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2.義甥との再会
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ラファエル・クラウド・ナイト・ホワイトクロスの構える屋敷は、ホワイトクロス侯爵家の敷地内にあった。
だが、実はセラフは、彼の屋敷を訪れるのは初めてだ。
屋敷が完成したのは最近の話だし、セラフはラファエルとは、サンダルフォンの葬儀以来会っていない。
また、今回も、何かと理由をつけて避けられるだろう、と予想していた。
会いたい旨を綴った手紙を、使用人のダフネに届けてもらいはした。
だが、まさか、昨日の今日ですぐに、要約すれば「会いましょう、お待ちしています」となる快諾の返事が来るとは思わなかったのである。
もう少し、心の準備をする時間が欲しかった、というのが偽らざる本音だ。
彼は、侯爵家の仕事以外にも、慈善事業などを行っていて多忙なはずなのだ。
一週間程度の猶予があるのではないかと、油断していた。
そんなわけで、手ぶらで彼に会いに行くわけにもいかないが、中途半端なものを買って贈るわけにもいかず、セラフは苦し紛れでベイクドチーズケーキを手土産にした。
以前、義兄の屋敷で、ラファエルとも一緒に暮らしていたときに、美味しいと言ってもらった、はちみつとレモンの入ったチーズケーキだ。
もし、ラファエルが気に入らなくても、これならセラフが恥をかくだけで済む。
侯爵家の敷地は、広い。
もとは森だったところを切り開いて建てたらしいラファエルの屋敷は、それでも通りに面していて、不便さはない。
セラフの住む離れからだと、歩いて1時間ほどはかかった。
白を基調とした、立派な建物だ。大きさも、侯爵の屋敷とほぼ変わらない。
ラファエルは、自分が侯爵となったら、この今の侯爵の屋敷には移らずに、こちらを拠点にするつもりなのだろうか。
そんなことをぼんやりと考えた。
玄関の両開きの扉の前に立ったセラフは、ノッカーを叩く。
通常、内側に一人、警備も兼ねた男性の使用人がいて、扉を開けてくれる。
だから、今回もそうなのだろうと思っていたが、扉を開けてくれた人物の姿に、セラフは目を見張った。
「セラフさん、迷わなかった?」
銀の光沢を纏った黒髪は、角度によっては濃い銀髪にも見える。
きれいな瑠璃の瞳。
記憶の中より、ずいぶんと大人びた顔は、やはり義兄にも、サンダルフォンにも似ていなかったが、昔の面影は残っていた。
端正な顔立ちに、清廉で、どこか俗世とは一線を画した雰囲気がある。
扉を押さえて、セラフを出迎えてくれたのは、ほかならぬラファエルだったのだ。
「ええ、大丈夫。 こんにちは、ラファエル。 ご無沙汰しています」
ひとつ、頭を下げて、彼に促されるまま屋敷の中に入る。
「本当に、久しぶり。 貴女から訪ねてくれるなんて、嬉しい」
頬を紅潮させたラファエルは、心なしか、目も潤ませているようだ。
背も伸びて、肩幅が広く、がっしりとした体躯になってはいたものの、その様子は出会った頃のラファエルを思わせる。
ラファエルは、セラフが訪れる度にそんな表情をしたものだ。
ということは、避けられてはいても、嫌われてはいなかった、ということだろうか。
「あの、お口に合うかどうかわかりませんが、お茶請けを」
バスケットを差し出せば、彼はすぐに掛布を摘まんで中身を確認し、パッと顔を輝かせた。
「セラフさんのチーズケーキ。 これ、大好き。 ありがとう。 キャス」
ラファエルが呼べば、母親の年齢ほどの女性がやってきて、バスケットを受け取って去っていく。
「セラフさん、こちらへどうぞ」
セラフに向き直ったラファエルに促されるままに、セラフは歩を進める。
通されたのは、応接室のようなところだった。
二人掛けのソファに腰を下ろせば、深く沈んで、座り心地は最高だ。
だが、すぐに隣が沈むので、パッと見ると、ラファエルが隣に座ったところだった。
