不審者が俺の姉を自称してきたと思ったら絶賛売れ出し中のアイドルらしい

春野 安芸

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第6章

134.ラブコール

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『――――で、無事ご家族は帰ってこれたの?』
『問題なく。1ヶ月程度いるから年末年始はゆっくりできるみたい』

 紗也たちが帰ってきた日の夜。1人スマホを耳に当てながらベッドに寝転がる。
 通話口の向こうから優しげな声が聞こえてくる。時々伸びをしたり布の擦れる音が聞こえてきて同じようにベッドの上でゴロゴロしているのだと推測する。

『いいじゃない。 その間存分に甘えちゃいなさいな。私がアイにしてるみたいに』
『……エレナはアイさんに甘え過ぎだと思うんだけどなぁ』

 「むぅ……」と小さな唸り声を出す相手はエレナ。

 結局、夏の日に大掃除をしてからもそんなに日常が変化することはなかった。
 未だに部屋の片付けはアイさんにやってもらっているし、食事だって毎日アイさんのリビングだそうだ。
 けれども練習はしているようで、昔に比べたら天と地レベルで変わったらしい。思い返せばあの日以来大掃除はしていない。

『いいのよ、私は。もうそれが日常なんだから』
『いいのかなぁ……』
『えぇ、今の課題は私よりキミ、慎也が問題なのよ』
『俺?』

 俺が問題?何かあったっけ?

『正確にはアイとの間ね。 今日も昨日も、慎也を甘やかすこともモーニングコールさえもできないから嘆いてたわよ。もうそっちの家行きそうな勢いで』
『うっ……』

 エレナ越しに聞くアイさんの現状に胸が痛くなる。

 夏の日以来、アイさんからはほぼ毎日モーニングコールを始めとした電話が来ていた。けれどここ数日は俺がテストでいつ寝て起きるか不規則になるからお断りしていたのだ。
 それでもと言ってくれるアイさんの気持ちは嬉しかったが、彼女も忙しい身だから振り回すわけにはいかない。そのことを説明したら渋々了承してくれた。

『早いとこ連絡入れることね。じゃないとアイが突撃してご家族と会うことに……ううん、それも面白そうね』
『勘弁してよ……今日も紗也に怒られたんだから。3股許さんって』
『アハハっ!ハーレム王なんだからそれくらい受け入れなさい!』
『なかなかしんどいなぁ……』

 紗也に嫌われたら生きていけない。今日もグサグサと正論が来て立ち直るのに時間がかかった。
 もしも朝アイさんが家に来た場合……寝て起きたらアイさんが隣に居るとか、嬉しいけど心臓が止まるな。

『まぁ、もうアイも暴走しないでしょうしどうにかなるわよ』
『そこは心配してないけどさぁ……』
『何かあれば頑張って頂戴。 そういえば慎也はクリスマスどうするの?ご家族と一緒に?』
『クリスマス?一応そのつもりだけど……エレナは仕事?』

 ふとした話題の切り替えにカレンダーに目をやる。
 もうクリスマスまで数日か。早いものだ。

『仕事だけど日中に終わるわ。そこで肝心のクリスマスの夜だけど……私たち3人やマネージャーと一緒にパーティーしない?もちろん慎也のご家族も一緒に』
『え、いいの?』
『もちろんよ。美代も誘いましょうか』

 毎年のクリスマスといえば家でちょっとしたごちそうを囲んで両親からプレゼントをもらうのが通例となっていた。
 絶対に家族で過ごすとか形式は特にこだわりはないし、招待してもらえるのならばぜひとも行ってみたい。

『小北さん後で話してみるけどタブン大丈……あっ…………』
『? 何か問題でもあったの?』
『問題っていうかほら、神鳥さんと俺の父さんって……』
『……あぁ』

 楽しみなクリスマス。計画を立てていたさなか、ふと忘れてはならない地雷原をようやく思い出す。

 神鳥さんが俺の父さんを狙っている地雷。
 明らかに修羅場待ったなしの情報だ。
 息子の俺として修羅場だけは勘弁してほしいが、神鳥さんも凄くいい人だからかなり扱いに困っている。

『そこは私も考えついたけど全員いい大人じゃない。私たちが居たらそう大変なことにならないと思うけれど?』
『そうだといいけど……」
『何かあれば私達がドナドナするわよ』

 一理ある。希望的観測だが、人の目があったら神鳥さんも自重してくれることを期待するしかない。
 もし何かあるのならば俺たちが目を光らせておけばいいだけか。

『じゃあ、大丈夫かな?』
『そう、よかったわ。私たち子供組はプレゼント交換もするから慎也も考えておいてね?』
『了解』

 クリスマスパーティーと銘打っている以上それくらいは予想の範疇だ。
 子供組ということは紗也も対象。そう変なことにはならないだろう。

『それじゃあ私は明日も早いしここらへんで――――あぁ、そう。一つ忘れてたわ』
『?』
『…………』
『エレナ?』

 話し合う項目は全部と思ってたけどまだ何かあったのだろうか。
 何事かと次の言葉を待つも一向に彼女からなんの声も出てこない。少し心配になってこちらから呼びかけようと口を開くと同時にその少し固い声が聞こえてきた。

『おやすみ、慎也。――――大好きよ』
『――――っ!!』

 突然の『大好き』
 不意打ちのような告白に思わず息を呑む。
 こうして会話は普段からしてきたが、エレナと恋愛が絡んだ会話は殆どしてこなかった。好きと言われるのも夏以来。改めて口にされるとどうしても動揺してしまう。

『何か言って頂戴。……それで、慎也の返事は?』
『……その……』

 開く口が重い。
 決して嫌というわけではなく単に恥ずかしいのだ。けれど彼女が言ってくれた以上俺も返事をしないと。
 その心持ちで何とか重い唇をゆっくりと動かす。

『その……俺も……」
『俺も?』
『……好き……だよ』
『ふふっ』

 向こうから聞こえてくるのは、普段アイさんが使うような微笑みの声。
 しかし嘲笑や蔑みの気配など一切無くただ優しげの籠もったものだった。

『ありがと。そう言ってくれて嬉しいわ。それじゃあまたね、慎也』
『また……』

 楽しげなエレナの声が俺の名を呼ぶとしばらく後に通話が切れる。
 あぁ、疲れた。 最後の最後になんてことを言ってくるんだエレナは。

「ふぅ…………」

 思わずため息が出てしまった。
 あぁそうだ、母さんたちにパーティについて話に行かないと――――

「ジーーーーー」
「おわぁ!!」

 ふと部屋を出ようと扉に目を向けると、閉めていたはずの扉が開いておりそこから覗くのは紗也の顔半分。
 もう半分は隠れるようにしてこちらへと視線を向けていた。

「紗也……?」
「好き……ねぇ。 誰と話してたのかなぁ?」
「そ……それはぁ……」

 その不機嫌な言葉につい言いよどむ。
 これは怒ってる。実に怒ってしまっている。

「ふ~んだ。お兄ちゃん、あたしよりもその人のことが好きなんだ~」
「さ……紗也もホント大好きだよ!! もう一番!!」
「つ~ん!」

 不機嫌なまま翻すようにリビングに走っていく紗也。
 俺は母さんへの報告の前に、紗也の機嫌を戻すのに相当の時間を要してしまった。
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