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第3章
075.本日のご予定は
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「――――といっても、今日一日何しましょう?」
外の雀が元気に朝の挨拶を交わしている午前7時すぎ。
朝食を終えたおtれは、向かいに座るアイさんへと問いかける。
向かいに座る彼女は紅茶を脇に自らが映るライブ映像を眺めていたが、俺の言葉に慌てて手を振り否定する。
「いえいえ!私なんかお気遣いなく! 慎也さんは普段どおりでいいので……」
そう言われてもなぁ……
さすがにお客様をないがしろにするわけにもいかないし何をするにしてもアテはないし。
神鳥さんは具体的に何をさせるために送り込んできたのだろう。
朝早くから回らない頭をコーヒーで無理やり動かしながら悩ませていると、テーブルの上にあったチラシが目に入る。
あぁ、そういえば少し離れたショッピングモールでセールがあるんだった。見た感じ服とかも安くなってるし、此処に行くという手もある。
「アイさん、買い物とかどうですか? ほら、色々安いみたいですし」
「すみません……私も朝早くていつものウィッグとかを家に忘れちゃいまして……」
ヒラリとチラシが一枚床へと舞い落ちる。
打つ手が無くなってしまった。
外出不可だなんて何をすれば……。同い年の女の子が楽しめそうなものって全く心当たりが無い。
「それじゃあさ~! 愛惟さんもウチにあるゲームやってみない?」
どこからか紗也の声が聞こえてきた。
ゲーム……?確かに紗也とやる用に複数人でできるソフトはあるけど……というか紗也はどこだ!?
辺りを見渡してみるもあの小さな体躯が見当たらない。けれど確かに声がした。それもアイさんの方から。でも、姿が見えない……
「えっと、慎也さん。 紗也ちゃんでしたらここに……」
「!? …………紗也!なんてところに!!」
俺が見渡していた理由を察知したのかアイさんは控えめに自身の足元を指差してくる。
その誘導に従うように椅子から立ち上がり、テーブルから乗り上げるようにして彼女の足元へ視線を向けるとたしかにさっきまで紗也が着ていた服が目に入った。
けれど問題はその体勢。
紗也はアイさんの隣に腰を掛けつつ、その上半身は彼女の膝の上に完全に預けてしまい膝枕…………正確にはコの字型に身体を曲げ、膝に腹を乗せて寝そべるようにリラックスしていた。
そんな!アイさんの膝に乗るだなんて羨ましいから交代してくれ…………じゃなくて失礼でしょう!
「紗也、アイさんが困ってるよ」
「いえいえ!全然いいんです! 私としても妹ができたみたいで嬉しいので……」
「ね~! お兄ちゃんだって羨ましいくせに~」
「っ……」
図星をつかれた一言に動揺が表に出そうになったところをグッと堪えて耐え忍ぶ。
そんなこと……当然羨ましいに決まってるじゃないか!!
完璧女子。
常々天使と評しているアイさんの膝の上なんて羨ましいと思わない男子は存在しないだろう。
彼女自信が纏う女の子らしい甘い香り。大きすぎるとは言えないが決して小さくもない、平均よりも大きめであろうバランスの良い胸に視線が行きがちだが、全体的に引き締まりながらもきちんと柔らかさを残した身体。その上中身だっておしとやかで清楚。非の打ち所がない人である。
いくら男性恐怖症が俺にだけ弱いとはいえど、さすがにそこまで近づいたら通報者だ。
逃げられるか殴られるか叫ばれるに決まっている。
「お兄ちゃん、はいこれ」
「……うん?」
内心血の涙を流しながら羨ましい気持ちを堪えていると、いつの間にか近づいていた紗也が長方形の薄い箱を渡してきた。
これは……ゲームのパッケージ?
