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20話、魔女のお茶会(準備)
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翌日。お店の開店祝いをする日がやってきた。
リネットのお店兼自宅で一泊した私は、せっかくだからと祝いの準備を手伝うことにする。
リネットは遠慮していたけど、泊めてくれたしシチューも食べさせてくれたのでこれくらいさせて欲しかったのだ。
開店祝いはお昼頃から開始する予定で、イヴァンナとエメラルダもそれくらいにやってくることだろう。
「師匠、そのティーセットはあっちの机に置いてください」
リネットに指示されながらせわしなく動いていた私だが、やがて私にできる作業はほとんどなくなってしまった。
開店祝いではリネット自作のお菓子を振る舞うらしく、今彼女は仕込んでおいた様々なお菓子の仕上げに取り掛かっている。
さすがにお菓子作りを手伝うスキルは私にはない。私にできることは食器を準備するとか、そういうこまごまとしたことくらいだ。
なので遠目でリネットの作業を見守ることにした。
リネットは真剣な表情をしていた。
手際よくスポンジケーキに生クリームを塗り、フルーツで飾り付けをしてケーキを完成させるや、次はクッキー生地を型どりしてオーブンで焼いていく。
クッキーが焼き上がるまでの間に、湯煎したチョコに生クリームを加えて混ぜ合わせ、型に入れ冷蔵庫で冷やしていた。
流れるような作業だった。手は常に動き続け、私たちに振る舞うお菓子を作り続けている。
「……ねえリネット」
忙しいということは分かっていたが、私は思わずリネットに話しかけていた。
「はい? どうしました?」
「どうしてお菓子屋さんをやろうと思ったの?」
尋ねると、リネットの動きが止まった。
私の方を見つめ、その後天井に目を向け、考え込むように腕を組む。
「お菓子を作るのが好きだから……ですね」
リネットは照れたようにはにかんだ。
しかし、すぐに慌てたように言葉を続ける。
「あ、あの、もしかして師匠ちょっと怒ってます?」
「……え? どうして?」
「だって……お菓子屋さんなんて魔女っぽくないですし、立派な魔女になるんじゃなかったの? とか思ってるんじゃあ……」
リネットに言われて私は少し沈黙した。
「……確かに、お菓子屋さんなんて魔女っぽくないもんね」
「う……」
「でも、別に怒ってないよ。それがリネットの思う立派な魔女なんでしょ? だったらいいじゃん」
「師匠……」
リネットは私の言葉を聞いて少し俯いた。
彼女はわずかに目元をぬぐって、また私をまっすぐ見つめてくる。
「本当は、ただお菓子を作るのが好きってわけではないんです。元々は、師匠のためにごはんやお菓子を作るのが好きで……師匠はいつもおいしそうに食べてくれるから嬉しかったんです」
私は黙ってリネットの言葉に耳を貸した。
「こうしてお菓子屋さんを開こうと思ったのも、私のお菓子を食べた人が皆師匠みたいに喜んでくれたらいいなって思ったからなんです。ううん、それだけじゃなくて、こうしてお菓子を作り続けていたら、師匠やイヴァンナにエメラルダがたまに買いに来てくれるかな、私に会いに来てくれるかなって……そんなことを期待していました」
リネットは恥ずかしそうに笑った。
「あはは……呆れちゃいますよね。やっと独り立ちしたのに、こんな寂しがり屋で……」
「そんなことないって」
私はリネットの目を見つめながら続けた。
「リネットらしくていいと思うよ」
それは私の本心だった。
リネットは昔から思いやりが強くて、他人の世話が好きな子だった。
私だけじゃない。イヴァンナやエメラルダもそのことを知っている。
だから二人だって、リネットのことを呆れるはずがない。
「それに……さっきからリネットの作業を見ていたけど、お菓子を作る時魔力を使ってたよね? 魔法薬の調合をする時の応用でしょ、それ」
通常魔法薬を作る時は、材料を混ぜながら自身の魔力を注ぎ馴染ませていく。
こうすることで市販の薬ではありえないような特殊な効果を発揮させられるのだ。
魔法薬が魔女にしか作れない理由は、この魔力の運用にあった。
「魔力を含ませてお菓子にちょっとしたおまじないをかけてると見た。どう、合ってる?」
「……やっぱり師匠はすごいですね。その通りです。材料は普通の物なので、魔法薬と比べるとちょっとした効果しか出ないんですけどね。体温が下がりにくくなる保温効果とか、胃の調子を整えるとか、その程度のものですけど……」
「それが魔女のお菓子屋さんってことなんだ?」
リネットは小さく頷いた。
「食べてくれる人がほんのちょっとだけ幸せになってくれるような、そんなおまじないを込めたお菓子屋さん。それが今の私の、やりたいことなんです」
照れたようで、誇らしげなリネットの顔。
それを見て私は、彼女が一人前の魔女になったのだと確信する。
もうこの子は私の弟子ではない。おまじないを込めたお菓子を売る、一人前の魔女リネットだ。
今この時、本当に彼女は独り立ちをした。それが少し寂しくて、そんな寂しさを大きく上回る程に嬉しかった。
と、その時。お店のドアをノックする音が響いた。
「あれ? まだお昼前なのに、もうイヴァンナかエメラルダが来ちゃったのかな」
リネットにそう言うと、彼女は慌ててドアを開けに行こうとして、まだお菓子作りの最中だということを思いだして台所に戻りかけ、また玄関を見た。
「私が出るからリネットはお菓子作ってなよ」
「す、すみません、お願いしますっ」
ひとまずリネットを落ち着け、お店のドアを開けに行くことに。
この扉の先に居るのはイヴァンナかエメラルダか。それとも、全く関係ない第三者なのか。
