。
もとは森だったところを切り開いて建てたらしいラファエルの屋敷は、それでも通りに面していて、不便さはない。
セラフの住む離れからだと、歩いて1時間ほどはかかった。
白を基調とした、立派な建物だ。大きさも、侯爵の屋敷とほぼ変わらない。
ラファエルは、自分が侯爵となったら、この今の侯爵の屋敷には移らずに、こちらを拠点にするつもりなのだろうか。
そんなことをぼんやりと考えた。
玄関の両開きの扉の前に立ったセラフは、ノッカーを叩く。
通常、内側に一人、警備も兼ねた男性の使用人がいて、扉を開けてくれる。
だから、今回もそうなのだろうと思っていたが、扉を開けてくれた人物の姿に、セラフは目を見張った。
「セラフさん、迷わなかった?」
銀の光沢を纏った黒髪は、角度によっては濃い銀髪にも見える。
きれいな瑠璃の瞳。
記憶の中より、ずいぶんと大人びた顔は、やはり義兄にも、サンダルフォンにも似ていなかったが、昔の面影は残っていた。
端正な顔立ちに、清廉で、どこか俗世とは一線を画した雰囲気がある。
扉を押さえて、セラフを出迎えてくれたのは、ほかならぬラファエルだったのだ。
「ええ、大丈夫。 こんにちは、ラファエル。 ご無沙汰しています」
ひとつ、頭を下げて、彼に促されるまま屋敷の中に入る。
「本当に、久しぶり。 貴女から訪ねてくれるなんて、嬉しい」
頬を紅潮させたラファエルは、心なしか、目も潤ませているようだ。
背も伸びて、肩幅が広く、がっしりとした体躯になってはいたものの、その様子は出会った頃のラファエルを思わせる。
ラファエルは、セラフが訪れる度にそんな表情をしたものだ。
ということは、避けられてはいても、嫌われてはいなかった、ということだろうか。
「あの、お口に合うかどうかわかりませんが、お茶請けを」
バスケットを差し出せば、彼はすぐに掛布を摘まんで中身を確認し、パッと顔を輝かせた。
「セラフさんのチーズケーキ。 これ、大好き。 ありがとう。 キャス」
ラファエルが呼べば、母親の年齢ほどの女性がやってきて、バスケットを受け取って去っていく。
「セラフさん、こちらへどうぞ」
セラフに向き直ったラファエルに促されるままに、セラフは歩を進める。
通されたのは、応接室のようなところだった。
二人掛けのソファに腰を下ろせば、深く沈んで、座り心地は最高だ。
だが、すぐに隣が沈むので、パッと見ると、ラファエルが隣に座ったところだった。
てっきり、低いテーブルをはさんで正面のソファに座ると思っていたセラフは面食らったが、顔を直視せずに話せるのはよかったかもしれない、と思い直す。
「きれいなお屋敷ですね」
「それは、建てたばかりだから」
まずは、当たり障りのない話題を口にしたつもりだったのだが、ラファエルは自慢するでもなく、そつのない微笑でそつのない答えを返す。
それだけで、納得してしまった。
これは、【鉄壁の守り】と称され、浮いた噂がひとつもないわけだ。
実にスマートに、会話を終わらせてくれる。
これで、脈ありと思える令嬢がいたら、見てみたい。
建てたばかりだからきれいなのは当たり前だ、と言われた、とセラフは受け取ったけれど、こんなに立派なお屋敷を建てられること自体が、すごいのだ。
その思いは、自然と唇から零れていた。
「努力されたのでしょうね」
ラファエルは、きれいな瑠璃の瞳を軽く見張った後で、ふっと顔を正面に向ける。
「まだまだ、私なんて。 もっと、努力しないと」
セラフから見えるのは、彼の横顔だけ。
でも、心なしか、その目元に朱がさしているようで、見つめ続けていれば、そっと彼の唇が動いた。
「…でも、貴女にそう言ってもらえるのは、嬉しい」
彼の、素直な気持ちを聞けたような気になって、思わずセラフは微笑んだ。
そして、彼に会ったら、伝えたいと思っていたことを、思い出す。
「…ずっと、言いそびれていたけれど、夫が亡くなったとき、支えてくれて、ありがとう」
実を言うと、どうやって、夫の葬儀を過ごしたかも、覚えていない。
気が付いたら、葬儀は終わっていて、その間ずっと、ラファエルが隣にいてくれたことは、おぼろげに記憶していた。
きっと、葬儀の間ずっと、ラファエルがセラフの動作の補助をしてくれていて、セラフは考えることもできずに、それに従っていたのだと思う。
ラファエルのおかげでセラフは、夫の葬儀で、夫に恥をかかせずに、済んだ。
気づけば、ラファエルはセラフに向き直っていて、労りに満ちた瑠璃の瞳で、セラフを見つめて、甘く、解けるような微笑みを浮かべていた。
「…どういたしまして」
だが、実はセラフは、彼の屋敷を訪れるのは初めてだ。
屋敷が完成したのは最近の話だし、セラフはラファエルとは、サンダルフォンの葬儀以来会っていない。
また、今回も、何かと理由をつけて避けられるだろう、と予想していた。
会いたい旨を綴った手紙を、使用人のダフネに届けてもらいはした。
だが、まさか、昨日の今日ですぐに、要約すれば「会いましょう、お待ちしています」となる快諾の返事が来るとは思わなかったのである。
もう少し、心の準備をする時間が欲しかった、というのが偽らざる本音だ。
彼は、侯爵家の仕事以外にも、慈善事業などを行っていて多忙なはずなのだ。
一週間程度の猶予があるのではないかと、油断していた。
