魔女リリアの旅ごはん

アーチ

文字の大きさ
30 / 185

30話、リリスのハーブティー

しおりを挟む
 お昼を食べた後歩き続けること約三時間。
 ヘレンを出発してしばらくは植物が豊富だった街道の脇は、明らかにその数を減らしていた。

 赤色が濃かった土も黄土色の乾燥した物になり、時折風で舞い上がり空を黄色に染める。
 数を減らした植物たちは淡く薄い緑色になり、生気があまり感じられない。

 朝からどれだけ歩いたことか。どうやらそろそろ乾燥地帯に差しかかってきた頃合いの様だ。
 乾燥地帯と言うだけあって空気も結構乾いている。私は喉の渇きを覚えていた。

 そういえばお昼に紅茶を飲まなかった。あれから水分を補給していないし、そろそろ休憩を挟んで水分を取ろう。
 どうせ水分を取るなら、ただ水を飲むより味も楽しみたい。そんなことを思うのは、お昼に紅茶を飲みそこなったからだろうか。
 時刻は三時を少し過ぎた頃。ちょっとしたティータイムとしゃれ込もう。

「ライラ、一度この辺りで休憩しよう」

 呼びかけると、ライラは羽根を羽ばたかせて私の目の前にやってきた。

「休憩? 私別に疲れてないけど」

 それはそうだろう。だってライラは私の帽子のつばに座り込んで全く飛んでないんだもん。
 赤く長い髪に、燃えるような真っ赤な目をしたこの妖精の名はライラ。つい数時間ほど前に出会い、私の旅にくっついてきた変な妖精だ。

 妖精は人見知りな上警戒心が強い。だから人間である私についてくるのはかなり珍しいことだ。
 私はこの奇態な同伴者へどう接していいのかまだはかりかねていた。
 ……人見知りなのは妖精だけでなく私の方もみたいだ。

「ライラは自分の羽根を使ってないから疲れてないだろうけど、私はずっと歩いてたんだよ。私体力少ないから正直もうくたくたなの」
「体力が少ないなら箒に乗ればいいのに。リリアって変な魔女ね」

 うぐっ。なんか痛いところ刺してきた。

「いやほら、箒に乗ったら確かに楽だよ? でもなんか旅って感じがしないじゃん。ただの旅行になっちゃうじゃん」
「ふーん、リリアにはリリアなりのこだわりがあるのね」
「そう、こだわりってのが人間には重要なの。こだわりというか自分の中のルールっていうのかな。ライラも自分なりのこだわりを持ってみれば? 具体的には自分の羽根で飛ぶとか……」
「嫌よ、だってリリアの帽子は座り心地がいいんだもの」

 それでこの妖精私の帽子から座って離れないのか。
 大切な魔女帽子も妖精からしたら椅子の代用品でしか無いことにちょっと悲しみを覚える。

 でもまあ、いっか。妖精は見た目以上に体重が軽いし、事実帽子に乗られていても全然重さを感じなかった。
 特に私の負担になってないなら別にこだわることもない。それにライラも帽子に座っているのが気に入ったようだし。

 とにかく、今はひとまず休憩休憩。早くお茶を淹れて喉をうるおしたい。
 脇道にちょうど腰かけになりそうな石があったので、それに腰を落ち着けてお茶を淹れる準備に取り掛かった。

 野外でお茶を淹れるのはもう慣れたものだ。
 ケトルに水を注いで、魔術で火を起こして、テレキネシスでケトルを火の上に静止。後は放っておけばお湯が沸く。

「すごーい、リリア魔女みたい」
「……魔女だからね」

 手慣れた一連の作業を見て、ライラは称賛を口にした。パタパタと羽根を羽ばたかせて、楽しそうでもある。
 そんなライラの様子を見て、ふと思った。今日は紅茶じゃなくて違うお茶を淹れてみよう。妖精の彼女が喜ぶようなお茶を。
 そのための材料が、つい先ほど手に入っている。

「ライラって好きなお茶とかある?」
「私お茶なんて飲んだことないわ」

 やっぱりそうだったか。そもそもをして、妖精は魔力さえあれば生きられるので飲食をすることはない。
 でも妖精は時折花の蜜を吸っていると言われることがあるので、飲食をする必要はなくても飲食自体は嫌いではないはずだ。
 現にライラはおいしい物が食べられるかもという理由で私についてきているし。

「よし、じゃあ今日はライラに出会った記念として、ライラが喜びそうなお茶でも淹れてみるよ」
「あら、リリアってそういう気遣いができるくらいにはレディーなのね」

 ……あれ、この妖精めちゃくちゃ上から目線だったりしない?

 こう見えて私は大人だと言い返しかけたが、妖精に年齢のことを言っても不毛なので止めておいた。
 ……下手すると生きた年数では私より上かも知れないしね。妖精って魔力があれば半永久的に生きるし……そもそも死の概念が希薄だし……。

「それで、どういうお茶を淹れてくれるの?」

 ライラは興味津々といった風に私の手元に近づいて来た。

「それはねぇ……これ、リリスのお茶」

 私が鞄から取り出したリリスの花を見て、ライラはびくっとした。

「私その花嫌い」

 ライラはぷいっと顔を背けてすねた声を出した。

 ライラの気持ちは分かる。リリスの花は周囲の魔力を吸収する性質があり、うっかり近づいた妖精は痛い目を見るのだ。
 でも魔女の私からしたらリリスの花は貴重な物だ。魔法薬の材料に使えるし、それに何か私と名前も似てる。

「摘み取ったらもう魔力を吸収しないから大丈夫よ」

 警戒して私から距離を取ったライラに優しく言うと、彼女は少しだけ近づいてきてくれた。
 リリスの花びらをちぎり、沸いたお湯の中に入れていく。こうやってリリスの花でお茶を作ろうというのだ。

「そんな花でおいしいお茶ができるとは思わないわ」
「さあ、どうだろうね。多分大丈夫だと思うけど……」

 実際花でお茶を淹れるのはそんなに珍しいことではない。そこまで失敗することはないはずだ。
 リリスの花びらが沈んだお湯は、じわじわと紫色に変色していく。

 数分した頃には鮮やかな紫色のお茶が出来ていた。このことから分かるように、黒色に見えるリリスの花は実は濃い紫色なのだ。
 これでリリスのハーブティーが完成だ。

「よし、後はコップに注いで……と。あ、ライラのコップはないから、今はケトルの蓋で我慢してね。今度買っておくから」

 ライラにリリスのハーブティーを注いだケトルの蓋を差し出すと、彼女はおっかなびっくりそれを抱え上げた。

「本当においしいの……?」
「さあ……? 私も飲んだことないから分からない。でも多分ライラには合うと思うよ」
「なんの確証があってそう言ってるのかしら……」

 不安そうにするライラだったが、彼女は意を決したように目をつぶってハーブティーを一口飲んだ。
 ごくん、と喉を鳴らす小さな音がかすかに聞こえた。
 ライラはゆっくり目を開け、首を傾げながらもう一度ハーブティーに口をつけた。

「……おいしい。これおいしいわよ、リリア」

 ライラは顔を明るくしてそう言った。
 やっぱりリリスのハーブティーはライラのお気に召したようだ。
 実はこれ、リリスの花を使って魔法薬の材料を作る手順と全く同じだったりする。

 リリスの花は取りこんだ魔力を花びらに集める習性があり、鮮やかな黒色(実際は紫だが)をしているほど大量の魔力を集めている。
 そのリリスの花から魔力を抽出するには、お湯に数分ひたす必要があるのだ。

 つまりこのリリスのハーブティーには魔力がふんだんに含まれていることになる。魔力で形成されている妖精なら気に入るだろうと私は予想していたのだ。
 本来この魔力が溶け込んだリリスの抽出水は、そのまま他の材料と混ぜて魔法薬とする。

 だけど私は、このリリスの抽出水を作るたびにこう思っていたのだ。
 製法がハーブティーとかのお茶と一緒だし、このまま飲めば普通にお茶としておいしいんじゃないのこれ、と。

 今までは魔法薬のために作っていたから飲む機会が無かったし、平時にわざわざ作って飲むほどの好奇心もない。普通のお茶で十分おいしいもん。
 なので妖精のライラと出会わなければ、このリリスのハーブティーを作ろうとは思わなかっただろう。

 さて、私もそろそろ味わってみるとしよう。
 リリスのハーブティーを一口、口に含んでみる。
 ……。
 …………。

「なにこれまっず」

 じっくりと味わって飲みこんだ後、私の口から出た感想はそれだった。
 なんか薄いし渋いし苦いし匂いも変だし、はっきり言ってまずい。

「なに言ってるのリリア。とってもおいしいじゃない」

 ライラはぐびぐびとリリスのハーブティーを飲んでいた。とても嘘をついているようには見えない。
 その様子を見ていると、まずいと感じた私が間違っているみたいだ。
 改めてもう一度飲んでみる。
 うん、まずい。

「まずい、これまずい。このお茶に気を使って言うと、おいしくない」
「リリアったら、このおいしさが分からないなんてお子様なのね」

 また上から言われてしまったが、まずいものはまずい。
 多分ライラは魔力がたくさん摂取できるからお気に召しているのだろう。……いや、だとするとこんなにおいしそうにするのが分からない。魔力は味覚に影響しないはずだ。
 だとすれば、これは単純に妖精の味覚に合ったお茶だったということなのだろうか。

 なんだか私にとっては残念なハーブティーになってしまったが、ライラがおいしいと言うのなら……ま、いっか。
 嬉しそうにハーブティーを飲むライラを見ていると、なんだかこっちも嬉しくなる。一人で食事をしていた時には味わえない感覚だ。

 ライラがおいしそうに飲むのを眺めながら、私はまたハーブティーに口をつけてみた。
 やっぱまずい。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~

鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。 そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。 そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。  「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」 オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く! ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。 いざ……はじまり、はじまり……。 ※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。

使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

うちの孫知りませんか?! 召喚された孫を追いかけ異世界転移。ばぁばとじぃじと探偵さんのスローライフ。

かの
ファンタジー
 孫の雷人(14歳)からテレパシーを受け取った光江(ばぁば64歳)。誘拐されたと思っていた雷人は異世界に召喚されていた。康夫(じぃじ66歳)と柏木(探偵534歳)⁈ をお供に従え、異世界へ転移。料理自慢のばぁばのスキルは胃袋を掴む事だけ。そしてじぃじのスキルは有り余る財力だけ。そんなばぁばとじぃじが、異世界で繰り広げるほのぼのスローライフ。  ばぁばとじぃじは無事異世界で孫の雷人に会えるのか⁈

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシェリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

処理中です...