23 / 167
第1章
023.神鳥恵那
しおりを挟む
「―――でも、本当にごめんね?」
「何がですか?」
3人がテントに向かい、残された俺は神鳥さんの提案により撮影の見学のため彼女についていくと、テントの下に設置されているクーラーボックスからお茶を俺に差し出して謝ってきた。
何のことだろう。お昼を食べ損なったことか、暑い中外で待つことか……何にせよ、改まって謝られるようなことでもない。
「早退させちゃったこと。学生の本分は勉強なのにね」
あぁ、なんだそんなことか。
得心がいった俺は彼女と同じくガードフェンスに身体を預け、渡されたお茶に口をつける。
「半日くらい大したことないですよ。すぐ追いつけますし」
「だといいけれど……」
そう言いながらプシュッ!と軽快な音をたてて炭酸水を流し込む神鳥さん。
よく炭酸を一気に飲めるな……
「ぷはぁっ!あともう一つ!キミに謝らなきゃいけないことがあったんだった!」
「な、なんでしょう……?」
「むふふ……」
炭酸を一気に空にしてもビクともしない彼女は、先ほどとは打って変わって軽快な口調で再度謝ってきた。
むふふて……
「いやさ、あのテントの中に連れて行って上げなくてごめんね~。さすがに女の子はお色直ししている姿を男の子に見られたくないだろうからさ!」
「は……?」
なんだって? テントに……俺が?どうして!?
「だから、テントの中に――――」
「き、聞こえてます! そんなの……見ませんよ!!」
まるでからかうようなその口調に少し声を荒らげてしまう。
マネージャーが一体何を言い出すんだ。もし行けることになっても……俺が耐えられない!!
そんな回答を予想していたのか、彼女はその回答に「キャー、こわ~い」と笑いながら頭を守るようなポーズを決め込んでいた。
「ごめんごめん。冗談だよ…………えっと、慎也君?」
「……今度は何でしょう?」
「今度は普通のお話だから安心して!その前に慎也君って呼んで良いかな?」
「いいですけど……なんです?改まって」
先程のポーズから一転、なんだか雰囲気が変わったような神鳥さんは俺と視線を合わせることなく手に持つ飲み物を注視している。
「ありがと。……慎也君がちゃんとした人でよかったよ」
「ちゃんと、ですか?」
彼女は綺麗なフォームで空になった容器をゴミ箱に放り捨て、真面目なトーンに切り替わって空を仰ぐ。
そんな殊勝なことをしている気もないしできるとも思えない。
一体何を見てそう思ったのか。
「まずキミに聞きたいけど、私の会社って何を作ってるか知ってる?」
「へ? いえ、わかりませんが」
そんな、話が噛み合っているような噛み合っていないような流れに戸惑いながらも俺はなんとか返事をする。
さっき名刺を見た時は一切読めなかったし、会社名とかそこまで意識してないから多分知らないだろう。
しかし彼女には予想外の答えだったのか、空を仰いだまま片手で目を覆い隠してしまっていた。
「多分慎也君も食べたことあると思うんだけどなぁ。 チョコとかグミとか、そういうお菓子メーカーだよ。 ――――こういうの」
「……あ!はい!見たことが……食べたことあります!」
スマホに映し出されたそれはメジャー過ぎる、とは言わないもののそこそこに知名度を持ったお菓子だった。
もちろん俺も食べたことがある。まさかこの会社を作っているのが神鳥さんだったとは……
「よかった。 あの3人は私が立ち上げた芸能事務所のグループでね、今はウチのお菓子のCM撮影ってわけ」
「なるほど……」
それで「ここにはウチのスタッフしか」と言ったのか。詳しくないもののスポンサーくらいは居るだろうにと不思議に思っていたが、そういうことなら自然な流れだ。
あれ?でも……
「CMって他のメーカーとか掛け持ちできないんじゃ?あの3人、他のお菓子の宣伝してた気もしますけど……」
「あぁ、それね――――」
同業者のCMは基本的に掛け持ちしないと。どこかでそういうことを聞いたことがある。
なのに記憶の限りでは俺でも知っている有名なメーカーのCMをも担当していた。これはどういうことだろうか。
彼女につい疑問を投げかけてみるとそのままゆっくりと、けれど確かにこれまでの経緯を語ってくれた。
「――――最初は姪っ子を使った仲良し3人でCMを作って、それだけで完結する予定だったの…………それが何故か人気が出ちゃって、あれやこれやとアイドル業になっちゃってね。
でも、私は彼女たちに学生生活も謳歌してもらいたいからって歌手活動とCM以外は全部拒否してたんだけど……それが逆にウケちゃったみたいでね。硬派だ~とかなんとか言われて人気になっちゃったの。それも掛け持ちすら許可が出るほどにね……」