「このゲームしよ? 愛惟さんだってきっとこれならすぐできるようになるよ」
「ゲームか……。アイさんはどう思いますか?」
俺に聞くのはいいが、今回まず聞くのはゲストであるアイさんだろう。
兄妹揃って彼女へ視線を移すとそこにはおずおずと片手を上げているアイさんが。俺は頷いて彼女の言葉を待つ。
「えっと……今までゲームをしたこと無いので、それでもいいんでしたら……」
「ゲームをって……ゲーム自体を!?」
「お恥ずかしながら……」
紗也が驚きに声を上げ、俺も言葉を失ってしまう。
まさかゲーム未経験者だったとは。
仕事で忙しいとはいえ活動前からやったことなかったのか。
「もちろん大歓迎ですよ。ちなみにエレナもやったこと無いんですか?」
「う~ん……見たことは無いから遊んだこと無いかもしれません。 あ、でもリオは遊んでたみたいですね。昔そんなことを聞いた覚えがあります」
「璃穏ちゃんは引っ越す前あたしと何度か遊んだことあるよ。お兄ちゃんのゲーム機勝手に借りて」
……いつの間にか使われていたようだ。
けど、そしたらゲーム選びに苦戦しそうだな。紗也が持ってきたのは格闘系だから、いくらなんでも初めてコントローラーを触るアイさんには厳しすぎる。
「紗也、アレにしない? ほら、レースの……」
「確かに初心者にはこれは厳しいかもだしね。お兄ちゃん、罰ゲームはどうしよう?」
「無しでいいよ。有りだとアイさんが―――――」
「いえ、罰ゲーム有りでお願いします!」
「「!?」」
初めてゲームするのに罰ゲーム有り!?
そんなの鴨が葱を背負って来るって騒ぎじゃない。
紗也と顔を見合わせると、紗也も同様に予想外だったようで目を見開いている。
(お兄ちゃんどうするの!?さすがに初心者相手は罰ゲーム確定だよ!)
(あぁ、仕方ない。俺が手加減するから紗也は適当にボコってくれる?)
(がってん!完膚なきだね!!)
兄弟で視線だけの会話をして打ち合わせ。
しかしそんな俺達の声に出ない会話の間に入るように、アイさんが口を挟む。
「慎也さん、手加減はいりませんよ?」
「……心読みましたか?」
「ふふっ、どうでしょう」
まるで兄妹間の視線会話を呼んでいたかのようなタイミング。
小さく微笑むだけに留めて否定も肯定もしない彼女に目を丸くしつつも、一つ咳払いをして向かい合う。
「罰ゲームってトップが最下位に命令するんですよ?大丈夫です?」
「もちろんです。それでもよっぽどなことは無しですよね?」
「まぁ……そうですが……」
確かに紗也とやる時は家事の交代だったりジュース奢るとかそういった軽いものだけれど、まさかアイさんがそういうのに寛容だとは思わなかった。
そこまで了承してるなら俺としては言うことはない。紗也と一緒に纏めて追い抜こう。
「……わかりました。それじゃあ紗也、ゲームの準備しててもらえる?俺は飲み物と軽くつまめるもの用意するから」
「うん!その間操作方法教えておくね!」
紗也は手早くゲーム機とソフトを持ってきて手早く準備するのを横目に紅茶を準備していく。
ソファーに隣り合って座る紗也とアイさん。
紗也の甘えに一つも嫌な顔をせず付き合ってくれている彼女。その姿はまるで姉妹のようだ。
少しだけ嫉妬の念を覚える二人の姿を眺めていると、ふとアイさんと目が合って手を振ってくれた。
「っ……!」
彼女の優しい微笑みに何故か自らの顔がカッと赤くなるような気がした。
俺はそんな自らの赤面を悟られまいと顔を伏せて眼の前の紅茶に集中する。
さっき俺が仄かに感じた嫉妬はどちらに向けてのものだったのだろう。
用意ができるまでの間考え続けていたが、ついぞその疑問に答えが出ることは無かった。
―――――――――――――――――
―――――――――――
―――――――
「あっ!お兄ちゃんずるい!」
「紗也が壁にぶつかるのが悪いんだよ!お先にっ!」
ゲームを始めてどれくらい経っただろう。
現在は最後のレース。この勝負を最後に罰ゲーム対象者と勝者が決まる。
順位は多少の差はあれどほとんど互角。このレースの順位がそのまま最終順位に直結するほどの接戦だった。
俺は目の前に居た紗也が壁際によったほんの僅かな隙きを見逃さずその車体に向かってブーストを掛ける。すると俺に押されて壁に激突した紗也の車体が大きく減速し、逆にまだブーストが続いていた俺の車が一気に前に出た。
これで一位だ。まだゴールまでは長いが大きな一歩だ。このまま順位を維持すれば俺が勝者となる。
「あっ!慎也さん! 紗也ちゃんに容赦なさすぎませんか!?」
「最下位になるリスクを背負うくらいなら非情にもなるよ! 勝負の世界なんだから!」
