27 / 42
第2章 サンドリヨンが王子様に捕まってから
王子様と右腕。(上)
しおりを挟む
王子個人の従者にして、右腕を自負しているヒューなので、美しいものや綺麗なものに対するハードルは、かなり高めである自覚もある。
幼い頃から、あの王子兄弟を相手にしてきたのだ。
あの凶悪な顔面に対する耐性がついたことが幸か不幸か、並大抵の美貌では心が動かなくなった。
だというのに、目の前のこの存在はなんだろう。
「ヒュー、彼女…いや彼は、アシュリー。 私の婚約者だ。 アシュリー、彼はヒュー。 私の幼馴染で、従者だよ」
「…あの…、貴方の婚約者は、【雲英雪の妖精】では…?」
混乱を抱えながら、ヒューは尋ねた。
ヒューの記憶が確かなら、あの日、殿下が婚約者だと紹介した【雲英雪の妖精】と、今目の前にいる婚約者・アシュリーが全く重ならない。
どこか遠くの国で、【狐につままれた】というような表現があるようだが、正にそれだ。
あの日目にした【雲英雪の妖精】は、魅力的ではあったがそれまでで、ヒューには【不憫】で【不運】という感想が先に立った。
でも、今目の前にいるこの存在は、纏う空気がとても清らかで、あの日目にした【雲英雪の妖精】よりも麗しい。
繰り返しにはなるが、目の前の存在はとても清らかなのだ。
同じ世界に存在しているのが、にわかには信じられないほどに。
天上の存在ほど眩しくはない。
神々しいという表現も適さない。
言うなれば、聖人、あるいは聖女。
不可侵の領域に属する存在、というのが適当だろう。
そう理解した瞬間、ヒューの中でのその存在は、主君の婚約者であるというそれだけではなく、護るべき至高の存在になったのだ。
半ば、呆けるように――見惚れる、と言った反応とは少し違うということを伝えておきたい――その存在を見つめ続けるしかないヒューに、殿下が声をかけた。
「ああ、オリヴィエが変化の類の魔法をかけていたからね。 彼を彼とわからなくても無理はない」
私はわかったけれどね、という言外の言葉がヒューには届いた。
お前にはわからなかっただろう、という含みもだ。
恋は人を盲目にするとはよく言ったものだ。
その前から、殿下には少々常軌を逸したところがあったが、天才の考えは凡人にはわからないのだとヒューは割り切って生きてきた。
簡単に言ってしまえば、ヒューは、殿下を妄信的に崇拝しているということなのだと思う。
そこまで考えて、ヒューはもうひとつ、気づいた。
殿下の言葉の中の、妙な言葉に。
それが何だったかと記憶を辿って、ヒューは違和感の原因を突き止める。
聖人のようなその存在を見つめて、首を捻った。
「………彼………?」
彼、とは女性には使わない言葉だ。
殿下は今、誰を、【彼】と呼んだのか?
だが、殿下はヒューのその呟きを、ヒューの意図とは違った風に捉えたらしかった。
その邪悪に美しい――年を重ねるにつれてそうとしか表現できなくなった――顔の眉根を悩まし気に寄せた殿下は、顎に手を当ててわずかに首を揺らす。
「私の【雲英雪の妖精】をどう呼ぶかは非常に難しい問題だとは思っている。 彼と呼ぶべきか、彼女と呼ぶべきか…」
期待はしていなかったがやはり、殿下からヒューの期待する答えは返ってこない。
そうすれば、清浄な空気を纏ったその麗しい存在が――邪悪な美貌の殿下の隣にいると、八割増しで清らかに見える。 これが相乗効果だろう――そっと口を開いた。
「あの、殿下。 私、呼ばれ方にそれほど拘りはありません。 もともと、性別という概念は薄いので、彼でも彼女でも問題はないというか…。 むしろ、彼女と呼んでいただいた方が、不都合は少ないかと思います」
ちらちらとヒューの様子を気にするその存在から、「出来れば察してほしい」という空気がするのをヒューは感じ取った。
これでも殿下の従者で右腕なのだ。
周囲を気にしない殿下に変わり、空気を読むのは特技とさえ言えると思っている。
殿下の【雲英雪の妖精】は明言を避けているが、どうやらこの存在は――女性にしか見えないけれど――男性らしい。
