命のその先で、また会いましょう

春野 安芸

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第1章

014.この恨み、晴らさでおくべきか

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 ――――私は、人生の内の長いことを両親のもとで大切に育てられた。
 父も母も優しくて時に厳しく、それでも愛情いっぱいの中で過ごしていたことを自覚している。
 幼稚園のお絵かきに始まり、小学校の合唱部、中学では陸上をして高校では華道と私のやりたいことをめいいっぱい応援してくれた。大会には2人揃って応援に来てくれたし、賞を取った時にはちょっといいレストランでとても美味しいご飯を食べさせてくれた。私に非があることで友達と喧嘩した時には凄く怒られたけど、それでも私のためだったということが今なら分かる。

 けれどそんな幸せな日々も、当時その中心にいた私は退屈とさえ思っていた。
 何の代わり映えしない生活。学校に行って、部活をして、たまに習い事をして、寝る毎日。毎日毎日同じことの繰り返し。人はどんな幸せも次第に慣れるみたいで、今となっては喉から手が出るほど欲しい日常もあの時は何も感じなくなっていた。

 そんなつまらない生活と思っていた人生でも、高校に入ると同時に転機が訪れる。
 それが彼。私に新たな世界を教えてくれて、つまらない日常に色彩を加えてくれた人。私にとっての学生生活は刺激的な毎日だった。初めての彼氏、そして祭りや遊園地などのデート。どれもこれも新鮮でこれまでにない時間だった。
 昭和気質な親からの強い言いつけで身体は……それどころかキスさえも結婚してからということは厳に守っていた。何故か守っていた不思議なルール。彼は毎回不服そうにしていたけど、その一線を飛び越えるのは無意識ながらに怖かったのかもしれない。

 結果的に私の頑なな拒否が、彼の不貞のきっかけになったのかもしれない。けれどそれでも私は後悔をしていない。むしろ死してなおよくやったと誇りに思うほどだ。

 ……でも、それでも彼が自身の行為について良心の呵責があったのなら、私は誇っていた思いを撤回して後悔に転じていたかもしれない。そうであって欲しい、きっとそうなのだろうと。
 そんな漠然とした信じる心が死してからも持ち合わせていた。しかし2人の少年少女に連れられてやってきた彼の家。そこで私は真実を悟ってしまった。

 本当なら在宅かどうかを確認するだけ。とりあえず第一歩から始めようと思ったのに、2人の帰りが遅いからと私も部屋に入ったところであの言葉を聞いてしまった。

【どうせ頑固でバカな親の教育を受けたんだろ】

 私の事だけならばまだいい。ここまで付き合ってくれた2人からは心配されるかもだけど、愚かな私の選択だったから当然のこと。
 でも、大好きなお父さんお母さんのことを悪く言われるのだけは何があろうと許すことはできない。
 私が両親のことを話す時優しげな笑みを浮かべてくれた彼。そんな彼はもう居ない。打ち砕かれた幻想を胸に俯いていた顔を上げる。

 沸々と、そしてボコボコとマグマのような熱が自身の内側から湧き上がってくることを感じる。静かにゆっくりと、けれど決して冷めることの許さないような感情の渦。
 次第に私の思いに呼応するように辺りの物が反応を示していることに気がついた。

 今なら何でもできそうな気がする。
 そんな万能感に襲われた私は、ゆっくりと彼の元へと歩いていった。


 ―――――――――――――――――
 ―――――――――――
 ―――――――


「瑠海……さん?」

 ガタガタと地震のように物が揺れ動く部屋の中、俺はいつの間にか後方に立っていた彼女へ声をかける。
 ここへ来た当事者である瑠海さん。部屋の外で待っているはずだったのにいつの間にか入ってきた彼女。さっきまで優しげな笑みを浮かべている彼女だったが今はそんな面影すら失くしてしまっていた。

 今にも人を呪い殺しそうな形相。けれどフッと突然憑いていたものが落ちるように表情が抜けると、今度は能面のような無表情で俺を一瞥することなく生者の2人が居る部屋まで歩いていく。

『なにこれ!?地震!?』
『た……多分そうだろ!大丈夫!俺がついてるか……ら……』

 怖がる女性を励まそうと男性が「心配ない」と声を張ろうとしたその時、今まで揺れ動いていたものがピタリと止まった。激しくオン・オフを繰り返していた機械も今は静寂を取り戻し、まるで何事も無かったかのようにこれまでの時間を取り戻す。

『止まった……?』
『ほ……ほぉら!言っただろ!俺が付いてるから大丈夫だっ――――』

 ガシャン!!

