不審者が俺の姉を自称してきたと思ったら絶賛売れ出し中のアイドルらしい

春野 安芸

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第4章

085.はやる気持ち

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「慎也さん!! エレナ!」

 マンション下のエントランス。エレベーターから出ると、まるで待ち構えていたかのように正面から俺達を呼ぶ声が聞こえてくる。

 エレナによる強烈な寝起きドッキリから1時間とちょっと。
 お風呂からも上がり、学校の準備をしたところでエレナのスマホが震えだした。

 『何事か』と聞いても『何でもない。早く出よう』で一蹴されること数度。
 学校に遅刻すると促す彼女に従ってエントランスへ降りると、見覚えの姿がそこにはあった。

 アイさんだ。彼女は一人タクシーから降りて待ち構えており、俺達の姿を確認すると同時に声を上げる。

 それはいつかのデジャヴ。
 なんだか初めて二人とあった時のことを思い出した。
 あの日は台風の影響でエレナが帰れなくなって、明けの日にアイさんが迎えに来たこと。あの日と違い呼ぶ声に俺の名前も含まれていることがなんだか嬉しく思える。。

「突然泊まっちゃって心配掛けたわね、アイ。 けど問題ないわ。この通り元気よ」
「っ――――!」

 自動ドアをくぐってなんてことのないようにエレナが片手を上げると、アイさんは感極まったかのように駆け出してくる。
 無理もない。突然のお泊りだ。台風日ほどじゃないだろうが彼女も心配したはずだ。そのままハグなりすることだろう。

「そんなに走ることないのに。……仕方ないわね。ほら、来――――」
「――――慎也さんっ!!」
「…………へっ?」

 エレナも同じようにハグしに来たと思ったのだろう。
 そのまま手をあげて受け入れようとするも、彼女が抱きしめることは叶わなかった。アイさんはエレナに目もくれず脇を通り過ぎていってしまう。

 言葉も言いかけたままで固まるエレナ。
 当のスルーしたアイさんは少し遅れて歩く俺の元まで一直線に近づき、ギュッと俺の手を両手で包み込む。

「慎也さん! 大丈夫でしたか!?いきなりエレナが泊まっていくなんて……変なこととかされてませんよね!?」
「え~っと…………」

 眼の前には心配に心配を重ねたアイさんの顔が。
 
 嬉しい。すごく嬉しいけど…………なんで俺?
 泊まっていったのはエレナだった。でも彼女が気にかけたのは俺。心配するならエレナだろうに。

 一瞬間違いかとも思ったがその目はまっすぐ向けられており名指しもしておりこれで間違いないようだ。
 琥珀色の瞳は真っ直ぐ俺の目を見ていてあの最初の日、あれからここまで距離が縮んだことに得も言えぬ感慨深さに襲われる。

 ……と、そうじゃない。まずこの状況をなんとかしなきゃ

「俺は全然。むしろエレナに迷惑掛けてばかりでしたよ」
「むぅ…………」
「アイさん?」

 とりあえず離れて貰うためにも笑顔を作りながら問いに答えたが、不満そうな表情に変わっていく。
 心配そうな表情から眉が釣り上がり、可愛い唸り声を発しながら軽く頬をふくらませる。可愛い。

「敬語、ついてますよ。 外してくれないと心配は解消されませんっ!」
「えっ、あ……うん。大丈夫……だった、よ?」
「はいっ! 今はそれで構いませんので、ちょっとづつ慣れていきましょうね!」

 可愛らしく口元に指を当てウインクしてくれるアイさん。

 どうやら不満の種は俺の言葉遣いにあったようだ。
 言われるがままに敬語をやめると不満そうな顔がパッと明るく、そこに花が咲いたような笑顔が生まれた。

 そのまま満足そうな表情で離れた彼女は数歩後ずさりしして今度こそエレナと向かい合う。

「なによアイ、私のことは心配じゃないっていうの?拗ねるわよ?」
「ごめんね? でも、エレナって時々強引な所あるから」
「あら、でも彼は男の子よ?心配度合いで言えば私のほうが優先じゃない?」
「だってエレナ、危ないのならあの台風の日に何かあるはずだよね? あの日も杞憂だったし、なにより慎也さんは信頼しているから」
「あら……言うわね」

 チラリとこちらに向けられるエレナの視線にまた機嫌を損ねたかと身震いをしてしまう。
 しかしその目は怒りというより、不安か心配か……よくわからない瞳の色をむけていた。

 そこまでアイさんが信頼してくれるのは凄く嬉しい。
 エレナもこちらを見たのは一瞬で、すぐにいつもの余裕のある表情に戻りタクシーの中をチラリと見やる。

「……リオは来てないのね?慎也と昔なじみみたいだし来ると思ったら」
「うん……実は私がちょっと寝坊しちゃって。リオに声掛け損ねちゃったの。帰ったら謝らなくっちゃ」
「アイが寝坊なんて珍しいわね。 そんなに私のことが心配だった?それよりも慎也のことが?」
「もうっ!エレナったら!!」

 エレナのからかうような口調にアイさんが憤慨する。
 こういったからかい合いができるのも、昔から知っているが故だろう。

 お互いに彼女らは微笑み合い、ふとコホンと咳払いをするようにエレナが弛んだ空気を少しだけ張り詰めさせる。

「そういえばアイ。 昨日……じゃなかった、一昨日この家に来たって聞いたけど……」
「ほぇ?あ、あれのこと? マネージャーの計らいでちょっとね。でもやったことといえば紗也ちゃんを入れた三人でゲームしたくらいだよ。……ですよね?慎也さん」
「え? あぁ、うん」

 思わず話を振られたことに驚いたがそれで間違い無いはずだ。
 たしか恐怖症云々の理由だった。それに言ったとおり、ゲームして終わっただけ。俺としてはホントにアレが有意義なものだったかはわからない。

 エレナもそれで納得がいったのか「あ~」と音を発して目を覆う。
 神鳥さん、納得されるほど自由にしてるんですか?