てっきり、低いテーブルをはさんで正面のソファに座ると思っていたセラフは面食らったが、顔を直視せずに話せるのはよかったかもしれない、と思い直す。
「きれいなお屋敷ですね」
「それは、建てたばかりだから」
まずは、当たり障りのない話題を口にしたつもりだったのだが、ラファエルは自慢するでもなく、そつのない微笑でそつのない答えを返す。
それだけで、納得してしまった。
これは、【鉄壁の守り】と称され、浮いた噂がひとつもないわけだ。
実にスマートに、会話を終わらせてくれる。
これで、脈ありと思える令嬢がいたら、見てみたい。
建てたばかりだからきれいなのは当たり前だ、と言われた、とセラフは受け取ったけれど、こんなに立派なお屋敷を建てられること自体が、すごいのだ。
その思いは、自然と唇から零れていた。
「努力されたのでしょうね」
ラファエルは、きれいな瑠璃の瞳を軽く見張った後で、ふっと顔を正面に向ける。
「まだまだ、私なんて。 もっと、努力しないと」
セラフから見えるのは、彼の横顔だけ。
でも、心なしか、その目元に朱がさしているようで、見つめ続けていれば、そっと彼の唇が動いた。
「…でも、貴女にそう言ってもらえるのは、嬉しい」
彼の、素直な気持ちを聞けたような気になって、思わずセラフは微笑んだ。
そして、彼に会ったら、伝えたいと思っていたことを、思い出す。
「…ずっと、言いそびれていたけれど、夫が亡くなったとき、支えてくれて、ありがとう」
実を言うと、どうやって、夫の葬儀を過ごしたかも、覚えていない。
気が付いたら、葬儀は終わっていて、その間ずっと、ラファエルが隣にいてくれたことは、おぼろげに記憶していた。
きっと、葬儀の間ずっと、ラファエルがセラフの動作の補助をしてくれていて、セラフは考えることもできずに、それに従っていたのだと思う。
ラファエルのおかげでセラフは、夫の葬儀で、夫に恥をかかせずに、済んだ。
気づけば、ラファエルはセラフに向き直っていて、労りに満ちた瑠璃の瞳で、セラフを見つめて、甘く、解けるような微笑みを浮かべていた。
「…どういたしまして」
だが、実はセラフは、彼の屋敷を訪れるのは初めてだ。
屋敷が完成したのは最近の話だし、セラフはラファエルとは、サンダルフォンの葬儀以来会っていない。
また、今回も、何かと理由をつけて避けられるだろう、と予想していた。
会いたい旨を綴った手紙を、使用人のダフネに届けてもらいはした。
だが、まさか、昨日の今日ですぐに、要約すれば「会いましょう、お待ちしています」となる快諾の返事が来るとは思わなかったのである。
もう少し、心の準備をする時間が欲しかった、というのが偽らざる本音だ。
彼は、侯爵家の仕事以外にも、慈善事業などを行っていて多忙なはずなのだ。
一週間程度の猶予があるのではないかと、油断していた。
そんなわけで、手ぶらで彼に会いに行くわけにもいかないが、中途半端なものを買って贈るわけにもいかず、セラフは苦し紛れでベイクドチーズケーキを手土産にした。
以前、義兄の屋敷で、ラファエルとも一緒に暮らしていたときに、美味しいと言ってもらった、はちみつとレモンの入ったチーズケーキだ。
もし、ラファエルが気に入らなくても、これならセラフが恥をかくだけで済む。
侯爵家の敷地は、広い。
もとは森だったところを切り開いて建てたらしいラファエルの屋敷は、それでも通りに面していて、不便さはない。
セラフの住む離れからだと、歩いて1時間ほどはかかった。
白を基調とした、立派な建物だ。大きさも、侯爵の屋敷とほぼ変わらない。
ラファエルは、自分が侯爵となったら、この今の侯爵の屋敷には移らずに、こちらを拠点にするつもりなのだろうか。
そんなことをぼんやりと考えた。
玄関の両開きの扉の前に立ったセラフは、ノッカーを叩く。
通常、内側に一人、警備も兼ねた男性の使用人がいて、扉を開けてくれる。
だから、今回もそうなのだろうと思っていたが、扉を開けてくれた人物の姿に、セラフは目を見張った。