 何の予兆もなくガラスが割れる激しい音が部屋の中に響き渡った。
 気づけば男の頬からはツゥ……と血が垂れていて、その後方にある壁にはコップが一つ割れて散乱していた。

 たった一瞬の出来事だったが俺は見た。
 瑠海さんが軽く手を上げたと思ったら棚に置いてあるコップが突然男に向かって吹き飛んでいったのだ。頬をかすめ割れるコップを見て男はサァァ……と顔が青ざめたと思いきや、バッとベッドから飛び降りた。

『たっ……助けてくれぇ!!クソっ!なんで開かねぇんだ!鍵は!?』
『ちょっと龍之介!私も……私も助けてよぉ!!』
『知るか!お前がいるから俺は呪われるんだ! アイツが目的なんだろ!?アイツは好きにしていいから俺だけでもここを開けて………ヒイッ……!!』

 もう一度男の顔面近くで割れるガラスに男の顔は恐怖に染まっていく。
 もはや出られないと悟ったのだろう。必死に握っていたドアノブからは力が抜けていき、玄関へと座り込む。どうやら腰が抜けたようだ。

『すまない!すまなかった!どこかで誰かがイタズラしてるんだろ!まどかか!?美咲みさきか!?尚美なおみか!?これまで遊んできたのは悪かったから許してくれ!!』
「そんなに……」

 ポツリと瑠海さんの呟きが聞こえてきた。
 彼女は逃げていった男を追うように歩いて玄関へと向かっていきその姿を見下ろす。
 きっと男から彼女は見えていないだろう。けれど瑠海さんは目を逸らすことなく男を見下ろし、眼の前でしゃがんで男を覗き込む。

【絶対に……ゼッタイに………ユ ル サ ナ イ】

『ヒッ………ひぃぃぃぃ!!!!』
『ま……まってぇ龍之介~!』

 ガチャリ。そんな音とともに扉が開き、情けなく転けた男はその場から逃げていってしまった。

 同じく女性もその後を追うように部屋から出て行く。
 男の姿は完全なる素寒貧。真っ裸だ。女性もシーツこそ持ってはいるがそれ以外は全裸。きっと逃げた先でもお巡りさんに捕まるのがオチだろう。

 男が最後の恐怖に染まった顔、あれはこの世ならざる物を見たような顔だった。
 もしかしたら瑠海さんの姿を見たのかも知れない。しかし今の俺にそれを確かめる術はない。

「…………」

 部屋に取り残されるのはこの世ならざるもの3人。
 辺りは割れたガラスやら男が逃げる時にグチャグチャにした家具で見るに堪えない。そんな中で俺は去っていった後ろ姿を目で追っている瑠海さんをジッと警戒する。

 何故……何故現実の物を動かせたのかはわからない。
 けれど彼女は脅威だ。俺の理解の範疇を超えた瑠海さん。怒りに任せてこれから何をするのかわからない。
 こちらにコップを投げてくるのは当たらないからまだいい。けれど何かしら当たる術があり、なおかつ俺たちに危害を加える気なら一刻も早くここから逃げなければならない。

 最悪俺が盾になってでも蒼月は逃さなければなるまい。そんな瑠海さんの一挙手一投足に気を配りつつ、ゆっくり振り返るのを目で追っていく。

 明らかに彼女は我を失っている状態だった。
 さぁ、何が来る。怒りに身を任せて俺たちにコップを投げつけるか、それとも別の攻撃か。
 ギュッと胸の内にいる蒼月を強く抱きしめた俺は何が起こってもいいように警戒を厳にしていたが、彼女はそれともまた別の、驚きの行動を示してみせた。

「あー、スッキリしたぁ!」
「…………へっ?」

 それは綺麗サッパリ、ストレスなんて何もないといった表情。
 まるでさっきの恨みなんて無かったかのように晴れ晴れとした瑠海さんは、俺たちの前ではつらつとした笑顔を見せつけるのであった。
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