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086.もう一つの目的
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「先生さようならー!」
「はい、さようなら」
「先生また明日!」
「また明日です。明日期限の課題を忘れないでくださいね」
夕焼けに照らされる教室。
放課後の教室は生徒たちの声と足音で賑わっていた。
慣れてきた授業と開放感。遊びの計画を立てて盛り上がる者、真っ先に教室を飛び出す者、出された課題に取り組む者など空気は様々。
マティもセーラとどこか遊びに行くと言い早々に教室を後にし、エクレールとシエルは日直の仕事。
一人取り残された俺は課題のノートを広げて足し算と引き算を解こうとペンを走らせる。だが集中力は普段の半分もない。
ーーーー目の前に立ちはだかっている彼女が気になって仕方ないから。
「……ねぇ、ラシェル」
「なぁに?スタン」
ペンを置いて顔を上げると腕を組んでこちらを見下ろすラシェルが立っている。
眉を吊り上がった眉、膨れた頬。その姿はまさしく『ご機嫌斜め』のサインだ。
「何をそんなに怒ってるの?」
「あら、わからないのかしら?“私の婚約者様”は?」
目線を合わせるように前の席に腰を下ろした彼女はさらに怒りを露わにさせる。
俺が返答に困っている間、日直で黒板に向いていたエクレールが一瞬こちらを見つつも、すぐになんでもないように作業に戻る。
「お昼休みのことは謝るよ。その後すぐにラシェルのも食べたでしょう?」
「ふんだ。最初が大事なのよ!最初が!」
謝罪も虚しく彼女の機嫌は治る気配を見せない。
やはりご機嫌斜めの理由はお昼のことだったみたいだ。
二人から差し出された食事。俺は最初にエクレールのものを受け取った。それが怒りの源泉で間違いないようだ。その後すぐにラシェルのも受け取ったが納得行かなかった様子。
「仕方ないんだよ。対外的にもエクレールと婚約者候補だって広まってるんだから」
「まだ"候補"なのに!私は"婚約者"なのに~!」
「それ、ボク了承してないよね・・・?」
いつの間にやらラシェルの婚約者になってしまっている俺。了承したことなんて一度もないはずなのに。
俺がツッコミを入れると彼女はフンと鼻を鳴らして背もたれに寄りかかる。
「ふんだ。お父様に『この国の男性はゲストである私を後回しにする』って言ってやるんだから」
「悪かったって・・・」
彼女の父といえばあちらの国の国王様。
その程度でどうとなるとも思えないが、万が一あのエクレール父のように娘溺愛だった場合外交問題にもなりかねない。
「どうすれば許してもらえる?」
「…………!」
困り果てた俺は素直にどうしたらいいか問いかけると、その瞬間彼女の赤い目がキラリと光った気がした。
顔を背けるように窓に向いていた彼女の目が、待ってましたと言わんばかりの様子でこちらに向き直る。
「そうねぇ。そこまでスタンが何かしないと気が済まないって言うのなら、私にも非常に心苦しいけれどお願いしたいことがあるわ」
「いや、別にボクはそこまで言ってなーーーー」
「何か言った?」
「何も……」
どうやら俺のその言葉を待っていたみたいだ。拒否権もないとみて早々に口を閉じる。
「ほら、私がこの国に来た理由って覚えてる?」
「確か一週間の短期留学だって?」
「そっ。でもそれだけじゃないでしょ?」
「そういえば……」
そういえば彼女はそれとは別の理由を言っていた気がする。
あの時言っていた目的はたしか……
「……視察?」
「正解。週の前半はこの学校で授業を受けるけど、後半は変わらない友好の証として、この国の村に行って暮らしぶりの視察ってわけ。ちなみにレイコが護衛としてついて来てくれるみたいよ」
あいも変わらずレイコさんはどこでも都合よく派遣されているみたいだ。
聞くところによると彼女はあんなナリで一騎当千、この国の最大級戦力らしい。それでいいのか最大戦力。
「つまり二人旅ってところ?」
「そう!そこよ!!」
ズイッと。
勢いよく目の前に迫ってきた彼女に思わず仰け反った。
長いまつ毛に紅の瞳。まっすぐ向けられる視線に思わず戸惑ってしまう。
「それでね、これがまた二人で退屈らしいのよ。レイコはエクレールの専属だから私個人とはあんまり話さないから尚更ね。それで相談なんだけど」
「何か嫌な予感がしてきた……」
そこまでお膳立てされると俺でも何が言いたいのか理解できた。
この国の村への視察。二人旅は退屈。つまり彼女は俺を……。
「えぇ!スタンも付いてきなさい!」
「やっぱり……。それって拒否権は?」
「拒否してもいいわよ。その代わり、来週からあなたの国籍がアスカリッド王国になっちゃうかもね?」
「それ実質ないって言ってるよね!?」
もはや拒否などできようがなかった。
コーヒーがある以上アスカリッド王国に興味がないわけではないが、なんだかんだこのガルフィオン王国には愛着がある。
「はぁ……。詳しい予定は教えてもらえるんだよね?」
「……!えぇ!もちろんよ!!」
彼女は満面の笑みで手を差し出し、こちらも握り返すとさらに明るくなった。
「楽しみにしててよスタン!私と一緒ならどんな視察だって最高なものになるんだからねっ!!」
そう言って教室を後にするラシェルを見送りながら、俺は一人ため息を吐く。
「まったく、本当に賑やなことで」