そんなわけで、手ぶらで彼に会いに行くわけにもいかないが、中途半端なものを買って贈るわけにもいかず、セラフは苦し紛れでベイクドチーズケーキを手土産にした。
以前、義兄の屋敷で、ラファエルとも一緒に暮らしていたときに、美味しいと言ってもらった、はちみつとレモンの入ったチーズケーキだ。
もし、ラファエルが気に入らなくても、これならセラフが恥をかくだけで済む。
侯爵家の敷地は、広い。
もとは森だったところを切り開いて建てたらしいラファエルの屋敷は、それでも通りに面していて、不便さはない。
セラフの住む離れからだと、歩いて1時間ほどはかかった。
白を基調とした、立派な建物だ。大きさも、侯爵の屋敷とほぼ変わらない。
ラファエルは、自分が侯爵となったら、この今の侯爵の屋敷には移らずに、こちらを拠点にするつもりなのだろうか。
そんなことをぼんやりと考えた。
玄関の両開きの扉の前に立ったセラフは、ノッカーを叩く。
通常、内側に一人、警備も兼ねた男性の使用人がいて、扉を開けてくれる。
だから、今回もそうなのだろうと思っていたが、扉を開けてくれた人物の姿に、セラフは目を見張った。
「セラフさん、迷わなかった?」
銀の光沢を纏った黒髪は、角度によっては濃い銀髪にも見える。
きれいな瑠璃の瞳。
記憶の中より、ずいぶんと大人びた顔は、やはり義兄にも、サンダルフォンにも似ていなかったが、昔の面影は残っていた。
端正な顔立ちに、清廉で、どこか俗世とは一線を画した雰囲気がある。
扉を押さえて、セラフを出迎えてくれたのは、ほかならぬラファエルだったのだ。
「ええ、大丈夫。 こんにちは、ラファエル。 ご無沙汰しています」
ひとつ、頭を下げて、彼に促されるまま屋敷の中に入る。
「本当に、久しぶり。 貴女から訪ねてくれるなんて、嬉しい」
頬を紅潮させたラファエルは、心なしか、目も潤ませているようだ。
背も伸びて、肩幅が広く、がっしりとした体躯になってはいたものの、その様子は出会った頃のラファエルを思わせる。
ラファエルは、セラフが訪れる度にそんな表情をしたものだ。
ということは、避けられてはいても、嫌われてはいなかった、ということだろうか。
「あの、お口に合うかどうかわかりませんが、お茶請けを」
バスケットを差し出せば、彼はすぐに掛布を摘まんで中身を確認し、パッと顔を輝かせた。
「セラフさんのチーズケーキ。 これ、大好き。 ありがとう。 キャス」
ラファエルが呼べば、母親の年齢ほどの女性がやってきて、バスケットを受け取って去っていく。
「セラフさん、こちらへどうぞ」
セラフに向き直ったラファエルに促されるままに、セラフは歩を進める。
通されたのは、応接室のようなところだった。
二人掛けのソファに腰を下ろせば、深く沈んで、座り心地は最高だ。
だが、すぐに隣が沈むので、パッと見ると、ラファエルが隣に座ったところだった。
てっきり、低いテーブルをはさんで正面のソファに座ると思っていたセラフは面食らったが、顔を直視せずに話せるのはよかったかもしれない、と思い直す。
「きれいなお屋敷ですね」
「それは、建てたばかりだから」
まずは、当たり障りのない話題を口にしたつもりだったのだが、ラファエルは自慢するでもなく、そつのない微笑でそつのない答えを返す。
それだけで、納得してしまった。
これは、【鉄壁の守り】と称され、浮いた噂がひとつもないわけだ。
実にスマートに、会話を終わらせてくれる。
これで、脈ありと思える令嬢がいたら、見てみたい。
建てたばかりだからきれいなのは当たり前だ、と言われた、とセラフは受け取ったけれど、こんなに立派なお屋敷を建てられること自体が、すごいのだ。
その思いは、自然と唇から零れていた。
「努力されたのでしょうね」
ラファエルは、きれいな瑠璃の瞳を軽く見張った後で、ふっと顔を正面に向ける。
「まだまだ、私なんて。 もっと、努力しないと」
セラフから見えるのは、彼の横顔だけ。
でも、心なしか、その目元に朱がさしているようで、見つめ続けていれば、そっと彼の唇が動いた。
「…でも、貴女にそう言ってもらえるのは、嬉しい」
彼の、素直な気持ちを聞けたような気になって、思わずセラフは微笑んだ。
そして、彼に会ったら、伝えたいと思っていたことを、思い出す。
「…ずっと、言いそびれていたけれど、夫が亡くなったとき、支えてくれて、ありがとう」
実を言うと、どうやって、夫の葬儀を過ごしたかも、覚えていない。
気が付いたら、葬儀は終わっていて、その間ずっと、ラファエルが隣にいてくれたことは、おぼろげに記憶していた。
きっと、葬儀の間ずっと、ラファエルがセラフの動作の補助をしてくれていて、セラフは考えることもできずに、それに従っていたのだと思う。
ラファエルのおかげでセラフは、夫の葬儀で、夫に恥をかかせずに、済んだ。
気づけば、ラファエルはセラフに向き直っていて、労りに満ちた瑠璃の瞳で、セラフを見つめて、甘く、解けるような微笑みを浮かべていた。
「…どういたしまして」
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です!
https://estar.jp/novels/26513389
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。