なんだか昔を思い出すかように遠くの空を見つめながらツラツラと語っていく神鳥さん。それは懐かしいのか寂しいのか、俺には心情を察することはできなかったが、ただ、1つだけ思ったことがあった。
「なんだか……3人らしいですね」
「……どういうこと?」
心の中に留めて置くつもりだったのにふと出てしまった言葉が彼女の耳に届き、訝しげな視線が俺へと向けられる。
どういうこと……俺にも不意に出た言葉だからうまく言葉にできないが……
「えと、動画ですけど3人の歌ってるところ見たんですよ。それがみんなすっごく楽しそうでそれに釣られて俺も見てて楽しかったっていうか……あと、エレナの家に遊びに行った時も――――」
「エレナの家に!? なんで!?」
「なんでって、誕生日だったから?」
エレナたちから聞いていなかったのだろうか……俺が誕生日のことを口にすると身を乗り出し、もはや掴みかかりそうな勢いで迫ってきた。
そんな俺の言葉を遮るほど驚いた様子に戸惑いながらもなんとか説明をする。これ、言ってよかったのかな……?
「誕生日か……。ごめんね迫っちゃって。続けて?」
「はい……エレナの家に行った時も3人は本当に仲良さそうで……きっと今が充実しているんだと思います。だからそれがみんなに伝わって人気に繋がってるんだと思います」
彼女に説明しながらも俺は自分のことを棚に上げていると。そう自虐しながら中学の頃を思い出す。あの、部活に忙殺されていた時のことを――――
中学の頃、俺は合宿や大会に追われ、ずっとそのことを考えていた。それが今までのことだったしこれからも続くと思って何も疑問に思わずただただ部活に打ち込み続けた。
しかしある日、ずっと近くで見ていた智也が不満そうな、心配そうな表情でふと独り言が漏れるのを聞いた。「最近笑うどころか感情表に出さなくなった」と――――
それから今の自分のあり方に疑問を持った俺はひたすら考えた。心が死に、部活で良い成績を出してどうしたいのだろうと。未だにあの時見た智也の心配そうな顔は忘れられない。
「そか……でもあの子達、私が仕事を選り好みしてるから業界で友達一切いないけどそれでも?」
「本人じゃないんで本当のところはわかりませんが……3人とも楽しそうですし、いいんじゃないですか? ……ほら、今だって笑ってますし」
俺が言葉を終えると同時に3人が入っていたテントから特大の笑い声が響き渡る。一体どんな面白いことがあったのだろう。
それにしても友達がいない、か……あの日、エレナのプレゼントを買いに行く日にも江嶋さんは言っていた。「私達は異端のほう」だと。
きっと仕事を選びすぎてどこかから反感でも買っているのかもしれない。それでも、彼女たちが活動に嫌気をさすこともなく笑っていることはいいことだと信じている。
「……部外者の僕がいうのもアレですけどね。ごめんなさい、無責任なこと言って」
少し楽観的なことを言い過ぎたかなと、今更ながら神鳥さんへ頭を下げる。
しかし彼女はそんなこと気にした様子もなく、頭を上げた時には微笑みを向けまま俺の肩を何度も叩いてくる。
「そっかそっか。キミはそう思うのか!」
「えっ、いやっ!本心はちゃんと聞かないとわからないですよ!?」
「それなら良かった!あっはっは!!」
微笑みが徐々に大笑いに変わり、大口を開けて笑うその姿に若干引きながらも付け加える。
ひとしきり笑っただろうか。彼女のその眼の端には涙が浮かんでいて、ハンカチを取り出そうとする俺を大丈夫というように手で制される。
「ううん、あの3人唯一の友人が言うんならきっと間違いないよ」
その声色は彼女の安心しきったような感覚を覚えた。
そこまで俺の言葉が響いたのだろうか。そうだとしたらなんだか嬉しい。
……唯一と言われるとそれはそれで心配になるが。
「俺の勘違いでないと、いいんですが……」
「自信持ちなよ少年。傍目から見てそう思うのならそうなんだろうね。慎也君が友人になってくれて良かったよ。でも―――――」
目の端の涙を拭き取りながら俺をも励ましてくれる神鳥さん。
しかし段々と。段々とその笑みがニヤついたものに変わっていき、なんとなく背筋が冷たくなっていくのを感じてしまう。
「でも、友人が男の子だとは思わなかったなぁ…………なに?キミってば誰狙い!?」
「へ……? い、いや、そういうのじゃありませんって!!」
さっきとはガラリと雰囲気を変えてからかってくる神鳥さんにまたもや声を荒らげてしまった。
このコロコロ変わる感じ……これがリオとの血筋だというのか……?