ちょっとドキドキしながら私はお店のドアを開くのだった。
リネットのお店兼自宅で一泊した私は、せっかくだからと祝いの準備を手伝うことにする。
リネットは遠慮していたけど、泊めてくれたしシチューも食べさせてくれたのでこれくらいさせて欲しかったのだ。
開店祝いはお昼頃から開始する予定で、イヴァンナとエメラルダもそれくらいにやってくることだろう。
「師匠、そのティーセットはあっちの机に置いてください」
リネットに指示されながらせわしなく動いていた私だが、やがて私にできる作業はほとんどなくなってしまった。
開店祝いではリネット自作のお菓子を振る舞うらしく、今彼女は仕込んでおいた様々なお菓子の仕上げに取り掛かっている。
さすがにお菓子作りを手伝うスキルは私にはない。私にできることは食器を準備するとか、そういうこまごまとしたことくらいだ。
なので遠目でリネットの作業を見守ることにした。
リネットは真剣な表情をしていた。
手際よくスポンジケーキに生クリームを塗り、フルーツで飾り付けをしてケーキを完成させるや、次はクッキー生地を型どりしてオーブンで焼いていく。
クッキーが焼き上がるまでの間に、湯煎したチョコに生クリームを加えて混ぜ合わせ、型に入れ冷蔵庫で冷やしていた。
流れるような作業だった。手は常に動き続け、私たちに振る舞うお菓子を作り続けている。
「……ねえリネット」
忙しいということは分かっていたが、私は思わずリネットに話しかけていた。
「はい? どうしました?」
「どうしてお菓子屋さんをやろうと思ったの?」
尋ねると、リネットの動きが止まった。
私の方を見つめ、その後天井に目を向け、考え込むように腕を組む。
「お菓子を作るのが好きだから……ですね」
リネットは照れたようにはにかんだ。
しかし、すぐに慌てたように言葉を続ける。
「あ、あの、もしかして師匠ちょっと怒ってます?」
「……え? どうして?」
「だって……お菓子屋さんなんて魔女っぽくないですし、立派な魔女になるんじゃなかったの? とか思ってるんじゃあ……」
リネットに言われて私は少し沈黙した。
「……確かに、お菓子屋さんなんて魔女っぽくないもんね」
「う……」
「でも、別に怒ってないよ。それがリネットの思う立派な魔女なんでしょ? だったらいいじゃん」
「師匠……」
リネットは私の言葉を聞いて少し俯いた。
彼女はわずかに目元をぬぐって、また私をまっすぐ見つめてくる。
「本当は、ただお菓子を作るのが好きってわけではないんです。元々は、師匠のためにごはんやお菓子を作るのが好きで……師匠はいつもおいしそうに食べてくれるから嬉しかったんです」
私は黙ってリネットの言葉に耳を貸した。
「こうしてお菓子屋さんを開こうと思ったのも、私のお菓子を食べた人が皆師匠みたいに喜んでくれたらいいなって思ったからなんです。ううん、それだけじゃなくて、こうしてお菓子を作り続けていたら、師匠やイヴァンナにエメラルダがたまに買いに来てくれるかな、私に会いに来てくれるかなって……そんなことを期待していました」
リネットは恥ずかしそうに笑った。
「あはは……呆れちゃいますよね。やっと独り立ちしたのに、こんな寂しがり屋で……」
「そんなことないって」
私はリネットの目を見つめながら続けた。
「リネットらしくていいと思うよ」
それは私の本心だった。
リネットは昔から思いやりが強くて、他人の世話が好きな子だった。
私だけじゃない。イヴァンナやエメラルダもそのことを知っている。
だから二人だって、リネットのことを呆れるはずがない。
「それに……さっきからリネットの作業を見ていたけど、お菓子を作る時魔力を使ってたよね? 魔法薬の調合をする時の応用でしょ、それ」
通常魔法薬を作る時は、材料を混ぜながら自身の魔力を注ぎ馴染ませていく。
こうすることで市販の薬ではありえないような特殊な効果を発揮させられるのだ。
魔法薬が魔女にしか作れない理由は、この魔力の運用にあった。
「魔力を含ませてお菓子にちょっとしたおまじないをかけてると見た。どう、合ってる?」
「……やっぱり師匠はすごいですね。その通りです。材料は普通の物なので、魔法薬と比べるとちょっとした効果しか出ないんですけどね。体温が下がりにくくなる保温効果とか、胃の調子を整えるとか、その程度のものですけど……」
「それが魔女のお菓子屋さんってことなんだ?」
リネットは小さく頷いた。
「食べてくれる人がほんのちょっとだけ幸せになってくれるような、そんなおまじないを込めたお菓子屋さん。それが今の私の、やりたいことなんです」
照れたようで、誇らしげなリネットの顔。
それを見て私は、彼女が一人前の魔女になったのだと確信する。
もうこの子は私の弟子ではない。おまじないを込めたお菓子を売る、一人前の魔女リネットだ。
今この時、本当に彼女は独り立ちをした。それが少し寂しくて、そんな寂しさを大きく上回る程に嬉しかった。
と、その時。お店のドアをノックする音が響いた。
「あれ? まだお昼前なのに、もうイヴァンナかエメラルダが来ちゃったのかな」
リネットにそう言うと、彼女は慌ててドアを開けに行こうとして、まだお菓子作りの最中だということを思いだして台所に戻りかけ、また玄関を見た。
「私が出るからリネットはお菓子作ってなよ」
「す、すみません、お願いしますっ」
ひとまずリネットを落ち着け、お店のドアを開けに行くことに。
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ちょっとドキドキしながら私はお店のドアを開くのだった。
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