「マネージャーも思いつきで行動するからねぇ……ねぇ慎也、変なこと言われなかった?」
「変なこと?例えば?」
「ほら、何ていうのかしら……マネージャーの恋愛とかそういうのよ」

 そういえば神鳥さんは俺の父さんや母さんと関わりがあったんだっけ。それも男女の関係を巡ってひと悶着あったとか。
 息子の俺としては複雑なことこの上ないが、たしかあの日は……

「『是非お父様に私のことよろしく言っておいて』って言われたくらいかな?」
「はぁ……」

 あの日、アイさんを迎えに来たときに言われた言葉を思い出すとエレナが額を覆ってため息をつく。
 別にアレくらい社交辞令でいくらでも言うと思うんだけど、何か意図があったのかな?

「マネージャーってばまだ諦めてないみたいね」
「うん……でも気持ちはわかるかも……。好きな人が離れていっても諦め切れないかなぁ……」
「…………アイ?」

 アイさんが口元に手を当て、目を伏せながら発する言葉にエレナは怪訝な顔をする。
 当然、俺もその言葉に驚愕してしまう。 彼女が、男性恐怖症の彼女がそんな好きな人に対する思いを語るなんて。もしかして誰か好きな人が…………

「へ……? あっ!ううん違うの!昨日帰ってから恋愛映画見てたからその影響で!」

 アイさんも本当に無意識から出た言葉だったのだろう。一瞬何のことかわからずキョトンとしていたが、すぐに自らの言葉を思い出したのか慌てたようにそう付け足してくる。

 あーびっくりした。
 もしかしてそういう心奪われる対象が居たんじゃないかと思ったよ。彼氏彼女でも無いのにショックを受けるとか、推しに恋人ができるってこんな感じなのかな……

「ふぅん。 ま、いいわ。それより慎也、時間大丈夫?」
「時間…………? あっ!マズイ!遅刻!!」

 ふとエレナに言われてスマホを見ると時刻は始業15分前。
 これはマズイ。走っていけばなんとか間に合うがそれでも結構ギリギリだ。少なくとも今すぐ出なければならない。

「あっ!それなら車で行きますか? ね、エレナ?」
「そうね。 乗ってきなさい。どうせ帰るついでだし気にする必要ないわ」
「いいの!?」

 思わぬ提案に食い気味になってしまった。
 ダッシュならギリギリでも、車で行けば信号も少ないし余裕をもって着くことができるだろう。渡りに船だ。

「もちろん。ほら、早速乗って!」
「助かるよ。今度お菓子か何か作ってお返しするから!」
「私達が原因なのだから別にいいのに。でも作ってきたらありがたくいただくわね」

 押されるがままにタクシーの後部座席に乗ると後ろのエレナも同様にエレナも乗ってくる。運転手はいつもの人、奏代香さんだっけ。お疲れ様です。
 後はアイさんが乗ってくれれば完了だ。俺ははやる気持ちを抑えて彼女が助手席に乗ってくるのを待つ。

「それじゃあ私も失礼します……あ、すみません。ちょっと寄ってもらえませんか?」
「…………あれ?」

 彼女が乗り込んできたのは俺たちが乗った方とは逆側……向かい側の後部座席だった。
 スペースを広く取るため開けた扉の近くに居た俺はつい呆けてしまう。助手席か、最悪後部座席でもエレナ側から来ると思ってたのに。わざわざ回り込んで扉を開けてくるなんて。

「…………そうね。 ほら慎也、こっちきなさい。真ん中よ」
「えぇ…………」
「えへへ……すみません失礼します!」

 真ん中を叩くエレナに従って中央に移動すると、アイさんがさっきまで俺が居た位置に座り込んでくる。
 いくら5人乗りのタクシーでも後ろに3人乗れば少し窮屈になる。なんだか両隣から柔らかな感触が伝わってくるし、何よりいい匂い!!

「……両手に花ですね」
「運転手さんまで……」

 ルームミラーで事態を把握していた奏代香さんまでも口元をにやけさせながら呟いてくる。
 幸せだけど……幸せだけど!何より恥ずかしい!!

「それじゃあ奏代香。学校までお願い」
「はい。エレナさん」

 至って冷静なトーンで車を発進させる奏代香さん。
 もはや無だ。学校までの5分から10分、何があろうと無の心で立ち向かうしか無い。

「こういう登校も悪くないですね!」
「そうね。私達は違うけど、でも楽しいわ」

 手をギュッと固く握り、静の心を必死に維持している俺とは裏腹に両脇の二人は随分と楽しそうだ。
 車が揺れるのにあわせてその肩が何度も俺の腕に触れるし、髪から漂ってくる爽やかな香りに心奪われそうになるし、こちらは大変だというのに。

 俺は学校に着くまでの数分、天国に限りなく近い耐えるという名の地獄を、心動かすまいと必死の様相で耐え続けていた。

 なお、到着して降りるところを小北さんに見られ、教室で詰め寄られるのはまた別のお話。
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