アイさんに尤もなことを言いはするがこれ絶対ゲーム終わった後拗ねられるやつだ。
あぁ、紗也になんて言って機嫌直してもらおう。
現在最下位ではいるがアイさんもなかなか油断ならない。
始める前に多少触ったとはいえ彼女のコントローラー捌きは初心者とは思えなかった。
現に数度、幾つかのコースを回る中で彼女に一位を取られたことも何度かあった。それ故に此処まで食らいつき、未だ逆転の芽が残っている。俺は喉元に喰らいつつある獣の気配を感じながら、汗にまみれた手を拭うこともできずただただ目の前の画面に集中していく。
「私に勝ちを譲る気はありませんか?」
「無いかな。そのまま転落して罰ゲーム受けるのは嫌だし」
彼女の車も紗也を抜き2位となり、続いて完全復帰した紗也が続いて俺たちは団子状態になる。
ほんの少し気を抜けば俺も抜かれてしまう。気を引き締め直さないと。
「へ~……お兄ちゃんが勝ったら愛惟さんにやらしい事するつもりなんだ~」
「ちがっ! 紗也!俺はそんな気は全然――――」
「――――スキありっ!!」
「あっ!!」
紗也から言われようのない濡れ衣を着せられた俺は否定するために一瞬目を離したその時だった。
突然伸びてくるのは紗也の小さく細い手。その手は俺の持っていたコントローラーを素早くはたき、汗で濡れている手に握られていた俺のコントローラーは飛び出していきなすすべもなく床に落ちていく。
その間もゲームは進行している。俺の車はコントロールを失い左右にフラフラと、そして壁にぶつかってからはスリップし最終的に進行方向とは逆を向いて停車してしまった。
一方、はたき落とした紗也の手はスティックを握っており、アクセルは踏まずとも慣性のまま走り俺を追い抜いていってしまう。
「ずっる!!」
「お兄ちゃんが言ったんだよ!勝負の世界なんだから非情にもなるって!!」
確かに言ったけど!!
そうは文句を言うものの現実は非情でもうレースも終盤。
反対方向を向いた車体をもとに戻すのに苦戦した俺にはもう逆転すら夢のまた夢となり、ただただ二人の行く末を見守る。
俺という敗者確定が出たことによって雰囲気が弛緩し、そのままの順位をキープして二人はゴールテープを切っていく。そして、その1分後に俺も続いてゴールまでの直線を駆け抜けた。
物理攻撃はずるいよ…………俺の心の中の嘆きは誰に届くこともなく、ただただ声にならない声を漏らすのであった。
外の雀が元気に朝の挨拶を交わしている午前7時すぎ。
朝食を終えたおtれは、向かいに座るアイさんへと問いかける。
向かいに座る彼女は紅茶を脇に自らが映るライブ映像を眺めていたが、俺の言葉に慌てて手を振り否定する。
「いえいえ!私なんかお気遣いなく! 慎也さんは普段どおりでいいので……」
そう言われてもなぁ……
さすがにお客様をないがしろにするわけにもいかないし何をするにしてもアテはないし。
神鳥さんは具体的に何をさせるために送り込んできたのだろう。
朝早くから回らない頭をコーヒーで無理やり動かしながら悩ませていると、テーブルの上にあったチラシが目に入る。
あぁ、そういえば少し離れたショッピングモールでセールがあるんだった。見た感じ服とかも安くなってるし、此処に行くという手もある。
「アイさん、買い物とかどうですか? ほら、色々安いみたいですし」
「すみません……私も朝早くていつものウィッグとかを家に忘れちゃいまして……」
ヒラリとチラシが一枚床へと舞い落ちる。
打つ手が無くなってしまった。
外出不可だなんて何をすれば……。同い年の女の子が楽しめそうなものって全く心当たりが無い。
「それじゃあさ~! 愛惟さんもウチにあるゲームやってみない?」
どこからか紗也の声が聞こえてきた。
ゲーム……?確かに紗也とやる用に複数人でできるソフトはあるけど……というか紗也はどこだ!?
辺りを見渡してみるもあの小さな体躯が見当たらない。けれど確かに声がした。それもアイさんの方から。でも、姿が見えない……
「えっと、慎也さん。 紗也ちゃんでしたらここに……」
「!? …………紗也!なんてところに!!」
俺が見渡していた理由を察知したのかアイさんは控えめに自身の足元を指差してくる。
その誘導に従うように椅子から立ち上がり、テーブルから乗り上げるようにして彼女の足元へ視線を向けるとたしかにさっきまで紗也が着ていた服が目に入った。
けれど問題はその体勢。
紗也はアイさんの隣に腰を掛けつつ、その上半身は彼女の膝の上に完全に預けてしまい膝枕…………正確にはコの字型に身体を曲げ、膝に腹を乗せて寝そべるようにリラックスしていた。
そんな!アイさんの膝に乗るだなんて羨ましいから交代してくれ…………じゃなくて失礼でしょう!
