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エドゥアール、5歳、その後
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「それで、リシェーナが」
興奮気味に頬を染めて、瞳をきらきらと輝かせる息子――エドゥアールは、お茶の時間だというのにお菓子やお茶に手を付けるのも忘れて、語学の教師――ブラッドベル夫人の話をしている。
現在の最推しがエドゥアールだと言って憚らない、アルヴァートの正妃――アンネローゼは、笑顔で息子の話を聞きながら、「お茶も飲みましょうね」と合いの手を入れている。
そのように言われれば、エドゥアールはハッとして、一口お茶を口にするのだが、恐らく口を湿らせる程度だ。
語学の教師である、ブラッドベル夫人について語りたいこと、聞いてほしいことがたくさんあって、飲み食いをする暇が惜しいのだろう。
最近のエドゥアールは、口を開けば、「リシェーナが」、「リシェーナに」、「リシェーナと」だ。
それが、嬉しいような、もの悲しいような、不思議な気分だ。
アルヴァートは、ティーカップに口をつけながら、何気ないふりを精一杯装いつつ、エドゥアールに確認した。
「エドはブラッドベル夫人がとても気に入っているんだね」
「リシェーナはとってもきれいでやさしいです」
エドゥアールは、ぱぁぁと顔を輝かせて笑顔だ。
その笑顔が生きる活力に等しい、と思いつつ、アルヴァートはエドゥアールに尋ねた。
「…エド、ブラッドベル夫人は【綺麗】なのに、母上は【可愛い】の?」
ブラッドベル夫人は確かに、美しいか綺麗か可愛いか、と問われれば、【綺麗】だ。 それは、間違いない。
だが、アルヴァートの中では【美しい】に分類されるアンネローゼが、どうして【可愛い】になるのか、本当に疑問でしかない。
アルヴァートの問いに、エドゥアールはぎゅっと拳を握って、また表情を輝かせた。
「母上はティーナといっしょでかわいいです!」
因みに、【ティーナ】とは、エドゥアールの妹のフレンティーナのことで、フレンティーナは今、アンネローゼの侍女であるハンナに付き添われてすやすやとお昼寝の最中だ。
どうやら、エドゥアールの中では、アンネローゼが【可愛い】というのは疑いもないことなのだろう。
フレンティーナが可愛いということは、アルヴァートも認めるところだが、アンネローゼは可愛いだろうか?
美人というのは認めるが、可愛いとは口が裂けても言えない。
そう、アルヴァートが悩んでいると、エドゥアールはアルヴァートから同意が得られないと悟ったのだろうか。
確実に同意を得られる人物に、くるりと顔を向けた。
「ですよね、ロワおじさま!」
廊下へと続く扉を塞ぐように立っている、近衛騎士のロワイエールへと話を振る。
そうすれば、ロワイエールは微笑んで頷いた。
「そうですね、姫も妃殿下もとてもお可愛らしいですね」
「はい!」
エドゥアールは、ロワイエールに自分の意見を支持されて、にこにこ、きらきらとしている。
エドゥアールの隣に座っているアンネローゼは、照れたような、嬉しそうな微笑みを浮かべた。
「…ありがとう、エド。 …卿も」
最後に付け加えるように、アンネローゼはそっとロワイエールに目くばせしていたが、エドゥアールは気づかなかっただろう。
にしても、どうしてエドゥアールもロワイエールも、あのアンネローゼを【可愛い】などと言えるのだろう。
もしかして、あれだろうか。
「これはもう、呪いだよね…」
思ったことが唇から零れていたのだが、それに反応したのがエドゥアールだった。
「のろい? ロワおじさま、のろいにかかっているのですか?」
エドゥアールが、心配そうに眉を下げて、ロワイエールを見た。
ロワイエールは微笑んで首を横に振る。
「かかっていませんよ、殿下。 陛下の冗談です」
「いや、絶対に呪いにかかっている」
即座にアルヴァートがロワイエールの言を否定し、断言すると、エドゥアールはすっくと立ちあがった。
そして、とことことロワイエールに近づいて行くものだから、ロワイエールは慌てたようにエドゥアールに近づく。
「どうかされましたか、殿下」