「どうだかぁ~」
「あっ!もう準備できたみたいですよ!」
俺は無理矢理話を切り上げるようにテントの方向を指差す。
これ以上突っ込まれるのは勘弁だと、そう思いながら出てくる3人へ視線を移すと、エレナも江嶋さんも、二人ともリオと同じ制服姿へ着替えていた。
違う部分としたらそのカーディガンの色だろう。エレナは水色、江嶋さんは白色、リオはピンクと。それだけでもなんとなく彼女たちの個性が現れていてそれぞれの良さが際立っている気がする。
随分と可愛い衣装だ。あれで撮影をすると映えそうだと素人ながらにもわかる。
けれど一つ。どうしても看過できないこともそこにはあった。それは…………
「……暑そう」
「あははっ! 仕方ないよ~。これ秋用だもん!」
心から出た言葉に神鳥さんが笑いながら解説してくれる。
そうか、今から作るのなら出来上がるのはそれくらいになるのか。でもこれは……しんどそうだ。
「ねぇ! どう?これ。 可愛いと思わない?」
そんな俺達に真っ先に駆け寄ってきたのはエレナだった。彼女はその長い金色の髪をサイドテールにして前に流し、明るさを保ちつつ大人っぽい雰囲気を全面に押し出している。
その姿に内心ドキッとしながらも気取られないように表情を引き締めて答えを探していく。
「……暑くない?」
「えぇ、死ぬほど暑いわ。気を抜いたら溶けそう……じゃなくって!どう思う?この衣装最高じゃない!?」
「はいはい、姉さんはすっごく可愛いよ」
「ぶぅ、なんか釈然としないけど……いいわ。 可愛いって言ってくれたしね!」
いつもより何割か増しで元気よく撮影場所であろうベンチに走っていくエレナ。少し見とれてたの、気づかれてないかな……
そう思ってその後ろ姿を眺めていると、不意にワイシャツの袖部分が何かに引っ張られている気がした。
「…………江嶋さん?」
「えっと、その…………」
引っ張っているのは江嶋さんだった。 彼女はそのまま手を離し、両手を合わせながら何かを言おうとしてはやめてを繰り返している。
「あのっ! 私はどう、ですか? かわいいですか!?」
江嶋さんのその、手をキュッと握りながら目を瞑り思い切り発する姿についつい見とれてしまう。
そんな恥ずかしがりながらも頑張って聞く姿は――――
「最高に可愛いです」
「えっ……」
…………えっ?
あれ?もしかして声に出てた!?
明らかに俺に反応して漏れた言葉みたいだし、これ絶対に出てる!
「いや、それはえっと……」
「いえっ! 大丈夫です。ありがとうございます!」
「あっ……」
何か自分の中で結論を得たのかそのまま走っていく江嶋さん。いや、違うんです!違わないけど!!
「むぅ、私は?」
「…………リオ」
暑さのせいか恥ずかしいせいか、顔が熱くなりながらその姿を見送るとふと声がかかった。
最後に後ろから声を掛けたのはリオ。
彼女は俺へ服を見せることなく背中同士をくっつけて動く気配を見せることはない。
「私には『頑張れ』って言ってほしい」
「うん。リオ……撮影頑張って」
「ん……頑張る」
そう背中合わせの会話をしたリオも満足げに小走りで向かっていく。
何だったのだろう……あれで良かったのかな……?
