【R18】サンドリヨンの秘密

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第1章 サンドリヨンが王子様に捕まるまで

5.サンドリヨンのそれは、女装癖ではありません。

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「…それで? お嬢さんは、女装癖でもあるの?」
 男である自分をまだ【お嬢さん】と呼び続けるんだな、と思いつつも、その言葉に、アシュリーは納得する。

 値踏みするような視線だと感じたが、値踏みではなく若干の侮蔑と嘲りの混じった視線だったのかもしれない。
 ぎゅっと心臓が締め付けられるような思いがする。

 アシュリーのこれは、女装癖という一言で片づけられるものではない。

 だってアシュリーは、分別のつく年齢になるまで自分を【女】だと思って生きてきた。 自分が、【男】だなんて、知らなかったのだ。
 綺麗なものも、可愛いものも、甘いものも大好きだった。 否、今でも大好きだ。

 その好み・思考はきっと、男だから、女だから、ということではなく、アシュリーがアシュリーだから、なのだと思う。
 アシュリーはそんな自分を、否定もしない。

「母が、私を女として育てましたから、ずっと女として生きてきましたし、書類上も私は女になっています。 私はこの格好が好きだし、自分に似合うと知っています。 だから、私にとって女の格好をすることは普通で自然のことです」

 母には魔力はなかったが、もしかすると、未来を読む力でもあったのかもしれない。
 こういうふうに考えるようになったのは最近だ。

 自分が、男なのに女として育てられていると知ったときは、母は女の子が欲しかったから、アシュリーに女の子の格好をさせているのだと思っていた。
 今更男だなんて言い出せない惰性もあったが、単純に女性の格好が好きだったから、母亡き後も女として生きてきた。
 それが、結果として、アシュリーの身を守ることとなったのだと思う。
 なぜなら。

「私が男だったら、家督を継ぐのは私と決まっていたはずです。 魔力なしの男児が跡取りなんて、誰も認めないでしょう」
 だから、アシュリーは女として育てられてよかったと思うし、今の自分がそれなりに気に入っている。

 今度は、美女の表情が怪訝そうなものになった。
 もしくは、アシュリーの正気を疑うようなものに、だろうか。

「そんな大事なこと、私に言ってよかったの?」
「そうですね。 でも、女ではない私を、舞踏会に連れて行く意味もないと、わかっていただけるかと思いまして」
 あとは、なぜか不思議と既視感を覚えたから。
 見ず知らずの人に既視感なんて、おかしいのはわかっているから言わないけれど。

 美女はまた思案するような表情でいたが、ちらりと視線をアシュリーに向けた。
「それでも、私は君を舞踏会に連れて行くよう頼まれているんだ。 私を助けると思って、一緒に来てはもらえない?」
 美女は、頼んではいるけれど、へりくだってはいない。 命じているわけでもなく、真摯にアシュリーに向き合ってくれている。 そう感じた。

 即答できずにいるアシュリーに、美女は続ける。
「悪いようにはしないよ。 一瞬顔を出すだけでいい。 私が移動魔法で君を城まで連れて行くし、君が帰りたいと思ったらすぐに送ってあげる。 この家のことだって、私がやっておくよ」

 彼女が真剣なことはわかった。
 城からの使いであるのならば、もしかしたらアシュリーが行かないことで何かお叱りや罰を受けるのかもしれない。

 そのように考えれば、彼女の依頼をばっさりと切り捨てることができなくなる。
 よく知らない彼女だけれど、自分のせいで誰かが不幸になるのはもう見たくない。
 頷こうか、そう思ったアシュリーの頭に、ぽんっと別の問題が降って湧いた。
「でも、私、舞踏会に行けるようなドレスは持っていませんし」

 きょとん、とした美女だったが、手を口元に持って行く。
 何をするのかと見ていれば、右手の薬指に嵌まった、シンプルな銀色の指輪に口づけて宙に両手を伸ばした。
 一瞬、彼女の両手が消失したように見えて、ぎょっとする。
 が、瞬きひとつの間に、ばさりと音を伴って、淡いブルーのドレスを掴んだ彼女の手が現れる。
 現れたドレスよりもまず、ドレスが現れたことに、アシュリーは驚き、混乱していた。
 今のはもしや、魔法で、【詠唱破棄】というものだろうか。

 魔法を使う必要のある職に就いているひとには、魔法陣や式の刻まれた装飾具を身につけることが許可されている。 急務の際に、長ったらしい詠唱を全くせずに魔法や魔術を発動させるためだと聞いた。
 父も、指にはいくつかの指輪をつけていたが、それは継母や継姉たちには許可のされていないもの。
 父が指輪を媒介に魔法を使う様子も目にしたことがあるが、魔法というより手品のようだな、というのが正直な感想だ。

 魔法と魔術の違いも、アシュリーにとっては曖昧ではあるが、どうやら難しい術式等を用意しなくても、魔力を媒介に発動や行使が可能なものを魔法と分類するらしい。
 よって、精霊の加護持ちの騎士たちは、魔法騎士と呼ばれるのだ。 基本的に、精霊を使役することは魔法であり、【詠唱破棄】が可能なものは魔法と分類される。
 逆に、理論から式を組み立てて一定の原理や原則に従って行使されるものを魔術と呼ぶ。 簡単に言えば、大系システムの構築は魔術という分類だ。 家全体を囲むように結界を張り巡らすだとか、材料を寄せ集めて何かを作り出すだとか。
 今、彼女が披露したのは、【魔法】の方だ。
 違いがあるものの、魔力のない人間にとっては、全てが【魔法】で通ってしまうし、取り締まりの法だってわかりやすく【魔法令】という名だ。 その程度のものなので、アシュリーは深く考えないようにしている。 【魔法】の中の一部が【魔術】という認識でいる。 だから、大きな括りとしては【魔法】で間違いないのだ。

「これでどう?」
 彼女は、ドレスを掲げながら、微笑む。

 まさかとは思うが、これはアシュリーが着るためのドレスだというのか。
 こんなドレスまで用意して、王都の年頃の女性をかき集めたいだなんて、王子に妃を選ばせるための部署がつくられたり、そのために予算まで割かれたりしているのだろう。

 アシュリーの目は、美女が掲げたドレスに釘付けになる。
 綺麗なものや可愛いものは、大好きだ。
 きちんとした正装をするのも、何年ぶりだろう。
 見せられたドレスに、アシュリーの興味と食指が動いてしまった。

「…わかりました」
 そう、ひとつ頷く自分の心が、少し浮き足立ち始めたのを、アシュリーは感じている。

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