咲いても散らぬ、恋の花。

環名

文字の大きさ
10 / 18

エドゥアール、7歳→8歳 ①

しおりを挟む
「エド、お誕生日おめでとう」
「父上、ありがとうございます」

 今日は、エドゥアールの誕生日だ。
 ここのところ、父は忙しかったから、久々に家族みんなで揃っての晩餐だ。
 その時間を、父が取ってくれたことが嬉しくて、エドゥアールは微笑む。

 そうすれば、エドゥアールの正面に座った母が、目を潤ませた。
「エド、わたくしたちのところに生まれてきてくれてありがとう」
 毎年、誕生日に母は、同じ言葉をエドゥアールにくれる。

 王族に生まれたかったかどうかは、まだわからない。
 でも、確かに自分は恵まれていると思う。
 だから、父と母の子どもとして生まれたことには、感謝している。
「母上、僕を産んでくれてありがとうございます」
 その感謝の気持ちを述べれば、母は顔を両手で覆って勢いよく天を仰いだ。


「ああああああ! なんていい子なの、エドきゅん!!!」
 ともすると、椅子ごと後ろにひっくり返りそうな勢いにも見えたが、ロワおじさまがさっと動いて母の椅子を押さえた。

「落ち着こう、アンネ」
 興奮のあまり、椅子をガタガタ言わせそうな母に、父が冷静に制止の言葉を投げているが、恐らく母には聞こえていないだろう。

 ああ、いつもの光景だ、とエドゥアールが和んでいると、母の隣で特注のお子様椅子に座っている妹――フレンティーナが、小さな手でぱしぱしとテーブルを叩いた。
 エドゥアールがフレンティーナを見ると、フレンティーナはにこぉと笑う。
 恐らく、フレンティーナはエドゥアールの気を引きたかったのだろう。

「にーに、おめとー」
 まだ、上手に話せない言葉で、でも一生懸命に伝えようとするフレンティーナが可愛くて、エドゥアールはますます和んだし、自然と笑顔になった。
「ティーナは世界一かわいい…」
 そして、エドゥアールは気になっていたことを訊くべく、父を見た。


「…今日はだれか、お客さまでも来るのですか?」


 長いテーブルには、父と母、エドゥアールとフレンティーナのカトラリーやグラスとは別に、二人分のカトラリーとグラスが準備されていたのだ。
 それに、家族四人が揃ったのに、食事が運ばれてくる様子がない。
 父は答えの代わりのように、エドゥアールに意味ありげな微笑みを見せた。
 そのときだった。


「陛下、お約束の方が到着されました」
 そっと扉が開いたかと思うと、母の従者のひとりであるリリアナが告げる。
 そして、覗いた姿に、エドゥアールは目を見開いた。


「お招きありがとうございます、陛下」
 紅の髪と瞳の、非常に目立つ男――紅の獅子。
 それから…。


「こんばんは、お招きありがとうございます」


 やわらかく微笑んだのは、エドゥアールがずっと、ずっと、会いたいと思っていたひとだった。
「! リシェーナ!」


 考えて動いたわけではない。
 ほとんど、衝動と言ってもいいだろう。


 行儀がいいとか悪いとか、場面に適しているとか適さないとか、考える余裕などなかった。
 気づけばエドゥアールの身体は椅子をひっくり返そうな勢いで立ち上がり、リシェーナに駆け寄っていた。
「リシェーナ、ぐあいは、大丈夫なのか?」


 自分よりも背の高いリシェーナを見上げながら問えば、リシェーナの優しい微笑みが降ってくるような錯覚を覚える。
「はい、ご心配をおかけしました。 お手紙、ありがとうございました。 ディストニア語のお手紙、嬉しかったです。 それから」

 リシェーナの優しい声が耳に心地よくて、エドゥアールは耳を傾けていたのだが、リシェーナがすっと身を屈めた。
 エドゥアールの視線の高さに、リシェーナの顔が来てドキリとしていると、リシェーナがバッグからすっと箱を取り出してエドゥアールに差し出してきた。


「殿下、お誕生日おめでとうございます」


 リシェーナの言葉に、思わずエドゥアールは父を振り返った。
 父は、目を細めて微笑んでくれている。

 リシェーナを、エドゥアールの誕生日に、晩餐に招いてくれただけでも、エドゥアールにとってはこれ以上ないプレゼントだというのに、父は今日がエドゥアールの誕生日だということも、リシェーナに伝えてくれていたらしい。
 そして、リシェーナも、エドゥアールのために、プレゼントを用意してきてくれたのだ。
 リシェーナに視線を戻すと、リシェーナは更にエドゥアールの方に、リボンの巻かれた細長い箱を差し出してくる。