小さく呟く俺の声色は自分でも無意識ながらほんの少し上擦ってしまう。
その背中を見送る俺を、いつの間にかエクレールとシエルが揃ってこちらを見ていたことに気づくのは、もう少し先の話出会った。
「はい、さようなら」
「先生また明日!」
「また明日です。明日期限の課題を忘れないでくださいね」
夕焼けに照らされる教室。
放課後の教室は生徒たちの声と足音で賑わっていた。
慣れてきた授業と開放感。遊びの計画を立てて盛り上がる者、真っ先に教室を飛び出す者、出された課題に取り組む者など空気は様々。
マティもセーラとどこか遊びに行くと言い早々に教室を後にし、エクレールとシエルは日直の仕事。
一人取り残された俺は課題のノートを広げて足し算と引き算を解こうとペンを走らせる。だが集中力は普段の半分もない。
ーーーー目の前に立ちはだかっている彼女が気になって仕方ないから。
「……ねぇ、ラシェル」
「なぁに?スタン」
ペンを置いて顔を上げると腕を組んでこちらを見下ろすラシェルが立っている。
眉を吊り上がった眉、膨れた頬。その姿はまさしく『ご機嫌斜め』のサインだ。
「何をそんなに怒ってるの?」
「あら、わからないのかしら?“私の婚約者様”は?」
目線を合わせるように前の席に腰を下ろした彼女はさらに怒りを露わにさせる。
俺が返答に困っている間、日直で黒板に向いていたエクレールが一瞬こちらを見つつも、すぐになんでもないように作業に戻る。
「お昼休みのことは謝るよ。その後すぐにラシェルのも食べたでしょう?」
「ふんだ。最初が大事なのよ!最初が!」
謝罪も虚しく彼女の機嫌は治る気配を見せない。
やはりご機嫌斜めの理由はお昼のことだったみたいだ。
二人から差し出された食事。俺は最初にエクレールのものを受け取った。それが怒りの源泉で間違いないようだ。その後すぐにラシェルのも受け取ったが納得行かなかった様子。
「仕方ないんだよ。対外的にもエクレールと婚約者候補だって広まってるんだから」
「まだ"候補"なのに!私は"婚約者"なのに~!」
「それ、ボク了承してないよね・・・?」
いつの間にやらラシェルの婚約者になってしまっている俺。了承したことなんて一度もないはずなのに。
俺がツッコミを入れると彼女はフンと鼻を鳴らして背もたれに寄りかかる。
「ふんだ。お父様に『この国の男性はゲストである私を後回しにする』って言ってやるんだから」
「悪かったって・・・」
彼女の父といえばあちらの国の国王様。
その程度でどうとなるとも思えないが、万が一あのエクレール父のように娘溺愛だった場合外交問題にもなりかねない。
「どうすれば許してもらえる?」
「…………!」
困り果てた俺は素直にどうしたらいいか問いかけると、その瞬間彼女の赤い目がキラリと光った気がした。
顔を背けるように窓に向いていた彼女の目が、待ってましたと言わんばかりの様子でこちらに向き直る。
「そうねぇ。そこまでスタンが何かしないと気が済まないって言うのなら、私にも非常に心苦しいけれどお願いしたいことがあるわ」
「いや、別にボクはそこまで言ってなーーーー」
「何か言った?」
「何も……」
どうやら俺のその言葉を待っていたみたいだ。拒否権もないとみて早々に口を閉じる。
「ほら、私がこの国に来た理由って覚えてる?」
「確か一週間の短期留学だって?」
「そっ。でもそれだけじゃないでしょ?」
「そういえば……」
そういえば彼女はそれとは別の理由を言っていた気がする。
あの時言っていた目的はたしか……
「……視察?」
「正解。週の前半はこの学校で授業を受けるけど、後半は変わらない友好の証として、この国の村に行って暮らしぶりの視察ってわけ。ちなみにレイコが護衛としてついて来てくれるみたいよ」
あいも変わらずレイコさんはどこでも都合よく派遣されているみたいだ。
聞くところによると彼女はあんなナリで一騎当千、この国の最大級戦力らしい。それでいいのか最大戦力。
「つまり二人旅ってところ?」
「そう!そこよ!!」
ズイッと。
勢いよく目の前に迫ってきた彼女に思わず仰け反った。
長いまつ毛に紅の瞳。まっすぐ向けられる視線に思わず戸惑ってしまう。
「それでね、これがまた二人で退屈らしいのよ。レイコはエクレールの専属だから私個人とはあんまり話さないから尚更ね。それで相談なんだけど」
「何か嫌な予感がしてきた……」
そこまでお膳立てされると俺でも何が言いたいのか理解できた。
この国の村への視察。二人旅は退屈。つまり彼女は俺を……。
「えぇ!スタンも付いてきなさい!」
「やっぱり……。それって拒否権は?」
「拒否してもいいわよ。その代わり、来週からあなたの国籍がアスカリッド王国になっちゃうかもね?」
「それ実質ないって言ってるよね!?」
もはや拒否などできようがなかった。
コーヒーがある以上アスカリッド王国に興味がないわけではないが、なんだかんだこのガルフィオン王国には愛着がある。
「はぁ……。詳しい予定は教えてもらえるんだよね?」
「……!えぇ!もちろんよ!!」
彼女は満面の笑みで手を差し出し、こちらも握り返すとさらに明るくなった。
「楽しみにしててよスタン!私と一緒ならどんな視察だって最高なものになるんだからねっ!!」
そう言って教室を後にするラシェルを見送りながら、俺は一人ため息を吐く。
「まったく、本当に賑やなことで」
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