「ムフフ……」
「……なんですか?」
少し離れた位置で撮影準備をボーッと見ていると何やら不吉な笑い声が俺の耳へと届いた。見なくてもわかる。これは神鳥さんだ。
「でぇ? 誰狙いなのぉ?」
「まだその話続くんですか!?だから誰でもないんですって!!」
彼女の追求?は監督と思しき女性がやってくるまで止まることはなかった――――
「何がですか?」
3人がテントに向かい、残された俺は神鳥さんの提案により撮影の見学のため彼女についていくと、テントの下に設置されているクーラーボックスからお茶を俺に差し出して謝ってきた。
何のことだろう。お昼を食べ損なったことか、暑い中外で待つことか……何にせよ、改まって謝られるようなことでもない。
「早退させちゃったこと。学生の本分は勉強なのにね」
あぁ、なんだそんなことか。
得心がいった俺は彼女と同じくガードフェンスに身体を預け、渡されたお茶に口をつける。
「半日くらい大したことないですよ。すぐ追いつけますし」
「だといいけれど……」
そう言いながらプシュッ!と軽快な音をたてて炭酸水を流し込む神鳥さん。
よく炭酸を一気に飲めるな……
「ぷはぁっ!あともう一つ!キミに謝らなきゃいけないことがあったんだった!」
「な、なんでしょう……?」
「むふふ……」
炭酸を一気に空にしてもビクともしない彼女は、先ほどとは打って変わって軽快な口調で再度謝ってきた。
むふふて……
「いやさ、あのテントの中に連れて行って上げなくてごめんね~。さすがに女の子はお色直ししている姿を男の子に見られたくないだろうからさ!」
「は……?」
なんだって? テントに……俺が?どうして!?
「だから、テントの中に――――」
「き、聞こえてます! そんなの……見ませんよ!!」
まるでからかうようなその口調に少し声を荒らげてしまう。
マネージャーが一体何を言い出すんだ。もし行けることになっても……俺が耐えられない!!
そんな回答を予想していたのか、彼女はその回答に「キャー、こわ~い」と笑いながら頭を守るようなポーズを決め込んでいた。
「ごめんごめん。冗談だよ…………えっと、慎也君?」
「……今度は何でしょう?」
「今度は普通のお話だから安心して!その前に慎也君って呼んで良いかな?」
「いいですけど……なんです?改まって」
先程のポーズから一転、なんだか雰囲気が変わったような神鳥さんは俺と視線を合わせることなく手に持つ飲み物を注視している。
「ありがと。……慎也君がちゃんとした人でよかったよ」
「ちゃんと、ですか?」
彼女は綺麗なフォームで空になった容器をゴミ箱に放り捨て、真面目なトーンに切り替わって空を仰ぐ。
そんな殊勝なことをしている気もないしできるとも思えない。
一体何を見てそう思ったのか。
「まずキミに聞きたいけど、私の会社って何を作ってるか知ってる?」
「へ? いえ、わかりませんが」
そんな、話が噛み合っているような噛み合っていないような流れに戸惑いながらも俺はなんとか返事をする。
さっき名刺を見た時は一切読めなかったし、会社名とかそこまで意識してないから多分知らないだろう。
しかし彼女には予想外の答えだったのか、空を仰いだまま片手で目を覆い隠してしまっていた。
「多分慎也君も食べたことあると思うんだけどなぁ。 チョコとかグミとか、そういうお菓子メーカーだよ。 ――――こういうの」
「……あ!はい!見たことが……食べたことあります!」
スマホに映し出されたそれはメジャー過ぎる、とは言わないもののそこそこに知名度を持ったお菓子だった。
もちろん俺も食べたことがある。まさかこの会社を作っているのが神鳥さんだったとは……
「よかった。 あの3人は私が立ち上げた芸能事務所のグループでね、今はウチのお菓子のCM撮影ってわけ」
「なるほど……」
それで「ここにはウチのスタッフしか」と言ったのか。詳しくないもののスポンサーくらいは居るだろうにと不思議に思っていたが、そういうことなら自然な流れだ。
