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第3章
029.神の手違い
しおりを挟む「ただいま」
「おっかえり~!煌司君にひまりちゃんっ!親子での散歩は楽しかった!?」
突如出現した扉からいくらか歩いた先にある、広大な草原に鎮座する一軒家。
絵に書いたような二階建ての建物の扉を開けるやいなや、そんな明るい声が飛び出してきた。
まるで日6でやっている某アニメのようにパタパタと足音を鳴らしながら元気よく歩いてきたのは蒼月。その後ろからは瑠海さんも付いてきていて俺の様子を見るやいなや「あら」と声を上げる。
「おかえりなさい煌司さん。ひまりさんは見当たりませんがどうされましたか?」
「ひまりか……。ひまりは……未来に帰ったよ」
その言葉と共にスッと目を逸らすと、二人は一瞬だけ目を見開いたもののすぐに理解を示したように伏せる。
そう。ひまりは帰った。あの扉をくぐって未来の世界に帰ってしまったのだ。二人もその言葉を聞いて一瞬だけ目を伏せるも、すぐにいつもの表情へ戻ってみせる。
「そうだったのですね。ひまりちゃんは笑顔でしたか?」
「あぁ。向こうでは夢の合間に来たようで帰ったら忘れるみたいだが、最後まで笑ってたよ」
「そっか……。ひまりちゃんも大好きなパパに見送られて嬉しかったんだね」
優しい瞳で居なくなった事実を理解した2人。
あっという間の別れではあったが二人ともすぐに飲み込んでくれた。
文句の一つでも投げかけられると思ったけど、優しいんだな。
「悪いな。二人は挨拶させられなくって」
「ううん、ひまりちゃんにとってはパパとふたりきりが良かっただろうから。それに帰ったということは扉かなにか出てきたの?」
「あぁ。いつも現世に行ってる時に使ってる扉が出たな」
「やっぱり。なら帰るよう促したのは………」
「……マヤか」
さすが蒼月。察しがいい。
彼女がリビングへ通じる扉へ目線を向けると俺も同じく顔を動かす。
つまりマヤはまだ向こうに居るということだろう。俺は2人の間をくぐり抜けてリビングへ向かっていく。
「おかえりなさい煌司さん。ひまりさんと二人の散歩、喧嘩しませんでしたか?」
リビングに置かれた大きなテーブル。
おおよそ四人は余裕で料理を広げて食事ができそうなほどの広さのテーブルに一人座ってカップを傾けていたのはマヤだった。
まるで昼下がりのティータイム。全てをわかっているであろうマヤは何も知らないといった様子で俺に語りかける。
「知ってるくせに。それよりなんでひまりをわざわざ未来から連れて来たんだ?」
「本人からお聞きになっていませんか?煌司さんの為に"必要があったから"連れてきたのですよ」
「あぁ、聞いてる。でもその必要って?」
「…………」
漠然とだがひまりからも来た理由を聞いていた。しかし改めてマヤに問いかけてもそれ以上の答えを口にすることはない。
ただただ黙って目を伏せながらカップを傾ける。それは答える気がないという意思表示でもあった。
「マヤ……今回は何を隠してるの?」
俺に続いて蒼月が問いかける。
今回"は"と来るに、きっと彼女は随分と秘密主義者なのだろう。分かる気がする。
俺たちは黙ってマヤを見つめる。するとしばらく黙って湯気立つカップを傾けていたマヤだったが、ふぅと息を吐いて視線を手元に向ける。
「……神様というものは、知っているからこそ不便なものなのです」
「知ってるからこそ……その言い方は未来に関係することですか?」
「そのとおりです瑠海さん。私は大抵の未来が見えて干渉もできます。しかしそれはやってはならないこと。徐々に徐々にと誘導するしかないのです」
どうやら神様とは万能ではあるが自由ではないらしい。昔バイト先で社畜人生の儚さを語った先輩のような瞳で俺たちを見る。
「誘導しても望んだ未来になるかは定められません。現につい先程、見た未来とは別の結果になりました。どんなことか聞きたいですか?」
過去に見た未来。
それは俺たちにとっても過去だが、どこかに選択肢が合ったのか。それは気になる。俺たちは揃って首を縦に振る。
ゴクンと喉が鳴る。一体どんな未来が…………。
「それは………ひまりちゃんとお風呂に入っていたことです。私が誘導しようとした未来だと、ひまりさんとお二人に加え、煌司さんもお風呂に入っておりました」
「「!!!」」
「ぶっ………!?」
誘導しようとしたその未来は最悪なものだった。
何恐ろしい計画を建てて誘導しようとしてるんだ!!あぁ、後ろから突き刺さる二人の視線が痛い……。
「そ、そんなワケわからない未来に誘導してたのか!?」
「えぇ。煌司さんにとっても夢でしょう?合法的に多数の女性とお風呂に入ることは」
「愉快犯め…………」
「あら、私はあなた方のことを実の子供のように大切に思っておりますよ?」
言葉を濁して恨み節を伝えてもマヤはヒラリ。随分と口が達者なことで。
視線で恨みを伝えてもどこ吹く風だ。そんな彼女は置いたカップを軽く指で弾く。
「……神様にとっても未来というのはそれだけ難しいものですよ。ちょっとカップを揺らすだけで影響はどんどん大きくなる。それを最小限に留めるのが私達の役割なのです」
「バタフライエフェクトってやつか?」
俺の問いにマヤは軽く頷く。
タイムリーだな。俺もさっきひまりからも聞いた。ちょっとの行動が大きく未来に影響を及ぼすと。
そこまでを伝えてもう一度一息ついた彼女は、今度は真剣な目で顔を上げて俺たちを見た。
「そこで今日の本題です。バタフライエフェクトの対処……そのせいでいくら万能な神様でもできることに限界があります。なのであなたたちには、仕事を一つお願いしたいのです」
「………仕事?」
何を言い出すかと思ったら……仕事だと?
