不審者が俺の姉を自称してきたと思ったら絶賛売れ出し中のアイドルらしい

春野 安芸

文字の大きさ
97 / 167
第4章

097.枕上の叫び

しおりを挟む

「あーーー! あーーーー!!」

 叫ぶ。
 力いっぱい心の底から沸き上がってくる衝動をぶちまけるかのように叫ぶ。

「あーーーーー!あ゛ーーーーーー!!!」

 持ち前の肺活量を使って合唱部も目を見張るほどの声量叫ぶ。
 言葉に段々と濁りが混じってきて、力いっぱい叫ぶにも関わらずその声は自室の外には届かない。

 ひとりきりの自室、俺はベッドの上で枕に顔を押し付けながら感情のままに叫び続けていた。
 バタ足のように足を動かしているものだからきっと顔を上げたら埃がとんでもないことになっているだろう事にも顧みず、ひたすら感情に身を任せている。

 ひたすら脳内で反芻するのはつい数時間程前のこと。
 突然アイさんから誘われたお出かけ。俺はまさかカラオケでキスをしてしまった。
 相手はあの"ストロベリーリキッド"のアイさんと。

 事故とはいえキスはキス。驚きも大きかったが歓びも嬉しい。
 本来ならビンタでは軽く損害賠償と問われてもおかしくない事故。しかし嫌われるどころか許してくれ、まさかキス以前と変わらない距離感でいてくれた。……もしかしたら前より距離が近くなったのかもしれない。

 彼女が歌っている間中ずっと手を握っていてくれたし、ポテトでケチャップがついているからとハンカチで口元を拭ってくれたし、まさかあーんをしてくれるとは思いもしなかった。
 あちらにとっては持ち前の優しさの延長線上なのかもしれないが、その部分だけを切り取れば付き合っていると言っても過言ではないんじゃないか……と思う。

 そういった思い返せば頬が緩みに緩むエピソードの数々だが、けれど一方でまだ懸念する事項があった。
 その懸案事項もあって無邪気にはしゃぎ続けることもできない。俺はそんな思いを引き起こす少女の名をそっと呟く。

「リオ…………」

 そう、リオ。
 一つ年下で茶髪の少女。
 飄々とマイペースで自分を貫き通しながらも、アイドルとしての人気も実力も群を抜いている彼女。
 そんな彼女が俺に好意を抱いてくれている。それは初対面だと思ったあの日から……先週にも重ねて伝えてくれた。

 別に彼氏彼女とかそういった関係にはなっていないのだが、それでも一途な思いを伝えられた以上、事故とはいえキスをしてしまったことに罪悪感を感じていた。
 このまま彼女に連絡し、今日あったことを丸々話したらどうなるだろうか。きっと許してくれるとは思うが内心は穏やかじゃないだろう。

 頭の片隅に避けていた悩みがどんどんと膨れ上がっていき、スッと手がスマホに伸びて仰向けになりながら頭上に持ち上げる。
 この夏新調したアイさんとおそろいのスマホ。彼女は今何を思っているのだろうか……そんなことを考えていると、突然手にしていた物が振動を始めて思わず手の力を緩めてしまう。

「――――つっ!!」

 突然のバイブレーションで宙に浮いてしまったスマホ。
 重力に従ったスマホは無事俺の鼻へ。
 なんとも情けない声を上げながらぶつけた場所をさすり、再度転がったスマホを拾い上げると未だにバイブレーションが鳴り続けていた。

 振動が鳴り続けるところからみるに、どうやら着信が来たみたいだ。

 ……もしや、リオ?
 俺の悩みを第六感で感じ取って電話してくれたのだろうか。
 しかし彼女だったら……何を話したらいいだろう。緊張した面持ちで裏返ったスマホを裏返すと画面に表示されていたのは『エレナ』という三文字。

『……もしもし』
『ハァイ。元気?……って、なんか元気なさそうねぇ』
『ちょっと電話に驚いて鼻ぶつけちゃって』
『あら大丈夫? 気をつけてよね。怪我したらお見舞いに行くわよ?』

 画面に表示された名前、そして聞こえてきた声は偽姉であるエレナだった。
 冗談交じりの提案に思わず苦笑する。たかがスマホ落下の怪我でお見舞いされたらこっちが恥ずかしい。

『怪我もないから大丈夫だよ。それにしてもこんな時間に電話なんて何かあったの?』
『全然、ただの雑談よ。ちょっと仕事の愚痴でも聞いてもらおうかなぁって。……今平気かしら?』

 チラリと時計を見れば時刻はまだ夜の始まり。
 夕食も食べて時間は問題ないことを確認し、肯定の言葉をかける。

『それで愚痴って?』
『そうなのよ。どうしても今日の仕事出会ったことをキミに聞いてほしくって……。今日リオとの仕事終わりに出待ちされたのよ』
『出待ち…………何かあったの?』

 出待ちとは。やはりアイドルはそういうこともあるのか。一体どこからスケジュールが漏れているのだろう。
 そんな疑問を持ちつつ少し真剣な声色で問いかける。もしかして……ストーカーとかそういう?