「セラフさん、迷わなかった?」
銀の光沢を纏った黒髪は、角度によっては濃い銀髪にも見える。
きれいな瑠璃の瞳。
記憶の中より、ずいぶんと大人びた顔は、やはり義兄にも、サンダルフォンにも似ていなかったが、昔の面影は残っていた。
端正な顔立ちに、清廉で、どこか俗世とは一線を画した雰囲気がある。
扉を押さえて、セラフを出迎えてくれたのは、ほかならぬラファエルだったのだ。
「ええ、大丈夫。 こんにちは、ラファエル。 ご無沙汰しています」
ひとつ、頭を下げて、彼に促されるまま屋敷の中に入る。
「本当に、久しぶり。 貴女から訪ねてくれるなんて、嬉しい」
頬を紅潮させたラファエルは、心なしか、目も潤ませているようだ。
背も伸びて、肩幅が広く、がっしりとした体躯になってはいたものの、その様子は出会った頃のラファエルを思わせる。
ラファエルは、セラフが訪れる度にそんな表情をしたものだ。
ということは、避けられてはいても、嫌われてはいなかった、ということだろうか。
「あの、お口に合うかどうかわかりませんが、お茶請けを」
バスケットを差し出せば、彼はすぐに掛布を摘まんで中身を確認し、パッと顔を輝かせた。
「セラフさんのチーズケーキ。 これ、大好き。 ありがとう。 キャス」
ラファエルが呼べば、母親の年齢ほどの女性がやってきて、バスケットを受け取って去っていく。
「セラフさん、こちらへどうぞ」
セラフに向き直ったラファエルに促されるままに、セラフは歩を進める。
通されたのは、応接室のようなところだった。
二人掛けのソファに腰を下ろせば、深く沈んで、座り心地は最高だ。
だが、すぐに隣が沈むので、パッと見ると、ラファエルが隣に座ったところだった。
てっきり、低いテーブルをはさんで正面のソファに座ると思っていたセラフは面食らったが、顔を直視せずに話せるのはよかったかもしれない、と思い直す。
「きれいなお屋敷ですね」
「それは、建てたばかりだから」
まずは、当たり障りのない話題を口にしたつもりだったのだが、ラファエルは自慢するでもなく、そつのない微笑でそつのない答えを返す。
それだけで、納得してしまった。
これは、【鉄壁の守り】と称され、浮いた噂がひとつもないわけだ。
実にスマートに、会話を終わらせてくれる。
これで、脈ありと思える令嬢がいたら、見てみたい。
建てたばかりだからきれいなのは当たり前だ、と言われた、とセラフは受け取ったけれど、こんなに立派なお屋敷を建てられること自体が、すごいのだ。
その思いは、自然と唇から零れていた。
「努力されたのでしょうね」
ラファエルは、きれいな瑠璃の瞳を軽く見張った後で、ふっと顔を正面に向ける。
「まだまだ、私なんて。 もっと、努力しないと」
セラフから見えるのは、彼の横顔だけ。
でも、心なしか、その目元に朱がさしているようで、見つめ続けていれば、そっと彼の唇が動いた。
「…でも、貴女にそう言ってもらえるのは、嬉しい」
彼の、素直な気持ちを聞けたような気になって、思わずセラフは微笑んだ。
そして、彼に会ったら、伝えたいと思っていたことを、思い出す。
「…ずっと、言いそびれていたけれど、夫が亡くなったとき、支えてくれて、ありがとう」
実を言うと、どうやって、夫の葬儀を過ごしたかも、覚えていない。
気が付いたら、葬儀は終わっていて、その間ずっと、ラファエルが隣にいてくれたことは、おぼろげに記憶していた。
きっと、葬儀の間ずっと、ラファエルがセラフの動作の補助をしてくれていて、セラフは考えることもできずに、それに従っていたのだと思う。
ラファエルのおかげでセラフは、夫の葬儀で、夫に恥をかかせずに、済んだ。
気づけば、ラファエルはセラフに向き直っていて、労りに満ちた瑠璃の瞳で、セラフを見つめて、甘く、解けるような微笑みを浮かべていた。
「…どういたしまして」
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