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12話、紅茶とチーズとビスケット
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フェリクスの町から西へ向かいはじめた私は、箒に乗り空を翔けていた。
できるだけ箒に乗らないという旅の方針ではあるが、西側は湿地帯が広がり普通に歩いていると体力の消費が激しいし、靴がびちゃびちゃになって悲しくなる。
だからここは一つ空の旅を堪能することにしたのだ。
冷たくもどこかねっとりと湿った風を感じながら、私は眼下に視線を向ける。
西側の湿地帯にまず広がるのは湖沼だ。蛇行した河川があちこちに広がり、ここを徒歩で歩くとなるといちいち回り道をしなくてはいけない。
河川にそって自生している稲穂が風に吹かれて一斉にわななく。空からじゃないと見られない壮観な景色だ。
「……景色はいいけど湿気がなぁ」
箒に横乗りしながら空を翔ける私は、うっすらと汗をかいた首筋を撫でた。
風はやや冷たいのだが、湿地帯ということもあり空気に湿気が大分ある。
そのせいでじわりと汗をかき、快適な空の旅とは言い難かった。
「うわわっ」
片手を箒から放していたせいかお尻が少し滑り、危うく滑落しかける。私は慌てて箒の柄を掴みなおした。
私は箒に跨るよりも横に体を向けて座り乗るタイプなので、うっかりしているとこういう冷ややかな場面に遭遇する。
こうして空を飛ぶのが久しぶりなのもあるが、自分の足で歩いていない分楽なので気が抜けてしまっているようだ。
気が抜ける理由はそれだけじゃない。フェリクスの町を出てそろそろ数時間。なんだかお腹が空いてきた……。
朝ごはんはちゃんと食べてきたけど、少し軽めにしたのでその分早くお腹が空いてきたみたいだ。
軽く小腹を満たしたいが、さすがに箒で空を翔けながら食事をするなんてことはできない。
普通に飛んでるだけでうっかり落ちかけたというのに、飛びながら食事をしようとしたら問答無用で落ちる。私そんな器用じゃない。
しかし降りて食事をしようと思っても、今のところ見渡す限り湖沼が広がっている。
もちろん歩ける道もあることにはあるけど、ぬかるんでいてとても一息つけそうにない。
このまま空腹を我慢してどこか村や町が見つかるまで飛び続けるのもいいけど……。
「おっ、なんだあれ」
やや遠く、湖沼の真ん中に大きい岩があるのに気づいた。その周囲にもやや大きめの岩が点在している。
どうやらあれは湖沼から露出した岩場らしい。
あそこなら腰を落ち着けて軽く食事ができそうだ。
そう思った私は、すぐさま魔力で箒を操作して軌道修正。岩場に近づいていく。
「よっと」
座れるほど大きくてついでにゴツゴツしてなさそうな岩を選び、ゆっくりと降り立った。
空から見下ろしていた湖沼を近くで見てみると、結構透き通っていて綺麗だった。
この辺りはまだ河川と言えるほど綺麗な水だが、もう少し先へ進むとどうなっているかは分からない。
そのうち何が潜んでいるか分からない沼を見ながらご飯を食べることもあるのだろうか。
想像しただけでちょっと食欲が減退する。
頭をふってそんな妄想を振り払い、私は昼食の準備に取り掛かる。
準備と言ってもこんなところで調理をするはずもないので簡単なものだ。
まずケトルを取り出してお湯を沸かすことにする。
火は魔術で起こせるし、水は水筒にたっぷりと入っている。フェリクスの町で予備の水筒を買っておいたので、数日なら十分持つだろう。
おかげで荷物は結構重くなったけど……必要な物だからしょうがない。
お湯が沸きだした頃合いに、これまたフェリクスの町で買っておいた紅茶の茶葉を放り込む。
かなり乱暴な淹れ方だが、こんな野外で紅茶を楽しもうというのだから文句は言えない。
火を消して数分蒸らせば紅茶のできあがりだ。当然味は期待するほどでもないが、贅沢は言わないでおこう。
紅茶が出来上がり、私はバックから昼食のメインを取り出した。
