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エドゥアール、7歳
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「エド、誕生祝いに欲しいものはないかい?」
誕生日を十日後に控えたある日、父が唐突にエドゥアールに尋ねてきた。
だから、エドゥアールは、手紙を書く手を止めて即答する。
「リシェーナの絵すがたがほしいです」
エドゥアールは本心を、淡々と口にしたのだが、父は何とも表現しがたい顔になってしまった。
敢えて言葉にするのなら、虚無と物言いたげが一緒になったような顔だ。
軽く俯き、眉間を指でつまむようにして押さえた父は、数拍後にぱっと手を外して顔を上げ、貼りつけたような笑顔で問いを重ねる。
「…ブラッドベル夫人の、絵姿。 …それで何をするつもりかな?」
何をするつもり、なんて、父は何を聞くのだろう。
父も母も、「推しの笑顔が生きる活力」と言って憚らないというのに。
「リシェーナの絵すがたがあれば、毎日がんばれる気がします」
そう応じて、エドゥアールはほう、と息を吐いた。
リシェーナはどうやら、体調を崩しているらしく、もうしばらく会っていない。
今日で、リシェーナが王宮に現れなくなってから25日目だ。
お見舞いに行きたいと言っても、周囲は許してくれないし、リシェーナの夫である紅の獅子は、「殿下が気にされることではありませんよ」と困ったような微笑みを浮かべるだけだ。
紅の獅子は大丈夫だと言うが、エドゥアールは不安でたまらない。
父が、「ああ…。 あまり丈夫な家系ではないんだよねぇ…。 ゆっくり休んでもらおう」と言っていたのを聞いてしまったのだ。
ロワおじさまにこっそり訊いてみたら、「内緒ですよ」と教えてくれた。
リシェーナのお母上は、リシェーナが幼い頃に亡くなったし、リシェーナのお父上も、四十に届かぬ若さで亡くなられたらしい。
リシェーナは、本当に元気なのだろうか。
もう、リシェーナに会えないなんてことは…。
頭の隅に浮かんだ暗い考えを、エドゥアールは頭をふるふると横に振って、追い出そうと試みる。
そうすれば、父は薄笑いの微妙な表情で顎に手を当て、天井を見上げながら唸った。
「…うーん、ジオークの許可を得られない、に一票かな」
「だめですか?」
エドゥアールが父を見上げて問うと、父は優しい表情でエドゥアールを見下ろして、苦笑いした。
「その確率が非常に高いと思うよ。 私が彼の立場なら嫌だしね」
父の言葉を、残念だ、と思いながら聞いたが、ショックではなかったし、絶望もしなかった。
恐らく自分は、どこかでその答えを予想していたのだろう。
だから、落ち着いて父の言葉を受け容れることができたのだと思う。
「そうですか…、なら、何もいりません。 いつも通り、家族でおいわいしましょう」
そう言って、エドゥアールは父からふいと顔を逸らして、書きかけの手紙に向き直る。
紅の獅子が、リシェーナへの手紙を届けてくれると言ったのだ。
紅の獅子が帰るまでに、この手紙を書き上げないといけない。
エドゥアールは、手紙に集中することにした。
誕生日を十日後に控えたある日、父が唐突にエドゥアールに尋ねてきた。
だから、エドゥアールは、手紙を書く手を止めて即答する。
「リシェーナの絵すがたがほしいです」
エドゥアールは本心を、淡々と口にしたのだが、父は何とも表現しがたい顔になってしまった。
敢えて言葉にするのなら、虚無と物言いたげが一緒になったような顔だ。
軽く俯き、眉間を指でつまむようにして押さえた父は、数拍後にぱっと手を外して顔を上げ、貼りつけたような笑顔で問いを重ねる。
「…ブラッドベル夫人の、絵姿。 …それで何をするつもりかな?」
何をするつもり、なんて、父は何を聞くのだろう。
父も母も、「推しの笑顔が生きる活力」と言って憚らないというのに。
「リシェーナの絵すがたがあれば、毎日がんばれる気がします」
そう応じて、エドゥアールはほう、と息を吐いた。
リシェーナはどうやら、体調を崩しているらしく、もうしばらく会っていない。
今日で、リシェーナが王宮に現れなくなってから25日目だ。
お見舞いに行きたいと言っても、周囲は許してくれないし、リシェーナの夫である紅の獅子は、「殿下が気にされることではありませんよ」と困ったような微笑みを浮かべるだけだ。
紅の獅子は大丈夫だと言うが、エドゥアールは不安でたまらない。
父が、「ああ…。 あまり丈夫な家系ではないんだよねぇ…。 ゆっくり休んでもらおう」と言っていたのを聞いてしまったのだ。
ロワおじさまにこっそり訊いてみたら、「内緒ですよ」と教えてくれた。
リシェーナのお母上は、リシェーナが幼い頃に亡くなったし、リシェーナのお父上も、四十に届かぬ若さで亡くなられたらしい。
リシェーナは、本当に元気なのだろうか。
もう、リシェーナに会えないなんてことは…。
頭の隅に浮かんだ暗い考えを、エドゥアールは頭をふるふると横に振って、追い出そうと試みる。
そうすれば、父は薄笑いの微妙な表情で顎に手を当て、天井を見上げながら唸った。
「…うーん、ジオークの許可を得られない、に一票かな」
「だめですか?」
エドゥアールが父を見上げて問うと、父は優しい表情でエドゥアールを見下ろして、苦笑いした。
「その確率が非常に高いと思うよ。 私が彼の立場なら嫌だしね」
父の言葉を、残念だ、と思いながら聞いたが、ショックではなかったし、絶望もしなかった。
恐らく自分は、どこかでその答えを予想していたのだろう。
だから、落ち着いて父の言葉を受け容れることができたのだと思う。
「そうですか…、なら、何もいりません。 いつも通り、家族でおいわいしましょう」
そう言って、エドゥアールは父からふいと顔を逸らして、書きかけの手紙に向き直る。
紅の獅子が、リシェーナへの手紙を届けてくれると言ったのだ。
紅の獅子が帰るまでに、この手紙を書き上げないといけない。
エドゥアールは、手紙に集中することにした。
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