『あぁ!心配する必要はないわよ!不穏なことなくコミカルな話だから!』

 彼女も声色から察したのだろう。慌てたようにそんな補足が聞こえてきて心底ホッとする。

『それはよかったけど……コミカル?出待ちで?』
『えぇ。その出待ちしてきた子だけど、私と同じくらいの女の子でね。出会った瞬間私に手紙を渡してきて――――』
『ちょっとまって。同い年って…………どっち?』

 ついつい先程の言葉が気になって話を遮ってしまった。
 『私と同じくらい』……それは見た目年齢だろうか。それとも実年齢年齢だろうか。
 見た目年齢なら小学生が出待ちしたということになる。それは確かに微笑ましい話だ。

『慎也……後日くすぐりの刑ね。……その子は高校生くらいの女の子よ。目元は髪で見えなかったけど、金髪に染めてたわ』
『……すみませんでした』

 どうやら実年齢の方であっていたようだ。
 本気トーンで放たれる判決についつい謝ってしまう。

『ま、いいわ。それで中身は私へのラブレターでね。その場で返事をって言われたから丁重にお断りしたんだけど、今度はそれに逆上したのかカッターナイフを向けてきてね』
『え!?大丈夫だったの!?』

 コミカルな話のさなか、突然凶器が出てきて思わず声を荒げてしまう。
 それはまったく穏やかじゃない。以前にもエレナにはそういうこともあったみたいだし、アイドルとはそういうリスクも抱えるのだろうか。

『もちろんよ。じゃなきゃこうしてないじゃない。「向いてくれないのなら私の手で」とか何とか言ってたけど、横から飛び出してきたリオに取り押さえられたわ。知ってた?リオって力強い上に護身術も一番強いのよ?』
『よかった……』

 なんてことなく応えるエレナにホッと息を吐く。
 リオの力強さはなんとなく知っていた。
 先週泊まった日も重そうな荷物を軽々と持ってたし。けれど護身術もできるとは……

『そんなこんなで今日は大変だったのよぉ。キミも気をつけなさい?どこでヤンデレが見てるかわからないわよ?』
『それはないよ。アイドルじゃないし、俺そうそうモテないし』

 告白された経験なんてリオくらいだ。
 彼女は昔からの知り合い補正からくるイレギュラーとして、俺がモテることなんてあるわけ無いだろう。

『……どうかしら?ま、愚痴はこのくらいにしましょ。そうそう、あの時のレコーディングがようやく終わったのだけれどディスクいる?』
『え、くれるの?』
『ホントはダメだけどマネージャーがきっとどうにかしてくれるわ。私が主役の曲だもの。ちゃんと味わって聴いてよね?』

 あのときのレコーディングは夏祭りに聴いた曲のことだ。彼女が作り、センターに立って歌った曲。
 アップテンポでテンションが上がり、紗也たちと一緒に凄く興奮したのを覚えている。

『もちろん。聴けるのを楽しみにしてるよ』
『ならいいわ。 それじゃあ明日も早いし私はここらで寝るわ』
『え、早くない? まだ9時前だよ?』
『明日は会社の大掃除で朝早いのよ。それに……大掃除にかこつけて来週はウチを掃除しなさいってアイに怒られちゃってね…………』

 通話口の向こうから項垂れるような声が聞こえてくる。
 同時に思い出されるは彼女の部屋の散乱よう。風邪を引いていた日なんか相当だった。足の踏み場もなく、放っておいたら虫が湧いてもおかしくないレベル。
 それだけ放置していたということだろう。エレナは掃除スキルもアレだし掃除できるかが心配だ。

 一瞬だけスマホを通話画面からカレンダーを立ち上げ予定を見る。
 来週は予定もなさそうだ。

『エレナ、よければ俺も手伝おうか?』
『それは嬉しいけど……いいの?力仕事だし、細かいところまで掃除するから大変よ?』
『別にそのくらい平気だよ。来週だよね?土曜?』

