咲いても散らぬ、恋の花。

環名

文字の大きさ
11 / 18

エドゥアール、7歳→8歳 ②

しおりを挟む
「では、食事を始めようか、エド。 ジオークも夫人もかけるといい」
 そこで、父が見計らったように声を掛けてきた。気づけば、ロワおじさまがすぐ近くにいて、エドゥアールに手を伸べてくれる。
「殿下、お預かりしましょう」
「…ありがとうございます、ロワおじさま」

 エドゥアールは少し考えて、箱に視線を落としたけれど、この箱を食卓の上に置いて食事をするのも無作法だろう。 そう判断して、エドゥアールはリシェーナからもらったプレゼントをロワおじさまに預けた。
 そうしている間に、紅の獅子とリシェーナは食事の席に近づいたようだ。
 紅の獅子が、リシェーナの先回りをして、椅子を引き、リシェーナにエドゥアールの隣の席を勧める。
「はい、リシェ、座って」
「ありがとう」
 リシェーナは嬉しそうに微笑んで、椅子に座る。 紅の獅子はリシェーナの隣――つまりは、リシェーナを挟んでエドゥアールの反対側に腰かけた。


 その様子を見ていて、エドゥアールは思った。
 リシェーナにすごいと思ってもらえるだけではなくて、頼ってもらえる男になりたいし、かっこいいと思ってもらえる男になりたい、と。


 慌しく自分の席に戻りながら、エドゥアールは父をちらと見た。
「…父上、ありがとうございます」
 父は柔らかく目だけで、笑んでくれる。
 父がエドゥアールの感謝を受け止めてくれたことは、それだけで十分に理解できた。


 リシェーナは、こういった食事には慣れていないようだったが、隣に紅の獅子がいてアドバイスをしているからか緊張した様子もなく食事をしていた。
 もともと、器用なのだろうか。
 ナイフやフォークを口に運ぶ様子もスムーズだ。


 デザートまで食べ終えたとき、そっと口元をナプキンで拭った紅の獅子が、改まった様子で口を開いた。
「陛下、妻の身体のことなのですが」


 リシェーナの身体のこと、と言われて、エドゥアールはきょとんとしてしまった。
 口に運びかけた、タルトを刺したフォークを皿に戻す。
 リシェーナの身体が、一体どうしたというのだろう。


 紅の獅子の言葉は、次のように続いた。
「当面、殿下の語学の教師のお勤めは、休ませていただけたらと」


 驚いて、エドゥアールは傍らのリシェーナを見る。
 頭の中で蘇ったのは、ロワおじさまに教えてもらった内緒の話だ。
 リシェーナの家系は、あまり身体が丈夫ではない、と。

 久しぶりにリシェーナと会えたことに浮かれていたが、本当にリシェーナは治ったのだろうか。
 具合は、大丈夫なのか? というエドゥアールの問いに、リシェーナは「はい」と答えたが、本当に、大丈夫だったのか?


「…よくないのか?」
 尋ねたのは、父だった。
 エドゥアールはリシェーナの横顔を見つめていたから、父の表情はわからない。
 だが、その声は抑制されていて、事態を深刻に受け止めているように聞こえた。


「いえ、あの…、その」
 エドゥアールはリシェーナを見つめていたし、恐らく、父と母の目も、リシェーナに向いていただろう。
 リシェーナはしどろもどろで、助けを求めるように、ちらと紅の獅子に顔を向けた。

 紅の獅子は、リシェーナを安心させるかのように優しい表情を向ける。
 ひとつ頷いたその様子が、まるで、「大丈夫だから」と言っているように見えたのは、エドゥアールの気のせいではないだろう。


「身重なんです」


 紅の獅子は、姿勢を正して、幸せそうで、でも少し照れくさそうな微笑みを浮かべて告げた。
 エドゥアールは、【みおも】の意味がわからなくて瞬きを繰り返していたのだが、父はほっと安堵の息をついたようだった。


「…ああ、そうか。 そういうことか。 おめでとう」
「ありがとうございます」
「リシェーナさん、よかったですねぇ。 お大事になさってくださいね」
「はい、ありがとうございます」
 父は、紅の獅子に「おめでとう」と言っているし、母もリシェーナに、「よかった」と言って、紅の獅子もリシェーナも、「ありがとうございます」と言っている。

 エドゥアールにも何となく、【みおも】とは悪いことではなく、良いことだというのはわかったけれど、具体的な意味がわからなくて、自分だけけ者のように感じる。
 だから、エドゥアールはお行儀が悪いことは理解しつつも、椅子の上で身体をよじり、後ろに控えているロワおじさまを手招きで呼んだ。
「どうされました? 殿下」


 ロワおじさまは、エドゥアールが呼ぶとどんなときでも近くに来てくれて、目線を合わせてくれる。
 ロワおじさまは、エドゥアールにとても甘いのだ。
 父や母が教えてくれないことも、エドゥアールが訊けば、ロワおじさまは教えてくれる。
 だから、エドゥアールはロワおじさまに問う。

「ロワおじさま、みおも、とはなんですか?」
「お腹に、赤ちゃんがいるんですよ」
 ロワおじさまは、すぐにそう、教えてくれた。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

あなたが決めたことよ

アーエル
恋愛
その日は私の誕生日パーティーの三日前のことでした。 前触れもなく「婚約の話は無かったことにしよう」と言われたのです。 ‪✰他社でも公開

嫌われたと思って離れたのに

ラム猫
恋愛
 私は、婚約者のカイルに嫌われたと思った。冷たくそっけなく、近づくたびに避けられる日々。  距離を置くことを選び、留学の準備も進めて心を落ち着かせようとするけれど——。

真実の愛を見つけたとおっしゃるので

あんど もあ
ファンタジー
貴族学院のお昼休みに突然始まった婚約破棄劇。 「真実の愛を見つけた」と言う婚約者にレイチェルは反撃する。

なくなって気付く愛

戒月冷音
恋愛
生まれて死ぬまで…意味があるのかしら?

【完結】恋が終わる、その隙に

七瀬菜々
恋愛
 秋。黄褐色に光るススキの花穂が畦道を彩る頃。  伯爵令嬢クロエ・ロレーヌは5年の婚約期間を経て、名門シルヴェスター公爵家に嫁いだ。  愛しい彼の、弟の妻としてーーー。  

行かないで、と言ったでしょう?

松本雀
恋愛
誰よりも愛した婚約者アルノーは、華やかな令嬢エリザベートばかりを大切にした。 病に臥せったアリシアの「行かないで」――必死に願ったその声すら、届かなかった。 壊れた心を抱え、療養の為訪れた辺境の地。そこで待っていたのは、氷のように冷たい辺境伯エーヴェルト。 人を信じることをやめた令嬢アリシアと愛を知らず、誰にも心を許さなかったエーヴェルト。 スノードロップの咲く庭で、静かに寄り添い、ふたりは少しずつ、互いの孤独を溶かしあっていく。 これは、春を信じられなかったふたりが、 長い冬を越えた果てに見つけた、たったひとつの物語。

【完結】その人が好きなんですね?なるほど。愚かな人、あなたには本当に何も見えていないんですね。

新川ねこ
恋愛
ざまぁありの令嬢もの短編集です。 1作品数話(5000文字程度)の予定です。

処理中です...