それは何だ?神様の仕事ってやつか?
俺はもちろん後ろの蒼月と瑠海さんも顔を見合わせている。どうやら二人にとっても寝耳に水のようだ。
「えぇ、煌司さんの考えている通り神様の仕事という認識で問題ございません」
「仕事っていわれても、神様でも無理な事を俺たちがやる方が無茶だろ」
「そんな事ありせんよ。ちょっと現世に行って生者一人のところへ行くだけですから」
はぁ。まぁ、聞くだけならそれは随分と簡単な仕事で。
しかし何故そんなことしなきゃならないのだろう。俺の偏見だが神様って一人ひとりにわざわざ目を向けていないと思っていた。特にマヤは色々と忙しいという。なのにたかだか生者一人のもとに俺を行かせてなにか意味があるのだろうか。
そう考えていたが、俺の心を読んでいたマヤは疑問を解消するかのように言葉を続ける。
「確かに現世一人一人に目を向けられるほど私は暇ではありません。ですがその方は特別なのです。……いえ、特別に"なってしまった"と言ったほうが正しいのかもしれません。主に私のミスによって」
「マヤさんのミス、ですか?」
「えぇ。今から20年近く前に遡ります。当時も今のように魂の案内をしておりましたが、誤って死ぬはずだった魂を一人、現世に戻してしまったのです」
そう言って天を見上げながら語るマヤは少し自嘲気味だ。
しかし神様でもミスすることあるんだな。なんか意外。
「もちろんありますよ。私だって元人間ですから」
…………。
……なぁ、心読まないでくれないか?一体いつから読んでるんだ?
「それはもちろん、私のことを悪魔と心の内で呼んだその時からです」
随分前の話だなオイ!?
ひまりが娘だとカミングアウトした時くらいじゃないか!!
「煌司君……気持ちは分かるけどマヤの前では気をつけたほうが良いよ。気持ちはわかるけど。」
俺たちの謎のやり取りを耳にしていた蒼月からちょっとしたアドバイスを貰う。
なんだかんだ同じ思いのようで安心した。その隣の瑠海さんは頬をかきながら苦笑いをしている。誰も否定をしてないってことは、そういうことなんだな。
「……コホン。冗談は置いておいて、話を戻しますね。本来なら戻っても肉体が死ぬはずだった魂。ですがその肉体は脅威の回復力を見せつけて九死に一生を得たのです。あの時は私も舌を巻きました」
3対1、神様に不敬にもほどがある抵抗を見せたもののつかの間、すぐにマヤは逃げるように話を戻した。
そうだ、今は仕事とやらの話だ。マヤが悪魔かどうかの議論は今度にしよう。
「ねぇマヤ、その人って今も生きて……」
「えぇ、もちろん元気ですよ。神様というものはこの世界ではかなりの自由と裁量が与えられてますが、現世への干渉はタブーです。なのでその方を殺すこともできず、ただ見守ることしかできません」
「そのお仕事は……マヤさんが行くのではダメなのですか?」
「……えぇ。これまで定期的に様子を見てきましたが、私があの人を戻したせいか様子を見るだけでバタフライエフェクトが起きるようになってしまいまして。これ以上私が担当するのは影響が大きすぎるのです」
なるほど。話が読めてきたぞ。
マヤだとその人物のところに行くのは不適当。だから俺たちが代わりに様子を見て来いということね。そんなの簡単じゃないか。
「そういうことか。ちょっと行って見てくるってことだろ?」
「はい。察しがよくて助かります。その方が何をしているかを見て、報告してるだけでいいのです。できますか?」
「当然。ひまりでもできるわそんなの。んで、どこの誰さんだ?その神様の手違いってやつは」
マヤは悪魔だが、なんだかんだ助けてもらってるのに変わりない。
この家しかり、瑠海さんを引き寄せてくれた件しかり。だったらその程度の仕事くらいやってやろうじゃないか。
そう思って自らの拳を手のひらで受け止めて自らを鼓舞しつつ、詳細を確認する。
しかし今回はマヤらしくなく、数度逡巡する姿を見せた。
「あん?マヤ、どうした?」
「いえ、何でもありません。失礼しました。行き先と対象についてなのですが……」
なんとも絶妙で区切ったマヤはもう一度逡巡する。それは言いたくないような、後ろめたさがある。そんな気がした。
けれど話さなければなにも進まない。それを理解していた彼女はゆっくりと俺を見据え、口を開く。
「…………行き先は煌司さんの生まれ育った街。そして相手の名前は―――――」
彼女が対象である名を告げる。
その名は聞き慣れた名字。そして名前。昔から聞き覚えのある響きに俺はビクンと身体を大きく震わせてしまった。
「その、名前は…………」
聞き間違えようがないその名前。記憶から消したくとも消すことのできない名前。
意気揚々とさっきまで手のひらで受け止めた拳は力なく垂れ下がり、目を見開いて脳はフリーズする。
「それって……!」
「もしかして、煌司さんの……!?」
同じく名前を聞いた蒼月と瑠海さんは絶句する。
「はい……。その人とは……煌司さんのお父上なのです」
申し訳なさげに視線を下げるマヤだったが未だ俺は飲み込むことができない。
マヤの告げた人の名は俺のよく知る人物。
その名は"あの人"。俺を日常のように殴り、この世界に来ることになった原因となる父親の名前であった。
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