 アイさんに怒られたのなら手を貸してくれない可能性がある。
 しかしだからといってエレナ一人に任せたら逆に悪化しそうで怖い。そうなったら次回彼女の家に行った際には俺が虫とか足の踏み場的な意味で大変な思いをするのは目に見えていた。
 
『そうね、ならお願いしようかしら。言ったからにはいっぱい働いてもらうわよ!』
『了解。当然エレナも働くんだよ?』
『も………もちろんよっ!』

 完全に不意打ちだったのか若干裏返ったその返事に小さく笑みをこぼす。

『それじゃ、来週はよろしくね慎也。 お礼にキスでもしてあげようかしら?』
『っ――――! う、うぅん。俺がしたいだけだから気にしないで!!』

 突然彼女から発せられた『キス』の言葉に思わず動揺してしまう。
 アイさんとのあの1件の後だ。どうにも敏感になっている。

『ふふっ、冗談よ。掃除、お願いね』
『わ、わかったよ……』

 それからは一言二言短く言葉を重ねてエレナとの通話を切る。
 再び訪れた静寂の部屋。俺は耳に当てていたスマホを放り投げてベッドの上で仰向けになる。

「キス、か――――」

 最後の言葉によって嫌でも思い出さざるを得なかった今日のこと。
 彼女はアイさんとの一件のことを知っていたのだろうか。いや、それならあんなトーンで話さないと自らの思考を否定する。
 それでも、いずれはみんなと向き合わなければならないんだろうなと、今日は1日中悶々とした時を過ごすのであった。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜

遊馬友仁
青春
高校二年生の坂井夏生(さかいなつき)は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった! 木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。 「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海(こじまなつみ)の素顔を見てやろう」 そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。

昔義妹だった女の子が通い妻になって矯正してくる件

マサタカ
青春
 俺には昔、義妹がいた。仲が良くて、目に入れても痛くないくらいのかわいい女の子だった。 あれから数年経って大学生になった俺は友人・先輩と楽しく過ごし、それなりに充実した日々を送ってる。   そんなある日、偶然元義妹と再会してしまう。 「久しぶりですね、兄さん」 義妹は見た目や性格、何より俺への態度。全てが変わってしまっていた。そして、俺の生活が爛れてるって言って押しかけて来るようになってしまい・・・・・・。  ただでさえ再会したことと変わってしまったこと、そして過去にあったことで接し方に困っているのに成長した元義妹にドギマギさせられてるのに。 「矯正します」 「それがなにか関係あります? 今のあなたと」  冷たい視線は俺の過去を思い出させて、罪悪感を募らせていく。それでも、義妹とまた会えて嬉しくて。    今の俺たちの関係って義兄弟? それとも元家族? 赤の他人? ノベルアッププラスでも公開。

【完結】かつて憧れた陰キャ美少女が、陽キャ美少女になって転校してきた。

エース皇命
青春
 高校でボッチ陰キャを極めているカズは、中学の頃、ある陰キャ少女に憧れていた。実は元々陽キャだったカズは、陰キャ少女の清衣(すい)の持つ、独特な雰囲気とボッチを楽しんでいる様子に感銘を受け、高校で陰キャデビューすることを決意したのだった。  そして高校2年の春。ひとりの美少女転校生がやってきた。  最初は雰囲気が違いすぎてわからなかったが、自己紹介でなんとその美少女は清衣であるということに気づく。  陽キャから陰キャになった主人公カズと、陰キャから陽キャになった清衣。  以前とはまったく違うキャラになってしまった2人の間に、どんなラブコメが待っているのだろうか。 ※小説家になろう、カクヨムでも公開しています。 ※表紙にはAI生成画像を使用しています。

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件

遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。 一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた! 宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!? ※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

『俺アレルギー』の抗体は、俺のことが好きな人にしか現れない?学園のアイドルから、幼馴染までノーマスク。その意味を俺は知らない

七星点灯
青春
 雨宮優(あまみや ゆう)は、世界でたった一つしかない奇病、『俺アレルギー』の根源となってしまった。  彼の周りにいる人間は、花粉症の様な症状に見舞われ、マスク無しではまともに会話できない。  しかし、マスクをつけずに彼とラクラク会話ができる女の子達がいる。幼馴染、クラスメイトのギャル、先輩などなど……。 彼女達はそう、彼のことが好きすぎて、身体が勝手に『俺アレルギー』の抗体を作ってしまったのだ!

処理中です...