前世で抑圧されてきた俺がドラ息子に転生したので、やりたい放題の生活をしていたらハーレムができました

春野 安芸

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012.キライ"だった"

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「…………」
「…………」

 小さな個室に二人の少年少女が向かい合わせに座っている。
 揺れる個室。ガタンゴトンと地面から伝わる揺れに合わせて車体も揺れ動くが、両者は何一つとして口を開こうとはしなかった。

 気まずい空間。チラリと伺うように眼の前の少女へ目を向ければつまらなさそうに窓から外を見つめる赤色の髪の少女が目に映る。
 つまらなさそうな、もしくは不満げな瞳はどこに向けられるでもなく虚空を彷徨っていて、俺の視線に気がついたのか一瞬だけ目を合わせてくる。

「……なに?」
「なにも……」

 ぶっきらぼうに拒絶するような声色に俺の身体は縮こまる。

 我ら二人の父親が用意した馬車の中。子ども二人押し込まれて問答無用で出発した馬車だったが、中の空気は最悪だった。不機嫌そうなオーラを醸し出す少女と掛ける言葉もない俺。最悪の組み合わせは二人きりの助けすらなく街へと向かっていった。
 もはや今からでも扉を開けてここから飛び降り家へと回れ右したい。けれどそんなことしたら重症どころじゃすまないだろう。

「……はぁ」

 彼女の意識が向かないように視界に入らないように。小さく小さく身を縮こませて存在感をなくしていると、正面の彼女……マティナールはこれみよがしに大きなため息を一つ吐いた。
 
「パパもおじさまも……いっつも私を子ども扱いするんだから……」

 今日の怒りをぶつける矛先は二人の父親へと。
 どうやらエントランスでの報告をロクに信じてもらえていないことに腹が立っているようだ。それからも聞き取れない声量でブツブツとなにか文句を言っている。
 色々と釈明したいことはある。けれど今の彼女は近づきがたい。

 こんな状況じゃ街に着いたところで一緒に歩くこともままならないだろう。
 前から後ろに流れていく森の景色を眺めながらどうしたものかと頭を悩ませていると、ふと彼女の視線が俺に向けられている事に気がついた。

「……ねぇ」
「……」
「ねぇアンタ」
「…………なに?」

 最初は無視しようかとも考えたが、彼女から溢れ出る底しれぬ威圧感を感じて仕方なく視線を交差させる。
 それはまさしく蛇に睨まれた蛙。6,7歳程度の子に睨まれる15歳の図だ。

「……アンタ、本当に魔物じゃないわよね」
「言ってるでしょ。ボクは普通に人間だって」

 何をもって普通かは議論の余地があるが、少なくとも魔物などではない。
 もしかしたら俺が無自覚で魔物に転生して憑依したという線も無きにしもあらずだが、さすがに複雑がすぎる。そこまでいったら悪魔の証明だ。

「……そうよね。流石に魔物じゃないわよね。人格を乗っ取る魔物なんて聞いたこと無いし……」

 どうもそういった幽霊みたいな魔物はいないらしい。
 この世界に魔物が存在することは知っていたが、実物をまだこの目で見ていない。
 本によるとイノシシやクマなど、自然動物が力を持った存在、魔獣が多いらしいのだが。

「信じてくれた?」
「まさか。信じるわけないじゃない。たとえ魔物じゃないって信じたとしても、だったらアンタは誰なのよ?」
「…………」

 そのあまりにも直球な質問に閉口せざるをえなかった。
 正体を明かすのは簡単だ。しかし明かせば屋敷にいられなくなる可能性がある。
 彼女の突き刺すような眼差しをただジッと黙って耐えていると、もう一度大きなため息が聞こえてくる。

「そう……。それじゃあアンタは私の命を狙ってたりするの?」
「そんなわけ……!」
「なら本物のスタンはどうしたっていうの?」
「それは……」

 どうしたのだろう。それは俺自身も知りたい。
 しかし察することはできていた。あの時、俺がこの世界に来た時に遭ったという事故は酷いものだったらしい。
 もしかしたらスタン本人はその時はもう……。

「そ。別にいいけどね。あんなやつ」

 ドカッと椅子に座り直して足を組む彼女は黙って外に目を向ける。
 その瞳はなんとなく寂しそうに思えて…………

「……好きだったの?」
「…………はぁ?」

 ふと無意識に出た疑問に、かつてないほど低い声が聞こえてきた。
 何を言っているのかというような蔑みの目。

「いや、マティは好きだったのかなって思って」
「マティって呼ばないで。別にあんなやつのことはどうでもいいとしか思わなかったわよ。ウザいしうるさいし……。……でも、嫌いだとしても居なくなるのは違うじゃない」
「……そうだね」

 互いに閉口し静寂が場を支配する。
 しかしその空気は先程のような気まずいものではなく、惜しむような寂しさを感じる静けさ。
 黙ってかつてのスタンに思いを巡らせていたであろうマティナールだったが、ふと「あ」と声を上げてニヤリと口を歪めて俺を見る。

