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エドゥアール、7歳→8歳 ①
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「エド、お誕生日おめでとう」
「父上、ありがとうございます」
今日は、エドゥアールの誕生日だ。
ここのところ、父は忙しかったから、久々に家族みんなで揃っての晩餐だ。
その時間を、父が取ってくれたことが嬉しくて、エドゥアールは微笑む。
そうすれば、エドゥアールの正面に座った母が、目を潤ませた。
「エド、わたくしたちのところに生まれてきてくれてありがとう」
毎年、誕生日に母は、同じ言葉をエドゥアールにくれる。
王族に生まれたかったかどうかは、まだわからない。
でも、確かに自分は恵まれていると思う。
だから、父と母の子どもとして生まれたことには、感謝している。
「母上、僕を産んでくれてありがとうございます」
その感謝の気持ちを述べれば、母は顔を両手で覆って勢いよく天を仰いだ。
「ああああああ! なんていい子なの、エドきゅん!!!」
ともすると、椅子ごと後ろにひっくり返りそうな勢いにも見えたが、ロワおじさまがさっと動いて母の椅子を押さえた。
「落ち着こう、アンネ」
興奮のあまり、椅子をガタガタ言わせそうな母に、父が冷静に制止の言葉を投げているが、恐らく母には聞こえていないだろう。
ああ、いつもの光景だ、とエドゥアールが和んでいると、母の隣で特注のお子様椅子に座っている妹――フレンティーナが、小さな手でぱしぱしとテーブルを叩いた。
エドゥアールがフレンティーナを見ると、フレンティーナはにこぉと笑う。
恐らく、フレンティーナはエドゥアールの気を引きたかったのだろう。
「にーに、おめとー」
まだ、上手に話せない言葉で、でも一生懸命に伝えようとするフレンティーナが可愛くて、エドゥアールはますます和んだし、自然と笑顔になった。
「ティーナは世界一かわいい…」
そして、エドゥアールは気になっていたことを訊くべく、父を見た。
「…今日はだれか、お客さまでも来るのですか?」
長いテーブルには、父と母、エドゥアールとフレンティーナのカトラリーやグラスとは別に、二人分のカトラリーとグラスが準備されていたのだ。
それに、家族四人が揃ったのに、食事が運ばれてくる様子がない。
父は答えの代わりのように、エドゥアールに意味ありげな微笑みを見せた。
そのときだった。
「陛下、お約束の方が到着されました」
そっと扉が開いたかと思うと、母の従者のひとりであるリリアナが告げる。
そして、覗いた姿に、エドゥアールは目を見開いた。
「お招きありがとうございます、陛下」
紅の髪と瞳の、非常に目立つ男――紅の獅子。
それから…。
「こんばんは、お招きありがとうございます」
やわらかく微笑んだのは、エドゥアールがずっと、ずっと、会いたいと思っていたひとだった。
「! リシェーナ!」
考えて動いたわけではない。
ほとんど、衝動と言ってもいいだろう。
行儀がいいとか悪いとか、場面に適しているとか適さないとか、考える余裕などなかった。
気づけばエドゥアールの身体は椅子をひっくり返そうな勢いで立ち上がり、リシェーナに駆け寄っていた。
「リシェーナ、ぐあいは、大丈夫なのか?」
自分よりも背の高いリシェーナを見上げながら問えば、リシェーナの優しい微笑みが降ってくるような錯覚を覚える。
「はい、ご心配をおかけしました。 お手紙、ありがとうございました。 ディストニア語のお手紙、嬉しかったです。 それから」
リシェーナの優しい声が耳に心地よくて、エドゥアールは耳を傾けていたのだが、リシェーナがすっと身を屈めた。
エドゥアールの視線の高さに、リシェーナの顔が来てドキリとしていると、リシェーナがバッグからすっと箱を取り出してエドゥアールに差し出してきた。
「殿下、お誕生日おめでとうございます」
リシェーナの言葉に、思わずエドゥアールは父を振り返った。
父は、目を細めて微笑んでくれている。
リシェーナを、エドゥアールの誕生日に、晩餐に招いてくれただけでも、エドゥアールにとってはこれ以上ないプレゼントだというのに、父は今日がエドゥアールの誕生日だということも、リシェーナに伝えてくれていたらしい。
そして、リシェーナも、エドゥアールのために、プレゼントを用意してきてくれたのだ。
リシェーナに視線を戻すと、リシェーナは更にエドゥアールの方に、リボンの巻かれた細長い箱を差し出してくる。
「心ばかりのものですが、お誕生日のお祝いです」
胸の、どきどきが治まらない。