「紗也、アイさんが困ってるよ」
「いえいえ!全然いいんです! 私としても妹ができたみたいで嬉しいので……」
「ね~! お兄ちゃんだって羨ましいくせに~」
「っ……」
図星をつかれた一言に動揺が表に出そうになったところをグッと堪えて耐え忍ぶ。
そんなこと……当然羨ましいに決まってるじゃないか!!
完璧女子。
常々天使と評しているアイさんの膝の上なんて羨ましいと思わない男子は存在しないだろう。
彼女自信が纏う女の子らしい甘い香り。大きすぎるとは言えないが決して小さくもない、平均よりも大きめであろうバランスの良い胸に視線が行きがちだが、全体的に引き締まりながらもきちんと柔らかさを残した身体。その上中身だっておしとやかで清楚。非の打ち所がない人である。
いくら男性恐怖症が俺にだけ弱いとはいえど、さすがにそこまで近づいたら通報者だ。
逃げられるか殴られるか叫ばれるに決まっている。
「お兄ちゃん、はいこれ」
「……うん?」
内心血の涙を流しながら羨ましい気持ちを堪えていると、いつの間にか近づいていた紗也が長方形の薄い箱を渡してきた。
これは……ゲームのパッケージ?
「このゲームしよ? 愛惟さんだってきっとこれならすぐできるようになるよ」
「ゲームか……。アイさんはどう思いますか?」
俺に聞くのはいいが、今回まず聞くのはゲストであるアイさんだろう。
兄妹揃って彼女へ視線を移すとそこにはおずおずと片手を上げているアイさんが。俺は頷いて彼女の言葉を待つ。
「えっと……今までゲームをしたこと無いので、それでもいいんでしたら……」
「ゲームをって……ゲーム自体を!?」
「お恥ずかしながら……」
紗也が驚きに声を上げ、俺も言葉を失ってしまう。
まさかゲーム未経験者だったとは。
仕事で忙しいとはいえ活動前からやったことなかったのか。
「もちろん大歓迎ですよ。ちなみにエレナもやったこと無いんですか?」
「う~ん……見たことは無いから遊んだこと無いかもしれません。 あ、でもリオは遊んでたみたいですね。昔そんなことを聞いた覚えがあります」
「璃穏ちゃんは引っ越す前あたしと何度か遊んだことあるよ。お兄ちゃんのゲーム機勝手に借りて」
……いつの間にか使われていたようだ。
けど、そしたらゲーム選びに苦戦しそうだな。紗也が持ってきたのは格闘系だから、いくらなんでも初めてコントローラーを触るアイさんには厳しすぎる。
「紗也、アレにしない? ほら、レースの……」
「確かに初心者にはこれは厳しいかもだしね。お兄ちゃん、罰ゲームはどうしよう?」
「無しでいいよ。有りだとアイさんが―――――」
「いえ、罰ゲーム有りでお願いします!」
「「!?」」
初めてゲームするのに罰ゲーム有り!?
そんなの鴨が葱を背負って来るって騒ぎじゃない。
紗也と顔を見合わせると、紗也も同様に予想外だったようで目を見開いている。
(お兄ちゃんどうするの!?さすがに初心者相手は罰ゲーム確定だよ!)
(あぁ、仕方ない。俺が手加減するから紗也は適当にボコってくれる?)
(がってん!完膚なきだね!!)