「ロワおじさま、しゃがんでいただけますか?」
ロワイエールは不思議そうな顔をしながらも、エドゥアールの求めに応じて、エドゥアールの前に跪く。
その、跪いたロワイエールの頬に、エドゥアールは、ちゅっと軽く口づけた。
アルヴァートも、ロワイエールも、アンネローゼも驚いて目を点にしたのだが、エドゥアールはただひとり、胸を張っていた。
「ロワおじさま、これで大丈夫です! リシェーナがおしえてくれました。 のろいは王子さまのキスでとけるそうです。 ぼくは王子なので、のろいはとけましたよ!」
得意げな顔できらきらとするエドゥアールに、これ以上尊いものはないような気がしてくる。
「尊い…」
思わず目頭を押さえて呟いたアルヴァートだったが、ばたん! という鈍い音が聞こえて目を開く。
つい先ほどまでアンネローゼとエドゥアールが隣同士でかけていたソファに、アンネローゼが横たわるように倒れていた。
顔面を両手で覆って天井を仰ぐようにしながら、小刻みに震えている。
アルヴァートもこれを初めて見たときは、何か悪い発作ではないかと思ったものだが、なんてことはない。 これは【尊すぎてもう無理しんどい】という訳のわからない発作だ。 通称、【仰げば尊死】というらしい。
「わたくしのエドきゅんが尊すぎますぅっ…!!! 神様っ…、神様本当に、ありがとうございます!!!」
踝までの長いスカートに覆われているからいいものを、じたっじたっと足を動かしているのも正直ありえない。
そう思ったのは、アルヴァートだけではなかったようだ。
「…これはどういうことですか?」
困惑したオズワルドの声が、扉口から聞こえた。
「相変わらず愉快ですよね、妃殿下」
薄笑いのジオークもそこに立っていた。
アンネローゼはまだ、「尊すぎて召されるぅ…」とソファで悶えているし、エドゥアールはそんなアンネローゼの傍らで、「母上、めされてはいけません」と心配している。
「本当にいい子だ、エド…」
もう一度、アルヴァートが目頭を押さえると、ジオークはまた薄笑いした。
「陛下もだいぶ愉快になりましたよね」
興奮気味に頬を染めて、瞳をきらきらと輝かせる息子――エドゥアールは、お茶の時間だというのにお菓子やお茶に手を付けるのも忘れて、語学の教師――ブラッドベル夫人の話をしている。
現在の最推しがエドゥアールだと言って憚らない、アルヴァートの正妃――アンネローゼは、笑顔で息子の話を聞きながら、「お茶も飲みましょうね」と合いの手を入れている。
そのように言われれば、エドゥアールはハッとして、一口お茶を口にするのだが、恐らく口を湿らせる程度だ。
語学の教師である、ブラッドベル夫人について語りたいこと、聞いてほしいことがたくさんあって、飲み食いをする暇が惜しいのだろう。
最近のエドゥアールは、口を開けば、「リシェーナが」、「リシェーナに」、「リシェーナと」だ。
それが、嬉しいような、もの悲しいような、不思議な気分だ。
アルヴァートは、ティーカップに口をつけながら、何気ないふりを精一杯装いつつ、エドゥアールに確認した。
「エドはブラッドベル夫人がとても気に入っているんだね」
「リシェーナはとってもきれいでやさしいです」
エドゥアールは、ぱぁぁと顔を輝かせて笑顔だ。
その笑顔が生きる活力に等しい、と思いつつ、アルヴァートはエドゥアールに尋ねた。
「…エド、ブラッドベル夫人は【綺麗】なのに、母上は【可愛い】の?」
ブラッドベル夫人は確かに、美しいか綺麗か可愛いか、と問われれば、【綺麗】だ。 それは、間違いない。
だが、アルヴァートの中では【美しい】に分類されるアンネローゼが、どうして【可愛い】になるのか、本当に疑問でしかない。
アルヴァートの問いに、エドゥアールはぎゅっと拳を握って、また表情を輝かせた。
「母上はティーナといっしょでかわいいです!」
因みに、【ティーナ】とは、エドゥアールの妹のフレンティーナのことで、フレンティーナは今、アンネローゼの侍女であるハンナに付き添われてすやすやとお昼寝の最中だ。
どうやら、エドゥアールの中では、アンネローゼが【可愛い】というのは疑いもないことなのだろう。
フレンティーナが可愛いということは、アルヴァートも認めるところだが、アンネローゼは可愛いだろうか?