緊張、しているのだろうか。
震えそうになる手で、何とかそれを受け取った。
「…ありがとう。 開けてもいいか?」
「はい、どうぞ」
リシェーナの許可を得たので、エドゥアールは長いテーブルの端と端、父たちが座っている側とは対極にその箱を置いてリボンを解く。
箱の蓋を開ければ、そこには羽ペンとペンナイフ、インクのセットが入っていた。
「殿下、お勉強、頑張っているから」
そんな風に、リシェーナは言った。
十日ほど前に、父に、リシェーナの絵姿が欲しいと言ったのは、エドゥアールだ。
理由は、リシェーナがいない日でも、いない時でも、身近にリシェーナを感じられるものがあれば、頑張れるような気がするから。
だから、エドゥアールは【リシェーナの絵姿】と言ったのだが、今日、リシェーナがエドゥアールに贈ってくれたのはきっと、それ以上のものだ。
こんなことって、あるのだろうか。
ありえないようなことが、ありえた。
胸がじんわりと温かくなって、苦しいような気分になる。
「すごい。 リシェーナは魔法使いか?」
エドゥアールが顔を上げながら問えば、リシェーナはきょとんとした後で、笑う。
「魔法使いは、ばあやです。 でも、わたしはばあやみたいなおばあちゃんになりたいから、嬉しい」
リシェーナが言っていることの意味はよくわからなかったが、確かに、リシェーナのような若いご婦人に向かって、老人をイメージさせる【魔法使い】はよくなかったかもしれない。
リシェーナは、もしかすると、気分を害しているだろうか、と不安になったのだが、いつの間にかリシェーナの隣にいた紅の獅子が微笑む。
「リシェなら、おばあちゃんになっても可愛いよ、きっと」
紅の獅子の言葉に、リシェーナははにかんだような笑みを浮かべる。
エドゥアールの言葉も、リシェーナにとっては悪い意味ではなかったようだ、とほっとした。
エドゥアールは、リシェーナからもらった羽ペンの箱を、ぎゅうっと胸に抱きしめる。
そして、リシェーナに満面の笑みを向けた。
「…ありがとう。 たくさん、がんばる。 がんばって、いい王になる。 だから、ずっと、見ていてほしい、リシェーナ」
「はい。 殿下なら、皆に好かれるいい王様になると思います」
にこにこと微笑むリシェーナに、思った。
皆に好かれるいい王様になるのは、当然のこと。
でも、僕はそれよりも、リシェーナにすごいと思ってもらえる王になりたい。
「父上、ありがとうございます」
今日は、エドゥアールの誕生日だ。
ここのところ、父は忙しかったから、久々に家族みんなで揃っての晩餐だ。
その時間を、父が取ってくれたことが嬉しくて、エドゥアールは微笑む。
そうすれば、エドゥアールの正面に座った母が、目を潤ませた。
「エド、わたくしたちのところに生まれてきてくれてありがとう」
毎年、誕生日に母は、同じ言葉をエドゥアールにくれる。
王族に生まれたかったかどうかは、まだわからない。
でも、確かに自分は恵まれていると思う。
だから、父と母の子どもとして生まれたことには、感謝している。
「母上、僕を産んでくれてありがとうございます」
その感謝の気持ちを述べれば、母は顔を両手で覆って勢いよく天を仰いだ。
「ああああああ! なんていい子なの、エドきゅん!!!」
ともすると、椅子ごと後ろにひっくり返りそうな勢いにも見えたが、ロワおじさまがさっと動いて母の椅子を押さえた。
「落ち着こう、アンネ」
興奮のあまり、椅子をガタガタ言わせそうな母に、父が冷静に制止の言葉を投げているが、恐らく母には聞こえていないだろう。
ああ、いつもの光景だ、とエドゥアールが和んでいると、母の隣で特注のお子様椅子に座っている妹――フレンティーナが、小さな手でぱしぱしとテーブルを叩いた。
エドゥアールがフレンティーナを見ると、フレンティーナはにこぉと笑う。
恐らく、フレンティーナはエドゥアールの気を引きたかったのだろう。
「にーに、おめとー」
まだ、上手に話せない言葉で、でも一生懸命に伝えようとするフレンティーナが可愛くて、エドゥアールはますます和んだし、自然と笑顔になった。
「ティーナは世界一かわいい…」
そして、エドゥアールは気になっていたことを訊くべく、父を見た。
「…今日はだれか、お客さまでも来るのですか?」
長いテーブルには、父と母、エドゥアールとフレンティーナのカトラリーやグラスとは別に、二人分のカトラリーとグラスが準備されていたのだ。
それに、家族四人が揃ったのに、食事が運ばれてくる様子がない。
父は答えの代わりのように、エドゥアールに意味ありげな微笑みを見せた。
そのときだった。
「陛下、お約束の方が到着されました」