兄弟で視線だけの会話をして打ち合わせ。
しかしそんな俺達の声に出ない会話の間に入るように、アイさんが口を挟む。
「慎也さん、手加減はいりませんよ?」
「……心読みましたか?」
「ふふっ、どうでしょう」
まるで兄妹間の視線会話を呼んでいたかのようなタイミング。
小さく微笑むだけに留めて否定も肯定もしない彼女に目を丸くしつつも、一つ咳払いをして向かい合う。
「罰ゲームってトップが最下位に命令するんですよ?大丈夫です?」
「もちろんです。それでもよっぽどなことは無しですよね?」
「まぁ……そうですが……」
確かに紗也とやる時は家事の交代だったりジュース奢るとかそういった軽いものだけれど、まさかアイさんがそういうのに寛容だとは思わなかった。
そこまで了承してるなら俺としては言うことはない。紗也と一緒に纏めて追い抜こう。
「……わかりました。それじゃあ紗也、ゲームの準備しててもらえる?俺は飲み物と軽くつまめるもの用意するから」
「うん!その間操作方法教えておくね!」
紗也は手早くゲーム機とソフトを持ってきて手早く準備するのを横目に紅茶を準備していく。
ソファーに隣り合って座る紗也とアイさん。
紗也の甘えに一つも嫌な顔をせず付き合ってくれている彼女。その姿はまるで姉妹のようだ。
少しだけ嫉妬の念を覚える二人の姿を眺めていると、ふとアイさんと目が合って手を振ってくれた。
「っ……!」
彼女の優しい微笑みに何故か自らの顔がカッと赤くなるような気がした。
俺はそんな自らの赤面を悟られまいと顔を伏せて眼の前の紅茶に集中する。
さっき俺が仄かに感じた嫉妬はどちらに向けてのものだったのだろう。
用意ができるまでの間考え続けていたが、ついぞその疑問に答えが出ることは無かった。
―――――――――――――――――
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「あっ!お兄ちゃんずるい!」
「紗也が壁にぶつかるのが悪いんだよ!お先にっ!」
ゲームを始めてどれくらい経っただろう。
現在は最後のレース。この勝負を最後に罰ゲーム対象者と勝者が決まる。
順位は多少の差はあれどほとんど互角。このレースの順位がそのまま最終順位に直結するほどの接戦だった。
俺は目の前に居た紗也が壁際によったほんの僅かな隙きを見逃さずその車体に向かってブーストを掛ける。すると俺に押されて壁に激突した紗也の車体が大きく減速し、逆にまだブーストが続いていた俺の車が一気に前に出た。
これで一位だ。まだゴールまでは長いが大きな一歩だ。このまま順位を維持すれば俺が勝者となる。
「あっ!慎也さん! 紗也ちゃんに容赦なさすぎませんか!?」
「最下位になるリスクを背負うくらいなら非情にもなるよ! 勝負の世界なんだから!」
アイさんに尤もなことを言いはするがこれ絶対ゲーム終わった後拗ねられるやつだ。
あぁ、紗也になんて言って機嫌直してもらおう。
現在最下位ではいるがアイさんもなかなか油断ならない。
始める前に多少触ったとはいえ彼女のコントローラー捌きは初心者とは思えなかった。
現に数度、幾つかのコースを回る中で彼女に一位を取られたことも何度かあった。それ故に此処まで食らいつき、未だ逆転の芽が残っている。俺は喉元に喰らいつつある獣の気配を感じながら、汗にまみれた手を拭うこともできずただただ目の前の画面に集中していく。
「私に勝ちを譲る気はありませんか?」
「無いかな。そのまま転落して罰ゲーム受けるのは嫌だし」
彼女の車も紗也を抜き2位となり、続いて完全復帰した紗也が続いて俺たちは団子状態になる。
ほんの少し気を抜けば俺も抜かれてしまう。気を引き締め直さないと。
「へ~……お兄ちゃんが勝ったら愛惟さんにやらしい事するつもりなんだ~」
「ちがっ! 紗也!俺はそんな気は全然――――」
「――――スキありっ!!」
「あっ!!」
紗也から言われようのない濡れ衣を着せられた俺は否定するために一瞬目を離したその時だった。
突然伸びてくるのは紗也の小さく細い手。その手は俺の持っていたコントローラーを素早くはたき、汗で濡れている手に握られていた俺のコントローラーは飛び出していきなすすべもなく床に落ちていく。
その間もゲームは進行している。俺の車はコントロールを失い左右にフラフラと、そして壁にぶつかってからはスリップし最終的に進行方向とは逆を向いて停車してしまった。
一方、はたき落とした紗也の手はスティックを握っており、アクセルは踏まずとも慣性のまま走り俺を追い抜いていってしまう。
「ずっる!!」
「お兄ちゃんが言ったんだよ!勝負の世界なんだから非情にもなるって!!」
確かに言ったけど!!
そうは文句を言うものの現実は非情でもうレースも終盤。
反対方向を向いた車体をもとに戻すのに苦戦した俺にはもう逆転すら夢のまた夢となり、ただただ二人の行く末を見守る。
俺という敗者確定が出たことによって雰囲気が弛緩し、そのままの順位をキープして二人はゴールテープを切っていく。そして、その1分後に俺も続いてゴールまでの直線を駆け抜けた。
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