「アンタ、語るに落ちてるじゃない。その口ぶりは明らかにアイツ本人じゃないって言ってるようなものだったわよ」
「えっ……あっ!!」

 ようやく自分が無意識で何を問いかけているかに気づき、驚きの声を上げた。
 自ら醜態を晒してしまった。それはもう自分で本人じゃないと言っているようなものだった。

 鬼の首を取ったかのように口を歪ませる彼女を見て今度こそ家を追い出されるかとさえ思ったが、彼女は責めることもなくただ天を仰ぐ。

「……もういいけどね。アンタが何者でも。私を殺すとか傷つけるつもりはないのでしょう?」
「もっ……もちろん!」
「そう、ならいいわ」

 この数秒で何の心変わりがあったのか、どうやら許しを得られたようだ。
 天を仰いだまま動こうとしない彼女。一体突然どうしたのかと俺も顔を上げるが、何も無い天井が見えるだけで更に疑問符が浮かんでしまう。

「マティ……?―――グッ……!!」

 彼女の視界は何が映っているのかと。
 もう一度その名を呼びかけた瞬間、足に鋭い痛みが走った。
 よく見れば彼女のつま先が俺のスネに伸びている。どうやら蹴られたようだと気づいた頃にはジンジンと痛みが広がっている。

「その呼び名で呼ぶなって言ったわよね……」
「ご、ごめん。マティナール」

 可愛らしいはずの睨みが全く可愛さの欠片もない。
 まるで3度目同じことを言ったらこっちが殺されそうだと思うほどだった。その年齢に相応しくない睨みに謝罪の言葉を口にする。

 裾をめくって変色した一部分を擦っていると、スッと俺の手とは違う何者かの腕が伸び、重ねるように患部へ触れてきた。

「……マティナール?」
「…………ごめんなさい」
「えっ?」

 触れてきたのは当然のマティナール。
 しかし彼女の口から飛び出た思わぬ言葉に思わず目を丸くしてしまった。
 ついさっきまで怒りに震えていたのに。報復として蹴ってきて突然謝罪なんてどうしたのだろうか。
 一体どういう意味をもった謝罪なのか混乱していると、彼女は補足するようにゆっくりと口を開く。

「……正直、ホントはね。アンタが事故に遭ったって聞いてスカッとしたわ。
 これまでムカつくし大嫌いなアンタに天罰だとも。でも一応は親戚だし見舞いにも行かなきゃと思って来たら全く嫌味のない別人になってて……。
 さっきの『居なくなるのは違う』って言ったのはホントは嘘。本当なら心配するはずなのに喜びの気持ちも半分あって、こんな事を考える自分にイライラしてたの」

 それは彼女が抱えていた自らの思いの告白だった。
 ずっと当たりが強かったのは嫌いだからじゃない。嫌いだった・・・からこそ、豹変した俺に混乱していたのだ。
 心配するはずなのに喜んでしまう、だから混乱する。それは心優しい者でないと出て来ない感情だろう。

「ありがとう。マティナール。 心配してくれて」
「……! だっ……誰がアンタのことなんか……!アンタが別人だとしても信頼したわけじゃないわ!すぐに化けの皮剥がしてやるわよっ!!」

 まるでどこぞの素直になれない女の子のように頬を赤く染めて顔を背けた。
 言葉に怒りをにじませつつもふんぞり返る彼女が言葉とは裏腹に口角が上がっているのを見て、少しだけ笑みがこぼれる。

「……なに?」
「なんでも。ただ、可愛いところもあるんだなって」
「何バカなこと言ってるの。口説こうとしたってアンタのことは嫌いなんだから」

 フンと口を尖らせる彼女に俺は肩をすくめる。

 それは本当に俺のことは嫌いだと言っているよう。
 しかし最初に会ったときはそんな様子などおくびにも見せなかった。彼女なりに体面を重視していたのだろう。
 なんだか体面を越えた彼女の真意を知って少し気が楽に……距離が縮まった気がする。
 彼女は決して目を合わせようとしないが、正面を向かい合いながらこちらをを気にする彼女をほんの少しだけ愛おしく思えた。

「ちなみにマティナール、さっきの親戚っていうのはどういうこと?幼なじみって聞いてたけど」
「……パパが言うには私たちって高祖の玄孫?とかの関係らしいわ。そこまで遠かったらもう他人よね」

 ぶっきらぼうになりつつも応えてくれるところに素直さを感じさせる。
 高祖の玄孫はたしか確か親がはとこ同士の子供だったはず。随分前に神山家の家系図を見て教わった覚えがある。
 そこまできたら確かに他人だろう。神山のそこに位置する人はいつの間にか亡くなっていたから距離の遠さも感じさせる。

「……どんな関係でもいいけどね。私はスタンが嫌い。その上どこの誰かも知れないアンタと私は決して相容れないんだし」
「そうかい」

 それは彼女としての線引き。
 ”スタン”ではない俺に対して譲るところと譲らない部分の明確な線引きをしているように思え、俺も頷いてみせる。

 俺たちはともに森向こうのまだ見ぬ街へと繰り出していく。
 しはし傍目から見た2人は、まるで仲のいい兄妹のようであったと後に運転手は語るのであった――――。
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