「心ばかりのものですが、お誕生日のお祝いです」
 胸の、どきどきが治まらない。
 緊張、しているのだろうか。
 震えそうになる手で、何とかそれを受け取った。

「…ありがとう。 開けてもいいか?」
「はい、どうぞ」
 リシェーナの許可を得たので、エドゥアールは長いテーブルの端と端、父たちが座っている側とは対極にその箱を置いてリボンを解く。
 箱の蓋を開ければ、そこには羽ペンとペンナイフ、インクのセットが入っていた。


「殿下、お勉強、頑張っているから」
 そんな風に、リシェーナは言った。
 十日ほど前に、父に、リシェーナの絵姿が欲しいと言ったのは、エドゥアールだ。
 理由は、リシェーナがいない日でも、いない時でも、身近にリシェーナを感じられるものがあれば、頑張れるような気がするから。
 だから、エドゥアールは【リシェーナの絵姿】と言ったのだが、今日、リシェーナがエドゥアールに贈ってくれたのはきっと、それ以上のものだ。


 こんなことって、あるのだろうか。
 ありえないようなことが、ありえた。
 胸がじんわりと温かくなって、苦しいような気分になる。


「すごい。 リシェーナは魔法使いか?」
 エドゥアールが顔を上げながら問えば、リシェーナはきょとんとした後で、笑う。
「魔法使いは、ばあやです。 でも、わたしはばあやみたいなおばあちゃんになりたいから、嬉しい」
 リシェーナが言っていることの意味はよくわからなかったが、確かに、リシェーナのような若いご婦人に向かって、老人をイメージさせる【魔法使い】はよくなかったかもしれない。


 リシェーナは、もしかすると、気分を害しているだろうか、と不安になったのだが、いつの間にかリシェーナの隣にいた紅の獅子が微笑む。
「リシェなら、おばあちゃんになっても可愛いよ、きっと」
 紅の獅子の言葉に、リシェーナははにかんだような笑みを浮かべる。
 エドゥアールの言葉も、リシェーナにとっては悪い意味ではなかったようだ、とほっとした。


 エドゥアールは、リシェーナからもらった羽ペンの箱を、ぎゅうっと胸に抱きしめる。
 そして、リシェーナに満面の笑みを向けた。
「…ありがとう。 たくさん、がんばる。 がんばって、いい王になる。 だから、ずっと、見ていてほしい、リシェーナ」
「はい。 殿下なら、皆に好かれるいい王様になると思います」
 にこにこと微笑むリシェーナに、思った。


 皆に好かれるいい王様になるのは、当然のこと。
 でも、僕はそれよりも、リシェーナにすごいと思ってもらえる王になりたい。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

あなたが決めたことよ

アーエル
恋愛
その日は私の誕生日パーティーの三日前のことでした。 前触れもなく「婚約の話は無かったことにしよう」と言われたのです。 ‪✰他社でも公開

嫌われたと思って離れたのに

ラム猫
恋愛
 私は、婚約者のカイルに嫌われたと思った。冷たくそっけなく、近づくたびに避けられる日々。  距離を置くことを選び、留学の準備も進めて心を落ち着かせようとするけれど——。

真実の愛を見つけたとおっしゃるので

あんど もあ
ファンタジー
貴族学院のお昼休みに突然始まった婚約破棄劇。 「真実の愛を見つけた」と言う婚約者にレイチェルは反撃する。

なくなって気付く愛

戒月冷音
恋愛
生まれて死ぬまで…意味があるのかしら?

【完結】恋が終わる、その隙に

七瀬菜々
恋愛
 秋。黄褐色に光るススキの花穂が畦道を彩る頃。  伯爵令嬢クロエ・ロレーヌは5年の婚約期間を経て、名門シルヴェスター公爵家に嫁いだ。  愛しい彼の、弟の妻としてーーー。  

行かないで、と言ったでしょう?

松本雀
恋愛
誰よりも愛した婚約者アルノーは、華やかな令嬢エリザベートばかりを大切にした。 病に臥せったアリシアの「行かないで」――必死に願ったその声すら、届かなかった。 壊れた心を抱え、療養の為訪れた辺境の地。そこで待っていたのは、氷のように冷たい辺境伯エーヴェルト。 人を信じることをやめた令嬢アリシアと愛を知らず、誰にも心を許さなかったエーヴェルト。 スノードロップの咲く庭で、静かに寄り添い、ふたりは少しずつ、互いの孤独を溶かしあっていく。 これは、春を信じられなかったふたりが、 長い冬を越えた果てに見つけた、たったひとつの物語。

【完結】その人が好きなんですね?なるほど。愚かな人、あなたには本当に何も見えていないんですね。

新川ねこ
恋愛
ざまぁありの令嬢もの短編集です。 1作品数話(5000文字程度)の予定です。

処理中です...