取り出したのは小さな袋。その中には丸くて平べったいビスケットが乱雑に詰め込まれている。
フェリクスの町で買った安いビスケットだ。ビスケットは結構日持ちもするし、腹持ちも良い。簡単な食事としては悪くない。
コップを用意し、それに紅茶を注いで昼食の準備は万端。このコップもフェリクスの町で思わず購入したものだ。あった方が便利だし、必要な物だよ。うん。
紅茶を一口飲み、口内と喉を一度潤す。やっぱり雑な淹れ方なので風味も味もいまいち。それにちょっと酸味が強い。でも、ただの水より味があって飲みやすいかな。
お次にビスケットを一かじり。
甘くもなく、かといって塩気がきいているわけでもなく。小麦の素朴な味わいだ。
割とこういう飾り気のないビスケットは好きだったりする。
素朴とはいえ小麦の優しい甘みがあって、何か無限に食べられそうな感じ。
本当に無限に食べられる訳ではないけども。
「ん、そうだ」
ふと思い立って、私はまたバックを漁りだした。
そして目当ての物を見つけて取り出す。
それは袋に入れられた黄色い塊。チーズだ。
お店の人が言うにはこのチーズはセミハードタイプらしく、熟成がゆっくりで長期保存に適しているらしい。
チーズには詳しくないので、セミハードタイプって何だよって正直思っているのだが、お店の人が保存に向いてるって言うのなら大丈夫だろう。
今回は魔術ではなくて小型のナイフでチーズを削り取り、ビスケットに乗せて食べてみる。
ビスケットの素朴な味とチーズのまろやかな感じが絡んで何かいい感じにおいしい。
淹れた紅茶の酸味が若干強いので、ビスケットとチーズの後味をさっぱりさせるのにちょうど良かったりもする。思いがけず良い組み合わせだ。
チーズをトッピングしたビスケットを数枚食べたところで、十分お腹が満たされた。やっぱり無限に食べることはできなかったよ。
食事を終え、穏やかな河川のせせらぎに耳を傾けながら残った紅茶をゆっくりと飲んでいく。
風が吹けば稲穂がざわめき、河川に細かい波があらわれた。
ただ昼食を取るために降り立った岩場だが、ここは自然の美しさを堪能するのに適した良いスポットだったようだ。
なんだか名残惜しくて、紅茶を飲み終わってもしばらくこの景色を眺めつづけた。
できるだけ箒に乗らないという旅の方針ではあるが、西側は湿地帯が広がり普通に歩いていると体力の消費が激しいし、靴がびちゃびちゃになって悲しくなる。
だからここは一つ空の旅を堪能することにしたのだ。
冷たくもどこかねっとりと湿った風を感じながら、私は眼下に視線を向ける。
西側の湿地帯にまず広がるのは湖沼だ。蛇行した河川があちこちに広がり、ここを徒歩で歩くとなるといちいち回り道をしなくてはいけない。
河川にそって自生している稲穂が風に吹かれて一斉にわななく。空からじゃないと見られない壮観な景色だ。
「……景色はいいけど湿気がなぁ」
箒に横乗りしながら空を翔ける私は、うっすらと汗をかいた首筋を撫でた。
風はやや冷たいのだが、湿地帯ということもあり空気に湿気が大分ある。
そのせいでじわりと汗をかき、快適な空の旅とは言い難かった。
「うわわっ」
片手を箒から放していたせいかお尻が少し滑り、危うく滑落しかける。私は慌てて箒の柄を掴みなおした。
私は箒に跨るよりも横に体を向けて座り乗るタイプなので、うっかりしているとこういう冷ややかな場面に遭遇する。
こうして空を飛ぶのが久しぶりなのもあるが、自分の足で歩いていない分楽なので気が抜けてしまっているようだ。
気が抜ける理由はそれだけじゃない。フェリクスの町を出てそろそろ数時間。なんだかお腹が空いてきた……。
朝ごはんはちゃんと食べてきたけど、少し軽めにしたのでその分早くお腹が空いてきたみたいだ。
軽く小腹を満たしたいが、さすがに箒で空を翔けながら食事をするなんてことはできない。
普通に飛んでるだけでうっかり落ちかけたというのに、飛びながら食事をしようとしたら問答無用で落ちる。私そんな器用じゃない。
しかし降りて食事をしようと思っても、今のところ見渡す限り湖沼が広がっている。
もちろん歩ける道もあることにはあるけど、ぬかるんでいてとても一息つけそうにない。
このまま空腹を我慢してどこか村や町が見つかるまで飛び続けるのもいいけど……。
「おっ、なんだあれ」
やや遠く、湖沼の真ん中に大きい岩があるのに気づいた。その周囲にもやや大きめの岩が点在している。
どうやらあれは湖沼から露出した岩場らしい。
あそこなら腰を落ち着けて軽く食事ができそうだ。
そう思った私は、すぐさま魔力で箒を操作して軌道修正。岩場に近づいていく。
「よっと」
座れるほど大きくてついでにゴツゴツしてなさそうな岩を選び、ゆっくりと降り立った。
空から見下ろしていた湖沼を近くで見てみると、結構透き通っていて綺麗だった。
この辺りはまだ河川と言えるほど綺麗な水だが、もう少し先へ進むとどうなっているかは分からない。
そのうち何が潜んでいるか分からない沼を見ながらご飯を食べることもあるのだろうか。
想像しただけでちょっと食欲が減退する。
頭をふってそんな妄想を振り払い、私は昼食の準備に取り掛かる。
準備と言ってもこんなところで調理をするはずもないので簡単なものだ。
まずケトルを取り出してお湯を沸かすことにする。
火は魔術で起こせるし、水は水筒にたっぷりと入っている。フェリクスの町で予備の水筒を買っておいたので、数日なら十分持つだろう。
おかげで荷物は結構重くなったけど……必要な物だからしょうがない。
お湯が沸きだした頃合いに、これまたフェリクスの町で買っておいた紅茶の茶葉を放り込む。
かなり乱暴な淹れ方だが、こんな野外で紅茶を楽しもうというのだから文句は言えない。
火を消して数分蒸らせば紅茶のできあがりだ。当然味は期待するほどでもないが、贅沢は言わないでおこう。
紅茶が出来上がり、私はバックから昼食のメインを取り出した。
取り出したのは小さな袋。その中には丸くて平べったいビスケットが乱雑に詰め込まれている。
フェリクスの町で買った安いビスケットだ。ビスケットは結構日持ちもするし、腹持ちも良い。簡単な食事としては悪くない。
コップを用意し、それに紅茶を注いで昼食の準備は万端。このコップもフェリクスの町で思わず購入したものだ。あった方が便利だし、必要な物だよ。うん。
紅茶を一口飲み、口内と喉を一度潤す。やっぱり雑な淹れ方なので風味も味もいまいち。それにちょっと酸味が強い。でも、ただの水より味があって飲みやすいかな。
お次にビスケットを一かじり。
甘くもなく、かといって塩気がきいているわけでもなく。小麦の素朴な味わいだ。
割とこういう飾り気のないビスケットは好きだったりする。
素朴とはいえ小麦の優しい甘みがあって、何か無限に食べられそうな感じ。
本当に無限に食べられる訳ではないけども。
「ん、そうだ」
ふと思い立って、私はまたバックを漁りだした。
そして目当ての物を見つけて取り出す。
それは袋に入れられた黄色い塊。チーズだ。
お店の人が言うにはこのチーズはセミハードタイプらしく、熟成がゆっくりで長期保存に適しているらしい。
チーズには詳しくないので、セミハードタイプって何だよって正直思っているのだが、お店の人が保存に向いてるって言うのなら大丈夫だろう。
今回は魔術ではなくて小型のナイフでチーズを削り取り、ビスケットに乗せて食べてみる。
ビスケットの素朴な味とチーズのまろやかな感じが絡んで何かいい感じにおいしい。
淹れた紅茶の酸味が若干強いので、ビスケットとチーズの後味をさっぱりさせるのにちょうど良かったりもする。思いがけず良い組み合わせだ。
チーズをトッピングしたビスケットを数枚食べたところで、十分お腹が満たされた。やっぱり無限に食べることはできなかったよ。
食事を終え、穏やかな河川のせせらぎに耳を傾けながら残った紅茶をゆっくりと飲んでいく。
風が吹けば稲穂がざわめき、河川に細かい波があらわれた。
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