そっと扉が開いたかと思うと、母の従者のひとりであるリリアナが告げる。
そして、覗いた姿に、エドゥアールは目を見開いた。
「お招きありがとうございます、陛下」
紅の髪と瞳の、非常に目立つ男――紅の獅子。
それから…。
「こんばんは、お招きありがとうございます」
やわらかく微笑んだのは、エドゥアールがずっと、ずっと、会いたいと思っていたひとだった。
「! リシェーナ!」
考えて動いたわけではない。
ほとんど、衝動と言ってもいいだろう。
行儀がいいとか悪いとか、場面に適しているとか適さないとか、考える余裕などなかった。
気づけばエドゥアールの身体は椅子をひっくり返そうな勢いで立ち上がり、リシェーナに駆け寄っていた。
「リシェーナ、ぐあいは、大丈夫なのか?」
自分よりも背の高いリシェーナを見上げながら問えば、リシェーナの優しい微笑みが降ってくるような錯覚を覚える。
「はい、ご心配をおかけしました。 お手紙、ありがとうございました。 ディストニア語のお手紙、嬉しかったです。 それから」
リシェーナの優しい声が耳に心地よくて、エドゥアールは耳を傾けていたのだが、リシェーナがすっと身を屈めた。
エドゥアールの視線の高さに、リシェーナの顔が来てドキリとしていると、リシェーナがバッグからすっと箱を取り出してエドゥアールに差し出してきた。
「殿下、お誕生日おめでとうございます」
リシェーナの言葉に、思わずエドゥアールは父を振り返った。
父は、目を細めて微笑んでくれている。
リシェーナを、エドゥアールの誕生日に、晩餐に招いてくれただけでも、エドゥアールにとってはこれ以上ないプレゼントだというのに、父は今日がエドゥアールの誕生日だということも、リシェーナに伝えてくれていたらしい。
そして、リシェーナも、エドゥアールのために、プレゼントを用意してきてくれたのだ。
リシェーナに視線を戻すと、リシェーナは更にエドゥアールの方に、リボンの巻かれた細長い箱を差し出してくる。
「心ばかりのものですが、お誕生日のお祝いです」
胸の、どきどきが治まらない。
緊張、しているのだろうか。
震えそうになる手で、何とかそれを受け取った。
「…ありがとう。 開けてもいいか?」
「はい、どうぞ」
リシェーナの許可を得たので、エドゥアールは長いテーブルの端と端、父たちが座っている側とは対極にその箱を置いてリボンを解く。
箱の蓋を開ければ、そこには羽ペンとペンナイフ、インクのセットが入っていた。
「殿下、お勉強、頑張っているから」
そんな風に、リシェーナは言った。
十日ほど前に、父に、リシェーナの絵姿が欲しいと言ったのは、エドゥアールだ。
理由は、リシェーナがいない日でも、いない時でも、身近にリシェーナを感じられるものがあれば、頑張れるような気がするから。
だから、エドゥアールは【リシェーナの絵姿】と言ったのだが、今日、リシェーナがエドゥアールに贈ってくれたのはきっと、それ以上のものだ。
こんなことって、あるのだろうか。
ありえないようなことが、ありえた。
胸がじんわりと温かくなって、苦しいような気分になる。
「すごい。 リシェーナは魔法使いか?」
エドゥアールが顔を上げながら問えば、リシェーナはきょとんとした後で、笑う。
「魔法使いは、ばあやです。 でも、わたしはばあやみたいなおばあちゃんになりたいから、嬉しい」
リシェーナが言っていることの意味はよくわからなかったが、確かに、リシェーナのような若いご婦人に向かって、老人をイメージさせる【魔法使い】はよくなかったかもしれない。
リシェーナは、もしかすると、気分を害しているだろうか、と不安になったのだが、いつの間にかリシェーナの隣にいた紅の獅子が微笑む。
「リシェなら、おばあちゃんになっても可愛いよ、きっと」
紅の獅子の言葉に、リシェーナははにかんだような笑みを浮かべる。
エドゥアールの言葉も、リシェーナにとっては悪い意味ではなかったようだ、とほっとした。
エドゥアールは、リシェーナからもらった羽ペンの箱を、ぎゅうっと胸に抱きしめる。
そして、リシェーナに満面の笑みを向けた。
「…ありがとう。 たくさん、がんばる。 がんばって、いい王になる。 だから、ずっと、見ていてほしい、リシェーナ」
「はい。 殿下なら、皆に好かれるいい王様になると思います」
にこにこと微笑むリシェーナに、思った。
皆に好かれるいい王様になるのは、当然のこと。
でも、僕はそれよりも、リシェーナにすごいと思ってもらえる王になりたい。
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