あれ?でも……
「CMって他のメーカーとか掛け持ちできないんじゃ?あの3人、他のお菓子の宣伝してた気もしますけど……」
「あぁ、それね――――」
同業者のCMは基本的に掛け持ちしないと。どこかでそういうことを聞いたことがある。
なのに記憶の限りでは俺でも知っている有名なメーカーのCMをも担当していた。これはどういうことだろうか。
彼女につい疑問を投げかけてみるとそのままゆっくりと、けれど確かにこれまでの経緯を語ってくれた。
「――――最初は姪っ子を使った仲良し3人でCMを作って、それだけで完結する予定だったの…………それが何故か人気が出ちゃって、あれやこれやとアイドル業になっちゃってね。
でも、私は彼女たちに学生生活も謳歌してもらいたいからって歌手活動とCM以外は全部拒否してたんだけど……それが逆にウケちゃったみたいでね。硬派だ~とかなんとか言われて人気になっちゃったの。それも掛け持ちすら許可が出るほどにね……」
なんだか昔を思い出すかように遠くの空を見つめながらツラツラと語っていく神鳥さん。それは懐かしいのか寂しいのか、俺には心情を察することはできなかったが、ただ、1つだけ思ったことがあった。
「なんだか……3人らしいですね」
「……どういうこと?」
心の中に留めて置くつもりだったのにふと出てしまった言葉が彼女の耳に届き、訝しげな視線が俺へと向けられる。
どういうこと……俺にも不意に出た言葉だからうまく言葉にできないが……
「えと、動画ですけど3人の歌ってるところ見たんですよ。それがみんなすっごく楽しそうでそれに釣られて俺も見てて楽しかったっていうか……あと、エレナの家に遊びに行った時も――――」
「エレナの家に!? なんで!?」
「なんでって、誕生日だったから?」
エレナたちから聞いていなかったのだろうか……俺が誕生日のことを口にすると身を乗り出し、もはや掴みかかりそうな勢いで迫ってきた。
そんな俺の言葉を遮るほど驚いた様子に戸惑いながらもなんとか説明をする。これ、言ってよかったのかな……?
「誕生日か……。ごめんね迫っちゃって。続けて?」
「はい……エレナの家に行った時も3人は本当に仲良さそうで……きっと今が充実しているんだと思います。だからそれがみんなに伝わって人気に繋がってるんだと思います」
彼女に説明しながらも俺は自分のことを棚に上げていると。そう自虐しながら中学の頃を思い出す。あの、部活に忙殺されていた時のことを――――
中学の頃、俺は合宿や大会に追われ、ずっとそのことを考えていた。それが今までのことだったしこれからも続くと思って何も疑問に思わずただただ部活に打ち込み続けた。
しかしある日、ずっと近くで見ていた智也が不満そうな、心配そうな表情でふと独り言が漏れるのを聞いた。「最近笑うどころか感情表に出さなくなった」と――――
それから今の自分のあり方に疑問を持った俺はひたすら考えた。心が死に、部活で良い成績を出してどうしたいのだろうと。未だにあの時見た智也の心配そうな顔は忘れられない。
「そか……でもあの子達、私が仕事を選り好みしてるから業界で友達一切いないけどそれでも?」
「本人じゃないんで本当のところはわかりませんが……3人とも楽しそうですし、いいんじゃないですか? ……ほら、今だって笑ってますし」
俺が言葉を終えると同時に3人が入っていたテントから特大の笑い声が響き渡る。一体どんな面白いことがあったのだろう。
それにしても友達がいない、か……あの日、エレナのプレゼントを買いに行く日にも江嶋さんは言っていた。「私達は異端のほう」だと。
きっと仕事を選びすぎてどこかから反感でも買っているのかもしれない。それでも、彼女たちが活動に嫌気をさすこともなく笑っていることはいいことだと信じている。
「……部外者の僕がいうのもアレですけどね。ごめんなさい、無責任なこと言って」
少し楽観的なことを言い過ぎたかなと、今更ながら神鳥さんへ頭を下げる。
しかし彼女はそんなこと気にした様子もなく、頭を上げた時には微笑みを向けまま俺の肩を何度も叩いてくる。
「そっかそっか。キミはそう思うのか!」
「えっ、いやっ!本心はちゃんと聞かないとわからないですよ!?」
「それなら良かった!あっはっは!!」
微笑みが徐々に大笑いに変わり、大口を開けて笑うその姿に若干引きながらも付け加える。
ひとしきり笑っただろうか。彼女のその眼の端には涙が浮かんでいて、ハンカチを取り出そうとする俺を大丈夫というように手で制される。
「ううん、あの3人唯一の友人が言うんならきっと間違いないよ」
その声色は彼女の安心しきったような感覚を覚えた。
そこまで俺の言葉が響いたのだろうか。そうだとしたらなんだか嬉しい。
……唯一と言われるとそれはそれで心配になるが。
「俺の勘違いでないと、いいんですが……」
「自信持ちなよ少年。傍目から見てそう思うのならそうなんだろうね。慎也君が友人になってくれて良かったよ。でも―――――」
目の端の涙を拭き取りながら俺をも励ましてくれる神鳥さん。
しかし段々と。段々とその笑みがニヤついたものに変わっていき、なんとなく背筋が冷たくなっていくのを感じてしまう。
「でも、友人が男の子だとは思わなかったなぁ…………なに?キミってば誰狙い!?」
「へ……? い、いや、そういうのじゃありませんって!!」
さっきとはガラリと雰囲気を変えてからかってくる神鳥さんにまたもや声を荒らげてしまった。
このコロコロ変わる感じ……これがリオとの血筋だというのか……?
「どうだかぁ~」
「あっ!もう準備できたみたいですよ!」
俺は無理矢理話を切り上げるようにテントの方向を指差す。
これ以上突っ込まれるのは勘弁だと、そう思いながら出てくる3人へ視線を移すと、エレナも江嶋さんも、二人ともリオと同じ制服姿へ着替えていた。
違う部分としたらそのカーディガンの色だろう。エレナは水色、江嶋さんは白色、リオはピンクと。それだけでもなんとなく彼女たちの個性が現れていてそれぞれの良さが際立っている気がする。
随分と可愛い衣装だ。あれで撮影をすると映えそうだと素人ながらにもわかる。
けれど一つ。どうしても看過できないこともそこにはあった。それは…………
「……暑そう」
「あははっ! 仕方ないよ~。これ秋用だもん!」
心から出た言葉に神鳥さんが笑いながら解説してくれる。
そうか、今から作るのなら出来上がるのはそれくらいになるのか。でもこれは……しんどそうだ。
「ねぇ! どう?これ。 可愛いと思わない?」
そんな俺達に真っ先に駆け寄ってきたのはエレナだった。彼女はその長い金色の髪をサイドテールにして前に流し、明るさを保ちつつ大人っぽい雰囲気を全面に押し出している。
その姿に内心ドキッとしながらも気取られないように表情を引き締めて答えを探していく。
「……暑くない?」
「えぇ、死ぬほど暑いわ。気を抜いたら溶けそう……じゃなくって!どう思う?この衣装最高じゃない!?」
「はいはい、姉さんはすっごく可愛いよ」
「ぶぅ、なんか釈然としないけど……いいわ。 可愛いって言ってくれたしね!」
いつもより何割か増しで元気よく撮影場所であろうベンチに走っていくエレナ。少し見とれてたの、気づかれてないかな……
そう思ってその後ろ姿を眺めていると、不意にワイシャツの袖部分が何かに引っ張られている気がした。
「…………江嶋さん?」
「えっと、その…………」
引っ張っているのは江嶋さんだった。 彼女はそのまま手を離し、両手を合わせながら何かを言おうとしてはやめてを繰り返している。
「あのっ! 私はどう、ですか? かわいいですか!?」
江嶋さんのその、手をキュッと握りながら目を瞑り思い切り発する姿についつい見とれてしまう。
そんな恥ずかしがりながらも頑張って聞く姿は――――
「最高に可愛いです」
「えっ……」
…………えっ?
あれ?もしかして声に出てた!?
明らかに俺に反応して漏れた言葉みたいだし、これ絶対に出てる!
「いや、それはえっと……」
「いえっ! 大丈夫です。ありがとうございます!」
「あっ……」
何か自分の中で結論を得たのかそのまま走っていく江嶋さん。いや、違うんです!違わないけど!!
「むぅ、私は?」
「…………リオ」
暑さのせいか恥ずかしいせいか、顔が熱くなりながらその姿を見送るとふと声がかかった。
最後に後ろから声を掛けたのはリオ。
彼女は俺へ服を見せることなく背中同士をくっつけて動く気配を見せることはない。
「私には『頑張れ』って言ってほしい」
「うん。リオ……撮影頑張って」
「ん……頑張る」
そう背中合わせの会話をしたリオも満足げに小走りで向かっていく。
何だったのだろう……あれで良かったのかな……?
「ムフフ……」
「……なんですか?」
少し離れた位置で撮影準備をボーッと見ていると何やら不吉な笑い声が俺の耳へと届いた。見なくてもわかる。これは神鳥さんだ。
「でぇ? 誰狙いなのぉ?」
「まだその話続くんですか!?だから誰でもないんですって!!」
彼女の追求?は監督と思しき女性がやってくるまで止まることはなかった――――
10
あなたにおすすめの小説
ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜
遊馬友仁
青春
高校二年生の坂井夏生(さかいなつき)は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった!
木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。
「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海(こじまなつみ)の素顔を見てやろう」
そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。
昔義妹だった女の子が通い妻になって矯正してくる件
マサタカ
青春
俺には昔、義妹がいた。仲が良くて、目に入れても痛くないくらいのかわいい女の子だった。
あれから数年経って大学生になった俺は友人・先輩と楽しく過ごし、それなりに充実した日々を送ってる。
そんなある日、偶然元義妹と再会してしまう。
「久しぶりですね、兄さん」
義妹は見た目や性格、何より俺への態度。全てが変わってしまっていた。そして、俺の生活が爛れてるって言って押しかけて来るようになってしまい・・・・・・。
ただでさえ再会したことと変わってしまったこと、そして過去にあったことで接し方に困っているのに成長した元義妹にドギマギさせられてるのに。
「矯正します」
「それがなにか関係あります? 今のあなたと」
冷たい視線は俺の過去を思い出させて、罪悪感を募らせていく。それでも、義妹とまた会えて嬉しくて。
今の俺たちの関係って義兄弟? それとも元家族? 赤の他人?
ノベルアッププラスでも公開。
【完結】かつて憧れた陰キャ美少女が、陽キャ美少女になって転校してきた。
エース皇命
青春
高校でボッチ陰キャを極めているカズは、中学の頃、ある陰キャ少女に憧れていた。実は元々陽キャだったカズは、陰キャ少女の清衣(すい)の持つ、独特な雰囲気とボッチを楽しんでいる様子に感銘を受け、高校で陰キャデビューすることを決意したのだった。
そして高校2年の春。ひとりの美少女転校生がやってきた。
最初は雰囲気が違いすぎてわからなかったが、自己紹介でなんとその美少女は清衣であるということに気づく。
陽キャから陰キャになった主人公カズと、陰キャから陽キャになった清衣。
以前とはまったく違うキャラになってしまった2人の間に、どんなラブコメが待っているのだろうか。
※小説家になろう、カクヨムでも公開しています。
※表紙にはAI生成画像を使用しています。
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件
遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。
一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた!
宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!?
※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。
幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。
四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……?
どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、
「私と同棲してください!」
「要求が増えてますよ!」
意味のわからない同棲宣言をされてしまう。
とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。
中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。
無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
『俺アレルギー』の抗体は、俺のことが好きな人にしか現れない?学園のアイドルから、幼馴染までノーマスク。その意味を俺は知らない
七星点灯
青春
雨宮優(あまみや ゆう)は、世界でたった一つしかない奇病、『俺アレルギー』の根源となってしまった。
彼の周りにいる人間は、花粉症の様な症状に見舞われ、マスク無しではまともに会話できない。
しかし、マスクをつけずに彼とラクラク会話ができる女の子達がいる。幼馴染、クラスメイトのギャル、先輩などなど……。
彼女達はそう、彼のことが好きすぎて、身体が勝手に『俺アレルギー』の抗体を作ってしまったのだ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる