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29話、弱った妖精とチーズパン
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ヘレンの町に滞在して数日ほどが経った頃。
そろそろ旅を再開しようと思い立った私は、今日の朝にヘレンの町を後にしていた。
ヘレンの町から東に進むと乾燥地帯へと差しかかり、更にその先は砂漠地帯が広がっている。
私が目指すのはその砂漠地帯だ
はっきり言って私は熱いのが嫌いだ。だって汗かくもん。
でも砂漠地帯のごはんにはちょっと興味がある。イメージ的にはなんだかパサパサしている感じだけど、実はあれで食は色々と豊かだと聞いたことがある。
聞いたことがあるだけなので実際にどうなのかはわからない。だから自分の目で確かめてみたいのだ。
私の旅の方針として、箒に乗るのはできるだけ控えることにしている。なので今は徒歩で東に向かっていた。
東に向かえば徐々に乾燥地帯が広がるとは言うものの、ヘレン周辺はまだまだ緑豊かだ。
整備された歩道の横には青々しい木々が生え、いくつか花が咲いている。
周囲の風景を眺めながら、私は自分のペースでゆっくりと歩いていた。
ヘレンの町を出たのが確か十時ごろ。体感時間ではもう一時間以上経っているので、そろそろお昼時かもしれない。
お腹はいい具合に空いているし、一度休憩を入れて食事を取ろう。
どこか食事をするのに良い場所はないかと、私は歩きながら周囲を見回した。
すると木々の隙間からわずかに色鮮やかな何かが覗き、目を細めてそこを注視してみる。
色鮮やかな物の正体は、花だった。遠目からでも青や赤、黄色に紫など、様々な種類の花が生えていることが分かる。
どうやらあれは、自然にできた花畑らしい。
花畑の中で食事をするというのも中々洒落た感じがする。そう思った私は、木々の間を通り抜けて花畑へと向かった。
近づいてみると、花畑には予想以上に多くの花々が生えていた。
花は魔法薬の材料になるので結構詳しい方だ。見てみると、結構レアな花もいくつか咲いている。
例えばこの白い花びらが集まってまるでタンポポの綿毛のようになっている花は、ルナリアという名の珍しい花だ。
ルナリアは微弱な魔力を生み出す花で、この花が自生している場所は必然的に魔力が濃い。
だが、魔女の私だから分かるが、この辺りの魔力は特に周辺と変わりない。これはおそらく、ルナリアが生み出した魔力を吸い上げる花があるからだ。
先ほど発見したルナリアのすぐ近くには、黒くて大きな花びらを広げた花があった。
この花の名はリリス。魔力を吸収し、花弁に溜めこむ性質がある珍しい花だ。
リリスは魔力が濃い場所に自生することがある。なのでルナリアが生えている場所には結構な確率でリリスも生えていたりするのだ。
こんなところで結構レアは花を発見できてちょっとテンションが上がった私は、汚れ避けの魔術を発動して花畑の中に座りこんだ。
今日のお昼はこの花々たちを見ながら食べることにしよう。
バッグを漁り、今日の昼食を取り出す。ヘレンの町から出発する時に買っていたチーズパンだ。二個入りで結構安かった。
チーズパンは、パン生地にチーズを練りこんで焼き上げた、香ばしいチーズの匂いが食欲をそそるパンだ。
日持ちしないから持ち歩くのに向かないが、今日中に食べるつもりだったので買っておいたのだ。
包装紙を外し、チーズパンにかじりつく。焼けたチーズの香ばしい匂いと味がたまらない。
パン自体はもっちりとしているが、ちょっと冷めているので歯ごたえがある。冷めていてもチーズの風味が非常に強い。
二個入りだからか一個がそれほど大きくないので、あっという間に食べきってしまった。
もう一個は紅茶を淹れて一緒に食べようかな。
そう思ってバッグからケトルを出そうとした時、目のはしに何か弱弱しい光が差し込んだ。
何だろうと思って微弱に発行する物体に視線を向ける。近寄ってから改めて見ると、そこには蝶のような羽根の生えた、小さな人型の生物が横たわっていた。
「これは……妖精?」
弱弱しい発光からは魔力の流れを感じるし、私の頭程度の大きさで羽根の生えた人っぽい姿かたちの生物は、私の知識では妖精以外存在しない。
妖精は、魔力の濃い地域で偶然生まれる自然生物だ。私が住んでいる森の中でも、たまに発見できる。
妖精の身体は濃い魔力で形成されていて、魔力の薄い地域に行くと体を形作る魔力を取り入れられなくなり、そのまま自然に返ってしまう。
なのであまり日常では見ることができない儚い存在だった。
とはいえ、妖精に死の概念は無い。妖精は言わば濃い魔力が意思と姿を持った存在で、その体が無くなってしまってもまたいずれ濃い魔力の中で生まれることになる。
自然から生まれ、いずれ自然に帰っていき、また自然から生まれる。それが妖精であり、自然の循環だった。
この花畑にはルナリアがあるので、妖精が生まれるくらい魔力が濃くなる時もあるだろう。
でも近場に生えたリリスが魔力を吸収するので、妖精はすぐに自然に帰ってしまうことになる。
今私が発見した妖精が弱っているのは、十中八九リリスに魔力を吸われているからだ。
赤く長い髪に、可愛らしい上衣とスカートを着けた妖精は今、苦しそうに呼吸を繰り返している。
妖精は、私に気づいたのか閉じていた目をゆっくりと開けた。
そして私の目を見つめて、か細くささやいた。
「助けて……」
……おそらくこの花畑の性質状、偶然生まれた妖精はすぐに魔力を吸い取られ自然に帰っていくのだろう。
そしてまた偶然魔力が濃くなった時に再度生まれ、すぐに魔力を吸われていく。
自然に出来た環境とはいえ、それはなんだかちょっと悲しい。
同情したわけではないが、助けてと言われたのなら助けない理由もない。
私はすぐ近くに生えているリリスの花をいくつか摘み取った。もともと魔法薬に使われるくらい珍しい花なので、後で摘み取るつもりだったし。
これでひとまず妖精の魔力が奪われることは無いだろう。
リリスを摘んだ後は、妖精の体にそっと指先で触れ、私の体内の魔力をゆっくり注ぎ込んでいく。
これはかなり難しい魔力の運用だ。もし妖精の小さい体に魔力を一気に注ぎ込んでしまったら、空気を入れすぎた風船のように魔力が放出される危険性もある。
ちょっと額に汗を書くくらい慎重に、ゆっくりゆっくり魔力を注ぎ込んでいく。
ある程度魔力を注ぐと、妖精の弱弱しい発光が収まった。これでもう大丈夫だろう。
苦しげにしていた妖精はぱちりと目を開け、羽根を広げてふわふわと浮き上がった。
「元気になったみたいね。良かった」
妖精に話しかけると、彼女は不思議そうに首を傾げた。
「……あなた、どうして私を助けたの?」
「どうしてって……何となく、そういう気分だったからかな。それに助けてって言われたし」
「ふーん、そう……まあ、お礼は言っておくわ。ありがとう」
妖精はそう言って、そっぽを向いた。そしてそのまま沈黙が流れる。
妖精のほとんどがそうなのだが、結構人見知りで人間には滅多に懐かないし近づいたりもしない。
だからちょっと生意気な態度ながらも素直にお礼を言ってくるのは、かなり珍しいといえた。
態度は微妙だが、これで中々助けられたことに感謝しているのかもしれない。
「ま、気にしなくていいよ。私がやりたくてやったことだからさ」
神妙に沈黙する妖精にそう声をかけると、彼女はむっとした顔を向けてきた。
「べ、別に、気にしていたわけではないわよ」
そしてまたそっぽを向いて沈黙する。
妖精は独特な思考をしているので、正直上手な接し方が分からない。
しかし、助けてと言われたから助け、それに対してお礼を言われたならもうこれ以上お互い言うこともないのだ。
なので私は食事を続けることにした。
紅茶を淹れようと思ったけど、魔力を使ってちょっと疲れちゃったしさっさと残りのチーズパンを食べることにする。
チーズパンを取り出し、一口頬張る。さっきより時間が経ったので一個目より冷えてしまったが、それでもやっぱりおいしい。
もう一口食べていると、ふと視線を感じた。
横を見ると、さっきそっぽを向いていた妖精が私をじーっと見ている。
いや、私というより、私の持つチーズパンをじーっと見ていた。
……。
「もしかして食べたいの?」
「……っ! ちょ、ちょっとだけ興味はあるわ」
妖精は顔を赤らめていた。ちょっとどころか大いに興味がありそうだ。
「半分食べる?」
「っ!」
チーズパンを半分ちぎって差し出すと、妖精は小さな手でパンを抱え持った。小さい妖精と比べると、半分にちぎったパンがはるかに大きく見える。
妖精はチラチラと私とパンを見比べながら、ついにパンに一口かじりついた。
もくもくと咀嚼し、ごくんと音が聞こえるくらい喉を鳴らした妖精は、わなわなと口を開いた。
「なにこれおいしい……」
どうやら妖精の味覚は人間とそこまで変わりないようだ。
妖精はなぜか悔しそうに唸りながらチーズパンを食べ進めていた。本当になんで? なにがそんなに悔しいの。
チーズパンを食べ終えた妖精は指先で唇を撫で、キッと私にきつい視線を向けた。
「人間ってこんなにおいしい物を食べていたのね。ずるいわ」
全然ずるくない。人間何もずるくないよ。
どうやらさっき悔しそうだったのは、人間がおいしい物を食べていると知ったかららしい。なんだそれ。
そういえば妖精の食生活って詳しく知らないな。
妖精の体は魔力でできているし、そもそも食べるってことをしないのかもしれない。
だとしたらおいしい物を食べている人間をずるいって言うのも少しは分か……いややっぱり妖精の考えることはちょっと分からない。
妖精が食べ終わるのと同じくらいに食事を終えていた私は、後片付けをして花畑から立ち上がった。
「じゃあ私もう行くから。リリスの花にはあまり近づかない方がいいわよ」
無駄かも知れないが妖精に助言をして、花畑を後にしようと歩きだす。
「待って」
すると妖精に呼び止められたので、私は彼女に振り向いた。
「あなた、魔女でしょ?」
「そうだけど、それがどうかした?」
首を傾げると、妖精はパタパタと羽根を羽ばたかせた。
「決めた。私あなたについていくわ」
「え、なんで!?」
「だって、ここよりあなたの周辺の方が魔力が濃いし、おいしい食べ物にもありつけそうだもの」
「なんだその理由……」
妖精は自然から生まれ自然に帰るもの。つまり自然と共存する存在だ。
だからあまり人間に近づかないはずなのだが……まさか私についてこようとするなんて、信じられない。
私が魔女ということを差し引いても、本来ありえないことだ。
これはもしかして、さっきチーズパンをあげたことでこの妖精餌付けされちゃってる……?
そう思って、すぐにそんなアホなと自分にツッコみをいれてしまう。
警戒心が強い妖精がそんなちょろいわけがない。……無いと思う。多分。
とにかく妖精の考えていることはよく分からない。魔女の中でも妖精の詳しい情報なんて存在しないのだ。
となると、この妖精がついてくるというのなら、それは妖精のことを詳しく知るチャンスなのではないか。
私も一介の魔女として妖精の神秘的な生態に興味がある。この機会に妖精のことを色々知るのもいいかもしれない。
「ついてきたいなら別についてきてもいいけど、私に妖精のこと色々教えてくれる?」
「妖精のこと? 別にいいわよ」
「じゃあまず最初に……あなたの名前は?」
妖精は個体によってそれぞれ容姿が違うが、彼女たちがそれぞれ個別の名を持っているのかは不明だったりする。
なのでまずは名前の有無から知りたいところだ。
「名前……? ライラ。私はライラよ」
「へえ、ライラか。いい名前だね」
「でしょう? 今思いついたにしては上出来だと思うわ」
「名前考えたの今かよ」
……どうやら妖精は適当に自分の名をつける生態のようだ。なんだろう、神秘的な生態とはちょっと言えない気がする。
ともかく、ライラのおかげでこれからの私の旅は少しにぎやかになりそうだ。
そろそろ旅を再開しようと思い立った私は、今日の朝にヘレンの町を後にしていた。
ヘレンの町から東に進むと乾燥地帯へと差しかかり、更にその先は砂漠地帯が広がっている。
私が目指すのはその砂漠地帯だ
はっきり言って私は熱いのが嫌いだ。だって汗かくもん。
でも砂漠地帯のごはんにはちょっと興味がある。イメージ的にはなんだかパサパサしている感じだけど、実はあれで食は色々と豊かだと聞いたことがある。
聞いたことがあるだけなので実際にどうなのかはわからない。だから自分の目で確かめてみたいのだ。
私の旅の方針として、箒に乗るのはできるだけ控えることにしている。なので今は徒歩で東に向かっていた。
東に向かえば徐々に乾燥地帯が広がるとは言うものの、ヘレン周辺はまだまだ緑豊かだ。
整備された歩道の横には青々しい木々が生え、いくつか花が咲いている。
周囲の風景を眺めながら、私は自分のペースでゆっくりと歩いていた。
ヘレンの町を出たのが確か十時ごろ。体感時間ではもう一時間以上経っているので、そろそろお昼時かもしれない。
お腹はいい具合に空いているし、一度休憩を入れて食事を取ろう。
どこか食事をするのに良い場所はないかと、私は歩きながら周囲を見回した。
すると木々の隙間からわずかに色鮮やかな何かが覗き、目を細めてそこを注視してみる。
色鮮やかな物の正体は、花だった。遠目からでも青や赤、黄色に紫など、様々な種類の花が生えていることが分かる。
どうやらあれは、自然にできた花畑らしい。
花畑の中で食事をするというのも中々洒落た感じがする。そう思った私は、木々の間を通り抜けて花畑へと向かった。
近づいてみると、花畑には予想以上に多くの花々が生えていた。
花は魔法薬の材料になるので結構詳しい方だ。見てみると、結構レアな花もいくつか咲いている。
例えばこの白い花びらが集まってまるでタンポポの綿毛のようになっている花は、ルナリアという名の珍しい花だ。
ルナリアは微弱な魔力を生み出す花で、この花が自生している場所は必然的に魔力が濃い。
だが、魔女の私だから分かるが、この辺りの魔力は特に周辺と変わりない。これはおそらく、ルナリアが生み出した魔力を吸い上げる花があるからだ。
先ほど発見したルナリアのすぐ近くには、黒くて大きな花びらを広げた花があった。
この花の名はリリス。魔力を吸収し、花弁に溜めこむ性質がある珍しい花だ。
リリスは魔力が濃い場所に自生することがある。なのでルナリアが生えている場所には結構な確率でリリスも生えていたりするのだ。
こんなところで結構レアは花を発見できてちょっとテンションが上がった私は、汚れ避けの魔術を発動して花畑の中に座りこんだ。
今日のお昼はこの花々たちを見ながら食べることにしよう。
バッグを漁り、今日の昼食を取り出す。ヘレンの町から出発する時に買っていたチーズパンだ。二個入りで結構安かった。
チーズパンは、パン生地にチーズを練りこんで焼き上げた、香ばしいチーズの匂いが食欲をそそるパンだ。
日持ちしないから持ち歩くのに向かないが、今日中に食べるつもりだったので買っておいたのだ。
包装紙を外し、チーズパンにかじりつく。焼けたチーズの香ばしい匂いと味がたまらない。
パン自体はもっちりとしているが、ちょっと冷めているので歯ごたえがある。冷めていてもチーズの風味が非常に強い。
二個入りだからか一個がそれほど大きくないので、あっという間に食べきってしまった。
もう一個は紅茶を淹れて一緒に食べようかな。
そう思ってバッグからケトルを出そうとした時、目のはしに何か弱弱しい光が差し込んだ。
何だろうと思って微弱に発行する物体に視線を向ける。近寄ってから改めて見ると、そこには蝶のような羽根の生えた、小さな人型の生物が横たわっていた。
「これは……妖精?」
弱弱しい発光からは魔力の流れを感じるし、私の頭程度の大きさで羽根の生えた人っぽい姿かたちの生物は、私の知識では妖精以外存在しない。
妖精は、魔力の濃い地域で偶然生まれる自然生物だ。私が住んでいる森の中でも、たまに発見できる。
妖精の身体は濃い魔力で形成されていて、魔力の薄い地域に行くと体を形作る魔力を取り入れられなくなり、そのまま自然に返ってしまう。
なのであまり日常では見ることができない儚い存在だった。
とはいえ、妖精に死の概念は無い。妖精は言わば濃い魔力が意思と姿を持った存在で、その体が無くなってしまってもまたいずれ濃い魔力の中で生まれることになる。
自然から生まれ、いずれ自然に帰っていき、また自然から生まれる。それが妖精であり、自然の循環だった。
この花畑にはルナリアがあるので、妖精が生まれるくらい魔力が濃くなる時もあるだろう。
でも近場に生えたリリスが魔力を吸収するので、妖精はすぐに自然に帰ってしまうことになる。
今私が発見した妖精が弱っているのは、十中八九リリスに魔力を吸われているからだ。
赤く長い髪に、可愛らしい上衣とスカートを着けた妖精は今、苦しそうに呼吸を繰り返している。
妖精は、私に気づいたのか閉じていた目をゆっくりと開けた。
そして私の目を見つめて、か細くささやいた。
「助けて……」
……おそらくこの花畑の性質状、偶然生まれた妖精はすぐに魔力を吸い取られ自然に帰っていくのだろう。
そしてまた偶然魔力が濃くなった時に再度生まれ、すぐに魔力を吸われていく。
自然に出来た環境とはいえ、それはなんだかちょっと悲しい。
同情したわけではないが、助けてと言われたのなら助けない理由もない。
私はすぐ近くに生えているリリスの花をいくつか摘み取った。もともと魔法薬に使われるくらい珍しい花なので、後で摘み取るつもりだったし。
これでひとまず妖精の魔力が奪われることは無いだろう。
リリスを摘んだ後は、妖精の体にそっと指先で触れ、私の体内の魔力をゆっくり注ぎ込んでいく。
これはかなり難しい魔力の運用だ。もし妖精の小さい体に魔力を一気に注ぎ込んでしまったら、空気を入れすぎた風船のように魔力が放出される危険性もある。
ちょっと額に汗を書くくらい慎重に、ゆっくりゆっくり魔力を注ぎ込んでいく。
ある程度魔力を注ぐと、妖精の弱弱しい発光が収まった。これでもう大丈夫だろう。
苦しげにしていた妖精はぱちりと目を開け、羽根を広げてふわふわと浮き上がった。
「元気になったみたいね。良かった」
妖精に話しかけると、彼女は不思議そうに首を傾げた。
「……あなた、どうして私を助けたの?」
「どうしてって……何となく、そういう気分だったからかな。それに助けてって言われたし」
「ふーん、そう……まあ、お礼は言っておくわ。ありがとう」
妖精はそう言って、そっぽを向いた。そしてそのまま沈黙が流れる。
妖精のほとんどがそうなのだが、結構人見知りで人間には滅多に懐かないし近づいたりもしない。
だからちょっと生意気な態度ながらも素直にお礼を言ってくるのは、かなり珍しいといえた。
態度は微妙だが、これで中々助けられたことに感謝しているのかもしれない。
「ま、気にしなくていいよ。私がやりたくてやったことだからさ」
神妙に沈黙する妖精にそう声をかけると、彼女はむっとした顔を向けてきた。
「べ、別に、気にしていたわけではないわよ」
そしてまたそっぽを向いて沈黙する。
妖精は独特な思考をしているので、正直上手な接し方が分からない。
しかし、助けてと言われたから助け、それに対してお礼を言われたならもうこれ以上お互い言うこともないのだ。
なので私は食事を続けることにした。
紅茶を淹れようと思ったけど、魔力を使ってちょっと疲れちゃったしさっさと残りのチーズパンを食べることにする。
チーズパンを取り出し、一口頬張る。さっきより時間が経ったので一個目より冷えてしまったが、それでもやっぱりおいしい。
もう一口食べていると、ふと視線を感じた。
横を見ると、さっきそっぽを向いていた妖精が私をじーっと見ている。
いや、私というより、私の持つチーズパンをじーっと見ていた。
……。
「もしかして食べたいの?」
「……っ! ちょ、ちょっとだけ興味はあるわ」
妖精は顔を赤らめていた。ちょっとどころか大いに興味がありそうだ。
「半分食べる?」
「っ!」
チーズパンを半分ちぎって差し出すと、妖精は小さな手でパンを抱え持った。小さい妖精と比べると、半分にちぎったパンがはるかに大きく見える。
妖精はチラチラと私とパンを見比べながら、ついにパンに一口かじりついた。
もくもくと咀嚼し、ごくんと音が聞こえるくらい喉を鳴らした妖精は、わなわなと口を開いた。
「なにこれおいしい……」
どうやら妖精の味覚は人間とそこまで変わりないようだ。
妖精はなぜか悔しそうに唸りながらチーズパンを食べ進めていた。本当になんで? なにがそんなに悔しいの。
チーズパンを食べ終えた妖精は指先で唇を撫で、キッと私にきつい視線を向けた。
「人間ってこんなにおいしい物を食べていたのね。ずるいわ」
全然ずるくない。人間何もずるくないよ。
どうやらさっき悔しそうだったのは、人間がおいしい物を食べていると知ったかららしい。なんだそれ。
そういえば妖精の食生活って詳しく知らないな。
妖精の体は魔力でできているし、そもそも食べるってことをしないのかもしれない。
だとしたらおいしい物を食べている人間をずるいって言うのも少しは分か……いややっぱり妖精の考えることはちょっと分からない。
妖精が食べ終わるのと同じくらいに食事を終えていた私は、後片付けをして花畑から立ち上がった。
「じゃあ私もう行くから。リリスの花にはあまり近づかない方がいいわよ」
無駄かも知れないが妖精に助言をして、花畑を後にしようと歩きだす。
「待って」
すると妖精に呼び止められたので、私は彼女に振り向いた。
「あなた、魔女でしょ?」
「そうだけど、それがどうかした?」
首を傾げると、妖精はパタパタと羽根を羽ばたかせた。
「決めた。私あなたについていくわ」
「え、なんで!?」
「だって、ここよりあなたの周辺の方が魔力が濃いし、おいしい食べ物にもありつけそうだもの」
「なんだその理由……」
妖精は自然から生まれ自然に帰るもの。つまり自然と共存する存在だ。
だからあまり人間に近づかないはずなのだが……まさか私についてこようとするなんて、信じられない。
私が魔女ということを差し引いても、本来ありえないことだ。
これはもしかして、さっきチーズパンをあげたことでこの妖精餌付けされちゃってる……?
そう思って、すぐにそんなアホなと自分にツッコみをいれてしまう。
警戒心が強い妖精がそんなちょろいわけがない。……無いと思う。多分。
とにかく妖精の考えていることはよく分からない。魔女の中でも妖精の詳しい情報なんて存在しないのだ。
となると、この妖精がついてくるというのなら、それは妖精のことを詳しく知るチャンスなのではないか。
私も一介の魔女として妖精の神秘的な生態に興味がある。この機会に妖精のことを色々知るのもいいかもしれない。
「ついてきたいなら別についてきてもいいけど、私に妖精のこと色々教えてくれる?」
「妖精のこと? 別にいいわよ」
「じゃあまず最初に……あなたの名前は?」
妖精は個体によってそれぞれ容姿が違うが、彼女たちがそれぞれ個別の名を持っているのかは不明だったりする。
なのでまずは名前の有無から知りたいところだ。
「名前……? ライラ。私はライラよ」
「へえ、ライラか。いい名前だね」
「でしょう? 今思いついたにしては上出来だと思うわ」
「名前考えたの今かよ」
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