美人というのは認めるが、可愛いとは口が裂けても言えない。
そう、アルヴァートが悩んでいると、エドゥアールはアルヴァートから同意が得られないと悟ったのだろうか。
確実に同意を得られる人物に、くるりと顔を向けた。
「ですよね、ロワおじさま!」
廊下へと続く扉を塞ぐように立っている、近衛騎士のロワイエールへと話を振る。
そうすれば、ロワイエールは微笑んで頷いた。
「そうですね、姫も妃殿下もとてもお可愛らしいですね」
「はい!」
エドゥアールは、ロワイエールに自分の意見を支持されて、にこにこ、きらきらとしている。
エドゥアールの隣に座っているアンネローゼは、照れたような、嬉しそうな微笑みを浮かべた。
「…ありがとう、エド。 …卿も」
最後に付け加えるように、アンネローゼはそっとロワイエールに目くばせしていたが、エドゥアールは気づかなかっただろう。
にしても、どうしてエドゥアールもロワイエールも、あのアンネローゼを【可愛い】などと言えるのだろう。
もしかして、あれだろうか。
「これはもう、呪いだよね…」
思ったことが唇から零れていたのだが、それに反応したのがエドゥアールだった。
「のろい? ロワおじさま、のろいにかかっているのですか?」
エドゥアールが、心配そうに眉を下げて、ロワイエールを見た。
ロワイエールは微笑んで首を横に振る。
「かかっていませんよ、殿下。 陛下の冗談です」
「いや、絶対に呪いにかかっている」
即座にアルヴァートがロワイエールの言を否定し、断言すると、エドゥアールはすっくと立ちあがった。
そして、とことことロワイエールに近づいて行くものだから、ロワイエールは慌てたようにエドゥアールに近づく。
「どうかされましたか、殿下」
「ロワおじさま、しゃがんでいただけますか?」
ロワイエールは不思議そうな顔をしながらも、エドゥアールの求めに応じて、エドゥアールの前に跪く。
その、跪いたロワイエールの頬に、エドゥアールは、ちゅっと軽く口づけた。
アルヴァートも、ロワイエールも、アンネローゼも驚いて目を点にしたのだが、エドゥアールはただひとり、胸を張っていた。
「ロワおじさま、これで大丈夫です! リシェーナがおしえてくれました。 のろいは王子さまのキスでとけるそうです。 ぼくは王子なので、のろいはとけましたよ!」
得意げな顔できらきらとするエドゥアールに、これ以上尊いものはないような気がしてくる。
「尊い…」
思わず目頭を押さえて呟いたアルヴァートだったが、ばたん! という鈍い音が聞こえて目を開く。
つい先ほどまでアンネローゼとエドゥアールが隣同士でかけていたソファに、アンネローゼが横たわるように倒れていた。
顔面を両手で覆って天井を仰ぐようにしながら、小刻みに震えている。
アルヴァートもこれを初めて見たときは、何か悪い発作ではないかと思ったものだが、なんてことはない。 これは【尊すぎてもう無理しんどい】という訳のわからない発作だ。 通称、【仰げば尊死】というらしい。
「わたくしのエドきゅんが尊すぎますぅっ…!!! 神様っ…、神様本当に、ありがとうございます!!!」
踝までの長いスカートに覆われているからいいものを、じたっじたっと足を動かしているのも正直ありえない。
そう思ったのは、アルヴァートだけではなかったようだ。
「…これはどういうことですか?」
困惑したオズワルドの声が、扉口から聞こえた。
「相変わらず愉快ですよね、妃殿下」
薄笑いのジオークもそこに立っていた。
アンネローゼはまだ、「尊すぎて召されるぅ…」とソファで悶えているし、エドゥアールはそんなアンネローゼの傍らで、「母上、めされてはいけません」と心配している。
「本当にいい子だ、エド…」
もう一度、アルヴァートが目頭を押さえると、ジオークはまた薄笑いした。
「陛下もだいぶ愉快になりましたよね」
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