「ああ、なるほど…殿下の婚約者は本当に、【妖精】なのですね…。 納得しました」
得られたのは納得以上のものだったと言ってもいい。
その方は、ヒューが直感したように、【聖人】【聖女】【妖精】…。 まさしくそのような、人間とは次元を別にする、人間以上の存在のようだ。
そんな存在の身近に置いていただける僥倖に預かれたことが光栄としか言いようがない。
因みに、ヒューの理解では、殿下は邪悪な方に次元を超越していて、人外に片足はどっぷり浸かっていると思っている。
その殿下は、【雲英雪の妖精】が婚約者で逃げずに――逃げられないと諦めたに違いないが――隣にいてくれることがよほど嬉しいらしく、にこにこと上機嫌だ。
「ああ、そうなんだ。 だからお前も、そのことを踏まえた上で、立ち振る舞ってもらえると有難い。 頼りにしているよ、ヒュー」
「あの、ご迷惑をおかけすることも多いかと存じますが、よろしくお願いします…」
清らかな雰囲気しかない雲英雪の妖精だが、恐縮した様子で控えめに微笑む様はまさしく聖女で、ヒューは思わず自分の胸に右手を当て、足を揃えて姿勢を正していた。
「は、はい、自分でよければ、影ながら、誠心誠意お仕えさせていただきます!」
「はい、よろしくお願いします」
畏まって会釈をする雲英雪の妖精は、世俗の醜いことや汚いことなどきっと知らないのだろう。
この方にはそれらのことは知らないまま、きれいなものだけを見ていてほしいと、ヒューは思ったし、そのために出来る限りのことをしようと心に誓う。
幼い頃から、あの王子兄弟を相手にしてきたのだ。
あの凶悪な顔面に対する耐性がついたことが幸か不幸か、並大抵の美貌では心が動かなくなった。
だというのに、目の前のこの存在はなんだろう。
「ヒュー、彼女…いや彼は、アシュリー。 私の婚約者だ。 アシュリー、彼はヒュー。 私の幼馴染で、従者だよ」
「…あの…、貴方の婚約者は、【雲英雪の妖精】では…?」
混乱を抱えながら、ヒューは尋ねた。
ヒューの記憶が確かなら、あの日、殿下が婚約者だと紹介した【雲英雪の妖精】と、今目の前にいる婚約者・アシュリーが全く重ならない。
どこか遠くの国で、【狐につままれた】というような表現があるようだが、正にそれだ。
あの日目にした【雲英雪の妖精】は、魅力的ではあったがそれまでで、ヒューには【不憫】で【不運】という感想が先に立った。
でも、今目の前にいるこの存在は、纏う空気がとても清らかで、あの日目にした【雲英雪の妖精】よりも麗しい。
繰り返しにはなるが、目の前の存在はとても清らかなのだ。
同じ世界に存在しているのが、にわかには信じられないほどに。
天上の存在ほど眩しくはない。
神々しいという表現も適さない。
言うなれば、聖人、あるいは聖女。
不可侵の領域に属する存在、というのが適当だろう。
そう理解した瞬間、ヒューの中でのその存在は、主君の婚約者であるというそれだけではなく、護るべき至高の存在になったのだ。
半ば、呆けるように――見惚れる、と言った反応とは少し違うということを伝えておきたい――その存在を見つめ続けるしかないヒューに、殿下が声をかけた。
「ああ、オリヴィエが変化の類の魔法をかけていたからね。 彼を彼とわからなくても無理はない」
私はわかったけれどね、という言外の言葉がヒューには届いた。
お前にはわからなかっただろう、という含みもだ。
恋は人を盲目にするとはよく言ったものだ。
その前から、殿下には少々常軌を逸したところがあったが、天才の考えは凡人にはわからないのだとヒューは割り切って生きてきた。
簡単に言ってしまえば、ヒューは、殿下を妄信的に崇拝しているということなのだと思う。
そこまで考えて、ヒューはもうひとつ、気づいた。
殿下の言葉の中の、妙な言葉に。
それが何だったかと記憶を辿って、ヒューは違和感の原因を突き止める。
聖人のようなその存在を見つめて、首を捻った。
「………彼………?」
彼、とは女性には使わない言葉だ。
殿下は今、誰を、【彼】と呼んだのか?
だが、殿下はヒューのその呟きを、ヒューの意図とは違った風に捉えたらしかった。
その邪悪に美しい――年を重ねるにつれてそうとしか表現できなくなった――顔の眉根を悩まし気に寄せた殿下は、顎に手を当ててわずかに首を揺らす。
「私の【雲英雪の妖精】をどう呼ぶかは非常に難しい問題だとは思っている。 彼と呼ぶべきか、彼女と呼ぶべきか…」
期待はしていなかったがやはり、殿下からヒューの期待する答えは返ってこない。
そうすれば、清浄な空気を纏ったその麗しい存在が――邪悪な美貌の殿下の隣にいると、八割増しで清らかに見える。 これが相乗効果だろう――そっと口を開いた。
「あの、殿下。 私、呼ばれ方にそれほど拘りはありません。 もともと、性別という概念は薄いので、彼でも彼女でも問題はないというか…。 むしろ、彼女と呼んでいただいた方が、不都合は少ないかと思います」
ちらちらとヒューの様子を気にするその存在から、「出来れば察してほしい」という空気がするのをヒューは感じ取った。
これでも殿下の従者で右腕なのだ。
周囲を気にしない殿下に変わり、空気を読むのは特技とさえ言えると思っている。
殿下の【雲英雪の妖精】は明言を避けているが、どうやらこの存在は――女性にしか見えないけれど――男性らしい。
「ああ、なるほど…殿下の婚約者は本当に、【妖精】なのですね…。 納得しました」
得られたのは納得以上のものだったと言ってもいい。
その方は、ヒューが直感したように、【聖人】【聖女】【妖精】…。 まさしくそのような、人間とは次元を別にする、人間以上の存在のようだ。
そんな存在の身近に置いていただける僥倖に預かれたことが光栄としか言いようがない。
因みに、ヒューの理解では、殿下は邪悪な方に次元を超越していて、人外に片足はどっぷり浸かっていると思っている。
その殿下は、【雲英雪の妖精】が婚約者で逃げずに――逃げられないと諦めたに違いないが――隣にいてくれることがよほど嬉しいらしく、にこにこと上機嫌だ。
「ああ、そうなんだ。 だからお前も、そのことを踏まえた上で、立ち振る舞ってもらえると有難い。 頼りにしているよ、ヒュー」
「あの、ご迷惑をおかけすることも多いかと存じますが、よろしくお願いします…」
清らかな雰囲気しかない雲英雪の妖精だが、恐縮した様子で控えめに微笑む様はまさしく聖女で、ヒューは思わず自分の胸に右手を当て、足を揃えて姿勢を正していた。
「は、はい、自分でよければ、影ながら、誠心誠意お仕えさせていただきます!」
「はい、よろしくお願いします」
畏まって会釈をする雲英雪の妖精は、世俗の醜いことや汚いことなどきっと知らないのだろう。
この方にはそれらのことは知らないまま、きれいなものだけを見ていてほしいと、ヒューは思ったし、そのために出来る限りのことをしようと心に誓う。
6
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
【完結】第三王子、ただいま輸送中。理由は多分、大臣です
ナポ
BL
ラクス王子、目覚めたら馬車の中。
理由は不明、手紙一通とパン一個。
どうやら「王宮の空気を乱したため、左遷」だそうです。
そんな理由でいいのか!?
でもなぜか辺境での暮らしが思いのほか快適!
自由だし、食事は美味しいし、うるさい兄たちもいない!
……と思いきや、襲撃事件に巻き込まれたり、何かの教祖にされたり、ドタバタと騒がしい!!
白金の花嫁は将軍の希望の花
葉咲透織
BL
義妹の身代わりでボルカノ王国に嫁ぐことになったレイナール。女好きのボルカノ王は、男である彼を受け入れず、そのまま若き将軍・ジョシュアに下げ渡す。彼の屋敷で過ごすうちに、ジョシュアに惹かれていくレイナールには、ある秘密があった。
※個人ブログにも投稿済みです。
ルピナスの花束
キザキ ケイ
BL
王宮の片隅に立つ図書塔。そこに勤める司書のハロルドは、変わった能力を持っていることを隠して生活していた。
ある日、片想いをしていた騎士ルーファスから呼び出され、告白を受ける。本来なら嬉しいはずの出来事だが、ハロルドは能力によって「ルーファスが罰ゲームで自分に告白してきた」ということを知ってしまう。
想う相手に嘘の告白をされたことへの意趣返しとして、了承の返事をしたハロルドは、なぜかルーファスと本物の恋人同士になってしまい───。
[離婚宣告]平凡オメガは結婚式当日にアルファから離婚されたのに反撃できません
月歌(ツキウタ)
BL
結婚式の当日に平凡オメガはアルファから離婚を切り出された。お色直しの衣装係がアルファの運命の番だったから、離婚してくれって酷くない?
☆表紙絵
AIピカソとAIイラストメーカーで作成しました。
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
騎士は魔石に跪く
叶崎みお
BL
森の中の小さな家でひとりぼっちで暮らしていたセオドアは、ある日全身傷だらけの男を拾う。ヒューゴと名乗った男は、魔女一族の村の唯一の男であり落ちこぼれの自分に優しく寄り添ってくれるようになった。ヒューゴを大事な存在だと思う気持ちを強くしていくセオドアだが、様々な理由から恋をするのに躊躇いがあり──一方ヒューゴもセオドアに言えない事情を抱えていた。
魔力にまつわる特殊体質騎士と力を失った青年が互いに存在を支えに前を向いていくお話です。
他サイト様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる