不審者が俺の姉を自称してきたと思ったら絶賛売れ出し中のアイドルらしい

春野 安芸

文字の大きさ
38 / 167
第2章

038.妹の役回り

しおりを挟む
「――――もしかして、何か用事でもあった?」

 突然現れたリオの企みによってシャワーを浴び終えた俺は、水の掛からないよう避難している彼女に問いかける。
 チラリと見たその手にはいつの間にか先程より一際大きいバスタオルが。

「はい、これ使って」
「ありがと……」

 差し出されたタオルを使って身体の水分を本格的に拭き取っていく。
 何故こんな大きいタオルを都合よく、用意周到に持っていたかは知らないが、きっと俺の為に用意してくれたのだろう。俺と一緒にシャワーに濡れた彼女。しかし既に髪を拭いたようで飄々としていてホッとする。
 そんな事を考えながら好意を無下にしては悪いとありがたく使っていると、ふわりと柔軟剤なのか、ほんのりグレープのようなフルーティーな香りが漂ってきた。

「あっ……そうだったそうだった……」

 暫く無言で俺の拭いている姿を眺めていると思ったら、ふと何かを思い出したかのように女子更衣室へと消えていくリオ。
 さっきまで手ぶらだったし、向こうに荷物でも置いているのだろうか。 そう思いながら戻ってくるのを待っていると、1分と経たずに姿を見せた時には何やら布に包まれた2つの箱状の物がその手に収まっていた。

 口元を紐で縛られたピンクの巾着、もう一つの大きいのは黒色。これはもしかすると……。

「おべんと、一緒に食べよ?」

 控えめに上げたそれは案の定。前回の学校侵入を彷彿とさせる、二人分の小さなお弁当箱だった。


 ―――――――――――――――――
 ―――――――――――
 ―――――――


 シャワーの水滴も消え去ったプールサイド。適当に落ち着ける場所に腰を降ろした俺たちは、互いに膝の上に置かれたお弁当箱を広げる。

 中身は以前と同じく和中心の食事となっていた。
 きっとリオは和食中心に頑張っているのだろう。以前と比べても味の染み具合などが上達していることが見て取れる。

 あの日食べたお弁当は荒削りな部分もあったものの、その心遣いも含めてとんでもなく美味しかった。
 お料理パーフェクトのアイさんと比べるような無粋な真似はしないが、今回のお弁当も輝いて見えたる。

「それじゃあ、いただきます!」
「ねぇ、リオ」

 手を付ける前に1つの疑問を解消するため彼女に呼びかける。
 呼びかけられたリオも割り箸を割ろうとした手を止め、こちらに顔を向けてきた。

「ほいほい、何か食べられないものでも? もしかして……アーンじゃないと食べられないとか!?待ってて!今選ぶから!」
「ううん、食べられないものはない……って違くて。 どうして、ここで食べるの?」
「ほえ?」

 彼女は俺が視線を動かすと同時に辺りを見渡す。

 ――――そこは先程までと一切変わらない景色、プールサイドだ。
 室内プールだから風が吹くこともなく、水辺があり、くもりガラスとはいえ陽の光が入ってくるものだから湿度、温度共にかなりの数値を誇っていることが肌感覚からして実感できる。
 まだ俺は水着姿だから不快感は殆どないが、制服姿の彼女はかなり辛いだろう。

「……どういうこと?」

 そんな意図を全く理解していないのか、未だピンと来ていないらしく首を傾ける。

「ほら、暑くない? 俺は平気だけどリオは服着てるしさ」
「へっ……そんな……『俺を満足させたければここで脱げ!グヘヘ!!』ってこと!?」
「え、いや、ちがくて…………」

 何だその悪役口調は!
 グヘヘなんて俺言ったことないんだけど!?

「恥ずかしいけど……慎也クンの頼みなら……。お父さん、お母さん。私、今日大人になります」
「ちょ……!まっ……!」

 一体どこの部分をどう受け取ったら服を脱げに解釈しちゃうの!?

 何を血迷ったのか、突然父母へのメッセージを口にした彼女はおもむろに自らの服に手をかけ始めた。
 慌てて出そうとした否定の言葉も間に合わず、彼女は迷いなく服の裾部分に手をかけてセーラー服を脱いでキャミソール姿へと変わっていく。

 どうやら彼女も高湿度の空間で服を着ていたのは暑かったようで。
 大胆に見えている肩からは汗が陽の光によってキラキラと光り輝き、そのすぐ下に見える胸部に目を奪われそうになるところを、寸前で視線を上に向け事なきを得る。

「ふぅ、暑かった。 次」
「そ……それはダメ!!」

 自身の意思の強さを自画自賛しようと思ったが彼女はまだ止まらなかった。
 そのまま流れ作業のようにスカートに手を掛けた段階で慌ててその手を取って止めることに成功する。

「む……脱げって言ったから脱いだのに……」
「違う違う! 服じゃなくて場所! 移動しないの!?」

 慌てて先程の言葉の意図を正確に伝え、スカートにかけていた力が抜けたところで俺も手を離す。
 
 …………水色のキャミソールか。髪の色も含めて、明るい色が好きなのだろうか。
 それにしても年相応……いや、それより少し大きいよね……やっぱり。

「他の場所は誰が来るかわからないから嫌。いつもの教室だったらいいけど……」
「あそこは……わからない」

 いつもの教室というのはきっと科学室のことだろう。
 今日は平日とはいえ夏休み。担任がいれば空けてくれるが今居るのだろうか。
 俺一人で確認しに行ってもいいのだが、それはそれで懸案事項を残すことになる。

「それじゃ、ここにしよ。私もこれ以上脱がないから」
「是非そうして……」

 さすがにこんな気温の中、セーラ服をもう一度着ろなんて事は言えなかった。
 だって俺としても今の姿のほうが……いや、なんでもない。

「それじゃあ、食べよ? あ~んはいる?」
「いりません!」

 横に避けていたお弁当箱を膝に載せ、卵焼きをこちらに差し出すリオを俺は首を振って逃れることにした。






「そういえばさ――――」
「ぷむ……?」

 学校のプールでお弁当を食べるという、なんとも奇妙な時間を過ごした俺はふと思い出したことを伝えることにした。
 帰ってきたのは変な相槌。お茶を飲んでるところにごめんね。

「リオは関係がない話なんだけど、夏休み入った途端母さんが帰ってきてね」
「あぁ、うん。そうみたいだねぇ。エレナから聞いてるよ。『お母様に会ったけどすっごい喜んでくれた!!』って」

 エレナか。そういえば同じ場所にいたんだもんね。
 あの日はサインも書いてもらってこちらとしても感謝しかない。

「それで、妹……紗也も帰ってきたんだけどね――――」
「紗也…………ちゃん?」

 俺の言葉を遮るように彼女がその名を復唱する。
 同時にこちらを見つめるは不思議な目。

 困惑、驚き、不安。
 そんな感情を含んだなんともいえない瞳だった。

 一体彼女の中で何を感じたのか。一瞬だけ不思議に思ったが特に気にすることなく話を続ける。

「あれ、それは聞いてなかったんだ?……というか、俺に妹が居たのが意外?」
「うん。妹さんの話は初耳。……どんな子?」
「どんなかぁ……凄く可愛いよ。外ではしっかり者だけど家では甘えてくるし努力家だしね」
「ふぅん…………」

 俺が紗也に語ると先程の読めない表情から一転、こちらをにらみつけるようなジト目に変わっていた。
 い、妹だからいいと思います!

「それは、どのくらい可愛いの?」
「一番」
「即答……」

 それは即答するだろう。
 他人に言われるまでもなくシスコンだってことも自覚している。向こうに行った時も紗也が居ない寂しさでだいぶ辛い日もあったくらいだ。

 気づけばそれを感じされる間もなくエレナたちが現れたのだが。

「話遮っちゃってごめん。 その……紗也ちゃんが帰ってきてどうしたの?」
「うん。離れてた反動か今は家に居るとずっと引っ付いてきちゃって。外に出るたびにどこに行くか聞かれるようになって……妹ってそういうものかなって」

 そう。紗也は帰ってきて以降、家では俺にベッタリになってしまった。
 流石にトイレや風呂は別だがそれ以外はほぼ全てといって差し支えない。
 もはや部屋で勉強しているときですらベッドでゴロゴロする始末だ。

「嫌なの?」
「まさか。もっと来てもいいくらいだよ。でも、いつかは自立しなきゃいけないのかなぁ……と思ってね……」

 そう未来の事を思いながら天を仰ぐ。
 彼女はまだ中学生。高校に上がったらお兄ちゃん嫌いなんて言ってくるのだろうか。あ、ダメ。泣きたい。

「私には兄妹が居ないけど……紗也ちゃんならきっと大丈夫だよ」
「……ありがと。 なんとなく元気が出たよ」

 なんだかいつの間にやら悩み相談になっていた。
 けど、なんにも根拠なんて無いが聞いてもらえるだけで十分元気が出る気がする。

 そうして俺もお茶を一口のみ、これからどうしようかと頭を悩ませると、ポスンと膝に何かが乗る感触に襲われる。

「ん……? り、リオ!?」
「ふむぅ……気持ちいい……いい匂い」

 慌てて下を向くと俺の膝には小さな頭がポスンと載せられていた。所謂うつ伏せの膝枕状態だ。
 今の俺は水着姿。そこそこ乾いたといえども水着はそうもいかず、濡れているというのに彼女は臆することなく頭を押し付けてモゴモゴと声を出している。

「は、離れて! 俺水着だから!」
「ふぇ……ダメなの……? お兄ちゃん……?」
「うっ!!」

 お兄ちゃん―――――
 それは年下が使える魔性の言葉。

 そこで甘え声はずるいよ……
 リオは先程までの眠たげな目から大きくクリクリした瞳を開いてこちらを上目遣いで見つめてくる。
 彼女のその潤んだ瞳と、意図してるかはわからないが、確かにある谷間が見えてもはや何も言うことも、見ることすら出来なくなってしまう。

「ご……ご自由に……」
「わ~いっ!」

 お許しを出したと同時に動けない太ももをプニプニと触ってくるリオ。
 凄くこそばゆい。

「――――紗也ちゃんもきっと、何年経ってもお兄ちゃんのことを大好きでい続けてくれるよ。…………私のようにね」
「えっ?」

 気づけば、今までとは雰囲気も声色も変わった様子でポツリと彼女はつぶやく。
 その雰囲気はとても儚く、凝らさなければ見失ってしまうほどの透明な――――

「なんでもな~い! ふふふ……やっぱり慎也クンの筋肉はいいのぉ……」

 彼女が勢いよく体を起こした頃には普段どおりの雰囲気に戻っており、横に避けていた自身の服を手に取った。ただし視線は俺の腹部から離す気配を見せない。
 ……やっぱり凄く恥ずかしい。

「も……もう着替える! リオも早く上着てよ!」
「は~い!」

 俺は一人立ち上がって男子更衣室までの道を小走りで向かう。
 着替えている間ずっと、妹状態のリオもいいなと思い続けていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】かつて憧れた陰キャ美少女が、陽キャ美少女になって転校してきた。

エース皇命
青春
 高校でボッチ陰キャを極めているカズは、中学の頃、ある陰キャ少女に憧れていた。実は元々陽キャだったカズは、陰キャ少女の清衣(すい)の持つ、独特な雰囲気とボッチを楽しんでいる様子に感銘を受け、高校で陰キャデビューすることを決意したのだった。  そして高校2年の春。ひとりの美少女転校生がやってきた。  最初は雰囲気が違いすぎてわからなかったが、自己紹介でなんとその美少女は清衣であるということに気づく。  陽キャから陰キャになった主人公カズと、陰キャから陽キャになった清衣。  以前とはまったく違うキャラになってしまった2人の間に、どんなラブコメが待っているのだろうか。 ※小説家になろう、カクヨムでも公開しています。 ※表紙にはAI生成画像を使用しています。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

クラスで1番の美少女のことが好きなのに、なぜかクラスで3番目に可愛い子に絡まれる

グミ食べたい
青春
高校一年生の高居宙は、クラスで一番の美少女・一ノ瀬雫に一目惚れし、片想い中。 彼女と仲良くなりたい一心で高校生活を送っていた……はずだった。 だが、なぜか隣の席の女子、三間坂雪が頻繁に絡んでくる。 容姿は良いが、距離感が近く、からかってくる厄介な存在――のはずだった。 「一ノ瀬さんのこと、好きなんでしょ? 手伝ってあげる」 そう言って始まったのは、恋の応援か、それとも別の何かか。 これは、一ノ瀬雫への恋をきっかけに始まる、 高居宙と三間坂雪の、少し騒がしくて少し甘い学園ラブコメディ。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

昔義妹だった女の子が通い妻になって矯正してくる件

マサタカ
青春
 俺には昔、義妹がいた。仲が良くて、目に入れても痛くないくらいのかわいい女の子だった。 あれから数年経って大学生になった俺は友人・先輩と楽しく過ごし、それなりに充実した日々を送ってる。   そんなある日、偶然元義妹と再会してしまう。 「久しぶりですね、兄さん」 義妹は見た目や性格、何より俺への態度。全てが変わってしまっていた。そして、俺の生活が爛れてるって言って押しかけて来るようになってしまい・・・・・・。  ただでさえ再会したことと変わってしまったこと、そして過去にあったことで接し方に困っているのに成長した元義妹にドギマギさせられてるのに。 「矯正します」 「それがなにか関係あります? 今のあなたと」  冷たい視線は俺の過去を思い出させて、罪悪感を募らせていく。それでも、義妹とまた会えて嬉しくて。    今の俺たちの関係って義兄弟? それとも元家族? 赤の他人? ノベルアッププラスでも公開。

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

処理中です...